第45話 べっ
絶対に家には入れないからなと叫んだ俺の家の中に、彼女ら三人は座っていた。
つまりはまあ、そういうことである。
いともたやすく我が家の扉は打ち破られたのだ。
俺は大人しくもう何度目か分からないカフェラテを用意しつつ、晩ごはんの準備を始めていた。いや、この時間ではまだ晩ごはんというより夕ごはんと呼ぶべきだろうか。
『せっかくだから私も、相馬くんのごはん食べてみたいなあ』
これは家に入ってすぐの潮凪さんの言葉だ。
最初はさすがにそれはと断ろうとしたのだが、『ハルちゃんだけに作るんだ?』なんてぽつりと言われたら作るしかない。
「――お待たせしました」
俺は諦めたようにそう言うと、出来上がったカフェラテを三人の前に置く。
七瀬のものだけノンカフェインというのも怪しいので、今日はみんな同じ豆。
「こんな所にカフェがあったんですねえ」
「どこからどうみても違うだろうが!」
感心したように呟く千歳に言い返す。
入り浸られでもしたらたまったものではない。ないはずなのに、もてなしてしまう自分の優しさが嫌になる。正しくは弱さだろうか。
「ご、ごめんね? 相馬くん。ありがとう」
「ああいや、全然」
「……………」
申し訳なさそうに笑みを浮かべる潮凪さん。
七瀬は何も言わずにストローを咥えつつ俺を半目で見ている。なんなんだよ。
……しかし、我が家に女の子が三人。
前回の二人からまた増えている。今までの人生からしてみれば、想像もつかない出来事だ。
余計なのもいるが、好きな人が自分の部屋にいるのは普通に嬉しい。
「先輩、なんかおやつないんですか?」
「ほんと何しに来たの? おまえ」
俺がとぼけたことを抜かす余計なのAに言うと。
「まあまあ千歳ちゃん。相馬くんのごはん、食べられなくなっちゃうよ?」
潮凪さん? いや、いいんですけどね?
「せんぱい、私に料理教えてくれるんでしたよね? ハンバーグ」
続けて七瀬が意味深な笑顔を浮かべる。
「……ハルちゃん、ハンバーグなら私も得意だし教えてあげるよ?」
「ううん、大丈夫だよ? せんぱいがどうしても私に教えてやりたいんだって言うから。私の作ったハンバーグが一生食べたいんだ、って」
「言ってねえ!」
「みなさん! 何しにここに来たんですか!」
どん、と我が家の机が叩かれる。
叩いた張本人の千歳はぐるりと俺たちの顔を見回すと、呆れたようにため息をついて。
「私、チーズインハンバーグがいいと思います!」
堂々と手を挙げた。
本当に、何しに来たんだろうね?
***
というわけで今日はハンバーグになりそうなので、大人しく俺は調理を進める。七瀬に教えてやらなければと具材を買っておいて結果的に良かった。……良かったのだろうか?
リビングでは、千歳が潮凪さんと七瀬に向けて渡がどうのこうの相談しているが、ひとまず俺は役に立たないということで仲間外れだ。まじでなんで俺の家でやるかな。
「渡くんがハルちゃんを好きなのは、間違いないの?」
「間違いない……はずなんですが、ナナちゃんとあそこでアホ面して玉ねぎを炒めてる男が黙秘権を行使していまして」
聞こえてるぞ。千歳、お前のだけわさび&からしインハンバーグにしてやるからな。
「……私は、好きじゃないし」
「で、出た! ナナちゃんの意思は関係ないから! 渡くんがそうかもしれないってのが一番問題なの!」
「そ、それで千歳ちゃんは?」
「はい。実は私の他にも渡くん狙ってる子はいるみたいで、うかうかしてられないので仕掛けてしまおうかと。うまくいくかは、分からないんですけど……」
渡そんなにモテるのかよ。
顔か? 顔なのか?
