178話 キス訓練の成果は……
琴ちゃん(+何故か来ていたマコ師匠)に琴ちゃん人形に濃厚キッスするという奇行をバッチリ目撃されてしまった私。私の趣味や性癖に寛容な流石の琴ちゃんもこれには若干引いているみたいだけど……
「違うんだ、これには深い理由があるんだ琴ちゃん……!」
「そ、そう……なんだ?」
「そうなの……!だから……お願いだからどうかこの私めに弁明をさせてください……!」
「ど、どうぞ……?」
そんなこんなで。このような異常事態に陥った経緯を説明させて貰える事に。そうこれは……遡ること一時間前――
◇ ◇ ◇
「それでは小絃さま。――キスしましょうか。この場で、今すぐに」
「…………は、い?」
軽い気持ちで『手っ取り早くキスを上達したい』とコマさんに言ってみると。そのコマさんはとても凜々しい表情で……そんな怪しいことを呟きながら私に迫ってきた。今この家にいるのは私とコマさんの二人だけ。キスという行為は、基本的に一対一でやるもの。そして……この場で今すぐにキスを出来るのは……私とコマさんだけだ。
これらを総括すると……つまり――コマさんと私がキスするって事になるのでは……!?
「だ、ダメですコマさん……!?考え直して下さい……!わ、私には琴ちゃんが……そしてコマさんにはマコ師匠がいるのに……キスするだなんてそんな…………コマさんは命が惜しくないんですか……!?」
確かに琴ちゃんの為、ひいてはキスの上達のためなら何でもするとは軽々しく口にしちゃったけど……すみませんコマさん、私……それだけはどうしても出来ません……!だってやってしまったら最後……考え得る限りの最悪の未来が容易に見えるんです。琴ちゃんやマコ師匠が何をしでかすかわかったもんじゃないんです……!
自分の身を守るためにも。そしてコマさんの命を守るためにも全力で拒絶する私。けれどコマさんはそんな私を意に介さず、ズンズン迫り――
「――はい、と言うわけで小絃さま。このお方にキスしてみましょう」
「…………へっ?」
そしてコマさんは……私の隣に佇んでいた、琴ちゃん――を良く似せた琴ちゃんが用意してくれていた人形を私の前に突き出した。え、えっ?
「キスって……まさかこれに?」
「ええ、これに。ちょうど良い教材があって助かりました」
「……コマさんとじゃなくて?」
「私と?……ふふふ、小絃さま。笑えない冗談はおやめ下さい。小絃さまとキスですって?…………私をそんなに抹殺したいのですか?」
そんなコマさんの一言に、ようやく私は緊張を解きホッと息を吐く。な、なんだビックリした……私てっきり……死を覚悟しなきゃいけない事になるのかと……
「で、ですがコマさん。何のためにこの人形にキスしなきゃいけないんです?」
「今言った通り良い教材になるからですよ。小絃さまとこちらの人形でキスする間、私が横でタイミングやキスの仕方を教えられますので。それに、都合の良いことにこんなにも琴さまに似せていますからね。小絃さまも琴さまとキスするイメージが湧きやすくなるのではないかと思いまして」
「あー、なるほどそういう事……」
それは確かにそうだ。何せ琴ちゃんがうちの母さんに作らせたこの琴ちゃん人形……無駄に琴ちゃんにそっくり過ぎるんだもの。この子とキスするなら、自然と琴ちゃんを思い浮かべられちゃうよね。
どれ、そういう事ならモノは試しだ。とりあえずコマさんに言われたとおりキスしてみようかな。なんて事を考えながら琴ちゃん人形に唇を近づけてみる。唇を押し当ててみると……流石に本物には劣るけれども、それでも柔らかい感触が伝わってくる。母さんめ……変なところに凝り過ぎ――
「ん……んー、ん?…………ンンッ!?」
「まあ、とはいえいくら精巧に似せているとは言えただの人形ですし、キスと言ってもちょっと唇に触れられる程度でしょうが」
「ん、ング……!?ンぅう……ッ!?」
「それでもキスする雰囲気といいますか、イメージトレーニングにはちょうど良い…………かと……あの、小絃さま?」
「ムーッ!む、むぅううううう……!?」
「こ、小絃さま?どうしましたか?なんだか様子がおかしいような……?」
