180話 変わらぬ二人の大騒ぎ

「――うへー……少し見ない間に、随分とまあうちの学校もボロボロになっちゃって」

「少し見ない間って……あんたの感覚だとそうかもだけど実際は十年経っているんだし、そりゃ古くなっていて当然でしょうよ」


 玄関でスリッパを借り、そんな会話を交わしつつパタパタと音を鳴らしながら懐かしい匂いを漂わせる校舎をあや子と共に歩く。

 自分の時間感覚で言うと半年程度しか経っていないハズなのに、実際は十年経過している我が母校。苦楽を共に過ごした教室。友人達と駄弁った廊下。ナイショの話で盛り上がった階段の踊り場。留年の危機を回避すべく通った図書館――所々古びていたり、新しくなっていたり。知らない学生寮や部室棟まで建っていたりと……変なところで時間の経過を実感させられる。


「にしてもさ、学校を貸し切って同窓会なんて中々に洒落てるよね」

「その方が当時の思い出とか語りやすいからでしょ。幹事連中曰く、集合場所の体育館で軽い挨拶と近況報告をやって。終わったら昼食を参加者全員で弁当食べて、んで二次会は近くの居酒屋でやるそうよ」

「なるほどねー。あや子は二次会出るの?」

「勿論よ。何せ……酒が入ってからじゃ無いと聞けない事とか色々あるからね。ふふ、ふふふ……ぐふふふふふふ……!十年経過って事は、結婚して子どもさんがいるご家庭も必ずいるはず…………待っていなさい、まだ見ぬ可愛いょぅじょたち……!」

「…………」


 邪悪な笑みを溢すあや子。悪友として、そして紬希さんの友人として。あや子のその個人的に聞きたい事がなんなのか改めて問いただしておくべき気がするんだが。


「っていうか、そういう小絃も当然二次会行くでしょ?なに改まって聞いているのよ」

「私?いやー……二次会……二次会ねぇ……」


 一応二次会のお誘いもあったようだけど。行ったところで私は酒なんて飲めないし、それに私の琴ちゃんもあれだけ心配していた事だし。正直皆には悪いけど一次会だけにしよっかなーとか内心思っているところだ。よからぬ悪さをしでかしそうなあや子を一人置いていくのは少し……いや滅茶苦茶不安ではあるけど……


「ま、どっちにせよあんたの出欠確認のハガキには二次会参加って丸付けといたから、行くにせよ行かないにせよあんたの分の二次会代はキッチリ払って貰う事になるけどね」

「何勝手にやっとるんじゃ貴様は……」


 幹事にもお店にもキャンセルするのは申し訳ないし、キャンセル代も勿体ない。これじゃもう行くしかないじゃねーか……そういうのは先に一言で良いから言っておけっての。まあ……このロリコンのお目付役がどのみち必要だっただろうし別に良いんだけどさ……


「ああもう……琴ちゃんに後で二次会に出るって連絡しとかないといけなくなったじゃんか……こりゃ説得するのに骨折れそうだなぁ……」

「あ、そうだ。琴ちゃんで思い出したけど、よくあの子小絃の同窓会出席にOK出したわよね。確か数日前はすっごく嫌がってなかったっけ?」

「なんなら家に出る直前まで苦言を呈していたよ。『疲れるだけだよ!』とか『私が側にいないとお姉ちゃんの身体痛むよね!?』とかなんとか。勿論心配してくれるのは恋人として嬉しいんだけどね」

「あー、そういや小絃って琴ちゃんがいなきゃ寂しさの余り身体が痛む琴ちゃん好き好き病を発症してたわね。実際どうなの?身体痛むんじゃないの?」


 琴ちゃん好き好き病ってなんだよ……変な造語作るんじゃないよ全く。寂しいと死んじゃうウサギじゃないんだからさ……


「ああうん、身体自体は大丈夫。頼んでもいないのにうちの母さんが――」


『こんな事もあろうかと小絃の為に用意してやったわ!このペンダントを着けておけばあら不思議!これさえあれば小絃は常に琴ちゃんの存在を感じ取れるようになるのよ!』


「――って。このよくわからん装置を家に出る直前に渡されたお陰で、不思議と痛みは今のところ感じないよ」

「ふーん?相変わらず小絃ママはよくわかんない装置を作る天才よね」


 天才っていうか天災っていうか。まあともあれ幸い琴ちゃんが側に居なくても、これを身につけていると琴ちゃん不在時に感じていた例の痛みはほとんど感じないししんどくもない。母さんも珍しく役に立つものを作るじゃないか。


