小説世界のアポカリプス
生田 内視郎
小説世界のアポカリプス
2x x x 年、人はテレパシーでの会話が可能になった。
ブレインコンピュータインターフェイスと呼ばれる特定のチップを身体に埋め込むことで、人工知能により人間の脳とコンピュータを接続し、人は一介のスーパーコンピュータ並の演算能力を獲得した。
それにより、人は自己判断能力と知性をコンピュータのビッグデータ処理能力と統合し、新たな感受協調性と価値観を共有できるようになった。
人はある程度のテレパシー能力者になり、概念レベルで互いの思考を交換し、言葉を発しないでも対話が可能になった。
人類という種は進化のステージをもう一段階押し上げることに成功したのだ。
後にこの社会現象はヒューマンイノベーションと呼ばれ、社会に多少の混乱を引き起こしたものの、自己の確立性(個人の思想や個性と呼ばれるモノ)を失うものでは無いと分かると、やがて人はほぼ全てがその進化を受け入れた。
数万人規模の合理的かつ統合的な判断や、
コミュニケーションの伝達速度の革新など、
それによる社会の恩恵は計り知れないものとなったが、人が生理的欲求を持つ限り、世界から差別や戦争が無くなることはなく、自己と他者とのある程度の思考の同一化という予想された成果を上回ることはなかった。
そして、ヒューマンイノベーションによる弊害も一つ。
幸い、人はブレインコンピュータインターフェイスを獲得したとはいえ創造力と閃きという、動物にもAIにもない個性を失うことはなかった。
だが、文章を読んで個々で感じる心情は作家の心象描写を誤解することないよう画一化され、文章を咀嚼する速度も処理能力の向上により一瞬で理解され、小説を愉しむ為の時間というものは皆無になった。
小説は体内チップで読み取るデータのみの極小デバイスとなり、資源削減の名の下紙の本は姿を消し、あの摩耗した古い紙の独特の匂いも、次の展開に心を躍らせ頁を捲る緊張感も、もう二度と感じることは出来なくなった。
ヒューマンイノベーションが起こる前と同じように、人々は小説という名の物語を紡ぎ、読み耽り、愛でることは変わらなかった。
だが、それは確かに、以前までの小説のあった世界というものの変容と死を意味していた。──
小説世界のアポカリプス 生田 内視郎 @siranhito
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