現世の死霊 4

 うん。ここまでしてくれたら、僕でも分かるよ。

 あの大して特徴のない顔……は、ほとんど記憶にないけど、今の言葉とさっきの冒険者っぽいもので思い出せた。


 カルラ達と一緒に襲撃した、とか呼ばれてた人だよね。


 そっかそっかー。あの後、悪霊になってたのかー。

 死にたくないって、最後まで頑張ってたもんね。それなら執念の勝利かな。……いやでも、死んでることには変わりないから、敗北?



「ちっ、奴を自由にするのはマズイ……っ。アイリス! ミアの言う通り、あれを狙え!!」


「え、いいんですか? ノラさんたち苦戦してますし、あちらを支援した方が……」



 ヒールの乱発によって、一度は有利となった前衛陣だったが、話をしていたこの僅かな間に押され始めている。


 原因はあのゾンビ冒険者達だろうね。

 だけど戦力差というよりは、できれば戦いたくないとかの遠慮があるせいなのかな。


 主人公くん達の動き、明らかに鈍くなってるし。



「そちらは問題ない。予想だがゾンビ共を操っているのは、あそこにいるレイスだ。

 ……そうでなければ、ここまでの大群が自然発生するとは思えんからな。

 だから、あいつさえ倒せれば片が付くはずだっ」


「ああ、さっき頷いていたのはそういうことですか。分かりました、では――」



 と、そこまで言ったところで思った。

 このまま倒してしまうのは、いくら何でも可哀そうじゃないかな?



「――と思ったんですが……そ、そのぉ。魔力切れ、みたいです……」



 それっぽい嘘をついておこう。


 だって、さっきヒールを使った感じからすると、レイスとかいうのも同じように一瞬で消えちゃうと思うんだよ。

 並々ならぬ執着で現世に留まっているんだろうし、それを簡単に消すのはちょっと……ねぇ? 気が咎めるなぁ~。


 ……決して、美少女と一緒に殺して欲しいだとか。そんな浮ついた思いからの行動じゃないよ?

 ホントだからね?



「は、はぁっ!? おまえっっ……!!」


「…………」



 僕の返答を聞いて怒りの表情のエルネと、いつもよりも若干冷たい表情になったミアのコントラストがいい感じだなぁ。

 特にミア、そのジト目は最高だね。

 いつも通りのようにも見えるけど、きっと侮蔑の眼差しだよね……たぶん。



「……はあ、仕方がないか。

 ユリアの方はどうだ? 今日はまだ、ヒールを一回使っただけだったよな?」


「えっと、ユリアさんには聞こえてないと思いますよ? 今は、グッスリとお休み中ですから」


「なっ!?」



 レイスの登場シーンを目撃した辺りで、意識を手放すことを選択したみたいだね。

 昨日よりもしっかりと預けられた体重と、暖かな体温が伝わってきて心地良いな~。



「早く起こせっ!!」


「はーい。ユリアさーん、起きてくださーい。エルネさんが呼んでますよ~」


「バカなのか!? そんな優しく揺すってたら、逆に眠りが深くなるわっ!!

 ああっ、もういいっ! 私がやる!! ――ほらっ、起きろっっ!!」



 エルネがユリアの肩を掴んで激しく揺さぶる。



「ぅぅ……はっ! わたしは、何を……?」


「よし、気が付いたな。説明は省略するが、とにかくあそこのレイスに回復魔法を使え!

 もう温存は考えなくていい。全力でやってくれ」


「レイス……? 何ですか、それ――ひぃッ!? うぅ…………」



 はっきりと姿を現した悪霊を見た途端に、また意識を手放してしまった。

 ふふ、本当に幽霊が苦手なんだろうね。



「お、おいっ!? どうすればいいんだよ……」



 それに対してエルネは頭を抱えてしまった。

 ふふ、困った様子が微笑ましいね。


 これを見てるだけでも面白くはあるんだけど……そろそろ僕も仲間に入れてもらおうかな。



「んー、そうだ。……上手くいくか分かりませんが、もう一度起こしてもらえますか?

 ボクにいい考えがあるんですよ」


「……はぁ、いいぞ。この状況を何とかできるのなら、何でもな。ユリアー起きろー」


「ぅぅ……んぅ? 何が……って、アイリス……さん?」



 意識が戻ったユリアを、後ろから優しく抱きしめる。

 僕に意識が向いたことで、ちょっとは話す時間を稼げたみたいだ。


 それにしても……いきなり抱き着いても許されるだなんてね。

 ふふふ、いい口実になったよ。



「ノラさんじゃなくて、すみません。

 でも、いま頑張れば、同じ事をノラさんがしてくれますよ? ……きっとね」


「がんば、る? 何を……ですか?」


「あそこにいる、レイスとかいうモンスターを倒すんです」


「っっ。……それなら、アイリスさんがやればいいんじゃないですか?

 さっきの回復魔法、わたし何かよりもずっと上手だったじゃないですか……」


「実はもう、魔力が空っぽなんです。情けない話ですが、後はユリアさんに頼るしかないんですよ」



 その言葉を聞いた彼女は、少しの間、悩むように俯いてしまう。

 だけど、次に見せた彼女の顔はさっきまでの怯えた表情とは無縁の、決意を固めた晴れやかなものだった。


 数日前に見た、ラドミラを助けると決めた時の二人の表情に似たものを感じるなぁ。



「わかりました。ですが、やはり魔法を使うのはアイリスさんにお任せします」


「え? でも、もう魔力が……」


「はい。なので、わたしの魔力をすべて譲渡します。それを使って、アレを倒しちゃってください!」



 魔力の譲渡、そんなこともできる……いや、僕もスキルを使えばできるか。

 彼女が使おうとしてるのも、同じものなのかな?


 ……今は、どうでもいいか。それよりも重要なのは……ユリアの思いだ。



「ユリアさんは、それでいいの? ノラさんに褒めてもらえるチャンスなんだよ?」



 彼女のノラに対する思いはかなりのものだと思ってたのに、僕の勘違いだったのかな?

 いや、さっきノラの名前を出したら話に食いついてきたし、的外れではないと思うんだけど……。



「は、はい、もちろんです。わたしの勝手な思いで、ノラ様を危険にさらすわけにはいきません。

 ですから――アイリスさんに、お任せします」



 なるほど~。自分の思いよりも愛する人を優先する、そういう考え方もあるよね~。


 そこまで言われたら仕方ないなぁ。

 僕がアイツを消し去って、ノラに色々してもらおっと。

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