第699話 みやび地球を掌握

 ――ここは夜のセカンド蓮沼家。


 ついに新沼海将が、早苗さんを口説き落とすのに成功。結婚式は日本で執り行うけど、取りあえずセカンド蓮沼家でお祝いと相成った。

 みやびが先回りして赤飯とタイのお頭付きを用意してたもんだから、何でと目を回すお二人さん。まあ良いではないかと、によによが止まらない男衆である。


 実はセカンド蓮沼家、みやび亭はもちろん亜空間倉庫とも連携し、お料理をシェアする事がよくある。もはや二汁七菜どころの話しではなく、台所チームも何品あるのか把握できてない場合が多々あったりして。ちょっとずついっぱいを楽しみたい、カリーナとマクシミリアが足繁く通うのも頷けると言うもの。


「一度でも精霊化すれば、私も卵を産めるの? ファフニールさん。もうとっくに上がってる閉経んだけど」

「フレイアによれば、それとは別なんだそうです、早苗さん。竜の血をひく子孫を、残せる可能性はあるのですよ」


 地球には竜族がいないため、魔力を自炊できる人材を増やさなければならない。アメリカのハドソン大統領も最重要課題と認識しており、クバウク菌の研究チームにスオンとなるよう働きかけたようだ。彼らとは明朝、面談を行うことになっている。

 なお真戸川センセイは正三ファミリーにジョインしており、今は儀式の眠りでクースカピー。ご本人いわく宇宙開発のため、黄金船に常駐したいんだとか。


「この歳で子供を授かるなんて、思ってもみませんでした」

「竜の子育ては楽ですよ、副総理。生まれて直ぐ普通の食事を口にしますし、夜泣きもありませんから」


 辰江さんがにっこり微笑み、徳利を早苗さんに向ける。

 その代わり寝ぼけて属性固有の技を発動するがなと、正三がくぷぷと笑いお刺身に箸を伸ばす。それは早苗さんも重々承知しており、蓮沼家ではサングラスを手放さない。頻度は減ったけど満君、今でもたまーに照明弾をやらかすのだ。


 そこへただいまーと笑顔を振りまき、みやびとアリスが瞬間転移で現れた。モムノフさんを引き連れ、日本でひと仕事してきたのである。


 まずは総理官邸に出向いて、首相一家と秘書にスライムちゃんの契約を。合わせてボディーガードのモムノフさん五人へも、契約の言霊スペルを教えスライムちゃんをいっぱい預けてきた次第。国会議員向けなのだが、みやびは甘くなかった。早苗さん支持の議員に限定しており、左側政党に至ってはそんなもん知りませんの構え。


 みやびは別に、見捨ててるわけじゃないのだ。スライムちゃんは悪しき信仰の徒に対し、攻撃的になるから出来ないのである。

 野良スライムちゃんが世に溢れると、左側思想やカルト宗教の狂信者がキルされちゃう。他の惑星と違い単純にスライムちゃんをばら撒けない、そこが地球の難しいところ。


「契約すれば主人の言うことを聞くのですよね、みやびさん」

「そうよ山下さん、マニュアルに書いてある通り。でも一方的に攻撃を仕掛けられたら、主人を守ろうとするから注意が必要ね」


 そこは契約で忠誠心を持つ、ワイバーンやグリフォンと同じ。イカやタコが墨を吹くように、スライムちゃんは消化液を飛ばす。もはや立派な用心棒だなと、誰もが顔を見合わせ頷き合った。


「外務省はどうだった、みや」

「すっごい歓迎されちゃったわ、お父さん」


 みやびはその足で外務省に出向き、スライムちゃんを多数契約してるモムノフさん数名を預けて来たのだ。こちらは職員と諸外国の要人向けで、モムノフさんは契約の補佐を行う立場となる。

 モムノフさん経由でみやびの魔力を使うことになるけれど、ワイバーンやグリフォンと違い、スライムちゃんとの契約にはさほど魔力を必要としない。後は契約者が増えたスライムちゃんを、家族の信仰心で親戚や友人に広めて行けばよいことになる。


「他の省庁も、モムノフさんを派遣してくれと言ってきそうだな、みや」

「言ってきたら考えるわお祖父ちゃん、押しかけてまでやるもんじゃないし。私のこと嫌ってる、政治家や官僚もいるしね」


 確かに筋は通っており、そうですねと頷く男衆。せめて厚労省と防衛省、警視庁に消防庁へは派遣してあげてと、早苗さんがお赤飯を頬張った。モムノフさん、引っ張りだこである。


「今はスオンになった雅会メンバーが、交代で守衛所に詰めてるんですよね、みやびさん」

「んふふ、そうよ桑名さん。政治結社みやび組の党員は、東京に来てくれればスライムちゃんと契約できるようにしたから。守衛所にはもう、長蛇の列ができてるの」


 顔を見合わせる早苗さんと桑名の旦那、そして目をぱちくりの男衆たち。

 みやびはさらっと言ったが日本人の多くが、政治結社みやび組の党員になるのではあるまいか。実際ホームページに殺到する、入党希望者を捌ききれなくなっていると聞き及んでいる。政治連合研究会の大学生たちが、連日その対応に追われていると。


 山下と奈央の産渓新聞と富士テレビが、英国の国営放送であるBBSが、米国の三大ネットワークであるABCとCBSにNBCが、クバウク菌で粉になった遺体の映像を公開したことも大きかった。


 米国と英国にはモムノフさんを派遣することで、話しは既に決まっている。次はEU加盟国とカナダにオーストラリア、ニュージーランドにインド、東南アジア諸国にアフリカと、予定はびっしり詰まっている。

