童貞を殺す剣発動!!!!!

[翌朝]


「本当に申し訳ございませんでした」

平謝りするしかなかった。周囲からひそひそ声が聞こえてくる。


「あの人、この宿出禁になったらしいぞ?」

「温厚で滅多に怒らない仏と言われる宿長が激怒したらしいぞ?」

「宿長が『殺してやる』って叫んでいたわ」


「『はらわたを引きずり出してごめんなさいって書いてやる』とも言っていたわ」

うう。なんでこんなことになったのだろう。


「いいから。もう二度と来ないでくれる?」

「はい。もう金輪際この宿には泊まりません」

「昨日の苦情だけで昨年の総苦情数を更新だよ」

「はい。心から反省しております」


「はー。ならとっとと出ていってくれるか?」

「はい。お世話になりました」

そして、荷物を持つと、顔を上げて、


「よし! いつまでも落ち込んでちゃダメ! 気を取り直して行くわよ!」

心から元気を絞り出した! こんなところで下を向いていちゃいけない。


私には世界中の童貞を殺すという義務がある。私がやらなきゃ誰がやるんだ! こんなところで立ち止まっている暇などないのだ!


「さあ! 今日も張り切っていくわよ!」

「「「おー!」」」

エックスたちも乗り気だ!

そして、

「しゅっぱーつっ!」

私は勢いよくドアを開けて再びリネン室の中に入っていった。

「あれ? どこここ?」

そのあとさらにこっぴどく叱られて、ようやく宿を後にした。




宿を後にすると時刻はもうすぐ昼。我ながら何をやっているのだろうと思った。

太陽は頭上に登り、巨大な天蓋から地上に向かって光を打つ。


太陽から流れ落ちた光のせせらぎは地上の人間に頭から浴びせられる。

金色から輝きだけを抽出して、バケツ地面にぶちまけたみたいだ。


陽だまりの中を私たちは泳いでいく。日のカーテンを切り裂いて歩を進める。小風がそよぎ、凪を打ち砕く。


ひとつまみの風が私の銀髪に絡まっている。私の髪からはシャンプーの人工的な匂いがした。


お日様のあったかい日差しと人工的な匂いはミスマッチしていた。

自然と人工物の織りなす快と不快を混ぜたような混濁は、どこか洗練されたように感じた。



街の石畳を私の革靴が叩く。一歩前に踏み出すごとに、心地よい音が耳に届く。快音が鼓膜を優しくなで付ける。


私は最高に幸せな気持ちになった。幸福なんて人それぞれ。私にとってはこれで十分だった。

いつまでもこんな風に生きていければいいのにな。


姉妹がそばにいてくれて、病気一つなく健康で、自分にぴったりの仕事がある。これだけでもう十分だった。

それ以外に必要なものなどあるのだろうか? 私には何も思いつかない。


私は、たくさんのお金なんて欲しくない。人々は、『お金が欲しい。お金が欲しい』と呪いのように言い続ける。


それが大きなストレスになり、自分で自分の人生を痛めつけるのに。お金は、人に課せられた呪いだ。


それを目の前にすると、人間は変わってしまう。目を血走らせて、金のためならなんだってやる。どんなことでも、どんな汚いことでも平気でやってのける。他人を貶めて、他人を蹴落とす。


私は、心の中で誓った、『私は決して金の誘惑になど負けない』と。心の奥深くに突き立てられた誓いの墓標を見つめる。この誓いは私の心の象徴。決して屈しない鋼の精神。これは私という存在そのものなのだ。


