輝く花 8

「あぁ…………じゃ、じゃあボクは予定があるので、そろそろ失礼しますね……」


「あん、たのせい……っ、すべてっ! 全てっっ!! アンタのせいよっ!!」


「えっ? あのその、ボクは別に悪くないと――ひゃんっ!?」



 急に語気の強くなったリーゼが目と鼻の先まで歩いてきたかと思ったら、胸倉を捕まれていた。


 ゼロ距離から見つめてくるレッドスピネルのように鮮やかな緋色の瞳。

 そこには、つい先程までの守ってあげたいと思わせたあどけなさはなく、燃え上がる憤怒の炎が揺らめいている。



「カミルもアルバンも、何が『アイリス、アイリス』よっ!? あんたのことばっかり!!

 どうしてっ! どうして私じゃないのよっ!!」


「リーゼちゃん何してるんだよ!? 彼女は悪くないだろっ?

 落ち着くんだ……っ、一度冷静になって話し合わないか? な、なぁ?」



 隣にいる男の言葉はリーゼの耳には言葉届いていないのか、もしくは無視しているのか分からないが、その瞳は僕だけを捉えて離す様子はない。



「ねえっ!! 黙ってないで何とかいったらどうなの!?」


「綺麗な瞳……透き通ってて、キラキラしてる。

 なのに力強さもあるから、そこにある熱い想いが直接流れ込んできそう……」



 つい思っていることをそのまま口に出してしまった。

 ……我ながら、気持ち悪い事を言ったという自覚はあるよ。


 でも、女の子から向けられる視線なんて、もっと冷めたものしか――いや、あれは視界に入ってるってだけで、その目には写ってなかったんだろうなぁ…………。


 と、ともかく。前世も含めてここまで情熱的な視線を向けられたことはないので、変なことを言ってしまったとしてもしょうがないと思うんだ。

 あの夜のノラも、トロンとした妖艶ようえんな目で熱い視線をくれたけど、どこか僕というよりもボクを通して誰かを見ていたような――



「は、はあ?? アンタなにキモイこといって……。もしかしてソレ、私に媚びてるつもりなの?」


「媚びる? ううん、ボクはただ思ったままを口にしただけで……」


「次は純真ぶっちゃってっ……! そういうのがムカつくのよっ。

 それにその"ぼく"っていうのもっ! 狙い過ぎてて聞いてるだけでイライラするわっ!!」



 ヒートアップしたリーゼは胸倉を掴んでいた片手を振り上げると、その手を僕の顔目掛けて斜めに振り下ろす――うん、まぁいわゆるビンタだね。

 熱くなってるっぽいし、こういう展開も予想出来たけど、まさか一人称が引き金になるなんて……流石に"ボク"くらいは許して欲しいなぁ。



「ん――イライラさせてごめんね? でも、"わたし"とかに変えるのは、何か違和感があるというか……難しくない?

 ほら、こういうのは癖みたいなものだからさ。自然に出てきたものが一番しっくりくるんだよ」


「くっ! そんなこといいながら涼しい顔で防がないで、よっ!

 ――だから、大人しく当たりなさいよ!?」



 幸いな事に、男に捕まれていた僕の手は、彼女が掴みかかってくれたおかげで解放されていた。


 その上、あまりにもゆっくりとした動きで分かりやすかったから、簡単に受け止められたよ。

 ……フヘヘ、柔らかくて可愛い手をゲットだ~。



「これって全力? やっぱり、力は弱いのかな?」


「うぅぅぅ……そ、そうよ! 悪い!? いいから離してっ!」



 捕まれた両手を振り解こうと、しばらく抵抗していた彼女だったが次第にそれも弱まっていく。

 自分の方が弱いと理解したことで、冷静さが戻ってきたみたいだね。



「離してもいいんだけど……そうしたら素直に許してくれる? うーん、無理っぽいね。目がそう言ってるよ。

 じゃあ……そうだ! ねえ、ボクのパーティに入らない?」



 逆に彼女をこちらのパーティに誘ってみることにした。


 結局、彼女は誰でもいいから守ってくれる人が欲しいんだから、僕達でも問題ないわけだよ。

 それに、隣の「え、俺のことは?」って顔してる男とか、カミル? って人のところにいくよりも、美少女四人構成パーティの方がいいに決まってるもの。



「キミが入るってことは、ボクから二コラとフローラに説明するからさ。たぶん彼女達も拒否しないと思うなぁ。

 あ、もちろんここでの事は秘密にするよ? 何なら、ボクが強引に誘ったってことにしても――ふぐぅっ!?!?」


「見くびらないでっ!!!」



 調子に乗って勧誘なんて始めたのが気に障ったのか、股間を思いっきり膝で蹴り上げられた。

 彼女の顔しか見ていなかったから、完全に無防備だったよ……。


 うぅぅぅ、女の子のそこ攻撃するぅ?

