第14話 帰り道
「今日、ありがとな」
七瀬の横に並び、素直にお礼を言っておく。
最初は偶然とはいえ、なんだかんだこいつのおかげで潮凪さんとごはんも食べられて、話も出来て、連絡先まで交換できたわけだから。
「……べつに。良かったですね、連絡先交換できて」
「おい。聞こえてたのかよ。……そうだな、今俺は叫び出しそうなほどに嬉しい」
「すぐ叫ぶから、弱み握られるんですよ」
「あれはたまたまだからな? いつも叫んでないからな?」
「葵ちゃんに、気持ち悪い連絡とかしないでくださいね」
「するかよ」
少し狭い彼女の歩幅に合わせるようにして歩いていく。ふう、と吐いた息がいつの間にか白く染まらなくなっていたことに気づく。
「……私、コンビニ寄るので先帰ってください」
「あ、じゃあ俺も牛乳でも買って帰ろうかな」
「…………」
不満そうにこちらをじとりと見る七瀬。なんだよ俺とそんなにコンビニに行くのが嫌か?
帰り道にあるコンビニに二人で入ると、七瀬はカゴを持って先々進んでいく。俺も牛乳と適当な朝ごはんを購入する。
そしてカップ麺コーナーを物色していた七瀬のもとへ向かうと、カゴの中にはお菓子やカップ麺が大量に突っ込まれていた。
「変なもの買うなよ。あ、ほらカップ麺とかばっかダメだろ? 食べるにしても野菜を入れたりだな……」
「う、うるさいですね……」
俺の言うことも聞かず七瀬はレジへ。
まったく。俺は諦めて店を出る。
しばらくして。
「……なんで待ってるんですか」
大きな袋を抱えた七瀬は言う。
「いや、ここまで来て七瀬一人置いて帰るとかなんか嫌なやつみたいだろ? それにもう暗いし」
「……それを葵ちゃんにしろって言ってるんです」
七瀬はふい、と顔を逸らすとまた歩き始める。
ああ、潮凪さん。ほどほどに仲良くしたいとは思いますが、向こうはやっぱり俺と仲良くしたくはないみたいです。
ひとつため息をついて、七瀬の後をついていく。
静かな夜の中で、がさ、がさ、と七瀬が持っている大きな袋が揺れる。
まったく、ラーメンやらお菓子やら。ちゃんとしたもの食べないとぶっ倒れるぞ、ほんと。
そこでふと、思い出す。
がさがさと揺れるスーパーの袋。
……ああ、そうだった。俺は小さく笑って。
「袋、持とうか」
「ひゃっ!?」
七瀬が重たそうに持っていた袋を奪い取る。
驚いたように彼女はこちらを見て。
「なっ、な、なんのつもりですか」
「――知ってるか? 女の子が重たそうな袋を持ってたら、持とうか? って聞いた方がいいんだぞ?」
目を丸くした七瀬は、声もなく何度か口をぱくぱくと動かしてから。
「……ばかみたい」
小さくぼやく。
夜の闇の中で、そっぽを向いた七瀬の表情は俺には見えなかった。
そうして、特に俺たちは何を話すでもなく、家へとたどり着いた。俺は七瀬の部屋の前で大きな袋を返してやる。
「ほら。じゃあ、またな」
「ありがとう、ございます」
素直に袋を受け取る七瀬。さて、明日は休みだから今日はとっとと風呂にでも入って寝よう。残った家事は休みの間にやればいい。
そんなことを思いつつ、自らの部屋の扉を開けようとしたその時。
「――お、お礼。もらってません」
左側から声がした。見ると、七瀬がじっとこちらを見ている。お、怒っているのか? いや、それにしては様子がおかしい。
お礼。お礼だと? 今日協力したお礼を寄越せ、と言うことだろうか。
「な、何が目的だ? ……か、金か?」
「ち、ちがいますっ!」
「じゃあ一体なにを……」
俺は考える。お礼と言われても困る。確かに協力してくれた部分もあるので言いたいことはわかるが、俺にはそんなにあげられるものはないのだから。
「わ、分かった! また作りすぎた時に晩ごはんをご馳走する! これでいいだろ?」
「そんなの当たり前ですっ!」
「ええ……?」
当たり前だった。いつの間にそんなことになっていたんだふざけるな。
「ま、まだ足りないというのか……?」
な、なんて欲深い後輩なんだ。
七瀬は何も言わずにこちらを睨む。
どうしろってんだ……?
俺が黙って七瀬を睨み返していると。
「………………教えろ」
教えろ? 俺はその言葉にハッとする。まさか。こいつまた俺の弱みを教えろというのか?
潮凪さんの件では飽き足らず、まだ……。
「ら」
「ら!?」
ら……なんだ? 俺は息を飲む。七瀬は顔を真っ赤にして叫んだ。
「らいん、教えろぉ!」
……らいん?
らいんとは。らいん? あ。RINE?
「は……? RINE? 七瀬お前、俺のRINEをどうするつもりだ……? 何に悪用しようと」
「し、しませんから! いいからとっとと教えろって言ってるんですよ!」
「め、メールでいいんじゃないのか!?」
「ダメに決まってるでしょう!?」
き、決まっているのか!?
俺はその勢いに押され、慌ててスマホを取り出す。先程潮凪さんと交換したのと同じように操作し、それを彼女のスマホに近づける。
七瀬の画面にピロン、と俺の名前が表示されると。
「ききき、今日は、これくらいで勘弁してあげます」
その言葉だけを残して、七瀬は一瞬で部屋に戻り扉をばたんと閉じた。
一体、なんなんだ……?
俺はしばらくその場から動けなかった。
その日の二十三時半過ぎ。
七瀬の方から連絡があった。
俺は恐る恐るそれを開く。
『カフェラテ、飲みすぎて眠れないんですが』
思わず苦笑する。
俺はそれに『またかよ』とだけ、返しておいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます