夜這い 3

 なかなかに刺激的だった夜が明けた。

 2人は昨日の捜索活動の疲れからか、はたまた夜更かしになってしまったからなのか、まだグッスリと眠っている。



「起きてこない……よね? よし、<サードパーソン・ビューポイント>。

 お~、これはいい感じだ」



 壁の前に立って魔法を発動させると、新たに視界が追加された。

 それは普通ならありえない、けれども、ある意味では慣れ親しんでいるともいえる視点だ。


 キャラクターを背後から見下ろす感じの視点で……3人称視点って、言うんだったかな?

 こういうのゲームなんかではよく見るよね。


 さらに、この魔法はすごいことに普通の視点――1人称視点も同時に見えている。

 この感覚を上手く言語化するのは難しいけど、自分を見下ろす第3の目ができたって感じだ。


 しかも、360度好きな角度に動かすことが可能で、その中心には必ず自分自身の姿が見える。

 ……いや、ナルシストになったわけじゃないからね?



「う~ん…………どこから見ても、女の子だよね。

 ……それじゃあ仕草とか、そこら辺も気にしないといけないのかなぁ」





 昨夜は男ではないかと疑われて大変なことになったからね。

 一応、自分の姿を確かめておこうと思ったんだよ。でも……。


 ピンクのゆるふわロングヘアに、触れたら壊してしまうんじゃないかと思えるほど華奢な体のライン。

 この組み合わせから、"男"を連想するなんてどう頑張ってもできそうにない。


 正面からは鏡があれば確認できるけど、背後からってなると自分で確認するのは難しい。

 なので後ろ姿だと女の子には見えない要素があるのかも、と考えたんだけど……そんなことはなさそうだ。



 そうすると、後は仕草の問題になるわけだけど……無意識に出てしまう行動を改めるのって、どうすればいいんだろう?

 まぁ、こういう時は本物の女の子を観察すればヒントくらい見つかる……かな?


 ちょうど近くには美少女がいるんだし、有効活用しとかないとね。

 ……うち1人は、厳密には違うのかもしれないけど、少なくとも僕よりは女の子してるでしょ。


 それに、他の何気ない行動だって疑惑の原因になったかもしれないし、それっぽい仕草が見つかったら真似してみようかな。



 というわけで、この件は2人が起きるまで保留にして、次に進もう。



「……ここをこうすれば……うん、やっぱりそう動くよね。

 それなら、これでっ…………むっ、ダメだ。見えない……」



 この魔法、角度は自由になってもズームイン/アウトは自由にならないタイプみたいだ。

 どの角度でもだいだい一定の距離からの視点になる。


 それならその距離より近くに障害物があった場合はどうなるかというと、障害物の中からの視点になる……ということはなく、視点の位置が壁と同じになった。

 さらに近づけばあるいは……? と思ったんだけど、壁に密着しても服は透けないようだ。


 えぇぇ、こういうのはキャラクターがカメラに重なると色々透けるんじゃないの?

 これができればあくよ……有意義な使い方ができると思ったのに……。これは仕様変更が確定だね。



「ふわぁ……んんっ、おはよう……」「……うぅ。 おはよう……?」



 そんなことをしていると、2人がもぞもぞとベッドから起きだした。


 同時に起きるんだね。仲がいいなぁ~。

 って、このままはマズイっ。



「……あら、アイリスって意外と早起きなのね?」


「っ!! お、おはようっ! 偶然、目が覚めちゃってね……。

 いい天気だからかなぁ? あ、あはは……」



 なんとか誤魔化せたかな? ……ふぅ、危なかった。

 あのまま壁に張り付いてたら、変人認定されてもおかしくなかったね。


 ……ちなみに、カルラは寝る時に下着を着けないタイプみたいだ。

 3人称視点って、結構便利だよね。



「あの、ええと……昨夜のことはほんとに……」



 アンジェは何か言い辛そうな様子だ。まぁ、昨日の今日だからねぇ。

 まだ、気にしているのは当然か。


 だけど、この微妙な空気が続くのはできれば遠慮したいし、何よりこんな状態だと困ることがある。



「昨夜のことは、お互い気にしないことにしない?

 もう謝ってもらったし、変に意識してもいいことなんてないからね」


「で、でもっ、やはりわたしがやってしまったことは、許されないことで……!」


「ボクも気にしないようにするからさ。昨日の昼間みたいに普通にしてくれた方が嬉しいな」


「ふ、普通に接してもいいんですか……? ……分かりました。ありがとうございます……。

 アイリスさん、これからもよろしくお願いしますね……っ」



 彼女は、ぱっと満開の花みたいな笑顔を見せてくれる。

 誰が見ても喜びようが分かる。そんな素敵な笑顔だ。


 そうそう、普通に普段通りでいてもらわないとね。

 2人の素が見れないと、彼女達のことを理解するっていう僕の目的が果たせないんだからさ。





 ***




「さあ、今日こそ探し出すわよ! それで……まずはどこに行こうかしら?」


「『また嘘かもしれないけど、チンピラ達から聞き出した場所は確かめておこう』って、昨日みんなで決めたでしょ?」


「あー……。そ、そうね。 そうだった気がするわね……。

 じゃあアンジェ、その場所に案内お願いするわ」


「はぁ、ほんとにもうカルラちゃんは……」



 まだ朝食と宿屋から出て僅かの間の移動しか見ていないが、2人の何気ない仕草が僕とは違う気がする。


 歩き方や手の細かな動き、横を通る通行人の性別による動作の違い、表情は……個性の問題かもしれないけど、会話中の視線の送り方なんかは明らかに違うと思う。


 この原因がすべて性別の違いからくるものなのか、それとも世界や種族、単に個性によるものなのかは分からない。


 ただ確定しているのは、アンジェがあんな行動を起こすぐらいには、僕は女の子になれていないのだろう。



 いやまぁ、僕は女の子になりたいと思ってるわけじゃないから、いっそボーイッシュな娘って感じにイメチェンでもすれば、すべて解決するのかもしれないけどね。


 う~~ん、でもなぁ……。

 改めてこの体を眺めるとまさに女の子って感じで、気がするんだよね……。


 うん? 「もったいない」? ……自分のことなのに、まるで他人事みたいじゃないかな?

 そう、他人事……なるほど、そういうことか。


 つまりは、僕はまだこの体を完全に自分だとは思えてないのか。



 常々感じていたことだが、魔法やスキルが使える上に全く違う体を動かせるなんて、まるでゲームをしているみたいだ。

 だからきっと、そんな世界で"アイリス"と名付けたキャラクターを操作している。と自分は考えていたんだろう。


 3人称視点で俯瞰的に見えるようになったから、そういった自分の考えも客観視できたのかもしれないけど……数日経って気付くなんて、なんとも滑稽な話だね。



 でもまぁ、それっていい考えかも。


「これは自分の人生だ」って考えると、何というか気分的に重いんだよ。

 それよりは、「"アイリス"という美少女キャラクターを操作する自由度高めなゲーム」だと思った方が何倍も気楽だし、少しは生きててもいいかなって思える……ような気がする。



 よし、そんな考えも自覚したし、これからはもう少し女の子っぽい動きができるように試してみようかな。

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