第23話 ネタはあがってる
「え……? ど、どうやって? ヒントもなしにそんなの……。も、申し訳ない?」
千歳はどこか怪しむような目を千歳に向けつつ訊ねる。まあ無理もない。その反応はきっと正しい。
「ヒントなら、ありました」
七瀬が俺の腕をつんつんとつつく。今からこれを千歳に話すのは憂鬱だが、仕方あるまい。
俺は咳払いをひとつしてから口を開く。
「……順を追って話そうか。俺と七瀬はまず最初に、今回の噂を流すことによって俺たちが被るデメリットと、噂を流したやつが
千歳は真剣な顔で頷く。
「きょうじゅ、ってなんですか」
「そこは今大事じゃないから」
不満そうに千歳は頬を膨らませるが、話が進まないので俺は続ける。
「まず俺たちのデメリット。言わずもがな、嘘の情報が流されることだ。皆からあいつが告白したらしい、されたらしいと言われ、あいつらは付き合っているんじゃないかとそういう目で見られる。すると、『それは違う』と俺たちはその噂を否定しないといけない状況になるよな?」
千歳はこくこくと頷く。こちらを見る純粋なその瞳が今の俺にはとても辛い。
「さて。では噂を流したやつのメリットは?」
「…………先輩のことが嫌いで、困ってるのを見て喜びたかった?」
訊くと、千歳は少し悩んでそう答える。
「……うん。そうだとしたら辛いよなぁ、俺、どこかで嫌われてんのかなぁ」
「なに落ち込んでるんですか、いいから早く続けてください」
落ち込むことも許さず、七瀬は俺を小突く。
分かってるよ。今から落ち込むのは俺じゃないからな。
「で、噂を流したやつのメリットだが……。そんなものは多分、最初から無かったんだ」
「へ?」
俺が言うと、千歳は理解が出来ないというふうに唇を尖らせる。
「言ってることおかしいですよ。じゃあなんでそんな噂をその人は流したんですか」
「ここからは憶測になるが」
そう前置きはしたものの、言ってしまえばこれまでの話も憶測だ。全てが憶測。けれど、この可能性はどうあっても最初に潰しておく必要があるものだ。
全校約千人近く。それだけの生徒の中から噂を流した犯人を見つけるなら、これが最も手っ取り早くて当たりの可能性が高い。
「きっとそいつが欲しかったのは、相馬遼太郎が告白をしていないということと、七瀬が告白なんてされていないという事実だ。……そうだな、もっと言えば、俺たち二人が付き合っていないという事実が欲しかった」
「……ちょっと待ってください。それじゃあ、まるで」
千歳はなにかに気づいたように黙り込む。
きっとその言葉の後に続くのは、『付き合っている事実が欲しかった私の逆じゃないですか』だろう。
「たしか千歳は、俺と七瀬が一緒に居たところを見て、噂通りこいつら付き合っているんじゃないかと思ったんだよな? ……じゃあ、千歳と同じように俺と七瀬が一緒にいるところを見た奴がいたとしよう。そいつは例の噂を流そうと決意した。なぜか?」
「ま、まさか」
「自分の好きな七瀬小春が、相馬遼太郎と付き合っているのかどうかを確かめるためだ」
千歳はぽかんと口を開けたまま俺の言葉を聞いて。
「ち、ち、ちょっと待って。待ってください。え? 嘘ですよね? 何するつもりですか」
「ここで、千歳のくれたヒントが役に立つ」
千歳はがたりと音を立てて椅子から立ち上がる。
「――千歳の好きな人って、別に好きな人がいるんだったよな」
「ふぇっ!?」
彼女の顔がぽわりと赤く染まる。
「こんな噂を流す理由があるとしたら、俺たちのことがよっぽど嫌いか、もしくは七瀬のことが好きかしかないんだ。七瀬のことを好きな人。俺たちはそれを一人知っている」
「ままま、待ってくださいって。なにしようとしてるんですか? は、犯人ってまさか。……ねえナナちゃん? 嘘だよね? いやいやいややばいって」
