スタイル抜群の美少女ギャルが今日も今日とて言い寄ってくる

ネコクロ【書籍6シリーズ発売中!!】

短編

「――足が重い……」


 もう何度も通った通学路を歩く俺の足取りは重たいものとなっていた。

 目に入る景色の全てが色褪いろあせている。

 いい事なんて何もないこの世界で、自分は何をしているのかがわからなくなってきた。

 これが俺の日常だ。

 俺の人生はどうしようもないほどにつまらなく、正直生きている意味さえわからない。


「――ゆーうーとー!」


 人生に嫌気がさしていると、うるさい声と共に強い衝撃が背中に走った。

 それによって少しだけ気分が変わる。


「おはよ、悠人」


 猪の如く突進してきた――いや、抱き付いてきた奴は、見た目のギャルっぽさとは反対にとても人懐っこい笑みを浮かべていた。

 中学時代の同級生であり、今はクラスメイトでもある白鳥しらとりあかねだ。


 出るところは出て締まるところは締まるといった、女性の理想像のような体型をした女。

 胸なんてグラビアアイドル並みにでかい。


 そんな体付きをしているにも関わらず、こいつは平然と抱き付いてくる。

 しかも今もそうだが、グイグイとその豊満な胸を押し付けてくるのだ。

 だから俺はこいつの事をこう呼んでいた。


「いつも抱き付いてくるなと言ってるだろ、ビッチ」と。


「あぁー! またその名で呼んだ! いつも言ってるじゃん、こんな事をするのは悠人にだけだって!」


 俺に『ビッチ』と呼ばれた白鳥は頬を膨らませて抗議をしてくる。

 確かに学校で他の男子に抱き付く所を見たことはないが、言葉をそのまま素直に受け取るほど俺も馬鹿ではない。

 目に見えるところではしていなくても、裏ではどんなものかわからないからな。


 というか、他の男子に抱き付いていないのなら俺にも抱き付くなと思う。


「暑苦しいんだよ。さっさと離れろ」

「うぅ……悠人の目が冷たい……。悠人くらいだよ、女の子に抱き付かれてそんな冷たくあしらうのは!」


 白鳥はそう文句を言いはすれど、俺から離れたりはしない。

 あくまで抱き付いたまま抗議をしていた。


 このやり取りはあの日・・・からずっと続いている。

 俺が変わるきっかけになり、白鳥と関わりを持ったあの日から。


 ………………まぁ、正確には少しだけ後ではあるが。


「別に俺だって、誰にでも彼にでもこうじゃない。お前にだけだ」

「嘘だ! 学校でみんなに同じ目を向けてるもん!」

「…………」


 俺は敢えて白鳥の言葉を無視する。

 というよりも、返事をする事が出来なかった。

 実際、白鳥の言う通り全員に同じ目を向けてしまっているからだ。


「お前も飽きないな……。さっさと他の男の所に行けよ」


 言い返す事が出来なかった俺は、別の話題を振る事にする。


「知りませ~ん。人を軽い女みたいに言わないでくれます~?」


 俺の言葉が気に入らなかった白鳥は、不満そうに唇を尖らせる。

 まるで拗ねた子供のような表情だ。


 だけど、白鳥の言葉に信憑性はない。


 あの時だって――――――あぁ、くそ。

 思い出したくない事を思い出しちまった……。


 俺は思わず右腕を抑えた。

 先ほどまでは全然痛くなかったのに、今はズキズキと痛む。


「あっ……ごめんね……」


 俺の様子からあの時の事を思い出しているとわかったのか、白鳥は優しく俺の右腕の肘を撫でてきた。

 ひんやりとした手が気持ちいい。


 こいつは見た目と違って本当は優しい奴なんだと思う。

 いつも付きまとわれているせいか、最近こいつの事がわかってきた。


 でも、うざいと思う事に変わりはない。


「悠人の背中、広いよね。なんだか安心しちゃう」

「そうか。俺は凄くムカつくし、暑いから離れてくれないか?」

「聞こえな~い」


 白鳥はふざけるような声を出して、抱き付いてきている腕に更に力を込めた。

 離れないという意思表示らしい。


 あぁ、もう。

 本当に暑いんだよ……。

 もうすぐ夏だぞ……。


 嬉しそうに抱き付いてくる白鳥に対して、俺はグッタリとしていた。


「――てか、彼女にはもう少し優しくしてもバチは当たらないと思うんですよ」

「誰が彼女だ、誰が!」

「もちろん私です!」


 背中に抱き付かれているせいで見る事は出来ないが、途中から敬語でふざけた事を言い出した白鳥は、きっとその豊満な胸を自慢げに張っているのだろう。

 こいつの性格は見た目と反比例するかのように子供っぽくて明るい。

 だがその性格は、俺が知っていた中学時代のものとは異なる。


 彼女は彼女で、あの出来事・・・・・以来変わっていた。


 根暗の俺とスタイル抜群で美少女の白鳥――普通なら、混じり合う事がない二人だ。

 それは中学の時も同じだった。

 ただしそれは、今とは真逆の意味でだ。


 全てはあの出来事・・・・・から始まる。

 

 俺にとってもう二度と思い出したくもない出来事であり、白鳥という少女に懐かれる原因にもなった出来事。

 そして、俺――浅倉悠人が、全てを無くした出来事だ。



          ◆



「――折角ここまでこれたのに!」

「どういうつもりなんだよ!」

「お前には俺たちと頑張った三年間なんてどうでもよかったのか!」


 暗い景色の中、大勢に囲まれて俺はまた・・罵倒されていた。

もう何度も夢に見た、昔の光景。

 これが夢だという事を俺は理解していた。


 それくらい、何度も夢に見た悪夢。


「この大事な時期に暴力事件を起こすなんて、何を考えてるんだよ!」

「しかも大切なバットを使って相手に怪我をさせるなんて最低にもほどがあるだろ!」


 俺をののしるのは、中学時代のチームメイトたち。

 あの頃の俺は野球部に所属していた。


 誰も俺の言葉を信じてくれず、メディアの嘘の情報に流されて真実を知ろうとしない。


 ただただ、俺は叫び続けている。

 あの頃は何を叫んでいたのだろうか?

 今はもう覚えていない。


 結局、あの叫びは空へと消えていっただけだったから。

 俺の言う事を信じてくれたのは、母さんだけだった。


 ――いや、白鳥もだったか。


 白鳥は当事者で全てを知っていたから、当然と言えば当然なのだが。


 でも、大多数は俺じゃなくメディアを信じた。

 そして、噂を信じた。

 相手が悪かったのだろう。

 それだけの影響力を持つ相手だと当時の俺は知らなかった。

 まぁたかが一人の中学生を潰すためにメディアまで用いるのだから、ぶっ飛んだ相手でもあったんだと思う。


 全ては真実と真逆なのに、どうして信じてもらえないのか。

 どうして、俺だけ全てを奪われないといけないのか。

 どうして――人は、ここまで愚かなのか。


 俺は今、あっさりと手の平返しをしたあいつら全員を恨んでいる。


 活躍している間は金魚の糞のようにまとわりついてきていたくせに、俺が困った時には助けてくれなかった。

 それどころか、崖に突き落とすような行為をされたのだ。

 恨むのは当然だろう。


 その恨みは、一生消えさる事はない。


「――悠人」


 ふと、意識の中に俺の名を呼ぶ優しい声が入り込んできた。

 なぜか少しだけ気持ちが和らぐ。

 それに頭が気持ちいい。

 まるでこれは――。


「――あっ、起きた」


 ゆっくりと目を開けると、優しい笑みを浮かべる白鳥の顔が目の前にあった。

 見ると、白鳥の右手が俺の頭へと伸びている。


 どうやら、俺は白鳥に頭を撫でられていたみたいだ。


「………………何、してるんだ?」


 状況を把握した俺は、クラスメイトたちに注目された状態で俺の頭を撫でてきた白鳥を睨む。


「もう休み時間だよ?」


 とぼけているのか、白鳥は俺の聞きたい答えとは別の言葉を返してきた。


「いや、そうじゃなくて、なんで頭を撫でてきているんだ?」


 俺の問いに対して、白鳥は少し困ったような笑顔を浮かべた。

 その後周りをキョロキョロと確認した後、俺にしか見えないように体をずらして自分の目へと左手をあてがう。

 そして、小さな声でこう答えた。


「悠斗、泣いてたから」

 

 白鳥の言葉に俺は慌てて目をさする。

 確かに、濡れていた。


 …………くそ、恥ずかしい。

 悪夢を見て泣いてしまっただけじゃなく、それを白鳥に見つかってしまった。

 最悪すぎる。


「大丈夫?」


 白鳥は心配した表情で、俺の顔を覗きこんでくる。 

 俺はバッと顔を逸らした。

 今は白鳥の顔が直視出来ない。

 見てしまうと、恥ずかしさが更に込み上げてくるからだ。


 というか、いくら泣いていたとはいえ、クラスメイトたちが見ている中で頭を撫でてくるなんてこいつはどういう神経をしているんだ。

 おかげで男子たちの嫉妬の視線が痛いんだが……。

 

