181話 十年越しの告白(前編)
『――お姉ちゃん、結局二次会に行くんだね……行っちゃうんだね……阻止できなかったのが悔やまれる……もはや私に出来る事と言えば……お姉ちゃんを信じてお姉ちゃんを見守って…………お姉ちゃんがお持ち帰りされそうになった場合、即突入してターゲットを穏便に抹殺する事しか出来ない……無力な私を許してお姉ちゃん……』
『ええっと……穏便ってなんだっけ……?だ、大丈夫だよ琴ちゃん。小絃さんはしっかりしてるもの。さっきもうちのあや子ちゃんの暴走を止めてくれてたでしょう?寧ろ……心配なのはあや子ちゃんの方だと思うんだよね。お酒が入ったら、さっき以上にはっちゃけないか心配だなぁ……』
『……あっ。そういえば今更だけど紬希ちゃん、どうして私に着いてきてくれたの?珍しくない?いつもなら『監視するなんて二人に悪いよ』とか言って私の暴走を止めくれそうなのに』
『ぼ、暴走してる自覚はあったんだね琴ちゃん。……う、うん……何というか、その。あや子ちゃんの言動が……ちょっと気になっちゃって』
『気になるって……あや子さんの
『うーん……それが気になるのもそうなんだけど……もう一つ……』
『もう一つ?』
『……どうしてあや子ちゃんは、小絃さんをいつも以上に煽って……同窓会に行くように仕向けたのかなーって……ちょっと気になっちゃって』
◇ ◇ ◇
マイク片手に近況を報告し合い。恩師のありがたい話を聞き。そんでもって用意された弁当を食べて。全員で集まって記念撮影なんてしていたら……予定されていた同窓会は気づけば終わりを迎えていた。結構な人数が集まっていたわけだし。一人ずつ近況報告するだけでもそれなりに時間がかかっちゃうもんね。そりゃあっという間に終わるのも無理はないってもんだ。
けれどそれを名残惜しんだり、寂しさを感じている人はほとんどいなかった。何故かって?そりゃあ……
「――それじゃあ、我々の感動の再会を祝して。かんぱーい!」
「「「かんぱーい!!!」」」
「か、かんぱーい……」
成人した彼ら彼女らにとって……酒が入るこの二次会こそが、同窓会の本番だからだ。
同窓会一次会が終了したと思ったら、そのまま間も置かずにすぐ近くの居酒屋へと直行した私たち。今はまだお昼をちょっと過ぎたくらい。普通なら居酒屋なんて開いていない時間帯だというのに……居酒屋に無理言って開けて貰った上に今日一日貸し切って、私を除く全員がビール片手にどんちゃん騒ぎを開始する。
「……まだこんなに明るいうちからお酒飲んじゃうのか……悪い大人たちだ」
「バカねぇ小絃。明るいから良いんでしょうが。普段は仕事とか家庭とかあるお陰で、皆こんな時間に飲めないからねぇ。最高の贅沢ってやつよ。まっ、肉体年齢的にも精神年齢的にも未だにお子ちゃまな小絃にはこの気持ちはわかんないわよねー」
「なるほどと言いたいところだけど、あや子は普段から昼だろうが関係なしに酒飲んで酔ってる気がするんだが?」
始まって早々に酔ってる気配と酒臭さがプンプンするあや子にツッコミを入れつつ周囲を見回す。結局……同窓会参加者は9割方がこの二次会に参加しているらしい。その全員が今日は無礼講と言わんばかりに、あや子に負けず劣らず飲んで酔って陽気に笑っている。
「いやー……それにしても。あの時は本気でビビったんだぞ音瀬。お前さんが事故ったって話し聞いた時とかさ」
「だよね、だよねっ!クラスのムードメーカー兼トラブルメーカーの音瀬さんが……意識不明の重体ってなってさー!もう、しばらくの間は教室中がお通夜みたいな状態だったんだよ」
「いやはや……それについては大変ご心配をおかけしますた。でもまあこうして元気に復活したわけだし、許してちょうだいな」
同窓会が始まった時と同様に、皆の関心は十年寝過ごして今もまだ高校生という珍獣の私に集中する。
「てか……ぶっちゃけ事故った時どんな感じだった?やっぱ痛かった?」
「十年昏睡状態ってどんな感覚?昏睡状態だった時の事とかなんか覚えてたりする?」
「コールドスリープ装置って使われたらどうなるん?文字通り凍らされるの?目覚めた時とかってどんな気分だったん?」
