Atelier

幾兎 遥

~Introduction~

 好きな色?

 間違いなく、赤ね。濃くて深い、赤。

 やっぱり赤って、一番心が奮い立つ色だと思わない? 正の感情も、負の感情も、どちらの向きもとてつもなく大きく振れる。あらゆる真実を暴いてしまえそうなあの激情が、なんだかたまらなく安心ができるの。

 うん。赤は私の源なのかもしれない。赤があったから私、今までどんな怖いものにも呑まれずにいられたんじゃないかなって思う。


 ところで私の使う赤はね、ちょっと特別なの。調達も大変でね。そう、自分で作るのよ。特製。他人にも特に褒められるところだけれど、私にとっても自分の描く絵の中で一番自慢できるところと言ってもいいわ。

 私の赤は、誰のものよりも新鮮なの。つやつやで、濃密で。キャンパスに乗せるときは、そのままま擦り込むようにするの。それが、私の絵が生き生きとする秘訣。


 あ! そういえば昔お母さんが読んでくれた白雪姫に出てきてた、おばあさんの持ってくるあの美味しそうな林檎の色に似ているかもしれないわ。え? あれは毒林檎だから恐ろしいじゃないかって?

 ……そう、だったかしら?


 …………。


 …………………………。


 ………………雷、すごい音ね。

 私、雨も好きよ。いい出会いがあるから。みんな、雨の日は正直で魅力的なの。嫌だなぁって家に引きこもる人だって後ろ向きな心に従っているってことだし……雨に打たれている人なんてとっても興味がそそられちゃうじゃない? ほら、フィクションでも悲劇的だったり感情が爆発したりするシーンに雨を降るのは常套手段だと思うんだけど、それだけ雨って人をドラマチックにするものなんでしょうね。

 ここの路地裏なんか、本当にいろんな人が転がり込んでくるのよ。まるで、ありったけの逃げ道の終着駅になってるみたいに、何かに怯えた人たちがやってくるの。

 さて、今日も出かけてみようかしら。……ちょうど赤も切れてきたところだし、絶好の調達日和になりそう。そうそう、だから傘も余分に持っていくようにしてるのよ。

 どんな、出会いがあるかな。誰か、誰かいるといいな。


 …………。


 ……私、白雪姫の魔女みたいになりたい。みんなに美味しい林檎を配ってあげられるような人に。


 Atelier

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