 いや、男子たちだけじゃない。

 女子たちの視線も痛い。

 どうやら女子たちも嫉妬の眼差しで俺の事を見ているようだ。


 ほんと、こいつはどれだけ人気があるんだよ……。


「大丈夫だから、もうやめてくれ」


 色々と限界にある俺は、頭を撫でるのをやめるよう白鳥に言う。

 だが、こいつが素直に聞くはずもなかった。


「もう少し、だめ?」


 まさかのおねだりである。


「駄目だ」

「いいじゃん」

「よくない」

「なんで?」

「……恥ずかしいから」


 俺の言葉に、白鳥がニヤッと笑った。

 俺は自分の失言に気が付く。


 最初に思った言葉を言っただけだが、これだと――。


「嫌ではないんだ?」


 何か言う前に、白鳥が先に言葉を発した。 

 その様子は凄く嬉しそうである。


 俺が恥ずかしいとは言っても、嫌だとは言わなかったからだろう。


「いや、恥ずかしいって言葉が先に出ただけで、嫌に決まってるだろ」


 このままでは白鳥のペースになると思った俺は、どうにか方向性を修正しようとする。

 しかし、白鳥は更に追い打ちをかけてきた。


「でも、そう言いつつも撫でてる手を止めようとしないよね? 逃げようともしないし、実は撫でられて嬉しいんだよね?」


 白鳥の言葉通り、頭なでなでは継続されていた。

 確かに嫌ならまず物理的に止めようとするはずだ。


「…………違うから」


 バツが悪くなった俺はそれだけ言うと、白鳥の手を振り払い、逃げるようにトイレへと向かうのだった。



          ◆



「ゆーうーとー! 帰っろ!」


 放課後になると、また白鳥が抱き着いてきた。

 こいつは本当にあいかわらずわらずだな……。


「ふふ、つ~かまえた」


 抱きつく事に成功した白鳥が満足げな声を出す。

 俺に抱き着いても意味なんてないのに、白鳥は少し変わっているのだろう。


「だから暑苦しい」

「知ーらなーい」


 放課後というのがあるからか、今は朝よりもテンションが高い気がする。

 ちょっと子供がはしゃいでる感じに似ているのだろうか。

 もし妹がいたら、こんな感じなのかもしれない。 


「帰らないの?」

「うるさい、今から帰るところだ」

「ふふ、は~い」


 振り払うのは疲れるし、どうせ離れないだろうから今日は我慢することにする。

 それに休み時間のことがあるからか、今はあまり白鳥に冷たくする気にはなれなかった。


 ――女子に抱きつかれて下校する男子。

 周りから見れば、リア充にしか見えない事だろう。

 きっと陰ながら『リア充爆発しろ!』とか言われている気がする。

 少なくとも、嫉妬による視線を向けてくる奴はいるだろう。

 そいつら全員に言いたい。


『代わってくれ』と。


 これで白鳥が本当に俺の彼女なら全然問題ない。

 甘んじて受け入れてやろう。

 だがしかし、実際はそんな関係じゃないんだ。

 なのにどうして周りから嫉妬や嫌悪の視線を向けられなければならない。

 こいつらは、どれだけ俺をイラつかせれば気が済むんだ。


 この状況を作った元凶は今もなお、隣で鼻歌を歌っていてご機嫌だし。


「ねね、悠人。これから喫茶店行かない?」

「断る」

「即答!? 少しは悩んでくれてもいいんじゃないかな……?」

「検討する余地もない」

「ふん、いいもん」


 断られた白鳥は子供っぽく頬を膨らませて、ソッポを向いた。

 見た目はギャルなのにこいつの行動は子供っぽすぎる。


 いや、間違えた。

 見た目はビッチだったな。


「ねぇ悠人、なんか物凄く失礼な事考えてない?」


 俺の考えている事を読み取ったとは思えないが、白鳥が敏感に反応してきた。


 当然俺は――

「うん、考えていた」

 ――正直に答えた。


「ちょっと!? 普通そこは考えてても言いつくろうものでしょ!? 何普通に肯定してんのよ!?」

「聞き間違いじゃないか?」

「どうやったら聞き間違えるの!? そんな言葉じゃあ騙されないからね!」

「ちっ」

「うわぁ……この人謝るどころか、うっとおしそうに舌打ちしたよ……」


 呆れたような表情で白鳥が見つめてくる。

 そんな顔をするなら、付きまとわなければいいのに。


 ――道中、似たようなやりとりを繰り返しながら俺たちは歩き続けた。

 よくもまぁ飽きずにそんな事が出来ると自分でも思うが、不思議と白鳥相手にはしてしまうため仕方がない。

 こいつはこいつでこのやりとりを楽しんでいるふしがあるし、まぁいいだろう。


 電車に乗っても俺たちのやりとりは変わらない。

 ただ、自然と白鳥が体をくっつけようとしてくるだけで、それを俺は学生鞄で防いでいた。

 当然防がれた白鳥は頬を膨らませて抗議してくるのだが、付き合っていないのだから俺のほうが正しいと思う。


 そう言うと、決まって白鳥は――。


『私、彼女だもん!』と、怒る。


 そうなった場合の彼氏は当然俺になるのだが、彼氏が付き合っていると認めていないのだからそれは付き合っていないという事だ。

 いや、付き合っていないのだから、そもそも彼氏というのもおかしいか?


 …………どうでもいいか、そんな事。


 とりあえず、この自称彼女をどうにかしないと、みんなの前で俺の彼女を名乗りかねない。


『俺たちは付き合っている』と俺が言っても誰一人として信じないだろう。


 ……違うな。

 クラスメイトたちや、俺に抱き着いてくる白鳥を見た事がある生徒は信じるかもしれない。


 だが、信じない生徒が圧倒的に多いと思う。

 それだけ、俺と白鳥では容姿も、頭脳も、人気も違う。


 普通なら白鳥のような人気のある美少女は、イケメンで学校の人気者と付き合うのが世の常だろう。

 例えば、サッカー部でエースの先輩とか。

 だから信じない人間が多いというのが結論だった。


 しかし、白鳥が言うと、全員が本当に俺たちが付き合っていると信じると思う。

 格上が格下と付き合っているという事に対しては、否定する要素が特にないからだ。

 ただこの場合、白鳥の趣味は悪いと皆に思われるが。


 それで何が困るかと言うと、いらぬ敵を増やしかねないという事だ。


 クラスメイトたちだけでもめんどくさいと思っているのに、他のクラスや先輩などに目をつけられたとなれば、やはりめんどくさ過ぎるからな。

 

 ――結局その後は、白鳥をまいた。

 というよりも、分かれ道が来るまで拒み続けたのだ。

 分かれ道が来れば白鳥が諦めるとわかっていたからな。


 あいつはグイグイきても、線引きをしっかりと心得ている。

 俺が、絶対に踏み込ませたくない域をきちんと把握しているのだ。

 だからその部分に関しては無理矢理入ってこようとはしない。


 その事を踏まえると、やはりあいつは見た目の割に頭がいいのだろう。

 人付き合いがうまいのにも納得がいく。


 ……出来れば、俺に関わる事すらやめてほしいのだが。

 それは、期待するだけ無駄なのかもしれない。


 俺が地元から電車を使っても一時間半かかる遠い高校に入る事を決めた時でさえ、一緒の学校に来る事を決めたくらいだしな。

 私立なのにも関わらず特待生の資格を得て授業料免除にしてまでだ。

 俺は親が全額払っているが、白鳥は特待生で学校にかかる費用は全額免除となっている。

 あいつはそれほど頭がよかった。


 そこまでして俺と同じ学校に通う覚悟を決めた奴が、そうそう諦めるとは思えない。

 だけど、いい加減気が付いてほしい。


 俺の傍にいると、自分が不幸になる事を――。



          ◆



 まだ七月にもなっていないというのに、既に汗をかきそうになるような暑さの中、俺は重い足取りで学校――というか、駅を目指していた。


 朝はまた悪夢を見てしまったので、今日は一日のんびりと――

「ゆーうーとー!」

 ――出来るはずがないよな……。


 後ろから大声を上げて駆け寄ってくる美少女の登場で、俺は溜息をついた。

 意識を背後に集中させ、気配がすぐ後ろに来たところで俺は体を右にずらす。


「つかまえ――れなかった!」


 俺にかわされた事によって、抱き着いてこようとしていた美少女――見た目だけはいい白鳥が、ショックそうな表情を浮かべた。

 そして、文句を言いたそうな表情で俺の顔を見る。


「なんで!? 今まで朝だけはいつも捕まえれたのに!」

 

 白鳥は予想外の事態に納得がいっていないようだ。

 確かに白鳥の言う通り、俺は朝だけはいつも白鳥に捕まっている。


 それは、起きて時間がそれほど経っていないせいで脳がきちんと起きていないのと、なんだかどんよりした気持ちになっているからだろう。


「いつまでも捕まるわけがないだろ」

「うぅ……私の朝の楽しみが……」


 恨みがましそうに声を出す白鳥は、頬を膨らませて俺の顔を見上げていた。

 凄く文句を言いたそうだ。


「悠人のけち。ばか。いじわる」

「お前は子供か……」


 子供が喧嘩をする時に言いそうな言葉を使う白鳥に、更に溜息が出てくる。

 いったいこいつの精神年齢は何歳なのだろうか?

