悪魔的に美味しいお菓子

向日葵椎

悪魔の悪戯

 出店するや否や話題沸騰大人気、〈悪魔堂あくまどう〉のビスケットを買いに国中の人々が走り並んだ。悪魔堂のビスケットは不思議なゲル入りで新食感! なのだそうだ。

 今日も店頭には人々の大行列。日曜日とあって老若男女が独りに家族と、まだかまだかと列の前の方を眺めるのでした。


 さて、そんな悪魔堂のバックヤードではデスクに向かった悪魔がパソコンを眺めてニヤリと笑みを浮かべています。黒帽子をかぶった黒シャツ黒ズボンで、顔にかけたモノクルがパソコンの光を受けて怪しく光っています。

 悪魔は楽しそうに独り言をつぶやきます。


「目論見通り、もう人間は喧嘩を始めているね。簡単、簡単。人によって感じる味も食感も違うように魔法をかけてあるからね。話題になればなるほど、キミの感想は間違っていると言って喧嘩になるのさ。楽しいなあ……人々の争いを見ていると、僕はもう、とっても元気になっちゃうんだ」


 この悪魔の言った通り、早くもインターネットでは口コミ同士の言い争いが起こっていました。SNSも掲示板も動画サイトも、そんな悪魔の大好物であふれかえっているのです。

 そうして悪魔は、特に盛り上がりを見せているサイトなどをお気に入りに追加したりして、時間を過ごしているのでした。


 時を同じくして悪魔堂の店先、姉妹が二人ビスケットを買って、楽しそうに並んで食べ歩きをしながらお喋りしています。このお姉さんは、日曜日で会社がお休みだったので、高校生の妹に誘われて一緒に話題のビスケットを買いにやってきたのでした。


「わぁ、お姉ちゃんこれおいしい。なんていうのかな……噛んだらカリフワモチって感じがして、甘酸っぱい味がするよね」

 妹は隣のお姉さんを見上げてたずねます。

「あら、私はシュワシュワしてると思ったけれど……それに味も、甘いのはわかるけれど辛くて苦い味もするの。同じものを注文したわね?」

 お姉さんはそんな妹を見て首を傾げます。

「間違いないよ。同じビスケットしか売っていなかったもの」

 妹は口をとがらせて答えると、自分の持っていたビスケットを姉の口元へ差し出しました。姉はそのビスケットを食べると、不思議そうな顔をして「やっぱりシュワシュワしてる」と言うのです。

 それを聞いた妹は顔を前へ向けて、「やっぱり……」と、難しそうな顔をします。

「どうしたの?」姉はたずねます。

「ううん、私の友達がこの前このビスケット食べたって言ってて、だから私もと思って今日お姉ちゃんを誘ったの。でね、その時に友達がおせんべいみたいだったって言ってたから、私の舌がちょっと変なのかなって」

 姉は優しい声で、

「そんなことないわよ」と言います。

「でも、お姉ちゃんの言ってる味とも違ったし、やっぱり私が間違ってるような気がするんだもの」

 難しそうな顔でため息をつく妹に、姉は微笑みながら口を開きます。

「じゃあこうするのはどうかしら。お家に帰ったら、感じた通りの味のお菓子を作ってみましょう。それで食べ合いっこするの。いいでしょう」

「どうして?」妹は隣の姉を見上げます。

「感じたことに間違いはないの。だからね、妹がどんな風に感じたのか、姉として知りたくって」

 それを聞いた妹は難しい顔をするのをやめて、姉がしているように微笑んで、うなずきました。

 姉は「それに……」と間を置いてから、

「私の感想より美味しそうだもの」

 そうして二人は笑いました。


 昼下がり、悪魔が次にどんなことをしようかと考えを沸々させている時、姉は家のキッチンで、帰りに買った炭酸ジュースをガラスのボウルに注いでいました。

 妹は、不思議そうな顔をしながら、気泡がパチリと弾けるのをじっと見つめていました。

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