第7話 漫才教室!?
翌日、学校から帰った春馬はサッカーボールを持って雄大と〈ヘアーサロン五十嵐〉へ向かった。
扉の開く音に気づいて、ソファーに座っていた五十嵐は「いらっしゃい」と振り向いたものの、すぐに「なーんだ、春馬くんたちか」と、浮かした腰をソファーに戻した。
「もしかして、お客さんと思ったん?」
「まあな。そんなはずないけど」
「ちょっとハルマ、失礼だよ。そんな本当のこと言っちゃって」
「りょーかい」
笑いながら春馬はバックから、ノートとシャーペンを取り出した。
「ちょっと、台本創りで聞きたいことあって」
「漫才を書くって難しいだろ」
「いいや、今日の昼休み時間にすぐできた! なぁダイ」
「そう。簡単簡単。楽勝だったね」
「おいおい、考えたんは、ほとんどオレやんか」
春馬は雄大の腹にエアーアッパーをくらわせたあとノートを五十嵐に見せた。
「これを昼休みに創ったの?」
「そう、二十分ぐらいでな」
シャーペンを指で回しながら楽しそうに答える春馬と、
「そのせいで、ドッジボールは、ちょっとしかできなかったもんね」と不満そうな雄大。
「それはすごい。で、聞きたいことって」
「コンビ名って、どうやってつけたらいいのかな〜って」
「展開早いね。よくあるのはお互いの名前をつけるパターン、その他、覚えやすいように食べ物とか動物とか。あと『ん』を入れると売れるっていうジングスもあるけどね」
「それやったら、うちは天ぷら屋だから、紅生姜天とか、ちくわ天!」
「じゃ、ボクんちケーキ屋だから、モンブランとかプリンとか」
「店の宣伝じゃないんだから。まずは出来立てホヤホヤの漫才、演ってみてよ」
「わかった。ちょうど公園で練習しようと思ってたから」と春馬が投げたサッカーボールを、雄大がキャッチ。
「さ、サッカーボールはここに置いといて。でないと邪魔だろ」
「これ、漫才で使うねん」
「え、サッカーボールをネタに?」
「そう。本当はドッジボールのボールがエエんやけど」
「ないから、代わりにね」
「わかった。じゃあ行こう」
サッカーボールを抱えた春馬を先頭に、三人は公園の隅っこの花壇の辺りに移動。そして二人は、五十嵐が腰掛けたべンチの前に、三メートルほどの間隔を開けて立った。
通常漫才は二人が並んだとき、肩が触れそうで触れない距離がスタンダードであるからだ。
「あれ、そんなに離れて漫才するの?」とけげんな顔の五十嵐に、
「俺らの漫才、これぐらい離れてないとあかんねん、なぁ」
「そう。ボクらの漫才はね」と笑顔で答える二人。
「とにかく、ドッジ漫才なんて、見たことがないから楽しみ。それじゃスタート!」
五十嵐がポンと叩いたを手の音を合図に、雄大が春馬にボールを投げて、ドッジ漫才がはじまった。
ダイ「今日は、ドッジボールするには、最高の天気だね」
春馬「知ってるか? ドッジで速い球を投げるコツあるねん」
ダイ「どんなコツ?」
春馬「投げる時に叫ぶんや」
ダイ「どんな風に?」
春馬「おりゃ〜!とか、ヤーーーーとか、くらえ〜〜とか」
と春馬の投げたボールを雄大がキャッチ。
ダイ「なるほどね」
春馬「気持ちを込めるんや、ダイもやってみろ」
ダイ「いくよ! 消費税反対――、学費無料化――」
と雄大の投げてたボールを春馬がキャッチ。
春馬「政治色ですぎや、他ないんか」
ダイ「宿題せい―― はよ風呂入れ――電気消せーーーとか」
春馬「それ、オレがお母さんに言われてるやつやんか!」
と言いながら、今度は春馬の投げたボールを、雄大が取り損ね落した。
ダイ「あ!、くそ〜」
春馬「はい、オレの勝ち! 罰として宿題、漢字プリント100ページ追加
します!」
ダイ「それだけは勘弁。もうやめさせてもらわ!」
深々と頭をさげる二人に、五十嵐は拍手送りながら聞いた。
