179話 同窓会のご案内

「――そう言えば小絃。同窓会の案内が来てたけどさ。あんたは行くの?」

「同窓会?」


 例の如く呼んでもいないのにいつの間にか私と琴ちゃんのお家に紬希さんを引き連れてやって来たあや子。我が物顔でくつろいでいたあや子は、唐突に私にそう問いかけてくる。


「あー……言われてみればちょっと前に何か私にハガキが届いてたっけ……」

「あれの返信、確か今週までだったハズよ。今日か明日には出欠の返信出しとかないと間に合わないんじゃないの?」

「うげ……そっかぁ……うーん、どうしよっかなぁ……」


 ハガキが来ていたことはわかっちゃいたけど、どうしようか悩んでいるうちについうっかり放置しちゃってた。すぐにでも返事を出さなきゃいけないらしいけど……さてどうしたものか。


「ちなみにあや子は行くの?」

「モチ行くわ。昔の仲間とただ駄弁るだけでも楽しいし。疎遠になった奴と会える良い機会だし。社会人になった連中と連絡交換、情報交換出来るのはかなりメリット大きいのよね。行かない理由がないでしょ」

「ふーん。……とか何とかもっともらしい事言って。あや子の事だし結婚した人たちに娘さんがいないかの確認&品定めして、あわよくば連絡先をゲットしようとか考えてたりして」

「…………は、はは……そんなわけ、ないじゃない小絃……へ、変な冗談はやめてよね……」

「オイ……冗談なら何故全力で私から目を逸らす?」

「…………あや子ちゃん。後でちょっとお話があります」


 冗談交じりに言ってみたのに、ガチでそう企んでいた疑惑が浮上する性犯罪者予備軍ロリコン。紬希さん、思う存分やっちゃってください。


「あや子ちゃんへの説教は後に取っておくとして。小絃さん、当日はなにかご予定でもあるのですか?」

「あ、いえ……別にそういうわけでは……ないんですけど」

「そうなのですか?なんだかあまり乗り気ではなさそうに見えたので、ご予定が入っていたのかと思ってました。……あっ。その……も、もしかして昔のご友人にお会いしたくないとか……?」


 何かを察した様子の紬希さんからそう問われる。今の私の口ぶりだとそう思われても仕方ないよね。


「あはは……会いたくないってわけでも無いんですが。でもホラ、私ってば十年間眠り続けて未だに高校生のまま。そもそも卒業すらしてないじゃないですか。他の皆が大人になった中、私だけ姿が変わらずなのはなんか気まずいって言うか……私が変わらないことにビックリされるんじゃないかなって。そう思うと……なんだか同窓会に行きにくいなーって」

「あ……そっか。小絃さんはそうですよね……」


 一応あや子含め昔特に仲良くしていたかつての友たち数人に見舞いに来て貰った事もあるし……何故かローカルニュースで取り上げられたから私が目覚めた事自体はそこそこ知られているハズ。

 それでも実際に再会した旧友たちは大半が一瞬ギョッとしていたし。それを知らない連中からしてみれば幽霊にでも遭った気分になっちゃうんじゃないだろうか。楽しい同窓会の空気をぶち壊しかねない存在の私が行ってみても大丈夫かなぁ?と言うか、案内は来ていたけれども卒業自体がまだの私に行く資格はあるのか?


「……小絃さんの気持ち、私もちょっとわかるかもです。私も……同窓会、嫌いじゃ無いけど苦手なんですよ」

「え?紬希さんが?それはちょっと意外かも……紬希さんって社交的ですし、人当たりも良くて誰にでも優しいから……昔のお友達と会える同窓会とかも好きそうだなってイメージだったんですけど」

「小絃さんにそう思って貰えるなんて光栄ですけど、本当に苦手なんです。…………なにせ、昔から変わっていないっていつでも驚かれますので。何年経っても同窓会に行くたびに――『紬希ちゃんの娘さん?』とか『あの頃から見た目変わらなさすぎる……やっぱり座敷童なんじゃ……?』とか言いたい放題言われちゃいますからね…………ふ、ふふふふふ……」

「紬希さん……ハンカチどうぞ。涙これで拭いて下さい……」


 同窓会の話題を出したはずなのに、まるでお通夜みたいな雰囲気が漂ってくる。こんな時私はどんなフォローをしてやったら良いんだろうか。


「小絃お姉ちゃんが行きたくないなら、私は無理に行かなくて良いと思うよ」

「おや琴ちゃん。琴ちゃんもそう思う?」


 紬希さんを必死に慰めていたところで、皆の分のお茶菓子を持ってきてくれた琴ちゃんが会話に参加してきた。


「うん。行かなくて良いと思うって言うか……正直に言うと、私はお姉ちゃんに同窓会へ行って欲しくないかな。まだまだお姉ちゃんも体調が万全とは言いがたいし。それに今のお姉ちゃんは……私が側に居ないと身体が痛むでしょう?気まずい思いをするのをわかった上で我慢して行っても辛いだけだと思うし、そんな気持ちで同窓会に参加されたら楽しみにしていた人たちにも悪いと思うんだ」

「な、なるほど。それは確かにそうかも」


 心配性の琴ちゃんは案の定心配した顔で私を想ってそう言ってくれる。実際琴ちゃんの言うとおり、今の私が同窓会に行ったところで……って感じなんだよね。シンプルに面倒くさそうだし。お酒も飲めないし。大人になった人たちと何話せば良いのかもわかんないし。