『――あや子さん……また余計な事を…………お姉ちゃん……二次会に参加するなんて……いけない、いけないわ……!お酒を飲んで秘めに秘めた同級生達のお姉ちゃんへの初恋が爆発しちゃったらどうするの……!?ううん、それだけじゃない……!お酒を無理矢理飲まされて……お持ち帰りされちゃったらと思うと…………こうしちゃいられない。やっぱり今からでもお姉ちゃんを連れ戻しに――』

『お、落ち着いて琴ちゃん……!一応あや子ちゃんもボディガード役として小絃さんの側にいるし……それに飲まされると決まったわけじゃ……い、今出て行ったらバレる、バレちゃうよ……!?』


 …………まあ、痛みは感じないんだけど。この装置の効果でなんかずっと近くで琴ちゃんに監視されてるみたいな……常に琴ちゃんの視線みたいなものを感じるから別の意味でしんどいんだけどね。


「――伊瀬さん!それに…………お、音瀬さんっ!?」

「んぉ?」


 なんてあや子と話をしているところで。集合場所の体育館に辿り着く。体育館の入り口で受付をしていた数人が私たちを見るなり声をかけてくれる。


「やあやあ皆さまごきげんよう。十年ぶりー」

「ああ……やっぱり音瀬さんだ……本物だ……は、話は伊瀬さんから聞いていたけど……音瀬さん本当に目を覚ましたのね!?」

「凄い。ホントにあの頃のまんまじゃない……その、身体は大丈夫なの……?」

「音瀬だけ十年前からタイムスリップしてきたみたいだな。大事故だった覚えがあるけど、思いのほか元気そうでなによりだよ」


 見世物小屋の物珍しい動物と出くわしたように。集まっていた旧友たちに一斉に取り囲まれる私。まくし立てるように全員矢継ぎ早に話しかけてくる。予想はしてたけど、まーそうなるわな。


「あー、皆。全然そうは見えないだろうけど、これでもそいつまだまだリハビリが必要なのよね。ぶっちゃけ立って歩くのもかなり無理してるらしいのよ。色々積もる話もあるだろうけど、まずは落ち着いて座らせてやってくれないかしら」

「あ……ご、ごめんなさい!私たち、つい話し込んじゃって……」

「ああいや、大丈夫大丈夫。心配してくれてありがとねー」

「ええっと……音瀬さん、こっちだよ!この席に座ってね!」

「はいはいりょーかーい」


 見かねたあや子が珍しく気を利かせ、集まった連中を散らしてくれる。そんなわけで一旦皆と別れ、幹事に名札を貰い指定された席に座らせて貰う事に。


『うー……やっぱりお姉ちゃんは人気者……モテモテ。……あの中にきっと……お姉ちゃんを付け狙う不届き者がいるはず…………誰だろう……誰も彼もが怪しく見える……もう面倒くさいし、後顧の憂いを断つためにも手っ取り早く全員始末しておくべきでは……?うん、それがいい……それでいい……疑わしきは罰せよって言うもんね……』

『言わないよ!?疑わしきは罰せず、だよ!?だ、大丈夫だって琴ちゃん!あ、あれは皆さんただ単純に目を覚ました小絃さんを友人として心配しているだけだって……!だから……だから会場に乗り込もうとしないでお願いだから……っ!?』


 席に座り、貰った名札を胸に付けながら周りを見渡してみる。どうやらほとんどの参加者がすでに会場に着いているらしい。


「想像以上に多いね。これひょっとして……同級生達ほぼ全員が参加してるっぽい?」

「そうね。二、三人は仕事だったり他県にいて来るのが困難だったって話だけど。それ以外は皆来ているそうよ」

「なるほど。だからこんな大勢が集まっても問題ない体育館が集合場所になってたわけね。…………うーむ。にしても改めて見ると……当たり前だけど皆随分と変わったよね……」


 校舎の変化にも驚かされたけど……人の変わりようはそれ以上だ。旧友たちの成長を目の当たりにすると時の経過をしみじみ感じる。付けられた名札のお陰でなんとなく『ああ、アイツか』ってわかった気になるけど……それでもやっぱり皆随分と変わってしまっていた。変わってないのはコールドスリープ装置で丸々十年眠っていた私ばかりで。当然だけど皆学生から社会人の顔に、大人の顔に変わっていた。