「あー……わかったわかった。質問には答えるから、せめて一人ずつ聞いてちょうだいな」
オマケに酒まで入っちゃっているから……先ほど以上に若干センシティブな内容の話まで振ってくる始末だ。まあ、気になる話なのは十分わかるし。聞かれて困るような事じゃないから別に良いんだけどね。
……やれやれ。この場に琴ちゃんが居なくて本当に良かったよ。多分居たら……私の為にすっごく怒ってくれてただろうからね。
『…………あの人たち。お姉ちゃんになんて失礼な……ッ!』
『こ、琴ちゃん落ち着いて……わかる、その気持ちわかるよ。凄く繊細な話だし、もう少し聞き方とか考えて欲しいよね。で、でも……小絃さん気にしてないって言うか……旧友の皆さんとお話するの楽しそうだし……』
『…………わかってる。ここで邪魔しちゃうのは野暮だよね。ここでは抑えとく』
しっかしまあ……皆大人になったわけだし随分変わってしまったなとか最初は思ったけど。案外中身は昔のままなのかもしれない。腫れ物に触れるような扱いされて気まずい思いをしたらどうしようとか思ってたけど……高校時代と同じノリで話しかけてくれるからこっちとしては気が楽だわ。
「それにしてもさー。さっき体育館でやってた音瀬さんと伊瀬さんの夫婦漫才。あれは傑作だったよねー!」
「「誰が夫婦だコラ!?」」
と、皆で楽しく談笑している中。昔の友人の一人から飛び出したとてつもない屈辱的な一言。これには私も、そしてベロンベロンに酔っていたハズのあや子も全力で拒絶反応を示す。
「オイ待て貴様……!それはさっきされたどの質問よりも失礼な発言だぞ……!?」
「小絃に同感よ……!誰と誰が夫婦ですって……!?今すぐ訂正しなさい!私には愛する嫁がいるってのに、何が悲しくてこんな変態と夫婦ですってぇ……!」
「息ピッタリ。ハハハ、やっぱ夫婦じゃん」
「「締め上げるぞゴラァ!!?」」
改めてこの場に琴ちゃんとか紬希さんが居なくて本当に良かったと心から思う。居たらまた妙な勘違いをされかねないからね。
『…………夫婦。私という恋人の存在がありながら……やはり、一番用心しなきゃいけない存在はあや子さん……』
『…………昔のお友達からもそう思われちゃうくらい……あや子ちゃんと小絃さんはずっと仲良しなんだ……夫婦って思われるくらい……仲が良いんだ……』
……ところで。この居酒屋ちょっと冷房効かせすぎじゃないかな?なんか妙な悪寒がするんだけど。
「まあ夫婦云々はさておき。音瀬と伊瀬の二人の奇天烈な問答……あれ久々に見られて良かったよな」
「わかるー!小絃ちゃんがね、事故に遭って以来あの恒例の二人のやり取りが見れなくて……それがもの凄く寂しくてさぁ!」
「二人の暴走を見ていた先生も思わず泣いてたよ。『あの頃の二人が、音瀬が……私の教え子が帰ってきてくれた』って。ついでに『あの二人にどれだけ苦労をかけられた事か……!』って別の意味でも泣いてたよ」
今の会話を聞いていた周りの旧友たちは感慨深い顔をして、皆口々にそんな事を言い出す。恒例のやり取りだの暴走だの心外な……
「待ってくれたまえ諸君。あや子とひとくくりにされるのは聞き捨てならないぞ。こんな性犯罪者予備軍と一緒にいないでくれたまえ。腐れ縁として仕方なくロリコンあや子の異常性癖に対する暴走を止めていただけで、私は至って普通の常識人だったじゃないのさ」
「ハン!よく言うわ小絃!あんたのどこが常識人なのかしら!今も昔も常識外れの変態でしょうが!最近は愛しの琴ちゃんが常にあんたの側に居るから一丁前に隠しているつもりでしょうけど……あんたの変態性はどう隠しても隠しきれないわよ!今も琴ちゃんに隠れて――琴ちゃんの履いてた脱ぎたてホカホカのタイツに茶葉を入れて紅茶飲んでる度しがたい脚フェチ匂いフェチ従姉妹フェチの分際で偉そうに……!」
「た、タイツ紅茶はギリギリ妄想でやってただけだからね!?実行はまだやってないからセーフだからね!?」
こ、こん畜生……皆の前でなに口走っていやがる……!?妙な誤解をされたらどうするんだ……!
