第22話 大変申し訳ない

 七瀬と晩ごはんを食べて、どこの誰かも分からないやつが、敵に回さないほうが良いであろう七瀬小春を敵に回したあの夜から、二日後の水曜日。


「――ナナちゃんと相馬先輩が二人で私を呼び出すってことは……そういうことですよねっ!?」


 なんか聞き覚えあるなあ。

 席に着くなり、目をキラキラと輝かせる千歳を見ながら俺はため息をつく。またこうして、彼女らとここに集うことになるとは。


 午前中降り続けていた雨は止み、午後からは陽射しも見え始めた一日の放課後。

 七瀬と千歳の後輩二人と俺は、またも小鳥遊珈琲店を訪れていた。マスターの『お、お前無事だったのか……?』とでも言いたげな驚きの表情を俺はきっと忘れない。


「……どういうことだよ」

「へへ、先輩照れちゃって。このこのぉ、私に言わなくちゃいけないことあるんじゃないんですかあ?」


 届きもしない肘で俺を小突こうとする千歳を見て、俺は横へと視線を向ける。七瀬は気まずそうに縮こまって窓の外を見ていた。


「どうやらあの後上手くいったみたいですね。私にとっても好都合ですよ」


 千歳はにやにやと嬉しそうにアイスコーヒーにガムシロップを加えてかき混ぜている。なに? なんの話? 俺だけ時系列飛んだ?


「――今日は律儀にも二人で私にお付き合いの報告、ということですね? 可愛いとこあるなぁ」

「ち、違うわ!!」


 叫んだ俺の前で驚いたように目を見開く千歳。その顔やめろ。驚いているのは俺の方だ。


「じ、じゃあなんで私を呼び出したんですか!?」

「こいつに聞け! ……おい七瀬、なんでこんな話になってんだよ」

「いや、私は話があるから来てって言っただけなんですけど。ちょっと頭がおかしいみたいで」


 七瀬は目を逸らしたまま答える。ひどい言われようだな千歳。


「ナナちゃん!? あ、あんなに恥ずかしそうに私を誘ったくせに! 私のことは遊びだったの!?」

「そ、そうじゃなくてですね……」


 おお、七瀬が押されている。二日経っても千歳への苦手意識はどうも変わっていないらしい。ならなんで呼んだんだよ、でもいいぞもっとやれ千歳。


「き、聞きたいことがあって今日は呼んだんです!」


 困ったような顔をしていた七瀬だったが、ようやく覚悟を決めたのか大きな声で言い返す。


「……聞きたいこと? 私に?」

「はい。先日の噂についてです」

「あー。あれね。相馬先輩がナナちゃんに告白してフラれたっていう」

「違うだろ悲しい結末を足すな。告白してないって言ってるだろ」

「そうです。その噂ですが……」

「いいよもうそれで……」


 俺が諦めた横で、七瀬が言う。


「――その噂、誰から聞きました?」


 声音はいつもと変わらないはずなのに、どこか迫力を感じる。これだからこの後輩は恐ろしいのだ。


「……ええ? うーん、誰だったかな。誰かから聞いたっていうか、気づいた時にはうちのクラスの人は大体知ってたって感じだったけど」

「じゃあちーちゃんも、誰かが話してたのを聞いたってことですか?」

「そうかも。あ! うちのクラスの多々良たたらさんとかいるでしょ? あの辺りのグループが面白そうなこと話してたからなんのはなしー? って聞いたような気がする」

「……たたらさん?」


 七瀬が首を傾げる。おい、同じクラスだろ。せめてそれくらい覚えとけよと思うが、俺も似たようなものだったので黙っておく。


「ほら、あの陸上部の! 気の強そうな子だって」

「……?」

「わ、わかんない? ええっと、そう! 鞄にうさぎのキーホルダーつけてる」

「ああ、あの」

 

 ぽむ、と七瀬が手をたたく。

 それで分かるんかい。判断基準はそこかよ。まったくこいつらしいというか。


「……え? なになに? もしかして、噂流した張本人でも探してるの?」


 興味津々といった様子で千歳が訊ねる。


「ま、まあ。そんなところです」

「てか先輩、本当に告白してなかったんですね……」


 しみじみとした目で俺を見るな。だから言っただろうと俺は鼻を鳴らす。


「でも、それって結構きつくない? みんなに聞いていっても堂々巡りになるだけっていうか」


 千歳の言う通りだ。それは既に俺と七瀬も二日前に話し合ったことだった。ひとまず俺たちは頷く。


「それならまだ『あの噂は嘘だー!』って、みんなに言っちゃったほうが早いと思うよ?」

「それじゃあ、ダメなんです」

「?」


 七瀬が俯いたまま言い切ると、千歳は違和感を感じとったのか困ったように俺を見る。こちらを見られても何も言えないので小さく首を振る。


「仕返し、してやらないと」

「し、仕返し……?」

「こんな噂を勝手に流したやつの顎に一発蹴りでも入れて……いえ、私以上の恥辱を味わわせてやらないと気が済みません」

「人の告白を恥辱て。いいか七瀬? そういうのは俺のいない所で言え。俺のメンタルは弱いんだ」

「自慢げに言うことですかね……」


 半目でぼやく七瀬の前で、千歳は慌ててコーヒーを飲み干す。どうやら今からやろうとしていることを理解してきたらしい。


「で、でも。仕返しって言っても、誰が言い出したかも分からないのにどうするの?」

「いや、それなんだが……」


 俺はちら、と七瀬の方を見る。これは根拠も乏しければリスクも大きな賭けだ。やるかやらないかなら、きっとやらない方がいいのだろうと俺は思う。けれど、やらなければ気が済まないやつがここにいる。


 だから七瀬は、いや、俺たちは。今から非常にバカなお願いを千歳にすることになる。


「――実は犯人はもう、ほぼ特定しています」


 本来であれば、自信ありげに言うべきその言葉を七瀬は気まずそうにつぶやいた。そして、垂れた髪を困ったように耳にかけながら。


「大変申し訳ないとは思っているんですが」


 そう前置きした。

 俺は思う。いや、まったくその通りだと。



 

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