ブルクハルト伯領 1
ブルクハルトという街までの道中では、モンスターに遭遇することはなかった。
出会ったのは幌馬車で移動する商人風の人物や、それを護衛する人達、『黄金の盾』のように少人数でパーティを組んだ人達くらいだ。
それらの共通項としては、西洋系で時代がかった格好、それに剣や弓など何かしらの武装をしていることだろうか。
とりあえずは、レオノーラ達だけが剣や弓で武装している、特別危ない人達でないことが分かったから、そこは安心できた。
また、もしモンスターが出たとしても、ここは見渡す限り平原なのだから、奇襲されることはないとは思う。
ただ、彼女達の言うことには、何もない平原でも空中から襲われることがあるらしい。
「空からやってきたグリフォンに隊商が襲われて壊滅したこともある」なんて話を聞かされた時は、僕を怖がらせようと嘘をついているのかなと思ったが、彼女達が
異世界って恐ろしい。
「ブルクハルトが見えてきたわよ」
「あの……壁? みたいなの、ですか?」
「ええ、そうよ。立派な城壁よね。
この近辺は昔から比較的安全な地方だけど、何代か前のブルクハルト伯は特に慎重な方で、より強固な城壁に拘ったそうよ」
いわゆる城塞都市というものだろう。
ここからだとよく分からないが、城壁とその奥に城のような尖塔が見える。
「アイリスさん、ここまで歩き詰めでしたが、疲れていませんか?
もし、お疲れならヒールを使いますよ。
回復魔法は得意ではないので、疲労回復程度の効果しか、ありませんが……」
「いえ、大丈夫です。ボクよりも、むしろユリアさん達の方がお疲れなのではないですか?
森でも、戦闘とかされてましたし……」
「わたしたちは、慣れていますから」
ユリアはそう言って、ふにゃっとしたお日様のような優しい笑顔を見せてくれる。
ここまでの道中で、レオノーラとユリアは色々なことを話してくれた。
僕があまりにも世間知らずだからなのか、話の中心はこの周辺における危険に関連したもので、異世界初心者の僕にとっては、有益な情報で実にありがたい。
これは、2人と仲良くなれたのではないだろうか。
なにより素晴らしいのは、姉のようなレオノーラと、妹のようなユリアのやりとりは、見ていて微笑ましいことだ。
年齢は二人とも同い年で血縁もないらしいが、僕は心の中で仲良し姉妹認定することにした。
ここが女学院だったら、背景は白百合で決まりだね。
それにしても、ユリアが心配するも、確かにもっともな事だろう。
森に中も含めれば、かれこれ1時間以上歩き詰めで、足が痛くなるくらいはしてもおかしくない。
だけど、彼女に答えた内容は嘘でも何でもなく、全くと言っていいほどに僕は疲れを感じていない。
この白くて細い足のどこにそんな体力があるのか、と疑問も抱くだろう。
でも、僕にはそれがなぜなのか、おおよその見当はついている。
おそらく、そう。これは二人のおかげだ。
レオノーラの凛々しい顔に偶に浮かぶ笑顔や、ユリアのころころ変わる表情には癒し効果がある。
回復魔法というのがどういったものなのかは分からないけど、こちらの方がよほど効果があるではないだろうか。
残念なことがあるとすれば、後の2人とはあまり会話もできなかったことかな。
エルネスタは出会い頭に嫌われているから仕方ないとして、ミアは元々無口なのだろうか?
……もし、僕がいるせいで会話に参加できないのだとしたら申し訳ない。
街に着いたら消える予定なので、許してください……。
***
ブルクハルトの門前に到着した。
城壁は10mくらいあるだろうか、近くで見るとそれは本当に壁としか言えないものだった。
これが難攻不落というやつだろう……まあ、城壁なんて見たいこともない素人意見だけどね。
「ほんとうに、すごい城壁ですね」
「ふふっ、そうね。この街の立派な守護者よ。見とれるのも仕方がないわ。
けれど、先程からポカンと口が開いているわよ?
少し、はしたないわね」
語彙力を喪失しながら城壁を呆然と眺めていると、レオノーラに軽く
危うく「すみません、お姉様」と言ってしまいそうだ。
すぐに口をガードしたから失言は防げたが、これがお姉様力というものだろうか。
待てよ。もしかして、ここでお姉様と呼んで、僕も妹にしてもらった方がよかったのかもしれない……。
「ん? ユリアさん、どうかされましたか? ……ボクをじっと見ていたように思いますが」
「えっ? な、何でもないですっ。
それよりも、早く街に入りましょう! 置いて行かれちゃいますよ!」
「そう、ですね……?」
そんな下らない妄想をしていると、ユリアの視線が気になった。
気のせいかもしれないが、何か特別なものを感じたような……?
おっと、これ以上考え事に夢中だと、本当に置いて行かれてしまうね。
「ちょうど誰もいないようだな」
「そうね。これなら早く済みそうだわ」
エルネスタは誰もいないと言ったが、正確には門の前に兵士のような男が槍を片手に立っている。
ここを守っている門番といったところだろう。
他には誰もいないが、門の中に詰所のようなものも確認できた。
「おう、あんたたちか。今日はやけに早いんだな?
お、そっちの嬢ちゃんは見ない顔だが……新入りか?」
「少しイレギュラーが、ね……。それで普段よりも早く戻ってきたのよ。
それと、彼女はうちのメンバーになるわけではないわ」
「ほう、イレギュラー?
なんだ『黄金の盾』に入るわけじゃねえのか。
その見た目なら基準もクリアしてんだろ? なら、問題は髪色か。
確かにピンク髪じゃあな」
「うちは別に、容姿に対して基準を設けているわけではないのだけれど……。
まあ今はいいわ。この娘は森で保護したのよ」
「保護? 他には誰もいないようだが、その娘1人だけか?
嬢ちゃん、何で森なんかに1人でいたんだ?」
「いえ、その、迷ってしまって……」
「フランツそこら辺は聞かないであげて、彼女にも色々と事情があるわ」
「……まあ、迷子の世話は俺の仕事じゃねえからいいけどよ。
身分証なんかは持ってるのか?」
当然、身元を示すものなんて何もない。
ここまで来てから言うのも何だけど、僕の国籍とかどうなるのだろうか?
無国籍とか、そういうものになるとしたら、これは人生詰んでるんじゃないかなぁ……。
いや、待てよ。1つそれっぽいのがあるじゃないか。
ステータスウィンドウ
名前:アイリス
種族:ヒューマン
レベル:100
特殊能力:『諦観』
あれ、よく見たら空欄だった名前の欄に"アイリス"が追加されている。
身分やら国籍やらはさっぱりだけど、これはきっといま見せるためにあるような気がする。
「あの、身分証ではないかもですが、ステータスウィンドウというものならあります」
「すてーたす、う……なんだ?
何かわからんが、とりあえずそれを見せてくれ」
「えっと、ボクが持っている、この半透明のやつです」
「いや、何も持ってねえだろ。……なんだ頭がおかしいのか?
そういうフリをすれば、ここを通れるとでも思ってんのか?
言っておくが、怪しいやつは牢屋送りもあるんだぞ」
「ち、違います! 本当に見えないんですか?
……ベーアさんたちは見えますよ、ね?」
レオノーラたちを見ても、誰も頷いてはくれなかった。
みんな困り顔だ。これは、僕以外には見えていないらしい。
なるほど。だからずっとこんなものがフヨフヨ浮いていても、何も言われなかったのか。
あまりにも気にされないから、ここに来るまで僕も存在を忘れてたよ。
ということは、これは完全に詰んだな。残りの人生は牢獄で過ごすことになりそうだ。
……まあ、いいか。現世は諦めよう。1度はやめた人生だ、それが2度になったところで大した違いはないさ。
いや、いっその事ここを強行突破するのはどうだろうか?
どうせ牢獄送りになるなら、最後に何をしたって……。
「待ってくれるかしら。その娘の身元は私が保証するわ」
「ああ? いやあんたも森で見つけただけなんだろ? だったら、身元も何もわからんだろ」
「ええ、そうね。けれど森からの道中、私はその娘と一緒にいて話をする機会があったわ。
少なくとも悪人ではない。私はそう確信しているの」
「……はぁ。まあ、あんたがそういうならこの話はいい。
だが、さすがに軽い身体検査と、手配書の確認ぐらいはするからな」
「もちろん、構わないわ。アイリスもそれで良いわよね?」
「は、はいっ! もちろんです……っ」
「そうか、あとは通行税だな。ただの旅人なら銅貨50枚だ」
「私が払うわ。アイリスはお金を持っていないと言っていたわよね?」
通行税まで出してくれるなんて……レオノーラは相当なお人好しらしい。
いや、果たしてこれはお人好しで片付けられるレベルなのだろうか?
「すみません、何から何まで……」
「いいのよ、気にしないで。
街に来るまでに聞いた話で、こうなることは大体予想できていたから」
「これで必要なもんは揃ったな。
おい、嬢ちゃんこっちの詰所に来てくれ。身体検査するからよ」
どうにか街に入ることはできそうだ。
それにしても惨めなスタートだなぁ。転生して早々に来世を考えてしまったよ。
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