踊る会議のスケープゴート
生田 内視郎
踊る会議のスケープゴート
──ここはとある会議室
此処では日本の将来の行く末を決める為、さる大物達が今宵も政治談義に花を咲かせている。
──
「しかし参りましたな」
「ああ、まさかコロナがここまで長く感染が収まらないとは、完全に予想外ですな」
「本当なら今頃、五輪経済効果による儲けで左団扇の筈でしたのになぁ」
「お宅の処は既に費用を回収済だからいいでしょう、私の所なんかそれはそれは酷いもんですよ」
「私の所もです。まぁ、国からの補償金の裏約束も幾らかは取り付けましたが…、それにしたってこのダメージは孫の代まで引き摺ることになりそうですよ」
「こらこら、他人の芝生を羨んでる暇は無いですよ。何たって今日は大事な議題が控えてるんですから」
「皆さん、既にワクチンは二度摂取済ですね?
それでは本日の議題、『コロナによって失った経済的損失を何という税金の名目で新たに国民から徴収、補填に充てるか』の議論を始めたいと思います」
そう、世間には外出自粛を求める中、平均八十代も過ぎた裏の顔を持つ重鎮達が変異コロナ感染のリスクも恐れず一同に会した理由は、正にこの為であった。
「まぁ、先ず当然ながら復興税の名は使えませんな。寧ろ十年も経っているのにまだ搾り取る気か、と国民に復興税のことを思い出させる機会を与えるのは非常に好ましくない」
「下手をしたら炎上して全ての財源を見直し、なんて世論が風向いても不利ですしな、それについては大いに同意です」
「で、あればやはり世間からも風当たりが厳しいニートや、最近流行りの親と同居している単身世帯、こどおじから徴収するべきかと」
「それはいかん、彼等は社会的弱者であり、ひいては我等の大事なマネーロンダリング先でもあるのですぞ」
「更に言えば、彼等の依存先であるパチンコやソーシャルゲームに税を課し、元締のホニャララと険悪になるのもこれまた不味い。
この中にも、ホニャララと密接なお付き合いをされてる方が幾つもいらっしゃるようですしな」
議席の上座に座る男はウォッホン、と大きな咳払いを一つし、無言で議論の続きを促した。
まるで、この件にはこれ以上触れるな、とでも言うように。
「ではこういうのは如何ですかな。最近、巷では自転車による死亡事故が増えているそうです。
それは一重に、自粛によるウーバーイーツなどの宅配が増えたからでしょうが…、なので車道を自転車が通れるよう整備し直し、快適な道を走れるよう、自転車を所有する方から税を徴収する自転車税というのは」
「おお、妙案ですな」
「しかし、自転車程度ではあまり大きな税を徴収するというわけにもいかんでしょう。車道整備という建前も進めて行かなければ怪しまれる」
「ならば、いっそ全ての自動車に自動ブレーキの取り付けを義務化し、違反者には罰金を課すというのは」
「ううむ、目の付け所は悪くは無いが、今から全国民が所有する全ての自動車に自動ブレーキを義務化するとなると……」
「現実的では無いですね、当然反発も大きいでしょうし」
「やはり車については環境問題を小突きつつ、配慮してない車にこっそり税をカサ増ししていく方向で」
「環境問題といえば例のセクシーは」
「そちらも少しずつ進めております。取り敢えずは、レジ袋、スプーン、更にこれから割り箸、ペットボトル、ビニール包装、ポテトチップスと健康問題を巻き込み順を追って進めていく予定です」
「ふむ、あまり小出しにし過ぎても返ってフラストレーションが溜まるので程々にな」
「ではやはり、ここは以前から議題に取り上げられていた『独身税』について、いよいよ重い腰を上げる時かと」
「私も賛成です。大体彼等は日本の将来について何の社会的責任も果たさず、のうのうと自分達の今日の種銭だけ稼げばいいと思っている節がある。ここは彼等にも、集団に属する国民としての義務の一環として少子化対策に貢献してもらわなければ」
「分かった分かった、そんなに熱くなるな。
今の時代、何処に目があるか分からんのだぞ。
ましてや今の発言は国民の自由を侵害する差別的な発言と捉えかねられん、決して表には出すな。LGBTに目をつけられると厄介だぞ」
「流石、経験者は語る、ですな」
「茶化すのはよしてくれ、私はもう本当に懲り懲りなんだ」
「しかし実際この件に関しては他所の国での失敗例もありますし、もう少し慎重に議論を重ねるべきですな」
「ではインターネット税は如何です?これなら」
「無理無理、JASRACじゃあるまいし」
ゲーム、化粧品、清涼飲料水、ペット、芸能人、YouTuber、宗教、定期預金、ノーマスク、スマホ、漫画、スパチャ、イケメン、デブ、ハゲ、大麻、パパ活、SNS、フリマ競取り、etcetc……
彼等の議論は白熱していき、顔は皆一様に少年のように若々しく輝いていた。
そこには生まれ育った国を思う真の大和魂があった。
ただ一つ、自分達が不利益を被らないというダイヤモンドの如く硬き意志を除いては……
そして、彼等は喧々諤々の大激論の末、一つの結論に辿り着く。
「では取り敢えず今回も煙草税を値上がりさせておくということで」
「異議なし」
「異議なし」
次々と賛同の手が上がる。
「全会一致で議論が成立いたしました。これにて、本日の裏国会を閉廷致します」
周りからは一同に拍手が送られた。
こうして煙草税はまた今年も十月から、一本当たり三円の増税が決定したのだった。
────
「なんて議論をきっとお偉いさん方だけで交わしてるんだぜ、あーあ、相変わらず悪役に仕立て上げられた喫煙者は肩身が狭いぜ」
「うーん…。兄ちゃんの場合は今妄想に上がったやつほぼ該当してんだから、寧ろ煙草税だけで済んでることにもっと感謝すべきだと思うよ」
踊る会議のスケープゴート 生田 内視郎 @siranhito
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