割とがっつり狼な大神くん。

藤田

割とがっつり狼な大神くん。

僕のクラスには狼がいる。

これは比喩表現では無い。


大神おおかみウルフという名前の男の子(オス?)だ。

なんでも彼は高い知性を持っているとかで人間の言葉を話せる。見た目は割と狼。全身ケモクジャラで目つきは鋭い。体は通常のそれよりも大きく二足歩行と発達した指で細かい作業も可能。身長は170cmくらいだ。彼は制服を着て俺たちと一緒に授業に参加している。


言葉を話せると言えど狼と仲良くしようなんて輩はおらず、クラスでは孤立している。一匹狼だ。


だが最近クラスの委員長の佐倉がたまに話しかけているのを見かける。佐倉は学年トップクラスに頭が良く、誰にでも明るく接するフレッシュな女の子という印象だ。そして僕の幼なじみでもある。


そんな佐倉でも流石に初めは大神くんを怖がっていたのだがここ数ヶ月過ごしてきてずっと大人しい大神くんに情が湧いたのだろう。


初めこそ驚くのみだった。


だが、気さくに大神に話しかける佐倉の目は他のクラスメイトに向ける目とは少し違うように感じた。僕はもしかしたら佐倉は大神が好きなんじゃないかと思うようになった。


僕は小学生の頃から佐倉が好きだった。だが彼女が僕に気がないのは明白だったので忘れることにしていたのだ。そして高校生になり少しづつ彼女との間には距離が出来ていった。


だが。いまさらながら僕はちょっと大神に嫉妬心を抱いていた。


まぁ所詮大神は狼。こんな勘ぐりはきっと僕の勘違いだ。


だが佐倉が僕の事をなんとも思ってないのは明らかだし、あの二人がどうなろうと僕には口を出す権利は無いので黙って諦めることにした。


だから二人の間に何があったのか、俺は知らない。








私は悩んでいた。やっぱりクラスの委員長としては一人(一匹?)だけ仲間はずれでいるというのは見過ごせない。ここ数ヶ月ずっと考えていたが、どうやら大神くんは素行も良く真面目な子な様なので思い切って話しかけてみることにした。


「大神くん!今日提出の課題やった?」


大神はまず驚いたような顔をした。だが直ぐに笑顔を浮かべ


「うん。やったよ。委員長さんは?」


と返してきた。


大神くんの声は見た目とは反して幼い男の子のような高くて細い声だ。


私は意外と社交性があるんだなと感心すると共にクラスメイトが私を肩書きで呼ぶのを真似したことに驚いた。


クラスメイトが私を委員長と呼ぶのは定番のイジりのようなものなのだ。


「課題は勿論やったけどさぁ…大神くんまで私の事委員長って呼ぶのー?」


私は怒ってない事が伝わりやすいように声のトーンを上げて言った。


「あ、ごめん。皆委員長って呼んでるから名前覚えてなくて…」


大神くんはきまり悪そうに赤面していた。


「あ、そうだったのね。私てっきりいじられてるのかと思ったよ。恥ずかしー。」


「佐倉ーちょっといいかあ?」


「あ、先生に呼ばれちゃった。じゃあ」


手を振ると彼も恥ずかしそうに手を振り返してくれた。クラスメイトは(私を含めて)大神くんを怖がって避けていたが、もしかしたらとてもいい人なんじゃないかと思った。






それから私はたまに昼休みに大神くんに話しかけるようになった。


「大神くんって好物とかあるの?」


私は大神くんが食事をしているところを見た事がないので少し気になったのだ。


すると彼はすこし困ったように


「う~ん、あるけど。言ったら引かない?」


と言った。


私は察した。いや、察したと言うには遅すぎたけれど。きっと大神くんは狼だから動物の生肉とかを食べるんだ。でも、それを言うと怖がられるから言いたくないんだろう。


「あーごめんね?変な事聞いて」


「いやいや気にしないで。…佐倉さんは俺に話しかけてくれるけど怖くないの?」


そう聞く大神くんの声色は少し暗くて、顔は怯えるようだった。多分大神くんは昔から人間と混ざって過ごしてきて怖がられてしまうことが多かったんだろう。大神くんのおおらかな性格を知ると同情する。