 ただし共産主義国と社会主義国、ドンパチ始めてる国と始めそうな国は対象外。みやびが悪いわけじゃなくて、野良スライムちゃんを繁殖させられない地域は、無理ですごめんなさいなのだ。


 これでみやびは政治家にも官僚にも、世界にも強い発言力を持つことになる。いつかソナー衛星の観測から漏れ、隕石が地球に到達するかも知れない。その時みやびに反旗を翻えしていた者は、後悔する事になるだろう。


「ついに日本を、いえ地球を掌握したわね、みやびさん」

「あはは、そんなつもりは無かったんだけどね、早苗さん。気付いたらこうなってました、何でだろう」


 頭に手をやり、にへらと笑う任侠大精霊さま。無意識のうちに彼女は、災い転じて福となしたのだ。今はハルマゲドンを延期してもらってるだけで、放っておいたら地球は人類滅亡である。天の川銀河の大精霊イン・アンナが望む形にしているわけで、もしかしたらハルマゲドンを回避できるかも。そこんとこみやびは、忘れちゃいないのだ。


 ――その頃、こちらはみやび亭アマテラス号支店。


「鶏チャーシューお待たせ、ソロモン王。はいそちらにも、甘芋さんだっけ? ねえ香澄」

「甘いものさん……じゃなかったっけ、麻子」

「我が名はアマイモンだ、頼むから覚えてくれ」


 憮然とした顔のアマイモンを、ソロモン王がまぁまぁとなだめるの図。

 豚顔と聞いていたキッチンスタッフの面々だが、そこは悪魔でちゃんと人間に変身しているから感心しきり。魔王をいっぺんに呼ぶとみんな混乱しちゃうため、みやびがソロモン王にひとりずつ連れてきてとお願いして今に至る。


「妙子よ、みやびはおらんのか」

「追っ付け来ると思いますよ、ソロモン王」

「ふむ、ところでそれは何かね」

「召し上がります?」


 妙子が作っているのは、タマネギとエリンギのすき煮。アーネスト枢機卿とミーア大司教からのリクエストで、聖職者向けの簡単お料理だ。

 タマネギは炒めると辛味が飛んで、甘味が出るから聖職者でなくとも喜ばれる。小さな子供でも、好んで食べる優しいお味。


 タマネギ1個を、中がリング状になる向きで1センチ幅にスライス。エリンギはひと口大にカット。フライパンにサラダ油を小さじ1入れ、中火でまずタマネギを並べて行く。

 両面に焼き色が付いたら、エリンギも投入。水を100cc、醤油大さじ2、日本酒大さじ2、本みりん大さじ1、そして砂糖大さじ1を加えて煮込む。

 タマネギ全体に火が通ればオッケーなので、とろとろにまではしない。そのまま食べてもいいし、お好みで七味を使うのもアリ。


「おお、これはいい。アマイモンも食べてみるといい」

「では遠慮なく、ソロモン王」


 どれどれとひと口、そして目を細め更にひょいぱく。気に入ったなら熱燗がよろしいのではと、妙子さんが二人に徳利とお猪口を並べて行った。

 それじゃお近づきの印にと石黒と高田が徳利を持ち、こりゃすまんねと酌を受ける古代のイスラエル王と魔王。もうすっかり馴染んじゃってるわねと、笑みをこぼすキッチンスタッフである。


「みんなただいまー。お、今日は甘いものだったんだ。シャコエビもらってきたんだけど、食べる?」

「みやび、わざと言ってるだろ」


 半眼となるアマイモンだが、まるっきり無邪気な任侠大精霊さま。人間に変身してはいるけれど、みやびは雰囲気で誰か分かるようだ。塩ゆでして殻を剥いてあるシャコエビを、小皿に乗せてみんなにはいどーぞ。握り寿司ではツメを塗るみやびだが、そのまま何も付けず食べても乙なものよと。


「シャコエビの味ってさ、カニとエビの中間だよね、豊っち」

「エビのぷりっとした感じよりも柔らかくて、甘味があるんだよな、秀一」


 すると岩井さんが、シャコエビの旬は年に二回あるんだと人差し指を立てた。まずは四月から七月の産卵前、抱卵したメスのシャコエビが珍重され値段が高くなるんだそうな。身詰まりがよくなるのは十月から十二月で、身の味自体を楽しむならこの時期なんだよと。


「脱皮のために持ってる自己消化酵素があってな、死ぬと身が溶けてしまうんだ」

「それじゃ鮮度が良くないと、こんな風に食べられないってこと? 岩井さん」

「その通りなんだ秀一、殻を剥くのすら難しくなる」


 みやびが築地から仕入れた活けよと返し、台所チームのベネディクトがシャコパンチをもらったと笑う。シャコパンチって何ですかと、目を丸くする彩花と美櫻。あれは痛いんだよなと、岩井さんが苦笑する。ベネディクトは念入りシリアルバーで、事なきを得たそうだが。


 シャコエビは大きな捕脚を使い、強烈な打撃を繰り出す特技がある。カニの甲羅や貝殻をたたき割るほどで、人間の爪なんか軽く割られてしまう。しかも体のあちこちに棘があり、活きが良いと暴れるからけっこう危ないのだ。


「みやび、何をしているのだ?」

「んふ、シャコエビの補脚、この肉が美味しいのよ。甘いものにも分けてあげる」


 何とみやびはすりこぎを使い、カマキリの前足みたいな補脚から身を押し出しているのだ。にゅるんと出て来た身は五ミリほどで、一尾からちょっとしか取れない貴重な部分。ざるに盛ったシャコエビの補脚を、みやびは全て取り出す腹なのだ。

 だがそのお味は上品で、旨みがぎゅっと凝縮されている。いやいやちょっと待たれよと、カウンターが騒然となったのは言うまでもない。

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