異世界王国と放浪少女と百合

山木忠平

1章 終わりと始まり

プロローグ

「もう満足かな……」



 天寿とは、なんだろうか?


 昔なら人間50年と聞くし、たぶんそのくらいだろうか。

 現代なら100年くらい生きれば、きっと天寿を全うしたことになるのだろう。


 だから、少なくとも20代中頃の僕は、まだ天寿なんていえる歳じゃない。



 何かすごい事を成し遂げたとか、大したことではなくても夢を叶えたとか、そんな強烈な出来事があったわけでもない。

 だけど、"もう十分に生きた"という強い思いが湧いた。


 一度芽生えたその思いは、これからの長い人生を無性に空虚なものに感じさせる。



 そんなことを、休日の真昼間にダラダラと過ごしながら考えた。

 その時は、ちょっと疲れているだけで、明日になれば忘れていると思ったんだ。


 なのに、あの"諦め"にも似た強い感情は、消えずに残っている。



「まもなく1番線を列車が通過いたします。危険ですので白線の内側まで、お下がりください」



 駅のアナウンスが聞こえる。

 次に来るのは、この駅を通過する急行電車だ。


 いつも通勤に使う電車は見送って、今は乗車待ちの最前列に並んでいる。

 あと数歩も進めばすべてが終わる。そんな位置だ。



 生きていれば、できることはまだまだあると思う。

 ただ、やり残したことは何かあったかな? と考えてもパッとは出てこない。


 強いて言えば童貞だったことくらいだろうか……いや、それは生きていても最後まで変わらないだろうし、もうどうでもいいか。



「行くか」



 実際に足を動かしてみると、すごく怖い。

 足が震えるし、やっぱやめようかなぁ、と躊躇もする。

 でも、わざわざ生き続ける理由は、それ以上に見つからない。



 電車に跳ねられたら、どれくらい痛いだろうか?

 死んだらどうなるのだろうか?

 悲しむ人は誰かいるだろうか?


 最後の瞬間を前に、様々な考えが駆け巡る。


 基本、ぼっちな人生だった。

 友達はいないし、同僚とだって大した付き合いをした覚えがない。



「ああ、家族がいたか」



 実家の家族はきっと悲しむだろうけど、まあもういいか。

 だってもう、僕の体は駅のホームより先にあるんだから。


 最後に感じたのは、誰かの驚くような声と、一瞬の激痛だった。




 ***




「えっ……?」



 ここはどこだろう?


 周囲を確認する。

 見えているのは木と草と木と…………なんというか、これは完全に森だ。


 さっきまで駅にいたはず……というか確実に死んだと思う。

 起きたら病院のベッドだったというなら、不本意だけど可能性もある。

 だけど、自殺しようとした人間を森に放置するなんてありえない。


 それなら、ここは地獄……いや、森というのは天国になるのだろうか?

 電車に飛び込んで自殺するような親不孝者が、天国に行ってもいいのかな?



「本当に天国なのか?」



 どちらにしても案内人くらいは付けてほしい。

 そして、目の前に浮かんでいる、この半透明なものは何だろう?



 ステータスウィンドウ

 名前:

 種族:ヒューマン

 レベル:100

 特殊能力:『諦観』



 ステータスウィンドウって、ゲームでも始まるのかな?


 なんて考えていたら、足音とガサガサと葉が揺れる音が聞こえてきた。



「……ニンゲン!」



 出てきたのは鬼だった。それとも、小鬼といった方が正確か?

 ということは、ここはやっぱり地獄……。


 何にしても、まずは確認してみよう。



「あ、あの~、案内人の方……ですか?」



 自分で聞いておいて何だけど、たぶん案内人なんて優しい存在じゃないと思う。

 というか、どう見てもゴブリンだし。



「コロス!!」



 やっぱり、危ないヤツじゃないか!


 ゴブリン(?)の背丈は、僕の半分以下しかない。見た目は弱そうだ。

 でも、手には木の棒というか、こん棒みたいなものを持っている。


 それに4、5人いや匹? ぞろぞろと出てきた。

 絶対無理。これは逃げ一択だよ。



「逃げなさい!」



 左から女性の叫ぶ声がする。今度は何なのか。

 状況整理が追い付かない、こっちは死人なんだから少しは労わってほしいものだ。


 そして、僕がしゃべると聞こえる、この少女の声は何なのだろう?

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