「ぷはぁっ……!?は、ハァ……はぁああああ…………し、ししし……舌っ!?」
「……舌?舌がどうしたのです?」
「こ、コマさんこいつ…………舌出してきた!?私の舌、舐められた!?」
「は……はい?」
不用意に唇を重ねたその瞬間。私の口内に琴ちゃん人形の舌が不意打ちで伸びてきた。そのまま唇を奪われ、舌を絡め取られ、濃厚なキスをさせられて……
もしかしなくてもコレ……ただの人形じゃないのか……!?慌てて製造元に鬼電して詳細を問いただす私。そして帰ってきた答えは……
『――え?キス?そりゃ出来るに決まっているじゃないの。寧ろその為に作ったんだし。聞いて驚きなさい。小絃の体温をセンサーが感知すると舌が飛び出てくる仕組みになっていてね。勿論ただ舌を出すだけじゃ芸がないし、ランダムに動くように設定してあるわ。舌で刺激してやれば自然と唾液に似せた分泌液も出るようにした超高性能琴ちゃんドールよ!』
「バカじゃねーの……!?要するにこれ……マジでダッ○ワイフじゃねーか!?なんでそんなモノ作った貴様……!?」
『え?だって琴ちゃんに『お姉ちゃんが一人でも寂しくないように』って頼まれたからね。当然――琴ちゃんがいない夜も小絃が一人で慰められるように作っておいた――』
「言い直してやる。バカそのものだよアンタは……!?」
と、まあ……誰も頼んでいないのに余計な機能を付けやがった母さんの犯行ということが判明したのである。相変わらずあの人は……
「あ、あはは……毎度の事ながら、本当に凄いですね小絃さまのお母さまは…………色んな意味で」
「凄いバカって意味では確かに凄いかもですね。ホント……何考えてんだあのバ母さんは……」
「ま、まあまあ。それはそれとして……こんなに凄い機能が付いているなら、ちょうど良かったじゃないですか小絃さま。折角ですし……これを使わない手はないかと。イメージトレーニングは元より、実際にキスの練習に使えますよ」
「う……や、やっぱりやんなきゃダメ……ですか?」
「上達したいのでしょう?でしたら……練習あるのみです。さあ小絃さま。実践開始ですよ」
◇ ◇ ◇
「――と、いうわけで……お姉ちゃんはただキスの練習をしてただけなの……!誓ってコマさんといかがわしい事をしていたわけでもなく、ましてや琴ちゃん人形に欲情しちゃう異常性癖に目覚めたとかでもないの……!お願い信じて……!?」
「小絃さまの説明通りです。私はただ小絃さまにキスのやり方を説明していただけで、指一本小絃さまには触れていませんのでご安心下さいませマコ姉さま、それに琴さま」
その場で得意の土下座を披露しながら経緯を説明する私。私の説明に補足してくれるコマさん。
「なるほど、だいたいわかった。小絃お姉ちゃんがコマさんとおかしな事になるとは流石に思っていなかったし。キスの練習にそれを使ってたって話も理解は出来たよ」
「キスの練習かぁ……そかそか。そりゃコイコイがコマに相談するのもさもありなんだよね。大丈夫、信じるよコマ」
必死に弁明したことと、コマさんの的確なフォローも相まって、琴ちゃんとマコ師匠は納得したような表情を見せてくれる。良かった……誤解が解けたこともそうだけど……なにより修羅場にならなくてホント良かった……
「それはそれとしてお姉ちゃん。ちょっと聞いてもいいかな?」
「ん?何かな琴ちゃん」
「キスの練習していたことはわかったけどさ。……そもそもどうしてキスの練習なんかしてたの?」
「えぅッ……!?」
などと窮地を脱して安易に安堵して油断していた私だったんだけど。すぐさま更なる窮地に陥ってしまう。し、しまった……弁明に必死になりすぎて、肝心の『何故キスの練習をしていたか』に関しての上手い言い訳は考えていなかった……!?
「そ、それは……そのぅ……」
「それは?」
「え、ええっとね……あの……」
「琴さまをもっと満足させたかったからだそうですよ」
「え……」
「ちょっ……こ、コマさん!?」
無い頭をフル回転させて誤魔化そうとしたんだけど。さらっと暴露してしまうコマさん。な、なんてことを……!?
「ふふ、ごめんなさい小絃さま。ですが……下手に誤魔化して余計な不安や嫉妬を煽るよりも、正直に伝えた方が琴さまは喜ぶと思いまして」
「……コマさん。今の話って、本当ですか?」
「ええ。晴れて琴さまと恋人関係になれて嬉しい反面。今はまだ恋人らしい事がキスくらいしか出来ないのが琴さまに申し訳なくて。せめてキスだけでも満足して貰いたい、キスで琴さまを気持ちよくさせたい。そんな思いから私に頼ったそうなのですよ」
「でも……だったらどうしてお姉ちゃんは私に内緒で……コマさんを頼ったの?」
「なーるほど。私わかったかも。多分だけどコイコイはコトたんにサプライズをしかけたかったんじゃないのかな。コトたんが知らない間に上達して。コトたんに喜んで貰いたかったんだよきっと」
止める間も無く全て琴ちゃんに包み隠さず伝えるコマさん。事情を知らないはずのマコ師匠も私の心情を的確に読み取って余計な事を琴ちゃんに伝えてしまう。
「……そうなの?だから私に隠れてキスの練習してたのお姉ちゃん?」
「…………うん」
ここまでまるっと暴露されてしまったらどうすることも出来やしない。観念した私はポツポツと語り出す。
「そこの双子姉妹に密告された通りだよ。私……キスなんて琴ちゃんとしかやったことなかったし、ただでさえ不器用でその上経験不足だから……キスが下手っぴで琴ちゃん満足して貰えてないんじゃないかって心配になったんだ。どうせキスするならとびっきり上手になって琴ちゃんに披露したくて……だからその、琴ちゃんにヒミツで……琴ちゃんを喜ばせたくて……キスのエキスパートであるコマさんに協力して貰って……練習してたの。黙っててごめんなさい」
なんとも情けない私の告白。それを黙って聞いていた琴ちゃんは、私が話し終えると私を優しく抱きしめてこう返す。
「……もう。私の為に頑張ってくれたのは嬉しいけど……でもお姉ちゃん、わかってないね」
「わ、わかってない……?なにが……?」
「経験不足?キスが下手?それが良いんじゃない。経験不足って事は……私以外の人とやったことがないって事でしょう?嬉しいに決まってる。下手なら……私とのキスで上達すればいいだけの話でしょう?二人でいっぱい練習して、二人で上手になればいい。簡単な事じゃないの。それが恋人って関係でしょう?」
「あ……」
琴ちゃんに諭されてようやく私は自分の過ちに気づく。そう……だよね。その通りだ。
「それよりも……私に黙って、私以外の誰かと勝手にキスして……知らない間にキスが上達される方が嫌だな私。今回その点だけはちょっと……怒ってるよ」
「ひぅ……っ!?」
笑いながら怒っていると告げる琴ちゃん。…………笑顔だけど、口調は優しいけど。目だけは笑っていないのがこわい……
「ま、待って欲しい琴ちゃん!何度も言うけどコマさんとキスは誓ってやってないからね!?本当だからね!?」
「大丈夫。それはちゃんとわかってる。でもね……その人形とはキスしたんでしょ?」
「え……」
いや、いやいや……人形とのキスは人間じゃないんだし流石にノーカン…………って、えっ?
「あの、琴ちゃん……?」
「なぁにお姉ちゃん」
「ひょっとして……さ。勘違いだったら悪いんだけど……」
「うん」
「……まさか、嫉妬してるの?自分とソックリの人形に……」
「…………しちゃ、悪いの?んっ……」
「ンぅ……!?」
「お、おぉ……」
「あら、あらあらあら♪」
そう言い終わるや否や。私に思いっきりキスしてくる琴ちゃん。コマさんとマコ師匠が見ている前でもお構いなし。つい先ほどまでのコマさんのキス講座の内容も頭からすっぽり抜ける、技術もへったくれもない欲望に忠実なキスをされる。
そうして私がふにゃふにゃになるまで口づけを交わした琴ちゃんは、勝ち誇ったように例の人形に視線を送り……
「……残念でした。お姉ちゃんの唇は、私だけのものなんです」
なんて、べーっと舌を出し。人形に対して可愛くあかんべえするのだった。
あ。ちなみにこれはどうでもいい余談なんだけど。コマさんのキス指導のお陰か、あの後から私もキスが格段に上手になったと琴ちゃんにベタ褒めして貰えたんだけど……
「――ちょ、ちょちょちょ……ちょーっと待って琴ちゃん……!?キスだけ!キスだけで終わりっ!そういう約束だったハズ――」
「ごめん、待てない……もう無理限界。こんなに気持ちいい蕩けるキスをされて……ここから先はおあずけとか軽い拷問だよ。これ以上は我慢できない……イタダキマス」
「すとぉおおおおぷ!!!?」
キス以上の事をしないように。キスだけで琴ちゃんを満足させられるようにキスを上手になろうって話だったはずなのに。キスが上手になった結果…………かえって琴ちゃんの欲望に火を付けてしまうというなんとも本末転倒な結果を招く事になってしまったのであった……
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