ブルクハルト伯領 3
宿屋はそう苦労することなく見つけることができた。
大通り沿いにベッドのようなマークを付けた店が複数あり、どこも目に付きやすい店構えをしている。
どの宿にするかなんて考える余地もなく、最も簡素な宿に決定だ。
見るからに安宿のようだけど、贅沢は言っていられないだろう。
所持金は限られているんだ。
「空いてる部屋はありますか?」
「あんた1人かい? ……一泊銀貨1枚、先払いだよ」
宿に入るとカウンターのような場所に三、四十代くらいの女性が座っている。
あまり愛想はよろしくない。これも宿のレベル相応といったところだろうか。
ただ、変に話を振ってくるタイプではないようだ。
僕の事情とか聞かれても返答に困るだけだし、そこは助かった。
「では、一泊お願いします」
「はいよ。部屋は右の廊下を行った角だね」
鍵を受け取った。
部屋の様子はどうだろうか。掃除くらいしっかりされているよね?
汚部屋だったら寝られる気がしない。
そして、最後にこれだけは確認しておかなければ。
「……それと、トイレを貸してもらえますか?」
***
「やっぱり女の子だよね……」
服の上から触っているから分かっていたことだけど、実際に目で見るとまた違った衝撃がある。
棒も玉も綺麗さっぱり無くなっていた。何ならつるつるだ。
だけど、森でこれ以上ないくらい驚いたからだろうか。喪失感のようなものは感じても、まだ余裕はある。
前世を振り返ってみても、あれ程驚いたことはなかった。
「とりあえず、これからどうしようかな」
体は疲れていないけど、精神は疲労を訴えている。
一旦、横になって考えをまとめよう。
部屋には最低限の家具しかないが、意外と
なぜだかベッドが大きいような気もするけど、大きい分には何ら問題ない。
「さてと、ベッドの具合はどうかな。
敷布団派だったから、ベッドって落ち着かないんだよ、ね……」
そこで、視界の隅に鏡があることに気付いた。
そういえば、まだ現世の容姿を確認していない。
分かっているのは綺麗なピンク髪をしているということくらいだ。
前世では鏡との仲は悪かった。自分の姿とか見たくない。
だけど、今なら少しは仲良くなれるだろうか?
「え……っ」
そこには美少女がいた。
髪はわかっていたが、ピンクのゆるふわロング。
ペリドットのように暗い黄緑の瞳がこちらを見ている。
大きくて丸っこい目元も相まっておっとりした印象を受ける。
何故かポカンとしていて少々間抜けな顔をしているが、どう見ても美少女だ。
『黄金の盾』のみんなにも負けていない……いや、彼女たちよりも可愛いと言ってもいいだろう。
そこは好みの問題かもしれないけど。
「これが、ボク……?」
鏡と向かい合うこと数分が経過した。
その間、鏡の中の美少女が僕の思った通りに動くことを確認して、やっとこれが自分なのだと信じることができた。
いや、実を言えばまだ疑っている。この世界に来て一番現実味がないのは自分の容姿なのではないだろうか。
後、今更だけど穿いているのがショートパンツで良かった。スカートとかだったら初めの地点から動けなくなっていたかもね。
「……これならお金の心配はないかも」
この見た目なら、素性の知れない少女というマイナス要因があっても、雇ってくれるところだってあるかもしれない。
少なくとも、飲食店で働けば日銭くらいは稼げるだろう。
……夜の仕事はまだ考えない方向でいきたいね。
「よし、職探しはそれでいこう。休憩したら街探索だ」
***
「飲食店はどこだろう?
これが大通りだろうから、近くに繁華街くらいあると思うんだけど」
屋台はさっき見つけたが、しっかりとした飲食店はまだ見ていない。
もう少しすれば夕方だ。
ちょうど混んでくる時間帯だろうし、求職者の対応をしている時間はないだろう。
今日の目標は店の目星を付けるくらいかな。
手頃な店を探して大通りを進む。
しかし、近くにはそれらしい店はないようだ。そこの路地に入ってみようかな?
もしかしたら、そっちに行った方が早く見つかるかもしれない。
路地に入ったらすえた臭いが漂ってきた。
うーん、やっぱりやめておこう。
これは進んだら良くないことが起こると頭の中で警鐘が鳴る。
中世のような街並みを眺めているとまるで物語の中に迷い込んだような錯覚を覚える。
しかし、刃物を持った人間がいっぱいうろついているのだから、前世と比べれば治安は確実に悪いだろう。
少なくとも、そんな場所の薄汚れた裏通りを少女が一人で歩いてもいいことはない。
急に、丸腰の現状が不安に思えてきた。
「あの店は何屋かな?」
近づいてみると、剣と盾の絵が描かれた看板が立っている。
先に武器屋が見つかったようだ。
こういうところで店番をするのはどうだろう?
求人募集の張り紙は見当たらないけど、一度中を覗いてみようかな。
「お邪魔、しまぁす……」
ファンタジーの武器屋で想像する通りの内装だ。
ある意味で安心した。
もし、ショーケースの中に銃なんかが飾られていたら、そちらの方が驚いていたと思う。
他に客の姿はないようだ。
このファンタジーな世界でも、そうそう武器なんて売れるものではないのだろう。
やはり、ここで店番というのは悪くない考えじゃないかな。
「なんだ嬢ちゃん、剣が欲しいのか? 鍋なんかは反対側だぜ」
店の奥からスキンヘッドの大男が出てきた。
何というかデカイ、縦に大きいだけではなく厚みもある。
身長は今の僕が小さいにしても相当大きい、おそらく2mくらいあるだろうか。
また、筋骨隆々で手にはハンマーを持っている。
その片腕、僕の両腕分よりも太いんじゃないの?
そして、よく見たら反対側の棚には鍋などの調理器具が並んでいた。
目立たないから気付かなかったようだ。
「いえ……。鍋がほしいわけじゃないですが……」
「だとするとホントに武器が目当てか?
護身用なら、そっちのダガーにしときな。
嬢ちゃんじゃあ、その剣は無理だ。逆に振り回されちまう」
うん、やっぱりここはやめよう。
店番だってこの人だけで十分だろう。客足的にも、威圧感的にも。
うんうん、それがいい。というわけで路線変更だ。
「えっと、そのダガーはいくらですか?」
「銀貨20だな。それより安いとなると粗悪品か、それとも年季の入った中古品か、そんなもんしかないな」
銀貨20枚は高い。ノラからもらったお金の半分近くが消えることになる。
「そうですか。すみませんが、やめておきます」
「そうか。気が向いたら買ってくれよ」
武器屋の店員にそう告げて、店を後にする。
護身用の武器くらいはあってもいいかもしれないけど、まずはお金を稼ぐ方法に目途がついてからだろう。
「武器屋、ね。……本当にここ、異世界なんだなぁ」
剣や盾が普通に街中で売られている光景に、ここが異世界だと再認識すると仕事探しへ戻ることになった。
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