 あぁもうダメ、すぐに吐き気と強烈な鈍痛が襲ってきて動けなくな…………らない?


 あれ? それどころかノーダメージなんだけど?



「大丈夫かい!? り、リーゼちゃん、それはやりすぎだと思うなぁ」


「な、なによっ、全て私が悪いってわけ!?

 ……もう知らない!! その女のパーティでもっ、どこでも好きなところに行けばいいじゃないっ!!」



 これってやっぱり、ツイてないからなのかな?

 いや、でもなぁ……この身体は異常な防御力してるから、普通とは違うしなぁ。


 ――よし。丁度いいことに普通の女の子なら近くにいるんだし、ちょっと試してみよーっと。



「<ストーンピラー>」


「ぇ? ――んぐっ!!?? ……ぎゅべっ!?」



 プリプリと怒ってギルドの方へ帰って行くリーゼの足下に魔法の光が輝くと、細い棒のような岩の柱が突き出した。

 それは、僅かに開いた内腿の間を瞬時にり上がっていき――彼女の体を軽く跳ね上げた。



「っっ!!?」



 ちょ、ちょっとやり過ぎだったかも……い、いやいやっ。


 岩本体の大きさを抑えることで威力はかなり手加減したし。

 先っぽだって、本来なら鋭利な突起状となるところを丸くすることで貫通力を減らしてるんだから大丈夫だよ!



「あのぉ、リーゼさん生きてます? 凄い声出てたけど……驚いちゃっただけだよねー? 実はそこまで痛くないよねぇ?」


「~~っっ!!! ふっ、ざけ――んぅぅぅ~~っ!!」



 跳ね上げられた衝撃で、前のめりに倒れ込んだまま悶絶しているリーゼ。


 うわぁ、痛そう……というか、苦しそうかな? 強打した股を手で押さえてプルプルと震えてるよ。

 演技ではなく、本物の反応っぽいね。



「……でも、ちょっとおおげさじゃない? まさか、キミも実はツイてる系だったりする?」



 口の端から涎を垂らしながらも痛みに耐えるその姿は信じるよ?

 けど、アンジェの例があったからね。服で見えないと色々な可能性を考えて気になっちゃうよね。



「ってことで、確認させてもらうよ~」


「や……ぅっ、やめてぇ……。ひどい、こと……しな、で……っ」


「大丈夫大丈夫~、下だけ見せてくれたら十分だから~。ちょっと露出度が上がるだけだから~」



 痛みが抵抗する気力もいだのか、うめき声のように拒絶の言葉を発する彼女のスカートに手を伸ばす。


 ――とそこで、股間部分をより注視したために気付いた。

 じんわりと、赤い染みが浮き出してきている。


 血、だよね? ……まぁそうかぁ。

 蹴られたり岩で強打したら、普通は血も出るし痛みだってあるよね。


 こんなことに男とか女とか関係なくて、つまりはこの身体が異常っていう既に分かっていた結論にたどり着いたよ。



「<ヒール>、それに服もキレイにしないとだから<クリア>も使って……。ん、これで問題ないよね」


「ぇっ? 痛みが消えて……。た、たすけ――!!」


「あ、もう行くの? じゃあね~。パーティの話、少し考えてみてよ~」



 彼女は起き上がると一瞬周囲を確認したが、目当ての何かを見つけられなかったようで言葉を切って脱兎だっとごとく逃げて行った。


 たぶん、僕がストーンピラーを使ったところくらいで逃げ出した彼を探してたのかな?

 ま、彼の判断は正しかったと思うよ。


 もし、邪魔とかされてたら、同じ魔法でも加減を誤って串刺しにしちゃってたかもしれないからね。

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