異世界入門 1
ゴブリンとの遭遇戦が始まった。
状況はゴブリン5匹VS貧弱サラリーマン1人。
左の方からは謎の女性の声が聞こえるけど、味方だろうか。
というか味方であってほしい、ゴブリン(♀)とかじゃないよね?
そして、僕が取るべき行動は"逃げる"だったが、その場に留まることになった。
当然、女性を1人残して逃げるわけにはいかないと正義の心が目覚めた……とかではなく、足が
電車に飛び込むよりも、目の前に迫るゴブリンの方が怖い……。敵意とか向けないでよ。
「はぁぁっ!」
僕がそうやって狼狽している間に、女性はゴブリンに近づいて、手に持った物を脳天目掛けて振り下ろしていた。
ゴブリンを一匹撃破といったところだろう。
「ひぅっ……」
ただ、問題があるとすれば、攻撃されたゴブリンの血や脳髄が飛び散っている。
僕のグロ耐性はそんなに高くないのでやめてほしい。
「コイツ、コロス!」
女性の方が脅威だと判断したゴブリン達が、ターゲットを女性に移した。
今が逃げるチャンスか……?
いやいや、動いたらまたこっちに来るかもしれないし……。
「ギャッ!?」
「「「ゴブッ!!」」」
しかし、ゴブリンが攻撃に移る前に、女性の後方から飛んできた矢がゴブリンの頭に刺さる。
それとほぼ同時に、女性はゴブリンをさらに一匹仕留めていた。
「逃がすなっ!」
どうやら残る2匹は逃走を選んだようで、既に背中を向けて走り出していた。
「<ウィンドカッター>っ!!」
だが、こちらもすぐに倒されることになった。
今度は、風の塊のようなものが飛んできて、それがゴブリン2匹を切り刻んだ。
一体何が起きているのだろう……。
「あなた、ケガはないかしら?」
助けてくれた女性が優しく声をかけてくれた。
彼女の年は10代中盤といったところだろうか。
髪型は綺麗な金髪のポニーテールで、サファイアのような深い青の瞳をしている。
つり目がちな目元がキリッとした印象の美少女だ。……返り血さえなければ完璧だっただろう。
そして中世西洋で思い浮かべるような鎧を着ていた。
顔は露出しているから厳密には違うのかもしれないが全身鎧といった感じだ。
そして、ゴブリンに振り下ろしたのはショートとか、ロングとかの区分はわからないけど、とにかく剣だった。
反対の手には盾を持っており、女騎士といった感じだろうか。
「は、はい。……大丈夫、です」
「ゴブリンは倒しましたわ。けれど、周囲の安全を確認しているから少し待ってね」
それにしても、地獄というのは伊達じゃないな。
いきなり、ゴブリン――彼女もそういっているし、たぶん合っている――なんてモンスターが襲ってきたよ。
彼女はゴブリンと戦うことに躊躇がないようだけど、やはりバイオレンスが日常なのだろうか?
「……安全、確認……した」
「そう、ご苦労さま。みんな戦闘終了よ!」
そうこうしていると、木々の葉よりも濃い緑の外套を着た女性が、女騎士のすぐ近くに現れた。
近づいて来たというよりも、現れたという言葉の方がしっくりする、まるで森から滲み出てきたような登場だ。
フードに隠れていた顔は、こちらも髪色は金髪だが、ロングのストレートにしている。
アメジストのような紫の瞳と、口元はマフラーで隠れて見えないが、おそらくこちらも美少女だろう。
眠そうなジト目でこちらを見ている。
外套の下は、要所に所々皮鎧のようなものを着用しているが、女騎士と比べると軽装のようだ。
「ノラ様、お怪我はありませんか!?」
次も現れたのは、例によって美少女である。
髪型は金髪セミロングで、右側に一つお団子を作っている。
エメラルドのような深い緑の瞳をしており、クリっとした目が幼さを感じさせる。
服装は全身を黒いローブで覆っていて、まるでRPGに出てくる魔法使いのようだ。
「この程度の敵なら無傷で倒せるわ。心配し過ぎよ」
「心配もしますよ!