 少なくとも同じ高校生には思えないな。


 今もなお頬を膨らませて拗ねている白鳥に、思わずそんな事を思ってしまう。


「なぁ白鳥」

「……何?」

 

 名前を呼ぶと、ジト目で俺の顔を見上げてきた。


 うっわ、機嫌悪。

 ここまで機嫌が悪い白鳥は久しぶりだ。


「なんでもない……」

「ふ~ん」

 

 駄目だ。

 下手に何か言えば、より機嫌を損ねかねない。

 というか、なんで俺は白鳥の機嫌取りをしようとしているんだ。


 ――まぁ、この空気が気まずいからだろうな……。

 いつも素っ気なくしても明るい白鳥が不機嫌になっている事で、なんだか居心地が悪い。

 まさか朝抱き着かれる事を拒絶するだけで、こんな展開が待っていたなど誰が想像出来ようか。


 白鳥は地毛がクリーム色をしていて、ボブヘアーの右前だけを長く伸ばしたような髪型なんだが、中の髪を紫に染めている。

 確か、インナーカラーって言うんだっけ?

 そのせいで見た目がギャルにしか見えないんだが、ギャルが機嫌悪そうにしているとちょっと雰囲気がある。 

 だから余計に気まずい。


 誰だよ、こいつを優等生って言ってるのは。

 ただ成績がいいだけなのと、生活態度がいいだけだろ。


 …………十分優等生だな。

 それに優等生って影ながらに思っているのも、俺だった。

 そもそも髪色なんてみんな違うし、こいつみたいに二つの髪色に別れていなければ染めているかどうかもわからない。

 こいつのチョイスが派手だから目立つだけで、たばこも吸わないし全然ギャルじゃないんだよな……。


 まぁそれはさておき、こいつどうしよう?

 ほっといて学校に行ってもいいが、なんだか後が怖い気もする。


「――ねぇ」


 俺が考え込んでいると、白鳥が声を掛けてきた。


「どうした?」

「私、悠人にとって邪魔?」

「えっ……?」


 唐突にされた思いがけない質問。

 先程までの機嫌の悪さは鳴りを潜め、とても不安そうに俺の顔を見つめてきている。


「い、いや、そんなことはないぞ? 別に白鳥の事を邪魔だなんて思わないし、一緒にいても嫌だと思わないから」


 ――それは、咄嗟に出てしまった言葉。

 白鳥の不安げな表情を見て、どうにかしないといけないと思い口から自然に出たのだ。


 だけど、それは失敗だったとすぐに後悔する。

 なんせ、目の前にいる白鳥の顔がニマニマとしているのだから。


「やった、言質取った!」

「あっ、いや、今のは……!」

「今更嘘だと言ってももう遅いよ! さっきのは絶対本音だもん!」 


 俺の口から自然に出た言葉は、無意識だった故に本音なのだろう。

 俺は自分が思っていたよりも白鳥の事を嫌がっていなかった事に気が付いてしまったが、それよりも目の前で調子づいている白鳥を止めないといけないと思った。


「いや、俺は何も言ってないぞ? 幻聴でも聞こえたんじゃないか?」

「えぇ!? それはずるい! 絶対にずるいよ!」


 幻聴だという事にすると、白鳥は頬を膨らませてポカポカと俺の腕を叩いてきた。


「ずるくない」

「卑怯者!」

「卑怯も何も、言っていないのだから知らないな」

「むぅ……!」


 俺の言葉を聞き、白鳥は頬をパンパンに膨らませてしまう。

 そしてその後も凄く抗議をしてきたが、俺はいつも通り軽くあしらうのだった。


 ――ただ、今までとは違って、なぜか少しだけ白鳥の拗ね顔をかわいいと思ってしまったが。



          ◆



 ――少しモヤがかかった景色の中、俺は体が自分のものではないかのような感覚に襲われていた。

 思い通りには動かず、勝手に歩いたり話したりをしている。

 それに、視界に入っているのは元チームメイトたちだ。


 あぁ――また、夢を見ているんだ。


 夢なのに、まるで本当に体験しているかのような感覚に襲われる。

 いや、夢だからこそ……か。

 俺はいつまでこの過去にとらわれるのだろうか。


「全員再来週には全国大会が始まる。各自、しっかりと体調管理に気を付けるように。以上、解散」

「「「「「はい! ありがとうございました!」」」」」


 いつもと同じで、監督の話によって今日の練習が終わった。

 一、二年生よりも先に俺たち三年生が率先して片付けに入る。

 他のチームにはない、うちだけの伝統。

 上が率先して動くからこそ、下が付いて来るというものらしい。


 正直片付けはめんどくさいが、自分たちが使った道具なため片付けるのは当然の行為だと俺たちはその伝統に従っていた。

 

「浅倉、お前は片付けよりしっかりとダウンしておけよ。ただでさえピッチャーは負担が大きいのに、お前は普通のピッチャーよりも肩や肘への負担が大きいんだからな。ほら、俺がお前の分も片付けておくからさ」

「そうそう、浅倉はうちのチームのかなめなんだから、万が一怪我でもされたら困るしな!」


 チームメイトたちが、俺の体を心配してコート整備用のトングを持とうとする。

 だが、俺はそれを断る事にする。


「大丈夫。今日から調整期間に入ったおかげでそれほど球数は投げてないし、さっきみんなとクールダウンしたじゃないか。それにこの後マッサージにも行くんだからさ、一人だけ特別扱いはやめてくれ」


 俺は一人だけ特別扱いされる事を昔から気持ち悪く思っていた。

 同じチームでやっているのだから、対等な仲間として見てほしいのだ。

 しかし――。


「いや、それでも休んでおけよ。去年はお前に頼り切りで地区大会から全て投げさせたせいで、全中準決勝で肘を痛めたんだろ? そのあと浅倉の代わりに投げた先輩が打たれて、全中二連覇が果たせなかったんだ。今年は温存しながら戦えたとはいえ、全中ではお前に頼らないといけない場面がどうしても出てくるだろうから、今のうちに休める時はきちんと休んでおけよ」

「そうだぞ。それに『怪物浅倉』を中学野球で潰したとなれば、全国の野球ファンから怒られてしまう」

「……わかったよ」


 やはり、俺はチームメイトたちから対等には見えてもらえないらしい。

 俺は苦笑いをしながら、チームメイトにトングを渡して一人部室に戻る。

 そして思い出すのは、先程のチームメイトたちの言葉。


 先輩が打たれて……か。

 他意はないのだろうけど、なんだか負けたのを先輩一人のせいにするような言い方だな。

 負けたのは、チーム全員の責任なのに。


 まぁ彼らは去年試合に出ていなかったし、結局は他人事ひとごとなのだろう。

 彼らにとって大切なのは、今年全国制覇が出来るかどうかって事だけだ。

 俺の体を心配してくれているのも、勝つために必要だからという気がしていた。

 だから過剰に俺の体の心配をしているんだろう。

 当然、去年怪我をした俺が悪いことではあるのだが。


 ただ、怪我の心配は去年に比べれば大分減っている。

 選手が故障しないよう今年から投手には球数制限が出来たからだ。

 細かいルールが色々と定められたが、一人の投手で大会を勝ち進むのは完全に不可能となった。


 だから今年の俺の負担は去年に比べてかなり減っているため、特別扱いされるほどではない。

 それに、特別扱いをされるのは本当に嫌だった。

 一年生の時から感じていた壁ではあるが、なんだか一人だけチームで浮いているような気持ちになってしまうからだ。


 それに――『怪物浅倉』、か……。

 あるテレビ番組で取り上げられた時に面白半分で付けられたあだ名だが、正直この名で呼ばれるのは荷が重い。

 なんせ、俺は他の中学生と変わりないのだから。


 俺は一人溜息をつきながら、グラウンドを去るのだった。


「――うん、終わったよ」

「ありがとうございます」


 部活帰りに寄った店でマッサージをしてもらった俺は、去年からお世話になっているマッサージ師にお礼を言った。


「体に違和感はないかい?」

「はい、大丈夫です。凄く楽になりました」


「それならよかった。でも、気を付けないと駄目だからね? 中学三年生で150kmのストレートを投げるのはとても凄い事だが、その分体への負担が大きい。それに中学生という事で体はまだまだ出来上がっていないのだから、怪我をしやすいんだ。しかも君は、肘への負担がかかるフォークも投げる。正直力を抑えて投げるようにさせたいくらいだ」


 先生はとても心配そうに言ってくれる。

 元々野球でピッチャーをやっていたらしいので、それで詳しいのだろう。


「病院の先生にも散々言われましたよ。でも、手を抜いて負けるのは嫌ですから」


 心配してくれているのはわかるが、『はいそうですか』と言う通りにするわけにはいかない。

 去年怪我をしてもなお、そこは譲れなかった。

 全力を出せずに負けたとなれば、悔いても悔いきれないのだ。


 その代わり、こういうふうに体のケアを十分に気を付けるようになった。


「怪我をしなければいいが……」

「大丈夫です、みんな心配しすぎですよ」


 俺はそう言って、部屋を出た。

 ここにいても同じ話をされるだけなので、こういう時はさっさと立ち去るに限る。


 マッサージ店を出ると、見知った顔が目の前を通る。

 三年生になってから学校に来ていないと噂の、白鳥だ。


 どうして学校にこなくなったのかはよく知らない。

 そもそも関わりがないからな。

 白鳥の事を知っているのは、よくない噂を女子からたまに聞かされているからだ。


 隣には見知らぬ男がいた。

 身長の高さや顔付きから見て、大学生か社会人か?