ちらと振り返ると、千歳は頬に手を当てて恥ずかしそうに目をつむっている。まさに恋する女の子って感じだ。
「でも告白されたら、少なくとも意識はしちゃいますよね? 潮凪先輩ってよく告白されてるんですよね? そこの所どうですか?」
「え!? そ、そんなことないけど……。ええと、うーん、ど、どうかなぁ。少しは意識しちゃうのかな。あはは」
「やっぱりそうですよね……!」
意識、しちゃうのか? 俺が告白したら、潮凪さんも俺のことを考えたりするのだろうか。
続けてよし、と小さく千歳が気合を入れる声が聞こえた。
「どこで、告白するのがいいですかね?」
話のスピード感がすごい。
炒め終わった玉ねぎを冷ましつつ、俺は他のメニューの準備にかかる。ハンバーグだから今日はオニオンスープでいいか。
「ナナちゃんは、どこで告白されたい?」
「な、なんで私に聞くの」
「いいからいいから」
俺は極力聞いていないふうを装いながら、鍋に水を入れて火にかける。
「……ゆ、夕陽の見える、公園とか?」
七瀬はぼそぼそとそんなことを漏らす。
俺は、顔が熱くなるのを感じた。……七瀬がどんな顔をしているか知らないが、あいつ、俺をからかってやがるな?
「ふーんへえーいいじゃん。……なんでそんなに顔真っ赤なの?」
「べ、別に! なんでもないから」
「変なの。じゃあ、潮凪先輩はどうですか?」
「わ、私は……そ、そうだなあ。ベタだけど、花火を見ながらとか、夜空を見ながらとか素敵だなって思う」
俺は心の中に深くその言葉を刻む。
花火と夜空。これから訪れる夏の季節にぴったりのシチュエーションだ。
「なるほど、ベタだからこそ良さもある。さすが潮凪先輩ですね……。二人の意見を足すと、夕焼けを見ながら花火をどうにか打ち上げて告白、という感じになりますが」
「いや足すな。なんで足すんだよ……あ」
やべ。思わず台所から突っ込んでしまった。
三人の視線が、俺に集まる。
「……そういえば、一応男がいましたね」
千歳が興味なさげに言う。
一応ってなんだよ。ガッツリ男だ。
「――男子目線の意見は貴重ですね」
「――男の子の意見は聞いておかないとだね」
七瀬と潮凪さんが同時に言うと、二人は目を見合わせてまたお互いを睨み合う。この二人、まだ言い争いが続いているのか?
「先輩なら、女の子にどんなふうに告白されたいですか?」
にやりと、意地の悪そうな笑みを浮かべた千歳が訊いてくる。
残念だったな千歳。それに関して、俺は戸惑う必要がない。
「――俺が告白なんてされるわけないだろ。俺は、俺の方から告白する」
こちとら彼女いない歴イコール年齢で来ているのだ。そんな淡い期待はとうに捨てている。
待っているだけでは何も起こらないことを、俺は充分に知っている。知りすぎている。
「……ふん、なに格好つけてるんですか。ちゃんと質問に答えてくださいよ。全然参考にならないんですけど」
千歳は一瞬だけ驚いたような顔をしていたが、すぐにいつもの表情に戻って呆れたようにぼやいた。
「俺の意見が参考になると思うか?」
「全然思いません」
「いや少しは思えよ。なんで聞いたんだよ」
「猫の手も借りたいってやつです…………あれ? 潮凪先輩? ナナちゃん? なんでそんな……」
千歳がなにかに気づいたように首を傾げる。
同じタイミングでコンロから音がして、見ると鍋の中でぐつぐつとお湯が湧いていた。
「――え? もしかして二人って、相馬先輩のこと好きだったりして? ……なーんちゃって」
千歳のその言葉に、思わず息を呑む。
慌てて振り返った先には、潮凪さんと七瀬から向けられる真っ直ぐな瞳があった。わずかに赤みのさした頬。二人とも同じ顔をして。
時が、止まったような感覚。そして。
「「ちっ、ち! ………………」」
なにかを言いかけた二人は、またゆっくりと目を見合わせる。そうして、ひどく引き攣った不気味な笑みを浮かべた。
「……うわあすみません。お二人ともそんなに嫌だったとは」
千歳が申し訳なさそうにそう呟いた横で。
七瀬がべっ、と可愛らしく舌を出したのが見えて。
それは一体どういう意味なんだよと考えながら、俺は料理を進めるのだった。
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