「この漫才は、ボール落としたら終わり?」
「そう! ドッジボールだからね」
自信満々に答える雄大とは逆に、珍しく春馬が口ごもりながら聞いた。
「あの……、いまのネタの感想は?」
「いや〜 斬新すぎて驚いた。過去には着ている自分の服を切ったり、本当にボクシンググローブつけて漫才した人いたけど、ボール投げながらは初めてだったから」
「よかった〜」と抱き合って喜ぶ春馬たち。
「とにかく楽しそうに演じてるから、僕もつられて笑っちゃったよ」
「ダイがボール落としてなかったら、もっともっと漫才続くのに」
「だって、春馬が本気でボールを投げるからだろっ」
「あたりまえっ。舞台は遊びやないんやから」
真剣に言い合う二人に五十嵐は「まあまあ」と言いながら、
「今度、こういうコンテストがあるんだけど、どう?」と一枚のチラシを見せた。
それは七月十六日の土曜日、隣りの区にある神社で行われる『アマチュア演芸コンテスト』の応募用紙だった。漫才、落語、漫談、手品などジャンルを問わず、年齢も制限なしに参加できるという今年で三回目になるコンテストだ。
昨日、父親時代のお客であるこの神社の宮司が、月に一回の調髪にきたときに置いていったチラシだった。
「オレ試したい。ここやったらダイ、たぶん知ってるヤツは誰も来ないし。出ようや」
まず春馬が乗り気のようだが、
「今のように、イガラシさんだけだったらボク平気だけど、大勢の人たちの前じゃ、ちょっと無理。ボク、日直の挨拶でも緊張するのに」
「――ってことはダイくん、反対に大勢の人の前で漫才してみたら、日直の挨拶なんて、平気になるよ」
うなずきながらも、迷っている雄大。
「それにここを見ろ。副賞にはダイがほしいと言っていた――」
春馬が用紙の写真を指さしたところには、小さく賞品のプラモデルがうつっていた。
「うわー、RX-78-2ガンダムのプラモデル?! 出る出る、出たーい」
ダイの変わり身の早さに、春馬と五十嵐は笑うしかない。
「けど今のままじゃ、とうてい無理。練習は必要だ、どうする?」
「やるやる、やります!」
「そうや、イガラシさんオレらに漫才教えてよ。どうせ暇なんだから」
「どうせ暇は余計だけど。まあ、僕の漫才創りのリハビリにはいいかもね。じゃ、店が定休日の来週の月曜日の午後四時から〈五十嵐マンザイ漫才教室〉をはじめよう」
春馬と雄大が飛び跳ねるように帰っていったその夜、五十嵐は久しぶりにパソコンのスイッチを入れた。楽しそうに演じていた春馬と雄大の姿に、脳が触発されたのだ。
・ドッジにかけて、後半はどっち(・・・)? と聞く展開もあり。
・かけ声で、それぞれの店を宣伝するのも、おもしろいかも。
つぎつぎ湧いてくるアイディアに、パソコンのキーボードを打つスピードは
どんどん早くなっていくのだった。
五日後の月曜日夕方。約束通りやってきた春馬と雄大に五十嵐は、A四の用紙を一枚ずつ手渡した。
「なにこれ?」
「早口言葉だよ」
用紙には早口言葉定番「なまむぎなまごめなまたまご」、歌手の名前を使った「きゃりーぱみゅぱみゅパフェ」「ジャズシャンソンカシュ」など十個の早口言葉が書かれていた。
「漫才は滑舌が大事。春馬くんから読んでごらん」
「ジャズシャンシン……」
「あっ、ハルマ、噛んだー。じゃあ、つぎはボク。ジャズシャンソンカス」
「カスって、お前も噛んでるやんか」
「まずは口のストレッチもかねて、この早口言葉をスーッと言えるようにしよう。それが終わったら表現の練習、その後は、脳をやらかくする大喜利にも挑戦してもらうよ」
「えー、そんなに。多すぎるよ、やっばりやめようかな」
しかめっ面の雄大に、
「そう言うだろうと思って、ちゃんと練習の合間にはケイタリング用意してるから」
