夏の教室、君の歌

師走璃斗

夏の教室、君の歌

 夏の声が聞こえた。

 教師の声よりもはっきりと聞こえる蝉の鳴き声。

 窓から流れ込んでくる、熱くもどこか爽やかな風。

 運動部の掛け声すらも、どこかエモーショナルな気持ちにさせる。

 これはもうどう考えても夏のせい。

 頬杖をつき、横目で窓の外を眺める。

 ずっと遠くまで広がってる空を眺めていると時折感じる劣等感。

 なんて自分はちっぽけな存在なのか。

 ペン回しだけが上達していく自分に嫌気がさす。

 周りには大人びていると言われるが、結局は本気になりきれないだけ。

 楽観的で怠惰なダメ人間。

 わかっているのに変えられない。

 変えようとしない。

 こんな気持ちも夏のせい。

 

 チャイムが鳴り、補習が終わる。

 開いただけの教科書を鞄にしまい、教室を出る。

 結局何もしないまま。

 帰っても冷房の効いた部屋でダラダラ過ごして一日が終わる。

 それもきっと夏のせい。

 ため息を吐きながら廊下を歩く。

 窓から覗く太陽が嫌に眩しい。

 アイスを食べながら帰ろう。

 こう思うのも夏のせい。

 

 下駄箱で靴を履き替える。

 不意に耳に入ってくる音楽。

 いつもなら素通りしていた。

 何か刺さるものがあったのだろうか。

 おもむろに音がする方へ足をすすめる。

 どこかで聞いたような、そんな歌。

 そんな歌が夏の静寂を切り裂くように、自分の胸に飛び込んでくる。

 こんな気持ちになるのはやっぱり夏のせい。


 歌声に導かれ、旧校舎へ。

 空き教室で、机に座り弾き語りをする少女。

 窓の方を向いていて顔は見えない。

 でもきっと知らない人。

 でもその歌声はどこか懐かしくて、何故か切ない。

 知らない歌。

 知らないはずの歌。

 ずっと聞いていたくなる歌。

 止まってしまうのが勿体無くて、声をかけずにその場に座る。

 教室の引き戸に背を預けて目を閉じる。

 劣等感も焦燥感も全部洗い流してくれるような、そんな歌。

 そんな気がするのも夏のせい。


 下校のチャイムで目が覚める。

 すっかり夕方、空は赤く染まっている。

 いつのま眠ってしまったのか。

 教室にはあの子はいない。

 名前だけでも聞いておけばよかった。

 ふと鞄の上に置かれたメモに気がつく。


 『明日もききにきて』


 何かが始まる、そんな予感。

 蝉の声がこだまする教室の窓には夕焼け空が広がっていた。

 

 この胸の高鳴りも多分夏のせい。

 そしてあの子はきっと夏の精。


 

 

 

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夏の教室、君の歌 師走璃斗 @Kony1103

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