第29話 ゲームをしましょう

 櫛形に切った玉ねぎを炒め、いつもより少し小さめにした野菜、肉を加えていく。しっかりと全体に油が回ったら水を加え、灰汁を取りつつ煮込む。最もシンプルな作り方だ。


 スープカレーや無水カレー、カレー粉からと色々作ってみたけれど、結局基本に忠実に作ったものがなんだかんだで一番美味かったりするもんだ。


 そうだと分かっていても、ついつい色々やってしまうのだからカレーというのも奥が深い。


「……なんなんだよ。座って待ってろよ」


 カレーを作る俺の周りをそわそわうろうろしている七瀬に向けてぼやく。


「なんですか。私がうろうろしてたらカレーが完成しないみたいに」

「まるでうろうろしたらカレーが完成するみたいに言うな」

「完成しないんですか?」

「する」


 まったく、ごはんを待ってる犬か猫みたいなやつだな。そして食べてる時はハムスター。黙って大人しくしておけばそれなりにまともだというのに。


 横でぶつぶつ言う七瀬をあしらいながら、人参の柔らかさを確かめる。いつもならもっと煮こみたいところだが、こいつが我慢出来なさそうなのでこの辺にしておくか。


 俺は七瀬が買ってきてくれたカレールーを袋から取り出す。王道中の王道のパッケージ。見ると、まさかの甘口。小学生かよ。


「なんか文句あるんですか」

「せめて中辛にしろよ」

「あ! わ、私がそれ入れます!」


 いや小学生かよ。

 俺から奪い取ったカレールーを嬉しそうに割り入れる七瀬を見ながら、俺は付け合わせのサラダでも用意しようかと冷蔵庫を開ける。


「……ふう。後は任せました」


 七瀬はルーを投入して少しかき混ぜたところで満足したようだ。手伝ってくれるんじゃなかったらしい。まあ、いいけどさ。


 弱火で時々カレーをかき混ぜつつ、レタスとトマトを皿に盛る。もう一つの鍋をコンロにかけると、俺はそこに水と卵を投入する。


「ま、まさか」


 なにかに気づいたらしい七瀬を見て、俺は心の中でほくそ笑む。その、まさかだ。



「――よし、完成だ」


 机の上に並べられたカレーの上に温玉を乗せてやると、七瀬はきらきらと目を輝かせた。


「こ、これって実質プロポーズですか?」


 俺は思わず咳き込む。

 温玉を乗っけたらプロポーズになるんだとしたら、俺は定期的に一人でプロポーズをしていることになる。


「な、何言ってんだおまえ……」

「冗談を真に受けないでくださいっ」


 にやにやと俺を見る七瀬。くそ、なんだこいつ。今朝までもじもじしていたかと思えば、またいつもの調子に戻ってやがる……。


 俺はなにかやり返せることはないかと考えつつ七瀬を睨み、手を合わせる。


「いただきます」

「いただきますっ」


 嬉しそうにスプーンを手に取った七瀬に向けて、俺は想像上の中での爽やかスマイルで微笑みかけた。


「七瀬のためだけに作ったから、口に合うといいんだけどな」

「ちょっとよく分かんないですね」


 ……俺みたいな正直な人間には、どうも仕返しは向いてないらしい。

 七瀬は呆れたような目で俺を見ると、一口目をスプーンでその小さな口に運ぶ。髪の毛をかけた耳が、ほんのり赤くなっていた。


「わ、わたしが手伝ったからカレーが美味しいです」


 何も言わずに食べたカレーは、やけに甘かった。


「――で、今日はなんの用なんだよ」


 いくらかカレーを食べ進めたところで、俺は七瀬に訊ねる。わざわざ具材まで用意して待っていたのだ。またなにかしらあったのだろう。

 千歳の件、渡の件もあるしな。


「用なんて、ないですけど」


 七瀬は気にも留めていない様子で答えると、またカレーを口へと運ぶ。用もないのに来るなとは言わないが、そうもさらりと言ってのけられると反応に困る。


「……せ、せんぱいとカレーが食べたいなあと思ったら、いけませんか?」


 こちらを見ることなく、テレビの方を向いたまま七瀬はつぶやく。

 

「……い、いや。まあ、駄目じゃないけどさ」


 確かにダメではない。ないが、素直すぎる七瀬というのはどうも落ち着かない。俺は手元にあったお茶で喉を潤す。

 

「そ、そうだ。今日はバイト無かったのか?」

「あー。今日はですね、自主休業です」

「なんで七瀬がオーナーみたいになってんだよ。マスター泣くぞ?」

「今日はそっちじゃない方です」


 そういえば掛け持ちしているとか聞いた気がするな。泣いているマスターはいないらしい。良かった良かった。


「なんのバイト?」

「……教えません」

「そうかよ」


 教えられないようなバイトか……ふむ。

 メイド喫茶とかだったらどうしよう、なんてぼんやりと思いつつ、浮かんだ七瀬のメイド服姿を消し去ろうと俺は首を振る。


「せんぱい、また変なこと考えてるんじゃないでしょうね」


 その言葉にどきりとする。俺はそんなに常に変なことを考えているように見えるのだろうか。潮凪さんにも言われたし。


「ば、ばか。興味ねえよ」

「……そう、ですか。私に興味ないんですね」

「なっ……!?」


 しゅん、と悲しそうな顔を浮かべた七瀬。いや、興味がないという訳ではないが興味があると言うとおかしいしね? なんて返すべきなんだよと慌てふためいた俺が考えていると。


「ふふっ。慌てすぎです」

「…………」


 七瀬はくすくすと笑うと、サラダの上に乗っかっていたプチトマトをつまんでぽいっと口に入れる。

 

 ……なんかこいつ、今日やけにテンション高くないか? 

 疑うような視線を向けると、もぐもぐしながらこちらを見る七瀬と目が合う。彼女は何か考え事でもするみたいに、視線を泳がせた。


 だらだらと流れているだけのテレビにはバラエティ番組が映し出されていて、笑い声と共に頭を抱える芸人が映っている。


「――そうです! 用事を思い出しました!」


 七瀬は急にぱああっと瞳を輝かせると、興奮した様子で俺の方を見た。やっぱりテンション高いよな、こいつ。何があった。


「用事ってそんな感じで思い出すものだろうか」

「ゲームをしましょう」

「頼むから用事の意味調べてこい」


 俺は残りわずかになったカレーを集めつつ、七瀬に向けて言う。七瀬はというと、俺の言葉を聞いているのかいないのか、急いでカレーを食べ進めていく。


「ゲームって言っても、俺の家にはそんな最新のいいやつなんて置いてないぞ?」


 ごくん、と七瀬は頬張ったカレーを飲み込むと、『まったくもうせんぱいは』とでも言いたげに肩をすくめる。


「そんなありふれたゲームじゃありませんよ」


 七瀬は満面の笑みで続ける。


「せんぱいが葵ちゃんの好きなところを言っていくゲームするんでした!」

「あ、あってたまるかそんなゲーム!!!」

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