第13話 またね

「――ふうん、じゃあ色々あったけど、結局二人は晩ごはんのお裾分けから知り合ったわけなんだね」

「まあ、そんな感じかな」


 潮凪さんの手作り料理を食べ終わると同時、俺と七瀬の関係についても、言える範囲のことは大体理解してもらえたらしい。


 あくまでお隣さんの先輩後輩、という関係だ。途中七瀬のやつが邪魔しまくるおかげで全く話が進まなかった。


 俺は曖昧な返事を返しつつも、七瀬に以前出したのと同じアイスカフェラテを二人と自らの前に置く。


 すると、何故か七瀬は俺を睨みつけたかと思うと、急に俯いてもじもじとし始める。……なんだこいつ。怪しい動きはやめろ。


 しかしあの潮凪さんのグリーンカレー(自称)、どう考えてもヤバい組み合わせにも関わらず、終盤になると何故か無性に次の一口が欲しくなる不思議なカレーだった。恐るべし、潮凪葵。


「……相馬くんって、料理得意なの? あ、おいしい」


 置かれたアイスカフェラテをじっと眺めていた潮凪さんが、それを一口飲んで聞いてくる。


「調理道具きれいに揃ってるし、ハルちゃんに晩ごはんお裾分けするくらい料理してたり、こんなふうにインスタントじゃないカフェラテまでさらっと出てくるし」

「まあ、カフェラテは俺あんまり関係ないからあれだけど料理はわりと……」

「全然ですよ、ひどいものです」


 七瀬がカフェラテをすすりつつ口を挟む。

 こ、こいつ……。今まで何度も嬉しそうにもぐもぐ食べていたくせにどの口が言いやがる。


 料理が割と出来る方という唯一と言ってもいい特技を失えば、俺なんて目つきの悪いただの高校二年生だぞ? せめてそこは残して。


「ええ、そうなの? あ、そっかハルちゃん何回か食べてるんだもんね。相馬くんのごはん」

「う、うん。一度か二度だけ」


 嘘つけ。週に二度だろこのやろう。


「……そんなひどいみたいに言って、実は結構美味しかったり?」

「別に。わ、私と同じようなものだもん」

「ほんとかなあ? ……あ。あの人と比べてるからじゃない? ハルちゃんが言ってたすごく料理の上手なお友達」

「!!」


 料理の上手いお友達? 初耳だ。

 俺以外にもいたのか、みたいなことは思ったりしないのでそいつのとこに食いに行けよお前ほんと。


「最近私が作りに行くって話しても『いい』って言うし、その友達のごはんよっぽど美味しいんだろうなって思ってたけど」


 『いい』って言う理由はちょっとだけ分かる気もする。なんて俺が心の中で考えていると、七瀬は慌てたように立ち上がる。


「あ、私宿題残ってたの忘れてたから帰らなきゃ」

「明日土曜だぞ」


 こっちを睨むな。七瀬は動揺したまま潮凪さんの方へ向き直る。


「あ、葵ちゃん、その話は先輩には関係ないし」

「そう? 昨日LINEで話してたでしょう? カフェラテ飲みすぎて寝れないのって。だからふと思い出しちゃって」

「そ、それはたまたまだから」

「今日もカフェラテが出てきたから、もしかしてその友達って……相馬くんだったりして? なんて思っただけ」

「ち、ち、違うもん」


 ちら、とこちらを見る七瀬。


 俺は二人の会話を聞きながら、全てを理解する。ほう。料理が上手い友達ねえ。

 ……ふん、悪い気はしないな。


「へえ。その友達、俺も会ってみたいな」

「記憶なくせ!」

「へぶぁ!!」


 俺の腹部に七瀬の拳が突き刺さった。



 ***



「……でも良かった、ハルちゃん一人で大丈夫かなって心配してたから。相馬くんが隣に住んでくれてるなら安心」

「いやあ、そんな」

「私は身の危険を感じます」


 身の危険を感じるのは俺の方だ、とぼやきながらお腹をさする。きっと手加減はしてくれてるんだろうが、割と痛い。してくれてるよね?


「そうだ。葵ちゃん、クラスでの先輩ってどんな感じなの?」


 七瀬に訊ねられた潮凪さんは思案する。

 やめろ。分かってることを深掘りするな。


「ううん、大人しめ? かなあ」

「ふうぅん」

「あ! く、クールな感じ?」


 潮凪さんはぽん、と手を叩く。頑張って俺を褒めようとしてくれているのだろうが、それが逆につらい。


「へえ、せんぱいかっこいい」

「くっ……」


 勝ち誇ったような顔でこちらを見る七瀬。

 なんださっきのお返しか……?