 学校に来ていないのは、遊びほうけていたからというわけか。

 多分、今が夏休みだからというわけではないと思う。


 ま、俺には関係ない。

 そう思った俺は、その場を去った。


 この後に待ち受ける展開を想像もせずに。


「――白鳥、何してるの?」


 夜になって日課のランニングをしていた俺は、地面に座り込んで泣いているギャルに声を掛けた。

 本当は無視する事も出来たけど、なんとなく見過ごす事が出来なかったんだ。

 話した事がない女の子に声を掛けるというのは、少し緊張したけど。


「浅倉……? あんたこそ何してるのよ?」


 白鳥は泣いていた事を誤魔化すかのように目元を拭い、俺の顔を見上げた。 

 話すのは初めてなはずなのに、お互い名前を知っているというのも奇妙なものだ。


「俺は走ってただけだよ」

「ふ~ん、野球のため?」


 少し、意外だった。

 まさか普通に会話をしてくるとは。

 てっきりうっとおしがられて追い払われると思っていたのに。


「そうだよ。ピッチャーは体力の消耗が激しいから、どうしても体力が必要になるんだ」

「ふ~ん」


 俺が答えると、白鳥は興味なさげに流した。

 自分から聞いてきた事だろうに、中々に酷い子だ。


 しかし、泣いていたから声を掛けたものの、この態度を見るに必要なかったのかもしれない。


 だから俺は彼女に背を向けて立ち去ろうとしたのだが――

「ねぇ」

 ――白鳥から、声を掛けられてしまった。


「どうかした?」

「あんた、私の名前を知っていたって事は噂についても知ってるんでしょ? それなのに嫌な目で見ないんだね」


 噂……か。

 確かに知っている。

 

 例えば、白鳥はその体を使ってお金を稼いでいるとか、彼氏が十人いるとか――な。


 正直、どうでもよかった。

 関わりのない女の子が何かしていたとしてそれがどうしたという話だ。

 それにそんな噂を俺に教えてくる女の子は他人の悪口ばかり言う子たちばかり。

 噂に真実味もないのに、鵜呑うのみにするほうがおかしいと思う。


 まぁ一つ知っているとすれば、白鳥に彼氏はいる可能性が高いという事くらいだろう。

 数時間前に彼氏らしき男の姿を見たばかりだからな。

 その男が今いないという事は、白鳥が泣いていたのはもしかしたらその男と喧嘩したのかもしれない。


 ただ、それも俺には関係のない事だ。


「興味がないんだよ」

「わっ、はっきり言うね」

「うん。つまらない事に気を遣ってるほど余裕がないんだ」

「それは全国大会があるから?」


「……学校に来ていないのに、知ってるんだね?」

「私、学校には行ってるもん」

「えっ……?」


 俺は白鳥の言葉に首を傾げた。

 彼女が言ってる事が本当なら、それはおかしい。

 なんせ、彼女は三年生になってから一度も学校に来ていないはずなのだから。

 それは俺たちの学年では有名な事だ。


「それで、全国大会があるから怪物様には余裕がないの?」


 考え込んでいると、白鳥が返事を聞かせろというかのようにもう一度聞いてきた。

 

「その怪物って呼ぶの、やめてくれないかな?」


 俺はまた質問に答えず、気になった部分を指摘する。


「どうして? 言葉通りなら馬鹿にされてるようになるけど、あんたにとってのそれは褒め言葉じゃん。誰も手も足も出ないピッチャーだから、怪物って呼ばれてるんでしょ?」

「……嫌なんだよ」


「なんで?」

「嫌だから」

「それ、答えになってない」


「嫌だから、嫌なんだよ」

「ふ~ん……あんたも、同じなんだ」


「……同じ?」 

「なんでもな~い」


 白鳥の言葉が気になった俺は聞いてみたのだけど、誤魔化されてしまった。

 そのまま、クルッと回転して俺に背を向ける。


「じゃあね~」

「あっ、うん……」


 途中から白鳥のペースに呑まれていた俺は、手を振ってきた白鳥に反射的に手を振り返していた。

 ただ、同時に戸惑いも襲ってくる。


 い、いったい、なんだったんだ……?

 そもそも、泣いてたんじゃなかったの……?


 俺はしばらくの間、呆然と白鳥の去った方向を眺めてしまうのだった。


「――嘘だよね?」


 翌日、目の前の信じがたい状況に俺は思わず目を何度もまばたきする。

 しかし、何度瞬きをしても目に映るものは消えなかった。


「やっほ~」


 俺の目に映る女の子――昨日と同じ場所で再会した白鳥が、手を振ってきた。

 時間帯も、昨日と同じくらいだ。

 この様子からして、もしかしなくても俺の事を待っていたんだと思う。


「えっと、何か用があるの?」

 わざわざ待っていたという事は、そういう事なんだと思って俺は尋ねた。


 しかし――

「うぅん、たまたまここを通っただけだよ」

 ――白鳥は、それを否定した。


 偶然、なの?

 まぁ昨日の今日とはいえ、なくはないよな……。


 それにしても、噂で聞いていた白鳥は凄く冷たいと聞いていたけど、随分とフレンドリーな子だ。


 ……いや、学校で見かけていた時は凄く怖い顔をしていたから、満更噂が間違えていたとも思えないけど……。


「そっか、それじゃあ――」

「まぁまぁそう言わずに、これも何かの縁だよ」


 用がないという事でランニングを続けようとした俺の手を、グッと白鳥が引き留めてきた。


 何、これ……?

 どうして俺は白鳥に引き留められているの?

 この子、彼氏がいるんじゃなかったのか?


「――ねぇ、なんでそんなに頑張るの? 野球が好きだから?」


 結局白鳥から逃げられなかった俺は、彼女の横に腰を下ろしていた。

 

「……違うよ」

「じゃあ、なんで?」


「……目的があるから」

「目的? それは何?」

「話したくない」


 俺は話す事を拒否した。

 相手が白鳥だからという事ではない。

 幼い頃から誰にも話していない、自分の胸にだけ秘めている事なんだ。

 だから彼女にも話す気がない。


「そっか」

 

 白鳥は俺の言葉に対してコクンッと頷くだけで、それ以上聞いてこなかった。

 意外と、聞きわけがいいのかもしれない。


「野球、楽しくないの?」

「どうしてそう思うの?」

「野球してる浅倉の顔が、楽しくなさそうだったから」

「――っ!? 今日、部活を見に来てたの?」


 それ以外俺の野球をしてる姿を見る機会はないはず。


「うん。まぁ誰にも見つからないとこから見てたから、気付かなかったのは当然だよ」


 シレッと見に来ていた事を肯定する白鳥。

 また、どうしてそんな事を……。


「なんで隠れたりするの?」

「わかるでしょ? 見つかると、めんどくさいんだもん」

「あぁ、そっか……」

 

 きっと、同級生たちに見つかるのが嫌なのだろう。

 昨日俺に『嫌な目で見ないんだね』と言ってきた事から察するに、他のみんなは嫌な目で彼女の事を見ているんだと思う。


 でもそれなら、どうしてみんなに鉢合わせする可能性が高い学校にわざわざ来たのかな?


「じゃあ、私は帰るね~」


 疑問に思った事を聞こうとすると、白鳥は立ち上がって背を向けてきた。


「あっ、うん……」


 聞くタイミングを逃した俺は、それ以上何も言えずただ彼女の後姿を眺める事しかできない。

 引き留められたと思ったらあっさり話を切り上げられ、いったい何がしたかったのかよくわからない。


 ただわかったのは、彼女が凄く変わっているという事くらいだった。


「――えっ、白鳥が夏休み前に学校に来ていたかどうか?」

「うん、その事が知りたいんだよ」


 昨日の白鳥の発言が気になった俺は、休憩中に彼女と同じクラスのチームメイトに聞いてみた。


「いいや、来てないよ。どうして急にそんな事を聞くんだ?」


 やはり、来ていないんだよな……。

 あの発言は嘘だったという事かな?