『おかーさーん!みてみてー!』

『ぱぱー!だっこー!』


 顔どころの話じゃない。苗字まで変わった女友達も何人かいた。その中にはすでに新しい家族が出来た子も数人いるようだ。体育館の端にはプレイマットが敷かれていて、そこには小さな子ども達が遊んでいる。目元や口元から、なんとなく『あの人の子どもさんかな?』とか想像出来てなんか楽しい。


「はは、可愛いもんだ。なんだか感慨深いよね。友達だった子が結婚して、今や子どもまでいるなんて。あや子もそう思うでしょ――あや子?あれ?」


 と、隣にいたハズのあや子に話を振ってやるけど返答が無い。いつの間にか姿を消しているではないか。あいつ一体どこ行った……?そう思いつつ何とはなしに視線を戻してみると。


「――可愛いねー、貴女たち何才になったのかなー?趣味は?好きなものは?お菓子あるけど食べてみない?おねーさん、貴女たちとお友達になるためにいっぱい用意してきたの。好きなものをいくらでもあげるわよー♡」

「で、でも……おかーさんがしらないひとからものをもらっちゃいけませんって……」

「大丈夫大丈夫。おねーさんね、貴女たちのおかーさんの大親友なの。だから大丈夫なのよ!」

「…………オイ」


 変質者がいた。大量のお菓子を手に、小さな子ども達に声かけする事案を発生させる……紛うことなき変質者がそこにいた。同窓会に来ているにしては妙に大荷物で来ているな……?って不思議だったけど今謎が解けたわ……


『…………ねえ琴ちゃん。オイタするような人には、罰が必要だと思わないかな……?嫁がいるのに他の女をナンパするような不届き者には……然るべきオシオキが必要じゃないかな……?』

『紬希ちゃん落ち着いて。目が怖いよ。あと殺気も抑えて。……今出て行ったら監視してることがバレるって紬希ちゃんが言った事じゃない。……大丈夫。あや子さんはお姉ちゃんが何とかしてくれるハズだから……ここは我慢だよ』


「――おねーさんの家にはね、もっといっぱいお菓子もオモチャもお洋服もあるからね!一緒に行きましょうそうしましょう!さあ、みんないくわよー!」

「(ガチャリ)貴様が行くべきは留置所だ、この変質者め……!」


 子ども達の手を引いて同窓会の会場を出ようとする変質者をお縄にかける私。コイツの同窓会参加の目的を聞いた時からなんとなくこうなる気がしていたし、念のため母さんに特注の手錠を作らせておいて正解だったようだね。

 ……まさかこんなに早く使わざるを得ない事になるとは流石の私も思わなかったけど。


「はーい注目。よく聞いてちょうだい皆。まず保護者の皆は自分の子どもさんの身の安全を確認。大丈夫だって確認したら子どもさんの手をしっかり握っていつでも避難できるようにしておいて。間違っても子どもさんをこの変質者に近づけないように。私がこの変質者を責任持って確保しておくから、他の皆は警察に連絡をしてちょうだい。初めて通報する人でも怖がらないで大丈夫。『声かけ事案です』って言えば一発だから」

「待ちなさい小絃……私はただ友人達の子どもにお土産を渡そうとしただけで別に他意はないわ。だから私から可愛い子どもたちを引き離す必要はないはずだし、この程度の事で警察の手を煩わす必要はないと思うの。だから――だから通報だけはやめて、やめなさい……!」


 ギャーギャーと喚く犯罪者。ええい、まだ抵抗するか往生際が悪い……!


「あー……なんか、凄いね。音瀬さんがあの頃のまんまだから……余計に感極まっちゃう。ホントに十年前に戻ったみたいな気持ちになるや」

「わかる、懐かしさが半端ない。あの二人を見てると……あの日あの時の光景が容易に目に浮かぶよな」

「ああやって二人でじゃれ合って……毎日大騒ぎしていたよね。なんだか泣きたくなっちゃうくらい懐かしいね」


 そんな私とあや子のいつものやり取りを見ていた友人達はと言うと、何故か目元を抑えたり、遠く優しい目をしていた。いや、そういうの良いから早く通報するんだ君たち……!このロリコンに逃げられてしまうぞ……!?







「…………音瀬さん……目覚めてくれて嬉しいよ。俺……やっと……言いたかった事をキミに言える……」

「…………小絃ちゃん……また貴女に会えるなんて……私、貴女にあの頃伝えたくても伝えられなかったことが……」

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