第9話 ないしょのコンテスト出場
ついに〈アマチュア演芸コンテスト〉が行われる日の朝。春馬はいつも通りに起きいつも通りの卵かけご飯の朝食のあと、お母さんにはさり気なく、
「一平らとサッカーしてくる。昼からもするから、お昼はパン買って食べる」と告げて家を出た。少しうしろめたい気分でもあるが、
――お父さんがモメてる相手の家の子と、コンビを組んでマン漫才する。
なんてことは口が裂けても言えないし、雄大も同じ理由で親には内緒。
〈ヘヤーサロン五十嵐〉に集合して、もう一回ていねいな仕上げの練習を済ませ、早昼用にと途中で買ったパンを食べたあと、タクシーで会場の神社へ向かった。
コンテスト開始は午後一時。参加者の集合時間は一時間前の十二時だ。
すでに境内の参加者受付には十数人が並んでいる。十八番の札をもらった春馬と雄大がたどりついた控え室は、今日の出演者でいっぱいだった。
トランクを開けてマジックの道具を調べている人、鏡の前で漫才の練習をするおばちゃんコンビ。着物姿で壁に向かい正座して、ひとりでつぶやいているのは落語をする人だろう。こんな人たちの熱気で部屋のクーラーは、ただの飾りでしかないほどだ。雄大はいま受け付けでもらった名札を、震える手で何とかしてTシャツにつけてから、五十嵐に不安そうに聞いた。
「僕らが十八番ってことは、それだけ参加者がいるってこと?」
「そうだ。聞くところによると、二七、八人がエントリーしているらしい。だからお客さんは応援の家族もふくめて、その二、三倍。七、八〇人ぐらいは集まるかな」
「ダイ、見せよつけうぜ。オレらのおもしろーい漫才を!」
「うん。だってボクたち、もっとたくさんのプラモの前でしたものね」
強がっているものの、ダイの声は次第に小さくなっていく。
「落ち着け、ダイくん。稽古してきたようにやれば大丈夫。さあ、自信をもって――」
五十嵐が二人の肩に手を置いたとき、控室に走りこんできたスタッフが大声で告げた。
「みなさーん、あと十五分で開始でーす」
春馬と雄大はハイタッチして、最後のネタ合わせをしていると、舞台のほうから開会を告げる司会者の声が聞こえてきた。
「お待たせいたしました。それでは第三回アマチュア演芸コンテスト、スタートでーす」
舞台ではエントリーナンバー一番のバレリーナの格好をしたおばちゃんが、「白鳥の湖」の曲に合わせて踊りながらのマジック。知り合いなのか客席から「たえちゃーん、がんばって!」との声援が聞こえてくる。しかし途中で手品のタネがばれたおばちゃんは、ふきだしながらもどってきた。落語や腹話術、大人の漫才コンビなどのバラエティに富んだプログラムは進む。やがて春馬たち「モンブランの天ぷら」の出番が近づき、春馬たちは舞台の袖に移動した。
心を落ち着かせようと春馬は手のひらに、「人、人、人」と書いて飲み込む。さっき五十嵐に教えてもらったアガらないおまじないだ。
「ボクも」と心細そうにつぶやいた雄大も、手の平の「人」を飲みこむが、すぐに「ウェッ」と小さなゲップ。
「あほ、出してどうするねん」と春馬が突っ込んだと同時に、
「それでは一八番、小学生マンザイコンビの『モンブランの天ぷら』さん、どうぞ!」
司会者の声にかぶせてお囃子が流れ、春馬に続いて雄大も勢いよく舞台へ飛び出した。いま春馬の目の前に広がる光景は、まるで色とりどりの花が咲いた花畑だ。
一番前に黄色のタンクトップを着た男の子、真ん中あたりにヒョウ柄パンツのおばちゃんがデーンと座って、あっ、後ろで立っている白いポロシャツはイガラシさん。腕を組み、今まで見たことのないような、怒ったような顔でオレらをにらみつけている――。
春馬 はーい、どうも。
ダイ ボクたち『モンブランの』
春馬 『天ぷら』でーす。って、いつたいどんなコンビ名や!
ダイ 洋菓子屋の息子と、天ぷら屋の息子だから『モンブランの天ぷら』
春馬 胸焼けするわ!
