遭遇と初陣
夢を見た。
見ている時はそうと認識できないと言うが、その夢ははっきりと分かった。それは夢でなければあり得ない事だったからだ。
俺の本が父親のそれよりも上にあった。
何をもって上にあると評するかは上手く説明できないが、その夢ではとにかく上にあったのだ。
「あぁ…タチの悪い夢だ。夢の中ですら叶いもしない夢を見させるなんて…」
夢現の手を動かし、「太宰達郎」と名前が書かれた本を手に取る。
目を凝らしてもタイトルはぼんやりとしていて読み取れない。諦めて放り出した。どうせ夢の中、咎める者は誰もいないのだ。
「流石に夢のお告げでチートするのはルール違反だものな。あ、でも異世界転移してる身で何を言っても説得力ねぇわ。」
誰を説得するというのか。早く醒めてほしい夢の中で自問自答していた。
「………い!先生!」
「お?」
サラの声がする。起きろという事だろう。
これだけは心地よいまどろみを振り切り、俺は悪夢の中から起き上がった。
「ふぁ……おはよ、サラ。」
「おはようございます、先生!」
「朝から元気だなあお前。何か変わった事とかあったか?」
「特にはありませんね。静かなものです!」
「静か…か。」
少し考えを巡らす。
正直、朝を迎えたら周りを何者かに囲まれている事まで想像していたが、これは少々拍子抜けだ。
そう考えた理由は2つ。
まず一つは、この集落。文明レベルが低いとは言ったが、これは一日二日で出来るようなものでは無い。
つまり、定住しているという事だ。
もう一つは、集落の中の状況。特に荒れている様子も、ここに住む人々がいなくなってから時間が経っている様子もない。
もし何かに襲われて逃げ出したのなら、血痕や折れた柱などがあるはず。そして周りに落ちている汚物も、時間が経っているなら乾燥しているはず。しかしそうではない。
結論。ここの住人は揃って何処かに出かけているだけの可能性が大いにある。つまり、必ず帰ってくる。もしかしたらもうすぐ外まで来ている可能性だってある。
「ふむ…どうなってんだか…。」
「どうしました?先生。」
「サラ、俺が寝てる間何か物音はしていたか?いや、俺たち以外の存在を感じる事はあったか?」
「いえ?わたしと先生の2人っきりですよ?」
「あ、そ」
「塩対応!でもそんな所も好きぃ!」
まだ戻っていない、ということか。ならば都合が良い、さっさとここを離れよう。
この文明レベルの集落なら間違いなく未知との遭遇が起こるはずだ。そんな面倒くさい事に関わっている暇はない。
情ちゃんをただ恨んだ。どうせ転移させるならもっとマシな地域にして欲しかったものだ。
社会不適合者の俺だが一応義務教育は修了している。そこで得た知識だけでも中世、近世のヨーロッパ位の文明レベルなら生きていけるはずではあるのだ。
「よし、ここを出るぞサラ。一刻も早くまともな文明社会に辿り着きたい。」
「了解しました先生!」
「後その先生呼びをやめろ。俺は先生なんて呼ばれるような器じゃないんだよ。」
「嫌です♡わたしにとって先生は先生ですから。」
「全く…。」
やはりこいつに何を言っても無駄だった。自己評価が低い俺としては調子が狂うから早く捨てたい。
そもそも、こんな苦労をしなければいけない理由のいくつかはサラにもあるのだから。
そんな生産性の無い事を考えながら無人の集落を抜け、俺はひたすら山を降りる。正直とんでもなくきつい。
日本では引きこもりとはいかないまでも完全なインドア派だった俺が、いきなりこんな山を降りてただで済むはずも無かった。
案の定足を滑らせる。
「お?っおああああ?うわあああ!」
「先生ーー!」
自分の身長ほどの斜面を尻餅ついたまま滑り落ちた。服は無事だが足は無事ではなかったようだ。
「痛ぇ……折ったかこれ…。」
