ブルクハルト伯領 2

 身体検査は問題なく終わった。

 やったことはただの持ち物検査だったから、そもそも持ち物がない時点で引っかかるわけがないけどね。


 むしろ何も所持品がないことが問題だよ。知らない世界に身一つでいることを再確認してしまった。


 あと問題といえば、隠し持っているものはないかと言われて体を調べられた時に、お尻を撫でられたことくらいだろうか。

 それを見たレオノーラたちが一睨ひとにらみすると、それ以上は何もされなかったから、まあ許容範囲内だろう。


 彼女たちの目の前で、それができる門番さんの度胸は相当なものだと思う。

 脂汗とかいていたけどね。



「人相書きも嬢ちゃんに似た奴はないな。……よし、行っていいぞ。それとおまえらもだ」


「みなさん、お待たせしました。それと今回も助かりました。ありがとうございます」



 彼女たちは、特に検査しなくても問題ないようだ。

 首から下げた板のようなものを見せていたけど、あれが身分証なのだろうか?



「さっきも言ったけど、気にしないで。元々、ここに来るまでに決めていたことですわ。

 それで、アイリスはこれからどうするのかしら?」


「そうですね。とりあえずは宿を……いえ、まずは職探しですね。今日の宿代も稼がないといけませんから」


「そう……。私達はこれからギルドに用がありますから、ここでお別れになりますわね」


「ぎるど? ですか……?」


「ええ、冒険者ギルドよ。

 あなたを襲ったゴブリンもそうだけれど、討伐したモンスターの一部を持っていくと換金することができますの。

 他にも、依頼を管理していたり、冒険者にとってなくてはならない場所ですわね。

 ……それと、最後にこれを渡しておきますわ」



 布製のポーチのようなものを渡された。

 女性からの突然なプレゼントに少しドキドキする。


 意外にずっしりとしているが、何が入っているのだろう?



「それだけあれば一月は暮らせますわ。これで当面はしのげるでしょう」


「いえ、そんなっ! いくら何でも、そこまでしてもらうわけにはいきませんよ!」


「今から宿代を稼ぐなんて不可能よ。

 あなたみたいな娘が野宿なんて自殺行為ですし、せっかく助けた命だもの、少しは大事にしてほしいの。

 だからもらって……いえ、そうね。それはの。

 ですから、返せる余裕ができたら返しに来て。必ずですわよ?」


「……っ。はい、わかりました。

 これはします。

 そして、いつかベーアさんにお返しします」


「ええ、待っていますわ。それと、これからはノラと呼んで。私の愛称よ」


「は、はい、ノラさん……っ。本当にお世話になりました」



 最後まで格好いい人だった。こうやって攻略された娘が妹になっていくのだろう。

 お姉様恐るべし。



「ええ、また会いましょう。

 …………エルネよく止めなかったわね。あなたには止められると思っていたわ」


「何をしようがおまえの自由だ。わたしが口を出すことじゃない。

 それに、おまえはわたしが何を言ったところで聞くようなヤツではないからな。

 さすがに、あいつをパーティに入れるなどと言い出していたら、止めていたがな」


「……エルネには、全部お見通しみたいね」



 やはりエルネスタとノラもかなりの仲良しなようだ。

 見ているだけでほっこりする。



「皆さん、お世話になりました」



 もう一度頭を下げて、彼女たちを見送る。

 ちらっと彼女たちの方を見ると、最後に小さく手を振ってくれた。


 本当に良い人達のようだ。いや、お人好しな人達かな。



「返しに来るかなんてわからないのにね」



 まあ、ノラだって返しに来なくても構わないと思って、渡したんだろうけど。

 「彼女たちの旅路が良いものになりますように」と、願うくらいはしておこうかな。


 ほら、情けは人の為ならず、というからね。




 ***




 城塞都市というところから予想はしていたが、ブルクハルトの町並みは、まさにファンタジー世界といった感じだ。


 建物は石造りで、そこらを行きかう人達は西洋系な顔立ちをしている。

 これだけなら、まるでヨーロッパの観光都市にでも遊びに来たようだが、剣や斧を持った戦士風の人間や、杖を手に全身ローブを着た人間が普通に街中を歩く光景はそうそう見られるものじゃないだろう。


 また、髪色も様々な色が見える。

 ざっと見た感じだが、金髪が3割、茶髪や赤髪が2割といったところか。

 その他として青い髪や、いまの僕と同じピンクの髪をした人も何人かいる。


 中にはフードなんかで隠しているが、獣耳が生えた人も確認できるよ。



「いい匂いがする……」



 道端には出店が並んでおり、そこから香草や焼いた肉の香りがしている。

 特に空腹は感じてないけど、宿を取る前に出店を回ってみようかな。



 しばらく見て回った収獲としては、お金が普通に使えることが確認できたことくらいだろうか。

 もちろん、ノラを信用していないとかではなく、お金の使い方というものが前世と変わらないことが分かったという意味だ。


 慣れない銅貨やら銀貨やらを使うのは少し苦労するが、貨幣経済という点ではあまり変わりはないのだろう。


 あとお釣りの金額から、銅貨100枚が銀貨1枚と等価になることがなんとなく分かった。

 ただそうなると、計算が合わない買い物もあったが、観光客なら通る道ということで納得するしかないね。


 他には金貨があるようだけど、ノラからもらったポーチには入っていなかったから、金貨の交換レートはよく分からなかった。

 また、発行元がどこかによっても価値は変わってくるらしいが……深く考えるのはやめておこう。


 手持ちのコインは全てこの国が発行するレドニカコインというものだったから、今はそんなに気にしなくてもいいだろうし。



 最後にもう一つ。

 結構重要な事として、この世界の文字が読めるみたいだ。

 言葉が通じたからもしかしたらと思ったが、店先に書かれた商品名や値段を読むことができた。

 

 当然、異世界の文字なんて読めるわけが無いはずだ。

 だけど、なんとなく意味が伝わってきたし、書くことも可能だろう――と、そんな得体の知れない確信も湧いてくる。


 これは、この体に宿る記憶なのだろうか?

 好都合ではあるけど、他人の体を勝手に使っているような居心地の悪さを感じるよ。



「……とりあえず、宿を探そう」



 考えても仕方がないことは後回しだ。お腹も満たされたところで本題に戻ろう。

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