「……逆に、学校の時の七瀬はどんな感じなんだよ」

「いつもと変わらないです」

「でもハルちゃん、今日はなんだか楽しそう」

「ち、あ、葵ちゃん!」

「えー、でもそうでしょう?」

「これは私がうまく先輩に合わせてあげてるだけで、別にっ」


 俺以外の誰かといる七瀬を今日初めて見たけれど、いつも強気で口の悪いこいつも誰かといればちゃんと後輩の女の子なんだなあ、なんてぼんやり思う。


 そして何より潮凪さんの知らない一面見ることが出来たし、今日は大進歩と言えるのではないだろうか。


「さて。私は明日部活だし、そろそろおいとましようかな」


 ぐぐっ、と伸びをする潮凪さん。シャツのラインが強調され、俺は慌てて手元のカフェラテに集中する。七瀬から嫌な視線を感じる気がするがきっと気のせいだろう。


 潮凪さん、部活は確か文芸部だっただろうか。似合うよなあ。


「ハルちゃんは明日バイト?」

「うん」

「相馬くんは?」


 聞かれてしまった。スルーしてもらおうと気配を消していたつもりだったが。


「……俺は、本屋にでも行こうかと」

「なんですかそれ。楽しいんですか?」

「やかましいわ」

「へええ、なんの本読むの?」

「り、料理の本と、あと好きな漫画の新刊が出るので買いに――」


 最初は緊張していたせいもあってか、なんだかあっという間の時間だったけれど。誰かと一緒にごはんを食べるというのは、やっぱり悪いもんじゃないな。


 そうしていくらか話をしたあと。

 潮凪さんと七瀬の二人を送ろうと外に出ると、辺りにはもう薄闇がとぷんと広がっていた。


「じゃあ、今日はありがとう相馬くん。またよかったら一緒にご飯食べようね?」

「も、もちろん! ぜひ!」

「また来週学校でね」


 小さく手を振る潮凪さんに手を振りかえしていると、横から七瀬が俺の脇腹を肘で小突く。

 なんだ……? と一瞬考えたところで気づく。


「――潮凪さん! 俺、お、送りますよ!」

「え、そんな悪いよ」

「帰り電車ですよね? じゃあ、そこの駅まで。変なやつ、出るみたいだし」

「それは先輩のことです」


 潮凪さんは優しく微笑むと。


「ふふ、ありがとう。じゃあお願いしようかな? ハルちゃんも一緒に行こう?」

「え、いや、私は……」

「ほら、せっかくだし」


 七瀬は納得いかないようだが、潮凪さんに手を引かれて一緒に階段をおりていく。その後ろ姿を見ながら、思わず笑ってしまう。


 協力する気あるのかないのか、全然はっきりしないやっかいな後輩だなほんと。


 ぼんやりと輝く星空の下を歩く。

 そこまで街頭の多いわけでもない道を、三人で進んでいく。

 

 駅まで10分もない短い間だけれど。好きな人と一緒に夜道を歩くなんて、なんだか、まるで夢でも見てるみたいなふわふわとした感覚だ。


「相馬くん、ちょっと」


 駅の明かりが段々と近づいてきたあたりで、潮凪さんが少し離れて俺を手招きする。七瀬は一度こちらを見たけれど、気にしていないふうに、足元の石ころをこつんと蹴飛ばした。


「相馬くん。今日は本当にありがとう。私、ハルちゃんがあんな風に騒いでるの、久しぶりに見たから嬉しかった」

「こ、こちらこそ」


 薄闇の中で潮凪さんにこんな風に近づかれると、俺には刺激が強すぎて少し声が上擦る。七瀬については、俺的にはいつもあんな感じな気もするが。


「いつもね、なんだか大人ぶってて、私一人で出来るからって言って。寂しがりのくせにね、多分あの子……ううん。なんでもないや。だからこれからも、仲良くしてあげてね?」


 途中、どこか躊躇ったように呟いた潮凪さんは、最後に優しく微笑んだ。


「まあ、ほどほどに、仲良くします」

「ふふ、そうだね。ほどほどにね?」


 任せてくださいなんて俺が言える立場じゃないけれど。先輩と後輩くらいのちょうど良い関係性でなら上手くやれるのかもしれない。


「そうだ、相馬くん。RINEおしえて?」

「えっ!? いいんですか!?」

「いいんですかってなに? へんなの」


 くすくすと笑う潮凪さん。

 神よありがとう。今日俺は、あの潮凪さんのRINEをゲットしました。一生大切にします。


「葵ちゃん、そろそろ電車くるよぉ」


 少し離れた場所から七瀬が呼ぶ。


「はぁい! ……じゃあ相馬くん、またね。おやすみなさい」

「うん、また学校で」


 潮凪さんは七瀬ともなにか話してから、手を振って改札を通り抜けていく。一度振り返り、またにこりと笑ってこちらに手を振って、そうして姿が見えなくなる。


「……よし。帰るか」

「…………」


 俺が言うと、七瀬はなにも言わずに先に進んでいく。慌ててその背中を追った。

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