狂った妹の治療法

@yaiton

狂った妹 1

 家に帰るのが嫌になったのはいつからだったか。

 限界は既に来ていたんだと思う。

 あいつの前では必死に取り繕っていたが、今ではもう声を聞くだけで身体が動かなくなる程だ。

 こんな生活が続けば、逃げ出してしまっても誰も文句は言わないであろうと自分に言い聞かせて、俺はあいつから逃げることにした。

「スマホのGPSは切ったし、大丈夫なはずだ…大丈夫…」

 いくらあいつといえど中学生だ。

 ここまで辿り着くのは不可能なはず。

 共通の知り合いとは一ヶ月前に連絡を断ったし、跡もつけられないよう細心の注意を払った。

 安心して良い筈だというのに目を閉じる度にあいつの姿がチラついて身体が震え、その度に大丈夫だと自分に言い聞かせる。

「折角東京から大阪まで逃げてきたんだ。一先ず今日はもう寝て、これからは極力あいつの事は考えないようにしよう」




 お母さんは病気だった。

 病気と言っても、心の病気。情緒が不安定になるんだって。お母さんはよく私を殴ったんだけど、その後は決まって私をぎゅってして「ごめんね、愛してるよ」って言ってくれたから、愛情表現なんだなって思ってた。ぎゅってされるのは好きなんだけど、痛いのは嫌な気持ちになるから辞めて欲しかった。でもそのおかげで、今は大好きなお兄ちゃんにぎゅってして喜んでもらえるんだからそれを教えてくれたお母さんには感謝してる。


 お父さんは病気じゃなかったみたいだけど、私とお母さんを殴ったり、怒鳴ったりした。「誰のお陰で飯が食えていると思ってんだ」ってほとんど毎日言ってた。お父さんはあんまり好きじゃなかったな。お兄ちゃん曰く、お母さんが心の病気になったのもお父さんのせいで、悪い人だって言ってた。


 三ヶ月前、そんなお母さんとお父さんが事故で死んだ。

 それから暫くして、親戚の集まりがあって、誰も私を引き取りたがらなかったけど、お兄ちゃんが「俺の家、来るか?」って私に手を差し伸べてくれた時の事は良く覚えてる。

 そんなこんなあって今はお兄ちゃんととっても幸せな二人暮らし。


 「きょうは〜おにいちゃんのだいすきな〜はんばーぐ!!」

 いつものように学校が終わって、夕食を作る。後は盛り付けをするぐらいだ。

 お母さんは料理があまり好きじゃないみたいだったけど、どうしてだろう。こんなに幸せな気持ちになるのになぁ。

 お兄ちゃんの為だと思うと何をするにしてもやる気が出て、お兄ちゃんの喜ぶ姿を想像するだけで広角が上がってしまう。

 最近のお兄ちゃんとの仲はますます良くなって、食べさせ合いっこもしてる。えへへ。

「…ただいま、文月ふづき

 あ、お兄ちゃんが帰ってきた、お出迎えしなきゃ。火を止めて、トテトテと玄関に向かう。

「おかえりなさい」

 少し疲れた表情のお兄ちゃんが見える。職場で何かあったのかな、きちんと癒やしてあげなきゃ。

「お疲れ様お兄ちゃん、今日の夕食はハンバーグだよ!」

 喜ぶ顔を期待して反応を待っていると、何故か困った顔のお兄ちゃん。かわいい。じゃなくて、どうしてだろう。

「悪い、食べる元気なくて…」

 そんな歯切れの悪い返事をするお兄ちゃん。本当に元気が無さそう。具合悪いのかな?それとも、誰かに嫌な事をされたとか?だとしたら絶対に許せない。どうしよう。とにかくお兄ちゃんを元気付けなきゃ。そうだ。私が食べさせてあげよう!そうすれば私も幸せだし一石二鳥だよね。えへへ。

「駄目だよ!元気ないなら余計にご飯食べなきゃ。食べる元気が無いなら食べさせてあげる!」

「あっいやっ違うんだ!自分で食べられるから大丈夫だ」

 私に気を遣ってるのかな。気にしなくてもいいのに。

「無理しないで、私に任せて、ね?」

「いやっ本当に大丈夫だから!」

 何で遠慮するんだろう。無理しないでって言ってるのに。こういう時は甘えてもいいんだよって叱ってあげなきゃ!

「お兄ちゃん、無理しないでって言ってるでしょ?次遠慮したら"お仕置き"しちゃうよ?」

「あ…」

 ふふふっ。青ざめてるお兄ちゃんも可愛いなぁ。

「!……悪かった、じゃあ…お願い…します…」

「うん!お兄ちゃんいい子いい子、ちょっと待ってね、今用意するから」

 よしよしとお兄ちゃんの頭を撫でて、途中だった盛り付けをささっと終わらせて、机に運ぶ。今日も綺麗にできた。お兄ちゃん喜んでくれるかな。

「見てお兄ちゃん。綺麗に出来たでしょ?」

 今度は撫でてほしくて、椅子に座っているお兄ちゃんの上に跨って、頭をお兄ちゃんの方に差し出す。

「っ…あぁ、偉い偉い」

 気持ちいなぁ。幸せだなぁ。えへへへ。

 いけないいけない。お兄ちゃんは疲れてるんだから自重しなくちゃ。よし!先にお水だよね。

「じゃあ、まずはお水から飲ませてあげるね」

 じっとしているお兄ちゃんを横目に、水を自分の口に含んで、向き直る。しばらく見つめ合ってから、お兄ちゃんの唇にそっと私の唇を合わせた。

「んっ」

 含んでいた水をお兄ちゃんの口の中に流し込むと、ゴクゴクと音が聞こえて、ついぎゅっとお兄ちゃんを抱きしめる。

「ぷはぁっ。んふふぅ、ほら、お兄ちゃんも」

 そう言うと、ぎこちなく抱きしめ返してくれた。

 お兄ちゃんお兄ちゃん。えへへへ。

「次は特製ハンバーグだよ」

 何処が特製なのかというと、愛情は勿論だけど、ハンバーグだけは唯一お母さんに教えてもらった料理だから、家庭の味というやつだ。

「自分で…食べられるから…」

「お兄ちゃん、さっき私言ったよね?次遠慮したらお仕置きだよって」

 まだ食べさせて上げれてないけど、仕方ない。言ったことは守らなきゃいけないもんね。


 スタンガン、何処だっけ。




 読んで頂きありがとうございます。

 健気で可愛い妹…では無く、愛情表現が過激な少し狂った妹でした。

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