五十嵐は、のど飴やチョコ、おかきが入った小箱を見せた。
「やった! 頑張りまーす」
満面の笑みを浮かべる雄大と、「調子良すぎ」と呆れる春馬。
早口言葉は三十分もすると、スピードは遅いものの、二人とも噛まずに言えるようになった。
「それでは次は、表現練習のジェスチャーゲームに挑戦してもらう」
「ジェスチャーゲーム?」
「そうだよ」
画用紙に書かれた「お題」を、ジェスチャーだけで相手に伝えるという、演劇のワークショップでよく行われるゲームの一つだ。
「ポイントは、どれだけ恥ずかしがらずに、演じれるかどうかだよ」
五十嵐はカードに書いた「お題」をまず春馬だけに見せた。
「このお題を、ジェスチャーだけでダイくんに伝えよう。二分間でお題を何問当ててもらえるかだ。よーいスタート!」
その他のお題は、犬や猫のような動物から、野球、サッカー、空手などのスポーツ。昔話の桃太郎、浦島太郎、ウサギとカメなどと様々なジャングから出題。交代でジェスチャーの結果は、春馬が五問、雄大が三問の正解を導いた。
「ということは、オレの勝ち?」
「勝ち負けではないけど、相手に自分の演っている所作を正確に伝えられた、ってこと」
「じゃハルマ、足で地面を蹴ってたのは、何だったの?」
「亀をいじめる子供をやってたんや」
「あー浦島太郎か。ぼく、サッカーだと思った」
雄大は、拳で自分の頭を叩いて本気で悔しがっている。
額に汗が光る二人に、五十嵐は洗面台の上の棚から新しいタオルを二枚取り出して手渡した。
「春馬くんは動きがキビキビしていたし、ダイくんは表情豊かだった。二人ともはじめてにしては上出来。あとは、伝えたい気持ちをもっと込めれば良くなるよ」
「込めるって?」
「どうすれば、もっと込められるの」
「参考にするなら――そうだ、宝塚歌劇って知ってる?」
「知ってる! うちのお母さん大ファン。ときどき『自分にご褒美や』言うて、高校時代の友達と見に行ってる」
「ならお母さんに聞いてごらん。出てる人たちの顔や身体の動きが、とっても参考になるからね」
「お〜し! 聞いてみる」
「ボク、この話、全然わかんないよ」
話の輪に入れず不満そうな雄大に、春馬は「家に宝塚のDVDあるから貸したる」と背中を軽く叩いた。
「練習も大事だけど、勉強と家の用事も進んで手伝うこと、いいですね」
五十嵐の校長先生かのような口調にノッた二人は、「はい、わかりました! 先生」と声を揃えて返事した。
その夜の春馬はお風呂入る前のお母さんに、宝塚歌劇についてのいろいろを聞いていた。
お母さんは高校時代からの歌劇ファン。今もそのころの友達と年に数回は宝塚へ歌劇を見に出かけている。そんな日の夕食のとき、夢中で舞台の話をするが、興味のないお父さんと春馬は、ただ聞き流しているだけだった。
なのに今夜の春馬は質問までするのだから、最初はお母さんも、「急に一体、なんでやの。もしかして、なんか都合の悪いこと隠そうと、ご機嫌取ろうとしてんのとちゃうやろね」と疑いにかかっていた。
そこで手早く理由を話すと、張り切ったお母さんは、すぐに座卓を部屋の隅に押しやって畳の上に作ったスぺースで、ずっと昔に観て今も大好きな「ロミオとジュリエット」の舞台を再現して見せたのである。
「ああ、ロミオさま〜〜、ロミオさま〜〜」
春馬には「なんと大げさな」としか見えないが、お母さんは春馬が興味をもったのが嬉しいのか、「あの人らプロやねん。こうして恋しい気持ちを手の先まで使って芝居してはるんやで」と、すーと伸ばした手の先に目線をやる。
そんな様子に、何事かと襖を少し開け覗いたお父さんは、「こりゃ、あかんわ」とあわてて仕事場へ戻って行った。
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