「初めは正直少し怖かったけど今は大神くんが優しい人だって知ってるから全然だよ!」


「あ、やっぱり初めは怖かったんだ」


大神くんは分かりやすく、しゅんとする。私はその姿が可笑しく思えた。


「ふふ。…あ、ごめんね?大神くんって狼だけどまるでリスみたいだなーって思ってさ」


「え、それはやだな」


彼は怪訝そうな顔で言う。


ほんとに表情が豊かだなぁと思う。


「えーじゃあ何?」


「猫とか?」


「いや狼ってイヌ科でしょ!?」


「まぁいいじゃん猫かわいいから」


「へぇ、てっきり猫はライバル視してるのかと」


「そんな人間の評価を気にして生きてるわけじゃないと思うよ。猫も犬も」


「はっ!!今なにか大切な物に気付かされた気がするッ!」


「ふふ。なにそれ」


昼休み終了のチャイムが鳴る。


私が「じゃあ」と言うと彼も「じゃあ」と言いまたいつかの昼休みまでは話すことは無いだろう。






「あれー大神くんお弁当持ってきてるー」


珍しく(というか初)大神くんの食事が見れるのだろうか。


「見るなよー」


そう言って私に背を向けてせかせかと食べてしまったのでお弁当の中身がなんだったのかは分からなかった。まぁ私も人の秘密をほじくり返す趣味は無いので深くは追求しない。


それよりも、最近大神くんは私に対して砕けた口調で話してくれるようになった。少しは距離が縮まったようでうれしい。


「大神くーん。食べる前にちゃんといただきますってしたー?」


「う…してない」


バツの悪そうな表情がかわいい。


「ダメだぞーちゃんと生き物に感謝しなきゃ」


言ってから思ったが狼であるところの大神くんはそこら辺の感覚が私たちとは違うのかもしれない。


「次から気をつけるよ」


「素直でよろしい。…大神くんってさもしかして人間社会では世間知らずだったりする?」


「そうかもしれない」


残念そうに左手で頭を掻く。


「そっか!じゃあ私が色々教えてあげるよ!」


「いいの?ありがと!」


大神くんの表情ががぱぁっと明るくなる。


「はい。じゃあ帰宅途中近所の知らないおばさんにおかえりなさいって声をかけられたらどうしたらいいでしょう?」


顔をしかめて考えている様子だ。


「う~ん。…“だだいま”でいいのかな?」


「はい。正解は私も知りません」


「え?なにそれ」


「あれ、ほんとに困るのよねぇ。ただいまって言うのは恥ずかしいし、かと言ってこんにちはって言っても会話成立してるのか微妙だし」


「え…」


大神くんは本当に訳が分からないと言った顔だ。


「まぁこの話で私が伝えたかったのは答えのない問題もあるってことです。もしくは答えは自分で出せってことです」


「もしくはってなんだよ適当だなぁ」


昼休み終了のチャイムが鳴る。






「大神くんはさ、人間って好き?」


「うん。好きだよ。大好き」


彼は満面の笑みで答えた。


「そっか。私も狼好きだよ!」


「ありがとね。…どうかした?」


大神くんは私を不思議そうに見つめる。それは私が赤面しているからであろう。なぜ私が赤面しているかと言うと、種族としての狼が好きだと伝えたのだが、傍から見ればまるで私が大神くんに告白しているように見えるのではないかと思ったからなのだが、そんなことは口が裂けても言えない。


幸い大神くんは変な勘違いはしていないらしい。


「あれ、オオカミが好きって狼っていう生き物ってこと?それとも俺?」


「えぇ!いや、あの、それはえーと」


「まぁ、俺は人間も佐倉さんも好きだけどね」


にやけてしまいそうな顔をプルプルさせながら必死に堪える。きっと顔はもっと赤くなってしまっている筈だ。


勘違いするな、大神くんは狼だから。私たちとは価値観が違うから簡単に好きって言えるだけで別に特別な意味では無いはずだ。と言い聞かせる。


昼休み終了のチャイムが鳴る。

楽しい時間はすぐに過ぎてしまう。そう思っている自分に驚いた。初めは可哀想だからとかクラス全員が仲良しがいいからとかの理由で話しかけていたが、今ではいつの間にか毎日のように話し、それを楽しみにしている自分がいた。