 でも、だったらどうしてあんな嘘を……?


「浅倉?」


 考え込んでいると、チームメイトが訝しげにこっちを見ていた。


「あっ、うぅん。来ていないならいいんだ」

「……なぁ浅倉。白鳥には関わるなよ?」

「どうして?」

「病気を貰ったら困るからだよ。あいつ見た目はいいかもしれないけど、ヤリマンなんだからな」


 ヤ、ヤリマンって……。

 平然とそんな事が言える、君の神経を疑うよ。


「あの子って、クラスで嫌われてるの?」


 俺は少しだけ話題をそらしながら、気になっている部分を聞く。

 まぁ、答えはほぼわかっているのだけど……。


「クラスどころか学年中から嫌われてるだろ? だって汚いんだからさ」

「汚い?」


 白鳥の見た目は、普通にお洒落をして綺麗だったけど……。


「おいおい、知らないのか? あいつ自身がヤリマンっていうのもあるけど、あいつの母親って娼婦なんだ。だからどんな病気を持ってるかわからない。あいつに近寄るなって、みんな親から言われてるくらいだぜ?」

「なんだよ、それ……」


 その言い方だとまるで親指導の元、白鳥をいじめているみたいじゃないか。

 母親が娼婦って事は初めて知ったけど、それであの子を避けるなんておかしいだろ?


「もしかして、白鳥が学校にこなくなったのは君たちがいじめたからなのか?」

「お、おい、何をそんな怒った顔してるんだよ? 違うって! いじめてたのは女子たちで、俺たち男子はあいつと関わらないようにしてたんだから!」


 何をそんなに慌てているのか。

 別に、怒ってなんていないのに。


「結局、白鳥はいじめられていたんだ?」

「あぁ……そうだよ……」

「ちなみに、いじめの主犯格は誰?」

「そ、そんなの聞いて、どうするんだ……?」


「別に、気になるから知りたいだけだよ」

「変な気は起こすなよ……?」


 チームメイトはキョロキョロと周りを見回した後、主犯格の名をこっそりと耳打ちしてくれた。

 ただ、主犯格は一人でなく、数人いるようだ。

 しかも、俺によく話し掛けてきていた女の子のグループだった。


 別に白鳥と仲がいいわけじゃないし、知ったからといって正義ぶってどうにかしようとも思わないけど――少し、気に入らないと思った。


「ありがとう」


 俺はチームメイトにお礼を言うと、休憩が丁度終わったのもあり、グラウンドに向かうのだった。


「――だから、なんでいるの……?」

「偶然だって、偶然」


 今日という今日も、なぜかランニング中に白鳥と出くわした。

 しかも、昨日、一昨日と同じ場所で。

 さすがに三日連続は偶然ではないと思う。

 明らかに、待ち伏せされている。


「何か用事があるんじゃない?」


 このままだとこれから先ずっと待ち伏せされる気がした俺は、ここで話をつけたいと思い尋ねてみる。


「うん? 別に何も無いけど?」


 しかし、白鳥はキョトンとした表情と共に首を傾げた。

 嘘を言っているようには見えない。

 本当に用事はなさそうだ。


 それなら、なぜ待ち伏せをしているのか……。


 白鳥は腰を下ろし、ポンポンッと自分の隣の地面を叩く。

 どうやら俺に座れと言っているみたいだ。


 きっと無視して立ち去ろうとしても、前と同じく引き留められると思う。

 それなら素直に従ったほうがまだマシかな……。


 半ば諦めた気持ちで、俺は白鳥の隣に座った。

 こう毎晩女の子と密会みたいな事をしていると、遅くまで働いてくれている母さんに悪い気がしてくる。


「よく毎日ランニングなんて出来るね? 部活が終わった後だと、疲れが溜まってるんじゃないの?」


 隣に腰を下ろすと、白鳥がコーラのペットボトルを渡してきながらそんな質問をしてきた。

 飲みものを用意している時点で、間違いなく待ち伏せしている事になる。

 しかし、白鳥はそんな事気にしないみたいだ。


「ありがとう。まぁ疲れは溜まるけど、必要な事だから」

「全国大会があるから調整の期間に入ってるのに、疲れを溜めたら元も子もないんじゃないの?」

「意外と詳しいんだね。正直に言えば、全国大会のためにしているわけじゃないんだよ」

「へぇ、じゃあなんのためにしてるの?」


「それは――」


 俺はハッとして、口をつぐむ。

 なんで白鳥にこんな話をしてるのだろう。

 他の誰にも言わないって決めていたのに。


「また、言いたくない事なんだ?」

「まぁ、うん……」

「そっか」


 白鳥はそれだけ言うと、それ以上は聞いてこなかった。

 前の時といい、俺が踏み込まれたくない部分には入ってこないようにしているみたいだ。

 そのせいか、白鳥と話すのは不思議と気が楽に感じる。

 一緒にいて気疲れしないんだ。


 普通の人にとっては友達と話す時それが当たり前なのかもしれないけど、俺にとってそれは凄く珍しい。

 なんせ、他の子たちはグイグイときたり壁を感じたりで、正直話しているとしんどいからだ。


 白鳥には、それがないから話していて楽なんだと思う。


 まぁ待ち伏せをしている時点で、あまり他の子と変わらない気もするけど……。

 少なくとも、白鳥は相手との距離感をはかるのが上手い人間なんだろう。


 だからこそ疑問を持つ。

 これほど相手との距離感を掴むのが上手い子が、いじめを受けているという事実に。


 普通ならこういった子はクラスなどで人気者になる。

 そうならないのは、やはり母親の事があるから?

 

 ……でも、本当にそれだけなのかな?

 白鳥は見た目が可愛い。

 母親の事なんて気にしないって男子が出て来てもおかしくないはずなんだけど……。


「いっぱい、考えてるね? 私がいじめられてる事でも聞いた?」


 自分でも気がつかないうちに白鳥を見つめていると、ジッと見つめ返された。


 察しがいいな……。

 あからさまに態度に出したつもりはないけど、昨日と今日とでの微妙な態度の違いに気が付いたのかもしれない。


 バツが悪くなった俺は視線を逸らしながら、気になっている事を聞く事にした。


「やっぱり白鳥が学校に来てないのは、いじめられているから?」

「だから前にも言ったけど、学校には行ってるってば」


 質問に対する答えではなく、飽きれたような態度で前と同じ言葉が返ってきた。


「でも、ここ最近学校で見た記憶がないけど?」

「だって、みんなに会わないようにしてるもん」

「どういう事? 学校に来ていたら、会うよね?」

「察し悪いね。学校には行ってると言っても、教室に行ってるとは言ってないでしょ? 私が行ってるのは、保健室だよ」


 白鳥の口から驚きの言葉が出てきた。

 まさか――。


「白鳥って、どこか体が悪いの?」


 そう聞いた瞬間、ズコッと白鳥の体が崩れた。

 まるでお笑い芸人がギャグにこけたフリをするみたいだ。


「なんでそうなるわけ!? 体が悪かったら病院に行くでしょ!」

「あぁ、そっか」

「あんたって野球しか能がないわけ……?」


 ギャルに呆れた態度で言われた。

 なんだか悔しい。

 しかもそんな事言われたの初めてだ。

 

 心配して聞いただけなのにな……。


「私は勉強をしに保健室に行ってるの。二限目の時間に行って、一限目から順に行われた授業内容を教えてもらってる感じ」

「いじめられるのが嫌だから、保健室で? 立派だとは思うけどどうしてそこまでして勉強するの?」


 正直、いじめられる子は不登校になる。

 全員ではないが、多くがそうだ。


 最低でも、勉強をするためだけに学校に来る子はほぼいないだろう。

 いじめられてなくても学校に来るのは嫌な子が大勢いるくらいだしな。


 それにたった一人のために、授業を一時間遅れで実施するというのもおかしい気がした。

 まぁ先生が直に教えているというよりは、どんな授業が行われたかだけを教えてもらってるのかもしれないけど。


「理由は二つかな。一つは、いい大学に入って大手企業に就職したいから」


 これはまた、意外な理由が出てきたものだ。

 白鳥は本当はギャルではなく、まじめなのかな?