「それに何より……」

「何より?」

「同窓会なんかに出席して、当時お姉ちゃんに秘かに恋い焦がれていた人の初恋が再燃したら大変だもの……!」

「えー……」


 今しがた語った私を同窓会に参加させたくないどの理由よりも力説しちゃう琴ちゃん。いや……初恋って……


「いやいや琴ちゃん。安心しなさいよ。こんな変態を好きになる物好きなんて琴ちゃん以外いないからさ」

「それはそれで腹が立つんだけど……?」


 事実だろうから反論もできないけど、あや子にその台詞を吐かれるのは腹が立つ。そういうあや子こそ、貴様みたいなロリコンを好きになる物好きなんて紬希さん以外いないじゃんか。


「いいえ、甘いですあや子さん!小絃お姉ちゃんみたいな優しくて可愛くてかっこいい人が、学生時代にモテなかったハズありません!当時も絶対どこかにお姉ちゃんを付け狙うストーカー予備軍が百人や千人いて当然なんですっ!」

「落ち着いてくれ琴ちゃん。うちの母校、千人も人はいないから……」


 自分で言うのも悲しくなるけど。モテた記憶なんて琴ちゃん以外全然ないのに琴ちゃんの中の私ってどんなイメージなんだろうか……


「まあ確かに琴ちゃんが不安になるのも無理はないわよね。何せ小絃ったら……学生時代泣かせた女は数知れずだったし」

「…………お姉ちゃん。どういう事なのかあとでじっくり聞かせて貰ってもいいかな?」

「違うからね琴ちゃん!?そんな事実無いから!?あや子は事実無根な作り話すんのやめろや!?」


 どさくさに紛れたあや子の嘘八百な話を真に受けて、琴ちゃんから漏れ出す凄まじき殺意。私に向けてでは無く架空の相手に向けられた殺気なのに……近くにいるだけで震えが止まらなくなる。


「大丈夫よ琴ちゃん。半分冗談だから」

「半分どころかちゃんと全部冗談だったって言えやアホあや子……!中途半端に訂正すると、琴ちゃんが本気でそれ信じてしまいかねないでしょうが……!?」

「なーに言ってるのよ。実際に物理的に泣かせた女自体はいたでしょ小絃。なにせあんた気に入らないことがあればすぐに手も足も出る暴力女だったわけだし。忘れたとは言わせないわよ。私たちを『同性愛者同士でデキてる』とか抜かしてきた奴を蹴り倒して泣かせた事件をね」

「あ、あー……なるほど……そういう意味ね……」


 言われて私も思い出す。そういや高校時代……私やあや子に暴言を吐いた連中を問答無用で足蹴にして思いっきり泣かせたことあったっけ。妙にややこしい言い回ししおってからに。

 ……て言うか、如何にも他人事的な言い回しだけど。そいつら泣かせたのはあや子も一緒だったでしょうに……


「と、とにかくだ。琴ちゃんが心配するような事なんて誓って無かったし。同窓会にも行くつもりも全然ないの。だからどうか安心して欲しい」

「わかった。私もそれで良いと思うよ」


 念を押して琴ちゃんに告げると、ようやく安心したようで琴ちゃんに笑顔が戻る。よし、行かないって決めたなら決意が鈍らないうちに欠席しますってハガキに書いて返信しときますかね。

 そうやっていざハガキに欠席の連絡を書こうとした私だったんだけど……次のあや子の台詞で状況が一変する。


「ですが……少し寂しいですね。折角ご友人と久しぶりに会える機会でしたのに。小絃さんも事故が無かったら同窓会を楽しめたでしょうに残念ですね……」

「ああ紬希。安心しなさいな。仮にこいつが問題無く同窓会に行けたとしても。どうせなんやかんや理由を付けて行かなかったハズよ。何せ小絃は――友達全然いないんだし。行きたくないって内心思ってたハズだから」

「おぉん!?」


 聞き捨てならないそのロリコンの台詞に、欠席と書こうとした手がピタリと止まる。オイこいつ……今なんて言った……!?


「訂正しろアホあや子!誰が友達いないって!?」

「だって事実でしょうが。小絃の学生時代とか……おバカで性欲に忠実な変態で気に入らなければ暴力も辞さないクラスでも浮きに浮きまくるトラブルメーカーだったでしょ。辛うじてこの私や数人がしかたなーく面倒見てやってあげたくらいで、仲の良い友人なんて片手で数えられる程度だったじゃないの。断言するわ。修学旅行の班分けでぼっちになるタイプの女よ小絃は。良かったわね、修学旅行に行けなくて」

「あぁ!?それはあや子の事だろうが!私はあや子と違ってコミュ力全開でモテモテな陽キャでしたが!?常に男女問わず侍らせてた魔性の女でしたが!?」

「…………お姉ちゃん。やっぱりあとで私にじっくりとそのお話を聞かせて欲しいな」


 いかん、あや子に対抗してちょっとだけ話を盛ったせいで……収まってたハズの琴ちゃんの殺気再び……


「と、とにかくだ!私だってちゃんと友人はいるし、同窓会だってぼっちが怖いから行きたくないってわけじゃないんだから!」

「いいのよ小絃、見栄を張らなくても。琴ちゃんも言っていたじゃないの。無理しないで良いってさ」

「無理なんかしてないしっ!…………良いだろう、そこまで言うなら行ってやろうじゃないの同窓会って奴にさぁ!」


 売り言葉に買い言葉。あや子に煽られる事が耐えきれず、私は勢いのまま……出席確認のハガキに『出席』と丸を付けてやった。ハッ!同窓会がなんだって言うんだ!こんなの余裕でこなしてみせるわ!


「…………(ボソッ)あや子さん、余計な事を」

「…………(ボソッ)ご、ごめんね琴ちゃん……うちの人のせいで……」

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