ある日の放課後。


私は放課後残って黒板を消したり掲示物の張り替えをしたりしている。いつもは仕事が終わる頃になると教室には誰もいないのだが、今日は大神くんが残っていた。


放課後の教室には夕日が差し込み、窓の外からは野球部の掛け声が聞こえてくる。そんな空間に2人きり。私は少し高揚していた。それを隠すように敢えて冷たく声をかける。


「大神くん何か用?」


「うん。ちょっといいかな」


私の緊張とは正反対で大神くんは涼し気な表情だ。


「佐倉さん。今度の日曜日映画を見に行かない?」


胸が高鳴る。大神くんに聞こえてしまっているんじゃないかという程に。それでも平然を装う。


「へぇ、どんな映画?」


「ほら、あれだよ今CMでよくやってる流行りの」


「あぁあれね」


2人で行くの?なんて聞いたら期待してるみたいに思われるかもしれない。


「いいわね。誰を誘う?」


「誰って?俺、友達佐倉さんしか居ないけど」


そう聞いてくる大神くんの表情はどこか悪戯っ子のようで、私の気持ちなんてお見通しなのかもしれない。大神くんのクセに生意気だ。猫なんてとんでもない。これじゃあ積極的で、狼みたいだ。


「あぁそれもそうね。じゃあ2人で行きましょうか」




そこからのことはあまり覚えていない。気が付いたら自分の部屋のベットで悶えていた。うつ伏せに毛布に覆いかぶさり毛布を抱きしめる。息が苦しくなってきたので寝返って天井を眺める。


LINEの通知に気付き画面を見ると大神くんから日曜日の集合時間についてLINEがきていた。返信をしてからスマホをスリープすると気持ち悪いニヤケ面の私がいた。












覚悟を決めてそのマンションの一室のインターホンを押した。少しして出てきたのは全身ケモクジャラのおぞましい姿の狼だった。


「どなた?」


大神は僕の事を覚えていないらしい。


「君のクラスメイトだ」


「あぁ!ごめんね。気づかなかった」


大神はわかりやすく申し訳なさそうな顔をする。まるで申し訳ないなんて思ってないみたいに。


「それで、なんの用かな?」


いきなり押しかけてきて黙りの僕に少し苛立っている様子だ。


「あぁ、実はね。佐倉…クラスの委員長の女の子が今行方不明なんだ」


「え!?佐倉さんが?たいへ──」


「食っただろ。お前、佐倉を」












僕の勘違いだったら良かった。もしそうだったら後々沢山謝って、でも許してくれないかもしれないけど、元々仲がいい訳でもないから。


僕の勘違いだったら良かった。だったら僕なんかよりも佐倉と仲が良かった大神と、一緒に探したり出来たのかもな。


だが。だけど。


その笑みは無いだろう。なぁ大神。


にッ、と歯を見せて口角をフルに使って笑みを作るその口はまるで夜空に映える三日月のようだった。


そう言えば狼男は満月で姿を現すんだっけ。なんてどうでもいい事を考えていた。


「ワヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲーーーン」


その鳴き声は高くて細い大神の声ではなく。太くて野性味溢れる狼の声だった。


「バレちゃったか」


「1つ…いいか?」


「なんだよ」


「お前の主食が動物の肉なのは分かる。佐倉とデート中にその衝動が抑えられなかった、てことなのか?」


「そんな短気で馬鹿な動物と一緒にしないでよ。ちゃんと計画的に喰ったやったさ。証拠を残さない為に2人きりになる必要があってね。それに、ちゃんといただきますって言ったよ?」


今すぐ殴り殺したい気持ちに駆られるが、まだ耐える。


「“いただきます”?…あーそうか、そうだよな。そうだもんな。ちゃんと感謝してるだけマシか。…なわけねぇだろ」


僕は吐き捨てるように言った。


「いいや、君は勘違いしている。俺は確かにいただきますと言ったが感謝など微塵もしていない」


ぶちッ、と頭の中で何かが切れる音がした。


「ッなんで…!」


「そんなの俺がしてるのがお前ら人間の模倣だからに決まってるだろ。一体いただきますと唱えてる内の何割の人間が動物に感謝してるんだろうな」


零れてくる涙を拭く気すら起きない。


「人間の頭を持ってるお前と道徳を語るつもりはねぇよ。でもさ。人間の頭があるなら分かるだろ?


ぼくはッ!佐倉の事が好きだったんだよぉ!」


僕は思い切り大神の顔面を殴るが彼はビクともしない。


「でも…佐倉はお前の事が好きだったんだよ」


今となっては真偽は佐倉のみが知るところだが。

僕には向けない色の目を大神に向けていたことは確かだ。


「俺も好きだったよ」


「…は?」


「まず人間自体大好きだ。なかでも佐倉さんのあのもちもちの肌。健康的な体つき。程よい筋肉。


とっても美味しいからね」


あぁ…そういう“好き”か。そんなのまるで狼じゃないか。いや、狼なのか。多分佐倉も俺も見誤ったんだ。僕らが思っていたより大神はわりとがっつり狼だった。

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割とがっつり狼な大神くん。 藤田 @Nexas-teru

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