「折れてはいませんが、捻挫してしまっている様ですね。固定した方がいいですよ、先生。」
便利なサラの指導のもと、そこらに落ちていた枝で簡単に固定した。これで一応歩けはするが、流石に走る事は出来そうにない。
「まずったなぁ…まだふもとまで結構あるのにこれじゃキツイぞ。」
「先生、大丈夫ですか?普段から運動しないから…。」
「うるせぇな、お前は俺の母親か?俺の身体のなんだから俺の好きにしていいだろうが。」
「いやん母親なんて…わたしは先生のぉ…。」
「あーはい道具道具。ほら…ん?」
「はい道具です♡存分に使い倒してく――」
「サラ、少し黙れ。」
「むぐっ…。」
うるさいサラを黙らせた。
うんざりしたからでは無い。本当に微かだが、小枝の折れる音がしたのだ。勝手に折れた音ではなく、明らかに何かが力を加えた結果折れた音である。
「サラ、あそこ…あの木の影に何かいないか?」
「んー?……確かに何かいますね。あれは…何でしょう?」
何であれ、生き物である事は確かだ。もしかしたら意思疎通出来るかもしれない。少しずつ、気づかれない様に近づいてみる。
普通に歩けば数秒で行ける距離を大きく迂回する事こと数分。息を殺し、音を殺して俺は慎重に枝を折った何者かの丁度後ろに回りこんでいた。
「さて…どなたがいらっしゃるんですかねぇ、と。」
そっと覗き込んだ俺の目に映ったのは。
「……おおぅ……これは…日本じゃまずお目にかかれない貴重な生物じゃねぇか…。」
いや、違う。日本どころではなく地球上では本の挿絵以外で絶対にお目にかかれないものだ。
緑色に所々茶色の斑点がある肌、醜く曲がった鷲鼻に耳、そして口元。黄色く濁った瞳と手に持つ粗悪な棍棒は少々の知性を窺わせる。
極め付けは、見ているだけで吐き気がしてくるようなフォルム。
少しその類の知識がある者なら誰でも分かる。こいつはどこからどう見てもゴブリンだ。
「待てよ…という事はあの集落ゴブリンのものか?」
「そうなんでしょうね。「要素」を見れば分かったのでは?」
「あんな物見てたら一瞬で気が狂うわ…。」
軽口は叩いたが、俺の神経は今限界まで張り詰めていた。
当然だ。目の前のゴブリンが持つ棍棒は俺を容易くミンチ肉に出来るのに、俺には奴をミンチ肉にするどころか、かすり傷一つ付ける手段が無い。
どう見ても話が通じる様には見えない以上、見つかったら確実に死ぬしか無いのだ。
「……サラ、どうにか出来ないか。何でもいい、あいつに対抗できる何かだ。」
「そうですね…先生の力でどうにか出来るんじゃないですか?」
「冗談だろ。小石の形変えたり匂い消したりくらいにしか使ってこなかったんだぞ?この土壇場で望みをかけられるようには思えねぇがな。」
「何事も挑戦ですって!」
「一度の挑戦で命賭けるほど人生に絶望しちゃいねぇんだよ!」
まるで他人事の様に言い放つサラについ叫んでしまった。しまったと後悔するがもう遅い。
濁った一対の瞳がぐるりと俺を見据える。
「ゴギュブァ?ゴゴッ…」
その瞳の奥に潜む意思は俺には窺い知る事は出来ないし、しようとも思わない。
だが行動に示されれば流石に分かる。振り上げられた棍棒を見れば、流石に。
「サラ…覚えてろよ。」
「何をですか?」
「生きてたらあの集落の糞の山に一晩埋めてやる。」
「嫌です!」
ふむ……。ここからどう生き延びたものか。
冴えない小説家の観察眼は異世界において最強(を、作り出すことが可能)です。 違和感の時間 @iwakan_time
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。冴えない小説家の観察眼は異世界において最強(を、作り出すことが可能)です。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます