第3話
天ノ国を守る三つの境界は、
彼らは天ノ国が災厄と称されるほどの怨魔に立ち向かう力を温存するため、三つの境界をそれぞれ率いて、外からやってくる怨魔と戦っているのだ。
総じて三帝と呼ばれる彼らは、彩都の民を導く立場にある御門家の者たちより地位が高い。
当然、有事でなければ彩都に降り立つこともない。特に桜帝は三帝の中でも最も力が強いとされながら、その姿を見た者は殆どいないと聞いていた。
実際、彩都の神事の場で海帝、星帝を見かけたことはあったが、桜帝は見たこともなければ、声を交わしたことだってない。
だからこそこの桜帝が私を助けた理由は人違いか、はたまた親切心を発揮した結果だろう。 どちらにせよこの桜帝とは、突然の婚約解消により騒乱となったパーティー会場を出てしまえば、すぐに別れ組織と連絡を取るつもりだった。
なのに――、
「めっちゃ嬉しいわぁ。はぁ、夢見心地や。僕なぁ、君が御門の嫁さんって聞いて、諦めようと思うて今日会場来てたんよぉ。せやけど、君が御門の嫁さんなるとこなんか見たないから死んだろ〜思ってな〜? 祝言の日に式場の屋根から飛び降りて、君の真っ白な花嫁衣装、俺の血で真っ赤に染めたるって決めとったんよ。そしたら、まっさか、婚約解消なんてなぁ! あいつ気でも狂ったんかな? あっははは!」
気が狂っているのは、貴方のほうでは。
冷静に指摘してしまいたくなる口を噤む。桜帝によってパーティー会場を出された私は、そのまま馬車へと乗せられていた。
桜帝が統べる桜國へは、彩都からかなりの距離がある。
到底馬では、彩都から出ることすら叶わぬはずだが、車窓を眺めてみれば、景色が移り変わる速度が普通の馬のそれとはまるで違っていた。
どうやら、妖術により生み出された馬で移動しているらしい。
夜にしては鮮やかすぎる空を駆けている。馬車の内部は桜文様の紫地の絨毯が敷かれ、手すりに至るまで豪華な金細工が施されているが、御者の気配は感じない。
「はぁ……人生最高の日やんな……彩都の下品にチカチカする電灯も綺麗に見えるわ」
彩都の夜景を見下ろして、桜帝は私の手を握り、嬉しそうに撫でていた。組織から始末せよと命じられていない以上、何も出来ない。
ただでさえ相手は桜帝だ。組織の目的は世界の平和。彼に危害を加えることは、組織の意に反してしまう。
ひとまず彼の目から離れて、組織と連絡を取らなければ。
「なあに考えとんの? さっきからずぅっと外見てるけど……あの男のとこ戻りたいんか? こっから落ちたら、死んでぐっちゃぐちゃなるで?」
その通りだ。地面から馬車まで、彩都で最も高いとされている建物より高さがある。ドレスでは、このまま馬車から降りることもままならない。
今日は風も強く、落下速度が和らげられても、位置が調整出来ない。落ちたら最後、頭を庇っても手足の骨は砕かれる、失血により死ぬほかない。
桜帝は、私の意を問うように見つめている。かと思えば、「おっ見えてきたで〜ここが俺の国や!」と、私の肩を抱いてさらに窓へ近づいた。
他に見る場所もなく視線を向けると、地上には花篝に照らされた桃色の綿毛――桜並木が見える。冷たい夜の空気を温めるように、提灯が並び場を賑やかにしていた。
「もう、今日からずっとここで――俺たちは夫婦として暮らせるんやで? お前は今日から彩都のもんやのうて、俺の花嫁――俺のお花ちゃんや」
私の肩を叩く手は、酷く馴れ馴れしい手つきだ。
しかし声色は常にこちらを試すもので、着物からは甘い死の香り――白檀が燻っていた。
◆◆◆
桜帝は、馬車を降りても私から手を離すことはなかった。いくつもの鳥居を抜け、竹藪を進んだ先にあったのは、発展した彩都の中心を外れた、農村部ですらあまり見ない、城にも見える平屋の屋敷だった。
瓦は上質で、人の頭をかち割ったところで砕けることはないだろう。
しかしその荘厳な門とは対照的に門番はおらず、気味が悪かった。
「悪いけど、今君が見つかったら、騒ぎになるんよ。せやから、ちょっとばっかし、静かにしとってな?」
周囲の篝火によって照らされた門の裏手に回り、鯉が泳ぐ池にかかる橋を渡って、桜帝の後を追う。
池の周りを囲う藤の花は、蛍の光のように煌々としていた。まるで自ら、発光しているみたいだ。
身を潜めて砂利道を抜けると、彼は私をそばの座敷へと入れた。ふわりと立ち込める畳の香りの中、月の光にあてられた障子が格子を作り出していることで、檻にも見える。
「ごめんなぁお花ちゃん。俺今日まさかお花ちゃん連れて帰れるなんてゆめゆめ思わんかって、しんどいなぁ思って適当に屋敷出たんよ。せやから、ちょーっと待っといてなぁ。本当に悪いわぁ、初めての場所で心細いやろうけど、すぐに戻ってくるから、待っとって?」
そう言って、桜帝はすぐさま部屋の障子を閉め、足早にその場を去っていく。私は桜帝の足音が消えたことを確認して、静寂な暗闇の中、懐から通信機を取り出した。手のひらほどの小さなそれは、主に組織への連絡に使うものだ。
組織の身に危険が迫った時、もしくは自分が死ぬ時、使うもの。そして最後に――、
「っ」
私は障子を開き、通信機を飛ばそうとして目を見開いた。通信機は、障子の枠を超えた瞬間、すぐさま青く燃え上がり、塵となってしまった。
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