第30話 悪いですか
「ぜ、絶対にそんなゲームやらねえからな……」
何が嬉しくて後輩の女の子に好きな人の好きな所を暴露せにゃならんのだ。絶対に嫌だ。ゲームはゲームでもただの罰ゲームじゃねえか。
というか、もうゲームですらない。
俺が抵抗の意思を示すと、七瀬は満面の笑みを浮かべたまま言った。
「――晩ごはん、ご馳走しましたよね?」
……ごちそう、しただと?
その言葉に思わず耳を疑う。
は? こいつは何言ってんだ。このカレーは俺が作……。そこで俺は気づく。
「ま、まさかお前。具材を……?」
「せ、せんぱい。もしかして後輩の買った具材を使っておいてご馳走気取りですか……?」
七瀬は口元に手を当てて、信じられないとでも言いたげな目で俺を見る。
……間違いない。この後輩は自分が買った具材だから自分がご馳走したと言い張るつもりだ。そんな道理が通ってたまるかと、俺は言い返す。
「ちょっと待て。その理屈でいくと、俺はお前に晩ごはんをご馳走しまくってるだろ!」
「じゃあせんぱいは『昔ごはん奢っただろ? お金返せよ』って私に言うんですか?」
「そ、それとこれとは話が別だ!」
「同じですっ! ……い、いいからとっとと葵ちゃんの好きなところ言えばいいんですよ!」
七瀬は机をぐるりと回って俺の隣に座ると、ずいっとこちらに身体を寄せる。思わず俺は後ずさる。彼女の白い頬はほんのり桜色に染まり、揺れた髪からふわんと甘い石鹸のような香りがした。
「……これは、ゲームなんですから」
七瀬はさらにこちらに近づく。
「あ、葵ちゃんのどこが好きなんですか」
「い、言うわけねえだろ」
俺が顔を逸らすと、七瀬は不満そうな表情を浮かべる。そして置いてある自らの鞄の方へと向かったかと思えば、いつぞやの青いカバーの手帳をごそごそと取り出した。
「――おっぱい、と」
「おっぱいじゃねえ! 何メモってやがんだ、よこせその手帳! 今日こそ燃やしてやる!」
「ふ、ふん。事実でしょう」
「断じて違う!」
「じゃあ、葵ちゃんくらいでは満足出来ないと?」
「……い、いや。そういうわけじゃなくてだな」
考えないようにしようと努めても、ぼんやりと潮凪さんの姿が浮かんでしまう。決してそこだけで彼女のことを好きになった訳ではない。ないが、み、魅力的な要素の一つではあるのかもしれない。
「なんですかそんなにでれでれして。まあ、確かに私よりかはちょっとアレかもしれないですけどっ」
ふいっ、と七瀬は拗ねるようにぼやく。
「……なんで、自分と比べてんだ?」
俺が思ったことをそのままつぶやくと。
ぼっ、と七瀬の顔が赤く染まった。
「なっ…………わ、悪いですか?」
七瀬がジト目でこちらを睨む。
さすがの俺でも、それがどういう意味なのか分かってしまった。じわじわと湧き上がる熱と感情を誤魔化すように、俺は咳払いをする。
「べ、別に悪いなんて言ってないだろ」
「な、なら素直に私の質問に答えてください」
「答えなかったら?」
「一つ答えないごとにBGPが溜まります」
「出たな、そのクソシステム……」
俺はぼやく。七瀬はいつになく真剣な表情でこちらを見ている。いつの間にか正座してるし。
「分かりました。じゃあ私がせんぱいに質問して、手をぱんぱんって叩くのでそしたら答えてくださいね?」
「何が分かったんだよ」
「いきますよ」
なんか始まったんですけど。
まあいい、最悪答えなくても1BGPだ。答えられそうなら答えるくらいでいいだろう。
「私と葵ちゃん、どっちがかわいい」
七瀬は恥ずかしそうに目を泳がせつつ小さな手をぱんぱん、と可愛らしく叩いた。
俺は諦めて手元の麦茶を飲む。
「………………」
「……19BGP貯まりました」
冷たい声で七瀬が言う。
思わず麦茶を吹き出した俺は咳き込む。
「げほっ。お、おい待て。どんな計算したらそうなる」
「一つにつき1BGPと言いました」
「そうだ、何がどうなったら19に……。ま、まさかお前、一文字を1BGPでカウントを」
「次いきますよ」
「ま、待て!」
俺の叫びも虚しく、七瀬は続ける。
「せんぱいは時々私の足をいやらしい目で見てる」
――結局、157BGPくらい溜まったので絶対に踏み倒してやろうと俺は決意した。
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