『……タイツ、茶葉……そういうのが良いんだ。…………ほほう』
『あ、あの……琴ちゃん?なんか目が本気に見えるけど私の気のせい……だよね?何故か急にタイツを脱ぎ始めたのは、今の小絃さんとあや子ちゃんの話とは無関係……だよね……?』
何度も言うけど、この場に琴ちゃんが居なくて本気で良かった。下手したらあの子に変な性癖とか植え付けちゃう恐れがあるからね……
「そういうところも二人とも変わってないよなー。……ああいや、二人とも人として変わってはいるんだけど」
「そういやさ。一時期二人って軽いイジメ受けてたよな。同性愛者がどうのこうのとかで」
「今じゃ全然ありな社会になったんだけどね、でも……その頃からブレずに苛められてもへこたれず。逆に苛めてたやつらを二人でボコボコにして。そんで大暴れした二人は仲良く先生に叱られてたりしたのをよく覚えてるよ」
「「……あー」」
思わず目を逸らす私とあや子。本当に変な事までよく覚えてるな君たち……あれは私もあや子も若かっただけで……好きで暴れていたわけでは……
「そ、そんなどーでも良い話はもう良いじゃん!それよかホラ!皆お酒が進んでないぞ!グラスも空いてるぞ!もっと飲め飲め!飲んで変な記憶ごと全部忘れちゃえ!」
これ以上恥ずかしい記憶を語られるとたまったものじゃない。慌てて皆のグラスにお酒を注ぐ私。
「ホラ、キミも!全然飲んでいないじゃない!さあぐいっと飲んじゃって!」
「……あの。音瀬さん。今ちょっと……良いかな?」
「……ん?」
と、そうやって一人ずつお酒を注いで回っていたところで。一人の男性が妙に真剣な顔でそんな事を言ってきた。
「……えーっと……キミは…………ええっと?」
「ああ、良いんだ。覚えていなくて当然だと思う。クラスも違ったし関わりも全然なかったからね。…………そんな事はどうでも良いんだ。キミに話があるんだけど……」
「話?んーと……何かな?」
「……ここではちょっと。すまないが……少し外で話さないか?」
「はぁ……別にそれは良いんだけど……」
なんでわざわざ外なんかで?ここで話しても一緒じゃないかな……そう思いつつも、そのよく覚えていない男性の表情があまりにも誠実で。私は言われたとおり、そいつに従い居酒屋の外へ出てみる事に。
「……悪かったね、呼び出してしまって。ちょっと……人には聞かれたくない話だったんだ」
「んーん。それは良いよ。んで?話ってなにかしらん?」
居酒屋の外の喫煙所。その隅に男性は立ち……まるで今から重大な発表でもするかのように私の前で大きく深呼吸をする。オイオイ……何をそんなに緊張しているんだか。大丈夫か?そんなんじゃ言いたい事も上手く言えないんじゃないのか?
そんな私の心配をよそに。彼は覚悟が決まったのか、目に強い光を宿し。そうして私に語り始める。
「……十年前……俺、キミに言いたい事があったんだ。けれどキミは……あんなに大変な事故に遭ってしまって。目を覚まさなくなったって聞いて。もう……永遠に言えないかもしれないってショックだった」
「はぁ」
「けれど……キミは目を覚ましてくれたんだ……!嬉しいよ、これでやっと……やっと言いたかった事を言える……!」
「……はぁ」
ヤバい、何の話か全然見えてこない。そして未だにこの人が誰なのかわからない。しまった……こうなる前にあや子に卒アル借りて予習しておくべきだったかもしれない。
『~~~~~~~ッ!!!来た、とうとう来てしまった……!これは間違いなく……お姉ちゃんの、そして私の敵……!』
『こ、こここ……琴ちゃん待って……!?ま、まだわかんないよ!もしかしたら全然関係のないことかもしれないし……まずは落ち着いて話を聞いてみよう!そしてその手に持った明らかに過剰防衛手段を一度手放そう……!』
『止めないで紬希ちゃん!誰がどう考えても、何をどう間違っても……これはお姉ちゃんへの恋心を告白するシーンでしょ……!?そんなの……神が許してもこの私が許さないんだから……!』
誰だったかな……違うクラスって言っても顔くらいは見た覚えがあるはずだけどな……困った、全然思い出せない。周りがなんだか五月蠅くて思い出そうにも集中出来ないし……
「……すまないね、いきなりこんな事を言われても音瀬さんは困るだろう。だが……俺のこの気持ち、どうかキミに聞いて欲しいんだ。良いだろうか?」
「ど、どうぞ?」
「ありがとう。…………音瀬小絃さん!」
そんな大変失礼な私の気持ちなど知るよしも無く。彼は私の前で最敬礼を見せつけながら。そしてこう告げたのだ。
「――心の底からありがとう!キミのお陰で俺は…………同性の、パートナーが出来たんだ……!」
「うん?」
『え……?』
『はい……?』
私のお陰で……同性のパートナー……?困った、余計に何の話かわかんなくなった。
「俺さ、男だけど……昔から男の人が好きで。でも当時は今と違って滅茶苦茶偏見強くて…………それを言ったら周りにいじめられるから……誰にも、親にも……言えなかったんだ。それが辛くて……苦しくて。けどさ……音瀬さんや伊瀬さんはそんなの関係無いと言わんばかりに入学当初から『女の子が好きだ』ってカミングアウトして。苛められても知ったことかと堂々としていてさ…………凄いと思ってた。かっこいいなって尊敬してた。音瀬さんたちの存在に勇気付けられたんだ」
「あ、そうなんだ。それはどうもどうも」
「俺……音瀬さんを見習ったんだ。周りにどう思われようと、自分らしく生きようって。…………その甲斐あってか、今では俺の事理解してくれる最高のパートナーが出来たよ。きっと……音瀬さんたちがいなければ、叶うことはなかった。だから……ずっと、ずっと音瀬さんにお礼を言いたくて……!ありがとう……心の底から、ありがとう……!」
「そかそか。いやー良かったじゃーん!おめでとう!」
男泣きしながら私にしきりに礼を言う彼。一体全体何の事かと混乱したけど……なるほどね、つまり私ったら知らない間に恋のキューピットになっちゃってたって事か。へへ……そう思うと悪い気はしないね!
『…………ごめん紬希ちゃん。ホントに全然関係無いことだった』
『…………い、いやうん大丈夫。私も正直……告白シーンだろうって内心思ってたし……謝らなくて良いよ琴ちゃん……』
目覚めると私を慕うロリっ娘が、超絶タイプな大人の女性になっていました みょんみょん @myonmyon
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