夜這い 2
「本当に、ごめんなさいっ!!!」
目の前には床にぶつかるんじゃないか、というくらいに頭を深く下げたカルラがいる。
いわゆる土下座に近い恰好だが、手は床についていない。
謝罪の気持ち的なものは伝わってくるので、これがこの世界の謝罪方法なのだろう。
そして、アンジェはというと――
「んんっ、……っ、んん、んんんっっ」
両手両足をロープで縛られ、口には猿ぐつわのようなものをされて床に転がされている。
昼間、チンピラ達が持っていたものを適当にもらってきたけど、まさかこんな形で使うことになるなんてね。
馬乗り状態のアンジェを見たカルラは、すぐさまロープなどを取り出すと手際よくこの姿にしてしまった。
事実、強姦現場で間違いはないだろうし、こうなったのは仕方ないと思う。
ただし、彼女がそんな行動を即座に取れたということは……。
「……アンジェさんの"性別"のこと。カルラさんも知ってたんだね?」
「っ!?」
カルラもアンジェが男だと、事前に認識していたということだ。
そうでなければ、いきなり一方だけを縛った上で全力の謝罪なんてしないだろう。
……しない、よね?
女の子同士のじゃれ合いとか、あんまり詳しくないから自信はないけど……たぶんそうだと思う。
「それは……っ、……知ってたかと聞かれると……知ってるような、知らないような……ええーと…………。
はいっ、知りながら黙ってました!! ごめんなさい!!!」
まぁ、実のところそんなことはどうでもいい。
アンジェの性別がどうとか、しかもそれを他人に教えるかなんて彼女たちの自由だろう。
というか僕自身、アンジェが男だと分かってからも半分……いや、もう完全に受け入れてたし、なんなら冷静になって考えたってそれは変わらない。
ふむ、この感覚はなんて表現したらいいかなぁ……。 アンジェはまるで美少女…………そうだ。
アレがついた女の子って感じなのかも。
問題がアレの有無なら、この体には穴があるんだし、入ってしまえば見えないからもう女の子でしょ?
「許してもらえるわけがないわよね……。
それなら……っ、アンジェのア、アレを切り落としてもいいわっ!」
「えっ!?」「んんっ!?」
俯いていた顔を上げたカルラは、思い詰めた表情でまさかの提案をしてくる。
いやいや、僕はそんなこと全く考えてないよ?
いくら何でも罰が重過ぎ……もしかして、この世界では強姦に対してはそれが普通なんてことも……。
「――だから、どうかこの子の命だけは助けてくれないかしら……っ」
そう懇願するカルラの目には恐怖の色が浮かんでいた。
恐怖? 強姦なんてしたアンジェに? ……いや、これは違う。とすれば…………ああ、僕か。
それもそうか。彼女達の目の前にいるのは、オーガを破裂させることが可能な人間だ。
僕が怒りに任せてアンジェを殺すかもしれない、と考えるのも当然といえる。
……やっぱり、あれは怖いと思われるようなことだったんだね。
今まで2人が普通の態度だったから、この世界だとそこまで大したことではないのかと思ったけど、間違いだったみたいだ。
あまり不用意なことはしないように、これからは色々と注意しないといけないかな。
「ううん、そこまではしないよ。カルラさんの気持ちは伝わったからね」
「ほ、本当に!? それなら――」
「でも、アンジェさんにいくつか質問してもいいかな?」
とはいえ、あの事くらいは聞いておかないといけないよね。
……はぁ、僕としても下手な事を聞いて、やぶ蛇にでもなったら困るんだけどさ。
カルラは勢いよく頷くと、アンジェの猿ぐつわを外してくれた。
「ぷはっ……。あっ、あの、本当にごめんなさいっ!!