ダイ 僕、ちょっと望みがあって、ドッジボールの玉を速く投げたいんだ。
春馬 簡単や、投げるときに掛け声を……
スタートはなんとかうまく滑り出した。
雄大がボケて春馬がつっ込む。
そのたびに、手をたたき笑ってくれるお客さん。
雄大も噛むこともなく進んで、今までで一番なっとくのいく漫才になったはず。
控室にもどったとき雄大は、さっきはうまく飲めなかったミネラルウォーターを、舞台でかいた汗を取り戻すかのように、ゴクゴク一気に飲み干した。
しばらくして、出演者全員が審査が終った舞台に並んで発表を待っていた。
手を合わせて祈る雄大。春馬も思わず手を合わす。
発表は三位から順に進むが、『モンブランの天ぷら』はまだ呼ばれていない。
ということは、もしかして――
期待に胸はずませる春馬と雄大。
「それでは最後に一位の発表でーす。優勝は……エントリーナンバー二三番のタップダンスを披露してくれました『ひとりっ子さん』です! どうぞ!」
大学生ぐらの女性が司会者のそばに進むと、会場から大きな拍手がわきあがった。
「くそ! オレらやと思ったのに」
手をたたきながらも、小声で悔しがる春馬。
「でも、ボクらの漫才でみんなが笑ってくれたもん」
雄大が、自分に言いきかすようにつぶやく。
「優勝の『一人っ子くん』おめでとうございます。以上で発表は終わりなんですが、ここで今回は特別に――それではエントリーナンバー一八番『モンブランの天ぷら』のお二人さん、前に出てきてもらってよろしいですか」
急にコンビ名を呼ばれ、一瞬とまどったように互いの顔を見合わしている春馬たち。
「なんと今回は急遽、審査員特別賞を設けることになりました。それが『モンブランの天ぷら』のお二人でーす!」
「えー うそ!」
「やった〜やった〜」
舞台の真ん中で、手を取り合って合ってジャンプする春馬と雄大。
「よかったですね。審査員の方たちの評価は、『二人のキャラクターが、漫才の内容にぴったり合っていて、おもしろかった』ということです」
「ありがとうございます。で、賞品は何をいただけるんでしょか」
「図々しいぞ、ハルマ!」
雄大がつっこみ、また会場がどっとわいた。
控え室には、ニコニコ顔の五十嵐が待っていた。
「まさか審査員特別賞がもらえるなんて。正直、本番は胃をキリキリさせながら見ていたんだ。本当にすごい!」
「イガラシさんのマンザイ教室のおかげ」
「ボクには、フィギア効果抜群だったしね」
「僕も、君ら二人を通して、漫才創りの楽しさを改めて気づかせてもらった。本当にありがとう」
一位から三位までは大人の受賞だったが、『モンブランの天ぷら』は小学生コンビで珍しかったのか、地域新聞のインタビューもあった。
二人にはすべてが初めてづくしの経験で、なにもかもがうわの空。ただ春馬は、さくらにだけにでも「ボクらの漫才見に来てよ」と誘わなかったことを後悔していた。
取材が終わったあと五十嵐は、「打ち上げに行くぞ!」と春馬と雄大を連れて、神社近くの喫茶店に向かった。フルーツたっぷりの練乳かき氷を食べながらも、雄大はRX-78-2ガンダムのプラモデルのことを残念がる。
「じゃ、ボクのRX-78-2ガンダム、ダイくんにあげるよ」
「うれしいーって言いたいけど、自分の力で手に入れます。それに五十嵐さんちにあるほうが、行く楽しみが増えるもん」
「だったら僕が預かりということにして。この特別賞の買物券五千円はどうする?」
「家にはコンテストのこと内緒やし、ダイは?」
「ボクもそう。だから五十嵐さんにコーチ料としてってのは、どう?」
「それはだめ。買い物券は君たちの努力の結果だから」
「じゃ、これでゲーム買えば?」
「あかん、足らへんよ」
三人でこんな話をしていると喫茶店のおばさんが、
「じゃまになるようやったら、わたしがもらったげよか」
笑いながらコップの水を足してくれた。
店内のラジオから午後五時を知らせるアナウンサーの声が聞こえたところで、
「お願いです、イガラシさん、これからも『マンザイ教室』してください」
春馬が頼み、雄大も続ける。
「今日できなかった、ドッジボール投げ合い漫才もやりたいです」
「そうや。〈ヘヤーサロン五十嵐〉は、漫才の話を聞けて楽しいからカットに来て、って友だちや近所の人に宣伝するから」
「それでは、以後、定休日の月曜にマンザイ教室をやろう。僕だって両方ともがんばらなきゃね」
「やったー」「パッパカパーン」と丸めたおしぼりを、ラッパのように吹いて歓声をあげる春馬たち。三人で相談の結果、商品のお買い物券は教材用にお笑いのDVDを買い五十嵐の店で見て、賞状は五十嵐の店にかかげることにした。
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