一人で突撃するのは心臓に悪いですからっ、もうやめてください……」
ノラというのは、女騎士の名前だろうか?
魔法使いは女騎士の全身を入念にチェックしている。
小柄な魔法使いが、自身よりも大きな女騎士の周りを動き回る様子は、まるで小動物みたいだ。
いや、僕と魔法使いの身長は同じくらいな気がする。
そう見えたのは女騎士が大きいからだろう。
それなら小動物は違うか。どちらかというと、二人は姉妹と言った方がぴったりだ。
女騎士に頭を撫でられて喜んでいる姿は、まさに仲の良い姉妹のようだった。
「いくらミアが警戒しているからといっても、気を抜き過ぎだ」
そしてもう一人。美少女いや、美幼女?が現れた。
こちらは金髪に、シトリンのような黄金の瞳、髪型はショートボブだ。
身長は最も低く、顔立ちも幼い、ロリといった感じだ。
ただ、弓を持って油断なく周囲への警戒を解かない姿からは、こういうことに対する慣れを
「そうね。みんな、もう少しの間、周囲の警戒をお願い。
……それでは改めまして、ゴブリンに何もされていないようで良かったわ。
けれど、ここはゴブリンの活動範囲。
あなたのような娘が、一人でうろつくような場所ではないわ」
ところで、ゴブリンというのは倒してしまっても問題ない存在なのだろうか?
RPG的には問題ないかもしれないが、おそらくそこに来た人間に罰を与える係とかじゃないかな。地獄にいる存在ってことを考えるとさ……。
それに反抗した結果なんて、悪い未来しか想像できない。
「は、はい。助けて頂きありがとうございました。
……ところで、あの、ゴブリンというのはどういった存在なのですか?」
「あなたゴブリンを知らないの? いえ、それよりも丸腰でこの森に……?
もしかして隊商からはぐれたとか、かしら?
それなら近くの街まで送りますわ。私たちも街に帰るところなの」
「いえ、はぐれたわけではないのですが、えっと、その……」
遠回しに、ゴブリンを倒しても問題ないのか聞きたかったのだが、何だか話が噛み合わない。
街まで送る? ここにいると何か問題があるということ……?
死後の世界のスタート地点が森というのはイレギュラーだから、正しい地点まで案内してくれるのかな。
「……おい、察してやれ。街娘が一人、それも丸腰でこんなところにいるんだ。
理由なんて一つしかない」
「それって……まさか!?
どんな事情があるのかは分からないわ。
だけどそれは浅慮なことよっ!? 自殺以外の道は必ずあるわ!!」
女騎士とロリ娘が二人で何らかの結論を出したようだけど、森にいる理由なんてこっちが知りたい。
でも、自殺志願者だったとなぜわかったのだろう? それに、街娘って……誰のこと?
「ま、待ってください!
自殺のことはもう遅いと言いますか……今更言われても何も変わりません!
……それと"街娘"、というのは?」
「ふん、やはりな。
ではゴブリンを倒したのは、いらんお節介だったようだな……。
おまえは街娘ではなく村娘なのか? よく分からんが大した違いでもあるまい」
いや、そういう違いじゃないんだけど……。だが、それでやっと気づいた。
さっきから僕が話すと聞こえると思っていた少女の声は、僕の口から出ているみたいだ。
……頭が理解することを拒否している。
だけど、確かめるしかない。まずは恐る恐る喉を触ると、喉仏の出っ張りがない。
次に顔、髭は……元々伸ばしてないから分からないが、こんなにキメの細かい肌ではなかったはずだ。
それに髪が伸びている。長さはロングぐらいあり、ウェーブがかかっている。
そして、胸は……
「えっ……?」
膨らんでいる。柔らかいし、揉むこともできそうだ。
童貞には触っただけで何カップかなんて分からないけど、男の胸ではないことは断言できる。
あと、股間の方がなぜか頼りない。まるで何か大事なものを忘れてきたようだ。
「う、そ……?」
彼女の言っている街"娘"が、僕であることが確定した瞬間だった。
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