 

 そんな疑問を抱くけど、白鳥の話は続いているため口を挟まずに聞き続ける。


「もう一つは――嫌がらせと、仕返し」

「嫌がらせと仕返し?」

「そう。知ってる? 私これでも、入学以来ずっとテストで学年一位なんだよ?」

「えっ!?」

「ふふ、凄く驚いた顔だね」


 俺の顔を見た白鳥は凄く楽しそうに笑う。

 だけど俺が驚くのも仕方がないはずだ。

なんせギャルが学年一位だなんて想像できないだろ、普通。

 それも入学以来ずっとだなんて。

もしかしたら、そのせいで教師陣は白鳥を特別扱いしてるのかもしれない。


「例えそれが本当だったとして、どうしてそれが嫌がらせや仕返しになるの?」

「決まってるじゃん。一位をとりたい人間がいて、その人間が二位になると悔しがるからだよ」

「もしかして、その二位の人が嫌いなの?」

「当たり前じゃん。だって、私をいじめる首謀者・・・・・・・・・なんだから」


 そう答えた白鳥の表情は、先程まで見せていた笑顔ではなく憎しみに溢れたものになっていた。



          ◆



「――んっ……?」


 意識が覚醒した俺は、ゆっくりと目を開ける。

 どうやら夢から覚めたようだ。

 夢にしては随分とリアルに感じるものだった。

 まるで、過去を振り返って体験していたようだ。

 幸いなのは、今まで見ていた悪夢とは違って今回のは悪夢では無かった事か。

 夢が途中で終わったおかげだろう。

 それでも、胸糞悪いものには変わりなかったが……。


 あの後は、女子たちが白鳥をいじめている現場を押さえ、白鳥の問題は解決した。

 本当ならそこで全てが終わったはずなのだけど、その時は白鳥はもう一つ面倒な問題を抱えていて、俺は巻き込まれることになる。

 それが、白鳥と一緒に歩いていた男だ。

 白鳥の見た目に惹かれて声をかけてきたというあの男は、大物政治家の息子でたまたま夏休みの間に遊びに来ていたらしい。

 白鳥のようなスタイル抜群の美少女を見つけた事で自分の女にしようと、あの手この手と使っていたようだ。

 それでも振り向かない白鳥に対して最終的には強姦を働こうとし、白鳥からの連絡が入って俺は彼女を助けた。


 そして――俺の右腕はもうボールを本気で投げられない傷を男に負わされ、メディアによる情報操作で周りからの信用を無くしたのだ。

 挙句、俺のチームは全国大会出場を取り消され、恨みも買ってしまったことになる。


 最後まで夢を見なかったのは幸いだった。


 しかし、夢を通じて思い出した事もある。

 俺と白鳥には、一時期距離がかなり縮まっていた時期があった事を。


 思い出したくない過去で、自分からは振り返らないようにしていたからすっかり忘れていた。

 もしかしたら白鳥は俺に抱える罪悪感だけではなく、夢の時期の事があるから付きまとってきているのかもしれない。


 そう考えると、不思議と合点がいった。


「――ねね、悠人悠人、今日これから遊びに行かない?」


 本日最後の授業とホームルームが終わってすぐ、白鳥が俺の席に駆け寄ってきた。

 相変わらずのテンションの高さがだ、なぜだか今は全くうざいとは思わない。

 むしろ――。


「何処に行きたいんだ?」


 俺は自分の中に過った感情を悟られないよう、無愛想に白鳥に尋ねる。

 しかし、白鳥はとても驚いた表情をし、それによって俺は自分が失言した事に気が付く。

 だけど誤魔化すよりも先に白鳥が嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。


「えっとね、遊園地行きたい!」


 嬉しそうに目の前に立つ白鳥は急にとんでもない事を言い出した。

 一瞬耳を疑ったくらいだ。

 いや、正気を疑う。


「お前、今から遊園地行くの……?」

「うん!」


 俺の質問に対して、清々すがすがしいほどの満面の笑みで頷く白鳥。

 思わず頭を抱えそうになった。


「嫌だ」

「えぇ!?」


 拒絶の意思を示すと、白鳥が凄くショックを受けた表情を浮かべる。

 

「なんで!? 今行く流れだったじゃん!」


 白鳥は頬を膨らませて、バシバシと机を叩いてくる。

 クラスメイトたちの視線が痛いからやめてほしい。


 確かにそんな雰囲気であった事は認める。

 だけど、今から遊園地というのは正気の沙汰ではなかった。


 なんせ学校が終わった時間という時点で遊びに行くとしては既に遅いくらいなのに、遊園地に行くためには一度家に帰らないといけない。

 いくらこの学校の校則が緩いとはいえ、さすがに制服のまま遊園地に行く事は出来ないからだ。

 俺たちの家は学校から遠いため、一度家に帰って遊びに行くとなると十七時は回るんじゃないだろうか?


「時間を考えろ、時間を。遊園地についた頃には遊ぶ時間はほとんどないぞ?」

「でも、今日くらいじゃないと、悠人一緒に行ってくれないもん……」


 なんだろう?

 白鳥はそこまで遊園地が好きなのだろうか?

 見た目は大人びているのに、相変わらず子供っぽい奴だ。


 まぁ白鳥の言う通り、別の日だと白鳥と出かける事すら怪しいな。

 今は俺の失言が原因でこんな雰囲気になっているが、別の時なら俺は知らないふりをするだろう。

ましてや休日となればなおさらだ。


 しかし、なぜか目の前でシュンとする白鳥を見ると胸が締め付けられる思いに襲われた。

 そのせいか、俺としてはとても意外な言葉を自分で言ってしまう。


「悪いけど、別のとこにしてくれ」

「むぅ……」


 だけど、白鳥は納得がいかない様子だ。


「頬を膨らませて拗ねても駄目だ」

「ケチ」

「いや、ケチとは違うような……」


「いじわる」

「いじわるもしていない……」


 いつも聞き分けがいいはずの白鳥がここまで駄々をこねるのは珍しい。

 仕方がない、もうここは代案を提案するしかないようだ。


「遊園地なら、次の日曜日に行こう」

「えっ?」


 俺の言葉を聞くと、白鳥がポカーンといった表情でこっちを見上げていた。

 そして、ゆっくりと口を開く。


「悠人、なんだか今日はおかしいって思ったけど、熱でもあるの……?」


 こいつ……!


「お前、そんな事言うならやっぱりなしだ」

「あっ! ウソウソ! なんも言ってない!」


 俺が睨むと、白鳥は慌てたように手をブンブンと顔の前で振る。

 これ以上やり取りを続けても疲れそうなため、俺はもうツッコむ事をやめた。


「それで、遊園地に行くのは日曜日でいいのか?」

「うん! 私もそっちのほうが嬉しい!」


 結局日曜日でいいのか尋ねると、白鳥は満面の笑みで頷いた。

 その表情を見届けた俺は鞄を手に取り、白鳥と一緒に教室を出ることにする。


 そして教室を出る際に――

「「「「「浅倉が……落ちた……?」」」」」

 ――という空耳が聞こえてくるのだった。



          ◆



 ――早くも、約束の日曜日が来てしまった。

 ただ寝て起きたら、もう約束の日を迎えてしまった感じだ。

 一応女の子と遊びに行くという事で、見たしなみに気を遣って準備をする。

 そして、待ち合わせ時間よりも少し早く着くように家を出た。


 だけど――。


「もういるのか……」


 待ち合わせの駅前についた俺は、既に準備万端の状態でいる白鳥を見つけた。

 予定の時間の十分前に来たのにもう居るという事は、いったいどれだけ早く来ていたのだろうか?


 そしてなぜモジモジしているのか気になるが、それ以上に気になったのは服装だ。

 絶対ギャルが好む服装で来ると思っていたのに、白鳥の今日の服装はシンプルなデザインの白いワンピース。

 そして、白いつば広帽子を被っている。


 これでもかってくらいの清楚アピールだな……。


 ムカつくのは、その恰好が白鳥に凄く似合っているという事だ。

 インナーが紫に染まってる金髪も、白のワンピースだと更に魅力的に見えた。


「――ねぇ君、ちょっといいかな?」

「えっ?」

「誰か待ってるの? もしよかったら俺と遊びに行かない?」


 俺が白鳥の事を観察していると、爽やかな笑みを浮かべるイケメンが白鳥に声をかけだした。

 知らない男にナンパされるところなんて初めて見た。

 相手は結構なイケメンなため白鳥も付いて行く可能性があると思って見てみるが、白鳥は嫌そうな表情を浮かべて首を横に振った。


 すると男はムキになったのか、少し強引に誘い始める。

 白鳥ならなんなく断るとは思うが――。


「あの、そいつ俺の連れなんで」


 俺は白鳥と男の間に体を割り込ませた。


「悠人……?」

「なんだよ、お前?」


 白鳥は戸惑ったような表情で。

 男はうっとおしそうな表情で俺の顔を見てきた。


 とりあえず、白鳥の事は後回しにする。


「いや、さっき言ったでしょ? 二度言わないとわからないですか?」


 明言はしない。

 ただ、雰囲気で分からせる。


「――ちっ」


 俺が何を言いたいのかが伝わったらしく、男は舌打ちをして立ち去った。

 白鳥に声をかける時は凄くいい笑みを浮かべていたのに、先程のが本性なのだろう。

 ああいう男に騙されて泣く女って多いんだろうな……。


「悠人」

「ん?」


 男の後姿を眺めていると、白鳥が声を掛けてきた。

 白鳥のほうを見ると――凄く、目が輝いている。


「えへへ、ありがとね、悠人」


 何がそんなに嬉しいのかって聞きたくなるくらい、満面の笑みだ。

 俺はただ邪魔な虫を追い払っただけなのにな。


「別にお礼を言われるほどじゃない。あのままだと、話が長くなりそうだったから割って入っただけだ」

「ふ~ん?」


 なんでこいつ、ニヤニヤしながら俺の顔を見上げてるの?

 めっちゃイラッとくるんだけど……。


「悠人は素直じゃないな~」

「なんの話だ」

「べっつに~」


 ムカッ……!


 相変わらずニヤニヤ顔をする白鳥の頬を、思いっ切り抓ってやろうかと思った。

 絶対こいつ俺の事を馬鹿にしてる。


「ねね、今日の服どうかな?」


 俺の事を馬鹿にするのには飽きたのか、白鳥が自分の服装について聞いてきた。


 まぁ、正直言えば似合っている。

 そこら辺のアイドルよりは圧倒的にかわいいとも思う。

 思うが――。


馬子まごにも衣装だな」


 素直に褒めるのはなんだか納得いかなかったため、ひねくれた言い方をした。


「やったぁ!」


 しかし、なぜか白鳥は喜んでしまう。

 ギャーギャ―文句を言うかと思ったのに、予想外の反応だ。


「なぜ喜ぶ?」

「だって、素直じゃない悠人が一応誉め言葉を使うなんて、絶対アリじゃん!」


「……褒めてない」

「はいはい、そうですね~」


 白鳥はまた、ニヤニヤと笑い始めた。

 いやこれは、今もさっきもニヤニヤというよりも、ニマニマか?

 

 まぁどっちにしろ、ムカつく事には変わりない。


「……帰る」

「えぇ!? ちょっ、待ってよぉ!?」


 イラつきが頂点に達した俺が踵を返すと、白鳥は泣きそうな顔で抱き着いて来るのだった。


「――悠人悠人、初めは何に乗るの!?」


 遊園地に着いてすぐ、俺の腕を捕縛しているテンション高めの白鳥がこっちを見上げてきた。

 はしゃぎっぷりが凄いが、それ以上に俺の腕に抱き着いている力が凄い。

 絶対に放さないという気持ちが伝わってくる。


 もう帰る気がないのだから放してくれてもいいと思うんだが……。


 それにこいつは気にならないのだろうか?

 自分の大切な部分が、俺の腕に当たっている事を。

 最早当たっているというよりも、押し付けられているみたいな感じだけど……。


「やっぱり観覧車は最後だよね~!」


 ――このはしゃぎっぷりだと、気付いていないのかもしれない。


 乗るものを楽しそうに選んでいる白鳥を横目に、俺は苦笑いを浮かべた。


 本当に、楽しみにしてくれていたんだな……。


「好きなものを選んでいいぞ」

「ほんと!? えへへ、じゃあ、あれ!」


 嬉しそうに白鳥が選んだのは、コーヒーカップだった。


 また、カップルが乗りそうなものを選んだな……。

 俺はチラッと白鳥の顔を見る。


 うっわぁ……。

 めちゃくちゃ期待している目で俺の顔を見ている……。


「わかった」


 好きに選んでいいと言ったのは自分なため、今更嫌だと言えずに頷く。

 すると白鳥は凄く嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。


 ……その笑顔を可愛いと思ってしまったのは、内緒だ。


 腕を引っ張られ白鳥に先導される形でコーヒーカップを待つ列に並ぶと、既に並んでいた数組のカップルの視線がこちらを向いた。

 そして男側はみな、白鳥に見惚れ始める。


 数十秒間白鳥の顔を見続けた後、段々と視線が下へと向かう。

 そこからは視線が動かなくなった。


 当然、彼女にバレた者から順に怒られ始める。

 男たちはみな最後に俺の顔を恨めしそうに見ていったが、俺は何も悪い事をしていない気がするんだが……?


「どうしたの、悠人?」


 俺がカップル数組を観察していると、白鳥が不思議そうに俺の顔を見上げていた。


「いや、自業自得だなって」

「…………?」


 キョトンとした表情で白鳥は首を傾げたが、俺はこれ以上言うつもりはない。

 白鳥からすればいい気持ちじゃないだろうし、俺も言葉にしたくはないからだ。


「結構待つ事になりそうだね……」

「まぁ遊園地なら何処もそうだろうし、気長に待つしかないだろ」

「そうだね」


 俺たちは順番が来るまで適当に雑談をする事にする。

 とはいっても、学校での面白かった出来事や、最近のオススメ番組を白鳥が話してくれて、俺はそれに相槌を打っていただけだが。


「あっ、順番来たよ!」


 いよいよ俺たちの順番が来ると、白鳥が嬉しそうに俺の腕を引いた。

 案内されたコーヒーカップに乗ると隣同士で座る。

 いや、正確には座らされた。

 白鳥の手によってな。


「コーヒーカップって乗った事はないが、隣同士で座るものなのか?」

「うん!」


 疑問に思った事を白鳥に聞いてみると、とてもいい笑顔で即答された。


 そうか。

 そういうものなんだな。


 白鳥が即答したため俺は納得するしかなかった。

 

 だけど、腕にくっつかれているためなんだかやりづらい。

 そして、やっぱり周りにいる男共の目が痛い。

 いい加減にしないと彼女との間に亀裂が入るんじゃないだろうか?


 まぁ俺が心配する事ではないか。

 それよりも、こっちをどうにかしないといけない。


「白鳥、いい加減腕を放してくれ。これだとろくにコーヒーカップも回せない」

「嫌で~す。悠人が意地悪するのが悪いんだから」


 意地悪とは、待ち合わせ場所で帰ろうとした事を言っているのだろうか?

 別に意地悪でしたわけじゃないんだがな。


「くっついていると暑くないか?」

「うぅん、むしろ幸せ!」


 なぜ暑さについて聞いているのに、幸せという答えが返ってくるのか……。

 やっぱり俺にはこいつの考えが理解出来ない。


「悠人、抱き着いてても嫌がらなくなったね?」

「えっ?」

「今までなら振り払おうとしてたのに今は嫌って感情じゃなく、別の理由で離れるように言ってきてるだけだもん」


「…………振り払おうとしても無駄だってわかっているだけだ」

「またまた~。悠人は素直じゃないなぁ~」


 白鳥がまた、ニマニマとした表情で俺の顔を見上げてきた。


 なんでこいつは嬉しそうに俺の顔を見上げてくるのだろう?

 そして、段々と言い返すのがきつくなっているのはなぜだ?


「……知らん」


 白鳥に言ったのか自分に言ったのかわからない言葉を呟きながら、俺は視線を白鳥から逃がすしかなかった。


「えへへ、楽しかったね?」


 コーヒーカップから降りると、白鳥が人懐っこい笑みを浮かべて俺の顔を見上げてきた。

 余程お気に召したようだ。


「そうだな」


 俺も白鳥の言葉に同調する。

 まぁ正直に言うと、コーヒーカップに乗っている間はずっと白鳥に気をとられていたからよくわからなかったんだが……。

 なんせ、コーヒーカップを回している間もずっと楽しそうに笑みを浮かべているんだ。

 思わず視線が向いてしまうのも仕方ないだろ?


「次は何にしようかな~」


 俺に見られている事にも気付かず、白鳥はまた嬉しそうに遊園地を眺め始めた。

 もうはしゃぎようが子供にしか見えない。


 ……正直、白鳥みたいな女の子と遊園地で遊べるなんて俺は恵まれているんだろう。

 周りの男共が俺を睨んでいるのも白鳥が魅力的な女の子だからだろうし。

 それに他の奴等が見ているのは容姿だけかもしれないが、こいつの中身がいい事も俺は知っている。

 なんせ俺がどれだけ冷たく接しようと、笑顔で俺の事を気に掛けてくれているような女の子だからな。

 他の何処にそんな女の子がいようか。


「ねっ、次はあれに乗ろ?」

「あぁ、そうだな」


 とても楽しそうな白鳥が指さした回転ブランコを見て、俺は微笑ましい感情を抱きながら頷く。

 今日一日は白鳥が乗りたいものに乗るつもりだ。

 進んで乗りたいものがないというのもあるが、ずっと楽しそうにしている白鳥を見ているともっと楽しませたいと思ったからだ。


「あっ……ねぇねぇ、あれ買ってきてもいい?」


 回転ブランコに向かっている最中、白鳥が遠慮がちに上目遣いで聞いてきた。

 白鳥が買いたがっているのはフワフワが売りのスノーアイスだ。

 買いたいのなら買えばいいのに、遠慮がちに聞いてきたのは俺に気を遣っているのだろう。


 はしゃいではいても今までの俺が冷たかったからか、やっぱり機嫌を損ねないように遠慮してしまうようだ。


 全く……。


「いいよ、買いにいこっか」

「いいの……?」


 俺が一緒に買いに行くと思ってなかったのか、白鳥は驚いた顔をして聞き返してきた。


 まさかアイスを買いに行く事も許さない心が狭い男だと思っていたわけじゃないだろうな……?