何を言っても許してもらえるとは思っていませんが、そ、その……色々と誤解してしまって、それであんなことを……」
「えっと、たしかボクのことを『男の子』だと思ったみたいなことを言ってたよね。
なんでそう思ったのかな? ……まさか、一人称が"ボク"ってだけで判断したわけじゃない、よね?」
むしろ、そうだったら話は簡単なんだけどね。
それなら"私"とか、何か女の子として無難な言い方に改めるだけで済むし……。
「あんたっ、そんな失礼な勘違いしてたのっ!?」
「それは……はい。
"ボク"といいますか……口調が男の人っぽいなと思う時もたまにあるんですけど……。
一番は昼間の、カルラちゃんがチンピラさんの……アレを蹴った時のことです」
「えっ? あの時って……ボクは何もしてないよね?」
「……アイリスさんそれを見て、ご自身のを抑えてましたよね?
それであの、わたしも同じことしましたから……。
もしかしたら、アイリスさんもわたしと同じなのかなって……」
たしかに、無意識レベルで股間を抑えてしまった。
ふむ、アンジェも同じ行動をしていたのか。それは気付かなかったな……。
「しかも泊まる宿が、その、こういうところでしたから、てっきりああいうことを望まれているのかと……」
「?? この宿がどうしたの? あまりいい宿ってわけじゃないけど、特に変わったところもないような……?」
「……ここって、
「連れこ……、ええっ、そうなの? ここ……そういう宿なの?」
「ええと、知らなかったんですか……?」
そうなんだ。この宿ってそういう……なるほど。だから、ベッドが大きかったんだね。
今更ながら宿のことを理解したけど……ということは、気付かないで女の子をそんな宿に案内していた、と?
うわぁ、何それ恥ずかしいじゃん! 恥ずかしすぎていっそのこと死にたい気分だよ……。
「それで思ったんです。
アイリスさんは優秀な冒険者ですから、人探しなんて面倒な依頼は受けなくてもよかったはずです。
しかも、わたし達はどう見ても大金を持っているようには見えませんから、お金目当てではない。
そこで、もしアイリスさんが男の方だったとしたら……」
「も、もしかして、ボクの目的が2人の体だと思ったの? それで自分から?」
「はい……そういうことになっても、わたしの方がダメージが少ないですから」
1つ1つは小さな疑惑程度でも、積み重なれば確信に変わる。ってことか……。
体が女の子になっても、男だとバレるものなんだね……女の子っていうのも意外と難しい。
それにしても、あの夜這いは幼馴染の身代わりになる。って感じの覚悟を決めた行動だったのか……。
なるほどね。アンジェもそうなんだ。
他人のために、自分は苦労を惜しまない……そんな面倒にしか思えない生き方ができるんだ。
いや、今までカルラばかりが目立ってただけで、アンジェだって昼間の捜索は一生懸命だったし、内に秘めた思いは変わらないのかな。
本当にこの娘達の絆というか、互いを思う気持ちみたいなものは相当なものだ。
……自分のため人生すら途中で止めてしまうような僕には、少なくとも理解できない生き方だよね。
でも、だからこそ理解したくもある。……だけど、それって可能なのかな?
……分からない。分からないが、理解できるかもという期待くらいは持ってもいいかもしれない。
「そういうことだったんだね。カルラさん、縄を解いてあげてくれる?
……さてと、もう結構遅い時間になっちゃったし早く寝ようか」
「えっ、……いいの、ね? それじゃあ、アンジェのこと許してくれたってこと……?」
さて、残る難問はアンジェを許すかどうかだ。
もちろん僕は怒ってすらいないけど、男かもしれないという疑惑まで持たれたんだから、少しは女の子っぽい対応をしとかないとだし…………。
はぁ、考えても分からないね。とりあえず、釘でも刺しとけばそれっぽくなるのかな。
「今回は許すよ。だけど、次は……ないからね?」
「っっ!? はっ、はい!! もちろんっ、2度としませんっ!!」
何かを握り潰す手振りと一緒に警告を伝える。
アンジェの顔、真っ青だ……さすがにやりすぎ、かな? 少し可哀そうだ。
あーあ、これじゃあアンジェルートはなくなったよねぇ。
女の子の感じ方っていうのも、少し興味があったのに……残念だ。
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