明らかに挙動不審の千歳に、七瀬は天使みたいな笑顔で優しく微笑みかける。
「ちーちゃん? 私言いましたよね? 私はその人に興味ないから協力するって。私に任せてください。酷いことはしません。問い詰めて、軽く引導を渡すだけですから。お前に興味はないって」
「い、一番ひどいことだよ!」
「確かに、私が言うと刺激が強すぎるかもしれませんね」
「私が言うと……? ほ、他に誰が言うっていうの?」
そこでふむ、と考え込んだ七瀬は俺を見る。
「私はたぶん話したことないので、ちょっと」
「いや、俺も絶対話したことないからちょっと」
俺は立ち上がった千歳を見上げる。
「ば、バカだ。私が、私の好きな人に、七瀬小春の噂流したか聞けっていうの!? しかも引導を渡せと!? む、無理に決まってるでしょ!?」
机を叩く千歳。遠くの席でマスターが見て見ぬふりをしている。なんだか机もマスターも可哀想になってきた。他に客がいないのが唯一の救いだ。
「ネタはもうあがってるんですよ!」
「無理無理無理! ナナちゃんが自分で聞けばいいじゃん!」
「これで晴れてちーちゃんの好きな人は失恋するわけです! 私達も犯人に絶望を与えられる。win-winの関係ってやつです!」
「winの代償が大きすぎるよ! 私嫌われちゃうかもしれないじゃん! いや絶対嫌われるわそんな女!」
「嫌われる勇気ですよ!」
最初は遠慮気味だった七瀬も容赦無くなってきたな。ヒートアップする七瀬と千歳の会話に、俺はぼそりと口を挟む。
「……机叩くのはやめよ?」
「先輩は黙っててくれますか?」
「すいませんでした」
千歳の殺意に満ちた目だった。俺は大人しくコーヒーを飲む。
「で、でもナナちゃんと先輩は付き合ってないわけでしょう? むしろ今回それがはっきりしたら、
七瀬はにやりと笑う。天使はもうそこにいなかった。いやまじでくっそ悪い顔してるなおい。七瀬、お前が犯人なんじゃないか?
「せんぱい。犯人が分かりました」
「ああああああ!」
千歳は机の上に崩れ落ちる。
今回彼女を呼んだ目的のひとつはこれだ。
千歳に好きな人がいることは俺も七瀬も聞いていたが、誰かまでは教えてもらえていなかった。『好きな人が多分犯人だから誰なのか教えて?』というバカなお願いをするつもりだったのだが、その必要はなかったらしい。
「しかし七瀬。千歳の言う通りだ。その渡とやらを問い詰めてみて、そいつが犯人だったとしたら。逆にそれが俺と千歳は付き合っていないという証明になって、渡は希望を持ってしまう。そうすると千歳のためにならないぞ」
「その心配はありません。希望なんてものは全て打ち砕いてみせますよ、この私が」
いやなんかカッコいいけど。お前はラスボスか何かなのか?
「ああああ……!」
机に突っ伏したまま絶望に打ちひしがれる千歳。なんだか不憫になってきた。
「……とりあえず、渡への確認は俺たちでやるか? 千歳には裏で協力してもらう感じでさ。もし違った場合のこともあるし」
「まあ、それはいいですけど……」
七瀬も千歳に申し訳なくなってきたのか、ぽんぽんと彼女の頭を撫でる。
「ちーちゃん。ちょっと大袈裟に言いましたが、本当に変な真似はしませんよ。噂を流した犯人かどうか、その渡さんに確認するだけですから」
「うう……ほ、ほんと?」
「そうだぞ千歳。まだその渡が犯人と決まった訳じゃないしな」
「さっきナナちゃんはネタはあがってるんですよとか叫んでましたけど……」
そうなんだけどね?
「では明日、その渡くんに確認しに行くとしましょう。大丈夫。穏便に済ませますから」
――その言葉をせめて二割くらいは七瀬に覚えておいてほしかったと、俺は後から後悔することになる。
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