 いくらなんでも、そこまで酷い性格はしていないからな?


 ……多分。


 運がよかったのか、俺たちが着いた時には屋台に他のお客さんはいなかった。

 そのため俺たちは慌てずゆっくりスノーアイスにかけるソースを選び始める。


 とはいっても、俺のほうはすぐに決まった。

 無難にチョコソースにしたのだ。


 しかし、白鳥が中々決まらない。

 どうやら苺ソースとチョコソースで迷っているようだ。


 あまりにも悩むものだから、そうしている間にスノーアイスを買いに来たお客さんが後ろに並び始める。


 このままでは他の人に迷惑になってしまうな……。


「苺にしなよ。俺のほうはチョコにしているから、後で分けられるからさ」


 もう限界だと思った俺は自分の分を分ける事にして、苺にするよう促した。


「えっ、いいの!?」

「あ、あぁ……」

「ほんとにほんと!?」

「う、うん……」


 なんだか、予想以上に白鳥がくいついてきた。

 苺もチョコも食べられるのがそんなに嬉しいのだろうか……?

 

「えへへ……今日の悠人やっぱり優しい……。それに、間接キス……」


 俺が店員からスノーアイスを受け取っていると、なんだか白鳥はブツブツと呟いていた。

 そんな白鳥を横目に、俺は首を傾げるのだった。


「――なぁ白鳥……どうして、口を開けて俺のほうを見ているんだ?」


 ベンチに座ってスノーアイスを食べていると、白鳥が俺を見ながら雛鳥みたいに口を小さく開けていた。

 まぁ、言わんとする事はわかるけど……。


「なんでって、悠人がチョコソースのアイスを分けてくれるって言ったんじゃん。あれは嘘だったの?」

「いや、嘘じゃないけど……なんで口を開けて待ち構えているんだ?」

「食べさせて?」

「……嫌だ」


 甘えるような声で要求してきた白鳥を、俺はバッサリ切り捨てた。

 だって、恥ずかしいから。


「食べさせてくれないと食べれないじゃん!」


 しかし、そんな言葉だけで白鳥が納得するはずもなく、頬を膨らませて拗ね始める。

 

「いや、別に白鳥のスプーンですくえばいいだろ?」


 俺は当たり前の考えを言う。

 わざわざ俺が食べさせる必要もなく、白鳥自身で食べればいい。


「それだと味が混ざっちゃうじゃん!」


 だが、白鳥は納得がいかないようだ。

 

 味、混ざるのだろうか……?

 混ざらない気がするけど……。


「例え混ざったとしても、仕方ないだろ?」

「むぅ……」 

「ほら、早くしないと溶けちゃうぞ?」


 頬を膨らませたまま俺を見る白鳥に早く食べるよう促した。

 だけど、白鳥は不満な表情を浮かべるだけで食べようとしない。

 そこまで混ざるのが嫌なのだろうか?


「ん」


 俺が悩んでいると、なぜか白鳥が手を差し出してきた。

 なんだろう?


「それ、貸して」

「えっ?」

「スプーン」

「あぁ……」


 なるほど、味が混ざらないようにするのか。

 しかしなぁ……。


「さすがにそれはどうなんだ?」

「何、不満?」

「だってなぁ……」


 白鳥は気が付いてないのかもしれないけど、それ、間接キスだろ……?

 言葉にするとうるさそうだからしないけど。

 困ったなぁ……。

 ここで断ると絶対に機嫌悪くなるだろうし。

 

 ……仕方ないか。

 どうせ白鳥は気が付いてないんだ。

 もうこのまま貸してしまおう。


「ほら」

「わぁ、ありがと! ……えへへ、やったぁ……!」


 俺がスプーンを貸すと、白鳥は嬉しそうに受け取った。

 そして俺の手にあるスノーアイスを嬉々として食べ始める。


 ほんと、見た目のわりに無邪気だよな……。


 白鳥の幸せそうな表情を横目に、俺は不思議な気持ちになっていた。


 こういう時間も悪くない。

 そう思えるようにもなっている。

 

 少し前まではうっとうしく思っていたのに、この気持ちの変化はなんだろう?

 今は、白鳥が隣にいると居心地がいいとさえも思える。


 あの時の夢を見てから、やっぱりなんだか変だな……。


 その後の俺たちは色々なアトラクションを回り、すっかり日が暮れてしまった。

 夜のパレードは賑やかというだけでなくライトアップが凄く綺麗で、白鳥のテンションは更に上がっているように見えた。


「――最後に観覧車、乗ってもいい……?」


 夜のパレードを見終えてもう後は帰るだけかと思った頃、白鳥が俺の顔色を伺いながら声を掛けてきた。


 そういえば観覧車は最後とか、そんな事を呟いていたな……。

 あまり遅くなると帰りの電車が無くなるが……まぁ、一周くらいなら問題ないだろ。


「あぁ、わかった」


 今日最後の白鳥のわがままに俺は頷いて、二人で観覧車に乗りに行くのだった。


「――綺麗だね……」


 観覧車の中から外を眺めていた白鳥は、うっとりとした表情を浮かべる。

 白鳥の言う通りここから見える景色は絶景だった。


 遊園地にある様々なアトラクションがライトで彩られているだけでなく、街から放たれる光や、その光を反射する海がとても綺麗だ。

 今日この遊園地に来てよかったと心から思えた。


「…………」

「? どうした?」


 白鳥と同じように外を眺めていると、いつの間にか白鳥の視線が俺に向いていた。

 少しの間見つめてきたかと思うと、ゆっくりと俺にもたれ掛かってくる。


 いや、それどころか、左耳を俺の胸へと当ててきた。


「お、おい……」

「ごめん……。少しだけ、こうさせて」


 白鳥が切実な声を出したため、俺は離れさせようとした手を止める。


 なぜ、白鳥はこんな声を出しているのだろう?

 さっきまで喜んでいたはずなのに……。

 俯いているせいで表情が見えず、何を考えてるのかがわからない。

 

 何より、この体勢はまずい。


 俺の胸に耳を当てる白鳥が、夢で見た白鳥と重なって見えだした。

 とてもか弱く見え、放っておけない。

 そんな感情が沸き上がってくる。


 俺は身動きを取る事が出来ず、白鳥が動くのを待つしかなかった。


「――ねぇ……悠人……」


 そろそろ観覧車が頂点に達しようかというところで、やっと白鳥は口を開いた。

 そして俺の顔を上目遣いで見つめてくる。


「ど、どうしたか?」


 俺は白鳥の雰囲気と色気に当てられたせいで少し動揺をしながら白鳥に尋ねる。


「えっと……その、ね……?」

「ん?」


 白鳥はなぜかモジモジとして、言いづらそうにしていた。

 俺はただ黙って彼女の次の言葉を待つ。

 何を言いたいのか凄く気になってしまうけれど、今の白鳥には余裕がないようなのでここはかさないほうがいいと思った。


 白鳥は一度深呼吸をすると、また俺の顔を上目遣いで見つめてくる。


 そして――

「私は……悠人の事が本気で好きなの……。だから……冗談抜きで……付き合ってくれないかな……?」

 ――絞り出すような声で、告白をしてきたのだ。


 そんな彼女に対し俺は――無意識のうちに、頷いてしまっていた。

 どうして頷いてしまったのか、それはもう言葉にするほどでもないだろう。

 雰囲気に当てられていたというのもあるけれど、俺は元々白鳥がいい子だという事を知っていた。


 そして今は、そんな白鳥の事を守りたいと思ってしまっている。


 理由はそれだけでよかった。


 要は、とっくに俺は白鳥の事が好きだったのだ。


「嘘、みたい……。本当にいいの……?」


 白鳥は告白をしてきたのにもかかわらず、両手を口に当てて言葉通り驚いたような表情で俺の顔を見つめてきた。

 そんな彼女を見ていると不思議と笑いが込み上げてくる。

 自分がどれだけ魅力的な女の子なのか、いい加減に白鳥は自覚したほうがいい。

 彼女のような素敵な女の子に告白をされてもう断る男なんていないだろう。


「あぁ、本当だよ。これからよろしくな、白鳥――いや、茜」


 俺は少し照れ臭かったけど、意を決して下の名前で呼んでみた。

 すると白鳥は両目から涙を溢れさせ、とても幸せそうな笑みを浮かべながら俺の胸に飛び込んで来た。

 そんな彼女の温もりを腕の中で感じながら、やっぱり俺はこれから先ずっと彼女の事を守りたいと思う。


 そして、彼女に相応しい男になれるように頑張ろうとも。


 ――観覧車が終着点に着くまでの間、俺は優しく茜の体を抱きしめながらそう心に誓うのだった。

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