異世界入門 2

 さっきまでいた森を抜けた。

 目の前には一面に平原が広がっている。



 僕は女騎士たち4人と近くの街に移動しているらしい。

 なぜ、自分のことなのに伝聞調なのかといえば、ショックのあまりしばらく放心していたからだ。


 森への瞬間移動と、漂うゴブリンたちの濃厚な血の香り、そして突然の女体化という事実が決め手となって、僕の処理能力を上回ったのだろう。


 こんな意味のわからないことが連続で起こって、放心で済むなんて……。

 むしろ、よく気絶しなかったと褒められてもいいと思う。



 意識が戻ったのは、「1時間も歩けば街に到着する」と言われた時だった。

 だから、どういう流れで一緒に街へ向かうことになったのかは分からない。


 けどおそらくは、自殺(未遂?)系少女を森に残して行くわけにもいかず保護した。

 といった感じだろうか。



「あの、ここはどこなんでしょうか?」



 我ながら間抜けな質問だ。

 だけど、周りは見渡す限りの平原で、後ろにはさっきまでいた森しかない。

 とりあえず、自分の体のことは一旦忘れて、現状把握に努めよう。



「ここはブルクハルトの南にある平原よ。もう少しすれば街道も見えてきますわ」


「ブルクハルトですか?」



 日本の地名ではない。

 喫茶店とか、ブティックの名前ならあり得るだろうか?



「ブルクハルト伯領を知らないかしら?

 この周辺では有名な方だと思うのだけれど……」


「すみません、聞いたことがない地名ですね。

 えっと、少々大まかなことを確認するのですが、ここはもしかして地獄とか?

 ……まさか、天国だったりしますか?」


「ジゴク? テンゴク?

 ……そんな国は聞いたことがないけれど、ここはオスト・レドニカ王国の南部に位置するわ。

 それは、分かるかしら?」



 なるほど。オスト・レドニカ王国ね。何もわからん。

 だけど、ここを死後の世界とするには色々と違和感がある。


 宗教観の問題とかそういうのではないと思う。

 今更かもしれないけど、完全に西洋系の彼女たちと言葉が通じていたり、自分が女体化していたり、すべての理由を「死後の世界だから」で片付けることはできない気がする。


 なんというか、この世界はリアルだ。

 死後の世界から連想するスピリチュアルな感じがあまりしない。……少しゲームのような要素はあるけど。



 そうなるとこれは、いわゆる転生というやつだろうか?

 それも、彼女たちのファンタジーな格好を思えば、異世界転生という方が良いのかもしれない。

 そこに違いがあるのか知らないけどさ。



「ゴブリンすら知らないような娘だ。知っていることの方が少ないのだろうさ」


「……そうだったわね。あ、ゴブリンについて知りたいのよね?

 一応説明しておくと、先程森にいた緑色の小さいのがゴブリンよ。

 森に行けば、大抵は遭遇することになりますわね」


「やはり、危険な存在なのですか?」


「そうね……脅威度でいえば、そんなに高くない。いえ、弱い部類に入りますわ。

 子供のような背丈からも分かると思いますが、基本的には人間よりも非力で、モンスター特有の特殊能力も大したことはないわね。

 けれど、ヤツらは集団で行動するの。数で攻められた時は、とても厄介ね。

 それに、今までの話は一般的なゴブリン、グリーンゴブリンと呼ばれる種類の話よ。

 ブルーやレッドといった色違い、または体格に優れるホブゴブリンなどの亜種はその限りではない、ということをよく覚えておいて」



 まあ、概ね一般的なゴブリン像という感じだ。

 亜種がいるということだけは、気に留めておこう。


 それよりも気になるのは、女騎士の語り口の方だ。


 一見、平静なようだけど、少し語気が強くなった気がするし、ここまで饒舌じょうぜつに語られるとは思わなかった。

 しかも、よく見れば手を固く握り締めている……?



「そして、ゴブリンには雌がいないの。

 だから繁殖のために他種族の女性、主に人間の娘をさらって自分たちの子を孕ませるのよ。

 ヤツらが娘を食料にするのは、その後ね」



 女騎士の語気が強くなった理由も理解できた。

 うわぁ、あのままだったら凌辱りょうじょくルートだったのか。



「どうだ、ゴブリンについて少しは理解できたか?

 まあ自殺がお希望のぞみのおまえにとっては、ちょうど良い相手なのかもしれないがな」


「さ、先程は、本当にありがとうございました。

 あれがそこまで危険な相手だなんて、知らなかったので……」


「言い過ぎよ、エルネ。そんな言い方をするものではないわ。

 私達はただ、見つけたゴブリンを討伐しただけ。それは冒険者として当然のことだわ」


「いえ、そう言われても仕方がないと思います。

 それと、えっと、ですか?」


「ええそう、私達は冒険者で……。待って、自己紹介もまだしていなかったわね。

 失礼、私の名前はレオノーラ・ベーア。

 私達は『黄金の盾』という冒険者パーティーを結成しているのだけれど、そのリーダーを務めているわ」


「こちらこそ、名乗りもしないですみません。ボクはあぃ――」


 いや相沢二郎は前世の名前だ。

 そう名乗っても問題はないだろうけど、ファンタジー感とか女性名らしさとかが足りない。


 でも、急に名前といっても思いつかないしなぁ……ん?

 あそこに咲いているのは確か……。



「えっと、あぃ……リス。そう、ボクはアイリスといいます」


「ボク? い、いえ、気にしないで。アイリスね。

 さあ、みんなも自己紹介してあげて」


「はい。わたしはユリアです。見ての通り、魔術師をしています」


「……ミア。……野伏」


「エルネスタだ。たかだか街までの付き合いだ、忘れてくれて構わん」



 女騎士がレオノーラ。妹ちゃんがユリア。ジト目マフラーがミア。ロリ娘がエルネスタか。

 一度に覚えられるかな? 名前を覚えるのって、苦手なんだよね。



 それと癖で"ボク"と言ってしまった。怪しまれただろうか?


 でも体は既に女性なので、女装バレみたいな展開にはなりようがないよね。

 問題は……少しニッチな感じがするところかな?



「皆さん、街までどうかよろしくお願いします」



 ここが何であろうが、今は彼女たちと一緒に行動しておこうっと。

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