第2話
この国は、いくつもの境界が連なって国が形成されている。その中でも一番大きく、中央に位置するのがこの
科学的、技術的にも発展し、高層の建造物が立ち並ぶ。電気や電子回路を使って、通信技術や工学を持ってして各々が自分の価値を高める場所である。
その彩都の上空には、「天ノ
夜は存在しえない。常に光に溢れ、万物の魂を癒す理想郷らしい。
そこで暮らす人々は天ノ
怨魔には、彩都の持つ工学の技術、兵器を持ってしても太刀打ち出来ないが、天ノ国の人々は妖術により奴らを容易く滅する。
そして「天ノ国」を守るのが、彩都の東、西、南を守る三つの妖術境界だ。それらの民は幻のような妖術を用いて、天ノ国を守護している。
我々彩都は、いつだってその妖術境界の民たちに生かされているのだ。彩都のいたるところには、それぞれその領域を象徴する紋――天に太陽、東に
そして本日開かれている、この彩都を司る
めでたき紋に囲まれながら、人々は真っ赤な絨毯が敷かれた床を踏み、会食やダンスに興じていた。
モダンなステンドグラスに見下される人間たちは、上質な反物を身にまとう人間もいれば、ふわりと揺れるドレスに身を包む者、頭に布を纏っている者と様々いる。
三つの妖術境界の文化の終着点であり、起点である彩都では、それぞれの文化がないまぜになり展開されている。
桜を独特に組み合わせた反物、海を想起させるモチーフと鮮やかな色を組み合わせた調度品、荘厳な色味と唯一無二の紅染を扱う天井細工などが点在している光景は、ほかの国から混沌と称されることもままあるらしい。
「見て、素敵な夫婦茶碗。澄んでいて、まるであたたかな日差しのよう」
彩都で最も大きな舞踏会場にて、入場した来賓たちは揃えるように、次期帝への結婚祝いとして「天ノ国」から直々に賜った硝子の夫婦茶碗に見惚れていた。
煌々とした光を受けるそれは、絢爛なホールの中で星のように輝いている。
しかし私には、ただ飯が盛られるものにしか見えなかった。
仕事のため、一応は目を輝かせて見る。しかし、隣で来賓に扮している
そんな彼女は、目を輝かせながら、この日のためだけに用意された食事を平らげている。
「お姫様、軽食はお召し上がりになられないのですか?」
気取った口調で声をかけてきたのは、護衛軍人に扮した
「特に、食べなくても目立つことはないので」
食事は、面倒だ。味がたくさんあるから一体何だというのか。
結局どんなに時間をかけたところで、胃酸によって分解され、排出されていくというのに。
あれこれ凝ったところで意味がない。
「どうして、人は食べ物まで、見目よくしようとするのでしょう」
「美味しいもんが、たくさんありすぎるからじゃねえの?」
「なるほど」
「まぁ、どんな見た目でも、結局は一緒に食うやつ次第だろうけどな。お前も、仕事といえど、まともな家族ができれば、飯にも興味出てくんじゃねえの? なんかセットじゃん。そういうの」
家族。
興味がない。
元からいなかったせいだろうか。夫婦は、家族に該当する。結婚すれば、私はこの夫婦茶碗に興味を抱くようになるのだろうか。
しかし、仕事中は夫婦茶碗を喜び、家族や幸せな花嫁に焦がれ、夫を愛する妻にならなくてはいけない。
なにせ相手は、この彩都を司り、政の中心となる家──御門家の跡取りだ。
何故御門家と組織の人間である私が契るのかは知らない。
組織からそういう命令がおりたから、私はそれに従っただけだ。私は命じられた仕事を、ただこなすだけ。
よって存在しないはずの私の戸籍は、組織の手によってみるみるうちに出来上がり、御門家の跡取りと偶然を装って出会い、恋愛の真似事をした。
その間に私は次期帝に反逆する者たちを何人も倒してきたが、虫も殺せない設定で御門家の跡取りと話をしていた。そして今日はとうとう結納の儀だ。
しかし、来賓が一通りそろってもなお、御門家の跡取りが姿を現す気配がない。
誰かに殺されているか、拉致でもされたかと会場を一度抜け出し様子を見に行ったけれど、どうやら控室で窓の外を眺めているようだった。
あれからしばらく経つ。来賓も心なしか、ざわめいている様子だ。瞳を閉じて神経を研ぎ澄ませれば、微かな足音が聞こえてくる。
やがて予想通りのタイミングで、ホールの扉が大きな音を立てて開いた。
「しばしの間、僕の
今日の主役である御門家の跡取りは、さっそうと入場しながら、私の隣に立った。そして、まっすぐな瞳で私を見つめる。
「すまない。昨晩から悩んだのだが、この婚姻は取り消しだ!」
「え……」
「僕は、僕が好きだ。愛している。けれどお前は、僕を愛していない、そして自分すら愛していない。この彩都の母には向いていない。もっと広い世界を見て、僕以外の愛を知れ! そうすれば幸せな道があるだろう!」
一瞬停止した会場が、御門家の跡取りによってざわついていく。しかし、彼は静かに手を挙げた。
「静まれ、皆の者。僕は国のためにこの婚約を解消するというのだ。いわば僕、彼女、そして皆の幸せの為だ。祝い事だ。悲しい顔をするな。民の悲しみは、僕の悲しみだ」
私は、完璧に演じていたはずだ。御門家の跡取りを愛する女を。彼の両親も、側近も、侍従も、誰もが私を、彼を愛していると、騙されていたはずなのに。
「僕はこの彩都の民全員の幸せを望む。それは、今回縁がなく婚約を解消したお前に対しても当然同じだ。僕はお前自身を否定しない。ただ、この彩都の母に向いてないというだけだ。だから、これから一緒に、互いの新しい婚約者を見つけよう!」
そう言われても、困る。
組織からの命令は絶対だ。
私は御門家の跡取りとの婚姻を命じられている。解消になれば、任務を失敗したのと同じこと。そして任務の失敗は──、
「私は――」
「確かに、そこの女は俺の運命の女やから、御門のことは好きやないやろなぁ。あはは」
「ずっと前から、俺のこと好きやもんな、君は」
人々の合間から湧くように現れたのは、肩にかかりそうなくらい、紫がかった黒髪を伸ばした男だった。
桜色をした切れ長の瞳を彷徨わせるだけで、周囲のざわめきを黙らせ、一歩一歩こちらに近づいてくる。
上質な着物の上から、紺地に桜や椿、菊に牡丹と蛍光色の花々が咲き乱れる羽織を纏った彼は、挑発的な笑みで私に近づき、御門家の跡取りを見やったあと、舞台劇のように周囲へ振り向いた。
「彩都の皆様、御機嫌よう。僕の名前は
桜國。その名前を聞いて、ハッとする。
桜國は、彩都を守る三つの国のうちの一つ――桜白狐を紋とする桜國の――当主にしか、与えられない名だ。
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