赤い林檎の花ー更新停止ー

澤崎海花(さわざきうみか)

第1話 プロローグ

手を出してしまった、いけないと言われていたのに、ダメだと知っていたのに、手を出してしまった。これで罰を受けるのはきっと自分だ、自分だけが罰を受けるから大丈夫だとその時は本気で思っていた。なのに、どうして。


卵とハムの焼ける匂いと慣れ親しんだ刃物を使う音で目を覚ました。ベットから降りてカーテンを少し開くと眩しい日差しが入ってきた。その眩しさに顔を顰めてからカーテンを開いた。リビングからは、何かを切る音が聞こえている。ハンガーで壁掛けに掛けられている制服に着替える。これは、いつものなんでもない朝だ。机の横にかけられている鞄の中身を確認してから、今日の授業は何だっけと思い出す。国語に数学、それと歴史系だったかな、そう思いながら教科書とノートをつめて部屋から出て洗面所へ向かう。几帳面な同居人が綺麗にしている棚から洗顔を出して洗い横にかけられているタオルで顔を拭いた。洗顔を元の場所に戻してリビングの扉を開ける。小さな花の描かれた黄色いエプロン姿の同居人はゆっくりこちらを向いて微笑んだ。

「おはよう、紅葉」

「おはよう、ひなた」

朝の挨拶を交わしてリビング入口に葉仙紅葉、三常ひなたと真ん中で区切られ名前の書かれたミニサイズのホワイトボードに1週間の予定を書き込む。俺が書くのは葉仙紅葉の方だ。こうようではなく、もみじと読む、また特殊な名前だが幼馴染のひなたは初対面からもみじと呼んでいた。女子力の高い、つまり家庭的なひなたは出会った時から男らしくない男で、いつもおっとりしている。産まれた性別も間違っているのではないかと思うほどだがそれは普段の様子だけだ。実際の所、行動力もあるし、頭も切れるそして何より怒ると怖い。何故こんなことを考えているかと言うと今からホワイトボードに書くことで怒られることが確定しているからだ。

いつ気づかれるかドキドキしながら黒マッキーで週の予定を書き込んだ。今日は月曜日、新しい週の始まりだ。

後ろの食卓テーブルからコトコトと食器を置く音がする。

「出来たよ、紅葉。早く座って」

もう既に若干言葉にトゲがある。今書いたばかりの予定表をいつの間に見たのだろうか。大人しくその言葉に従いひなたの手前紅葉の書かれた箸が置かれている方に座る。

「…わあ、今日も美味しそう」

「それは何より。で、どういうこと?」

「どういうこととは」

「バイト増やしたって聞いてないんだけど」

そりゃ黙ってやりましたから。

男二人暮し、まだ高校生。更に実家とは上手くいっていない、そうなればもう自分で生活するしかない。ひなたも分かっているはずだ。このなかなかに高級マンションはひなたの養子先の家の持ち家でそこにひなたの好意で住まわせてもらっている。本来なら中卒で働かなければならないほどの身の上だ。ひなたとあの家には感謝している。

「どうしても大変なら僕が出すって言ってるよね、紅葉もしっかり高校生活楽しまないと」

「ひなたに世話になるのはまた違うだろ」

「君がどうとかじゃなくて、僕が嫌なんだ。ずっと一緒にいて、お互いの幸せを望んでるのに」

「…それなら今が1番幸せだよ」

一瞬の静寂。その後ひなたが口を開く。

「でも、目の下のクマ、それにいつも帰ってきたら死んだように眠ってる姿何度も見てるから」

自分も大変なのに、相手の心配ばかりする。ひなたの優しい所は変わらない。本人は銃弾の海に飛び込んで行くようなタイプだけども。

「大丈夫、ひなたの方こそ休みなよ」

そう言うとひなたは無言でテレビを付けた。テレビではニュースが流れている。話を逸らす時はいつもこれだ、別のことをし始める。

テレビニュースではいつもの事のような内容が流れている。しかし、ある言葉を聞いて手を止め2人テレビを見た。

ー被害者の通う新真高等学校では、原因が分からないと…ー

「新真高等学校…って言った?」

「え、聞き間違いじゃないよね。…僕携帯見てくる。会長から何か来てるかも」

「俺も秋人に聞いてみる」

流れるニュースを聞きながら友達の美盛秋人に連絡をする。

ーニュース見た?

数秒置かずに返信が来る。

ー見た。

ーどういうこと

ー野村葉一の姉だって、殺されたの。

ー殺された?

ーまさか聞いてないのか?

ー山あるだろ、えーと

ー前澤の山?

ー違う、あ、高峯山

ー山じゃないだろ。あれは上り坂?

ーまあそれはいいや。高峯のキャンプ場で野村里佳子の死体が出たって、10箇所だか刺されてる。

ーまじ?

ーまじ

話しが一区切り着いた所でひなたが携帯片手に入ってきた。急いでと言われたので、ご飯を片付けて食器を洗う。

「前澤会長がお呼びだ。僕と紅葉と秋人と理人くん」

「何そのメンツ」

「事情聴取だって、昨晩何をしていたか。野村葉一も来てるって」

「何で前澤会長が」

「校内で1番力あるから」

それだけで黙るしかない。前澤は学校の裏山さえも私物かしている。もうそれ以上追求しない方がいいのが前澤家だ。

「鞄はいらないけど、」

「けど?」

「あの山越えるから」

顔が引き攣るのを感じながら生ぬるい返事をした。動きやすい服装に着替えてからひなたと共に外へ出た。

外に出てすぐの電柱の影に誰かが寄りかかっている。黒いパーカの前は全開で白いシャツを着ているのが分かる。それは身長の高い180ぐらいはありそうな男性だ。その姿を見て動きを止めた俺とは正反対にスタスタと早歩きでひなたは歩き出す。

「おはよーございます」

そう言いながらひなたに近づいて行く男は、ひなたに無視されながらも話し掛ける。

「今日も性別不詳で、何より」

その言葉に足を止めてゴミ屑を見るような目でひなたは自分より高い身長の男を見た。

「…うるさい」

「えー」

全く気にしていないような男は笑いながらひなたの肩に手を置いた。その姿を見て、男の肩を掴んだ。10cmは差があるが余裕で掴める。ひなたは更に低いので無理だろうが。相手の肩が悲鳴をあげるぐらいの力で掴むと男は焦ったようにこっちを向いた。目と目があった瞬間に言う。

「いい加減にしなよ?秋人」

「離してください紅葉さん、まだ五体満足でいたいです…」

その言葉を無視してさらに強く握ると悲鳴をあげながら男、秋人はひなたに言う。

「ごめん、ごめんって!ひなた、ごめん!」

「本当にもういい加減にしてよね…。紅葉、離してあげて秋人の肩がそろそろ死んじゃう」

ひなたに免じて手を離す。さて、そろそろおふざけはやめにしよう。

「おはよう秋人」

紅葉からそう言うとひなたも先程よりゆっくりと歩きながらおはようございます。と言った。

「ひなた、紅葉。理人は先行ってるってさ」

秋人も歩幅を合わせて歩き出す。

「…秋人は1回学校行ったんでしょ?」

紅葉がそう聞くと秋人は学校の方向を見て話す。目を合わせないようにしているみたいだ。

「野次馬の数がすごい。入る手段はひとつしかないな」

「…また始まるのか」

ぽつりと呟けばひなたと秋人が苦笑する。それを見てから自分も学校のある方向を見つめた。

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赤い林檎の花ー更新停止ー 澤崎海花(さわざきうみか) @umika

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