「おねえねえ! 足元にお金が落ちているなりよ!」

と、きょうちゃん。その瞬間、私は目を血知らせて、

「どけっ!」

隣にいたエックスを押しのけてお金に飛びついた。地面に落ちていたお金を拾うと、

「いやったー! これで私だけ美味しいものが食べられる! カニにアイスクリームにたこ焼きを食べようっと! ヒャッホーウ!」

私の誓いは一瞬で崩れ去った。



だけどそんなこともうどうだっていい。金さえあればいい。金が全てだ。




そんなニヤつく私に、

「あのう。それ拙者のお金なんでござるが」

と、メガネをかけたぽっちゃり気味の小太りの豚みたいなやつが話しかけてきた。


「え? なに? お金って何? なんの話?」

「やめんかっ!」

とぼける私の頭をきょうちゃんが叩く。


「おねえねえ。人の物を取ったら犯罪! 返すなり!」

「わ、わかっているわよ! 冗談よ」


チッ。バレたか。そして、私は金を目の前の男性に返した。


男性が差し出してきた脂ぎった手にお札を乗せると、違和感を感じた。


嫌な予感が私の心臓の上をよぎった。


目の前の男子は急にオドオドし始めたのだ。目が泳いでいる。額からは脂汗が垂れている。


私は試しに、彼の手を強く握ってみた。

私の肌と彼の油肌がぴったりとくっついて私に不快感を、彼に快感を植え付ける。


私が手を強く握っても、彼は一向に手を離す気配がない。私の手の感触を心から楽しんでいるように見える。


私は、つばの塊を喉の奥に押しやった。そして、意を決し、

「あなた、もしかして童貞?」



「ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、童貞ちゃうわ!」


村人だと思って話しかけたらなんと童貞だった! 童貞はいきなり襲いかかってきた。




そして、戦闘が始まった。





私は手を振り払い、腰から剣を勢いよく引き抜いた。


童貞はそれをみて、反射的に私に殴りかかる。私はそれをみて余裕で回避した。こんな遅い動きじゃ当たらない。

「あなた。童貞でしょ? 答えてっ!」


「ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、童貞ちゃうわ!」

「なんで童貞はみんな同じ反応なの? もっと堂々と『童貞ですっ!』って言いなさいな。その方が男らしいわ」

「拙者が童貞であると決めつける明確な根拠は?」


童貞(仮)は一切こちらと目を合わせずに言った。

目を地面に釘付けにしている。なに? どうした? そんなに地面が好きなのかしら? エロ本でも落ちていた? どうした?


童貞(仮)の髪の毛はモジャモジャのくるくるのパーマみたい。


髪の毛の長さがバラバラで揃っていない。統一感も透明感も清潔感も清涼感も光沢感も何もない。あるのは焦燥感だけだ。


頬はたっぷんたっぷんに膨らんでいて、ドングリを頬張るリスみたいだ。あんま可愛くないけど。


童貞(仮)の首筋からは軽く濁った大粒の汗が地面に向かって吸い込まれていく。


次々と首を舐める汗はなんか不衛生に感じた。こいつシャワー浴びているのかしら?

「あなたシャワー浴びた?」


「シャワーってなんでござるか?」


「ぎゃー!」


そして、私は抜刀した。


「待て待て! 拙者決して童貞などではござらん!」

「あーんたが童貞か童貞じゃないかは別にいいのよ! それとは関係なくぶっ殺したいからぶっ殺すのよ!」

私は銀の剣の切っ先をまっすぐに童貞(確!)の喉笛に向ける。


「やらなきゃやられる! みんな! 助太刀致せ!」


童貞はピンチになって仲間を呼んだ。


入り組んだ街の陰からさらに二匹の童貞が飛び出してきた。


童貞はいきなり襲いかかってきた。


「ヤス氏のピンチでござるな!」

「我が同胞のピンチを見過ごせないでござ!」

「札幌氏! 横浜氏!」

なんか地名っぽいな。


童貞は群れを成し、私たち四姉妹を包囲する形でにじり寄る。まるで地べたを這いずる黒い影のよう。


「まるで拙者たち地べたを這いずる黒い影のようでござるな。おほっ。カッコ良い」

「全然かっこよくないわよ!」

くそー! 私の感性は、こいつと同レベルなのか!


私は気を取り直して、

左手のぽっちゃりメガネ童貞、真ん中のぽっちゃりメガネ童貞、右手のぽっちゃりメガネ童貞の順で能力を発動した。というか、こいつらの名前はもう忘れた。


読者のみんな! 覚える必要ないから覚えなくていいわよ!


あとこいつらなんで全員同じ格好しているんだ? クローン? いやクローンでも同じ服装はおかしいだろ。


「左手の童貞くん! あなたの好みは銀髪ヒロインでしょ?」

「な、な、な、なんで拙者の推しキャラがラノベの銀髪主人公だって見抜いたでござるか? 

なんで普段は強気に振舞っているけど本当はあんまり強くない自分のことが嫌いな女の子にブヒッていることに気づいたでブか?」


「そこまではわからないけどまあいいわ」

私は姉妹たちにジェスチャーで合図を送りながら、左手の童貞ににじり寄る。



「真ん中のあなた! あなたの好みは金髪外人の女の子でしょ?」

「いかにも! 拙者の好みは、道端に落ちている子猫を見て、一度は素通りするものの後になって急にフツフツと罪悪感がこみ上げてくるにも、行動に移せない。

だけど、夜中にその子猫たちのことを考えて眠れなくなって、意を決して子猫のところに行くともう既に子猫が拾われちゃっているようなシチュの金髪ヒロインがいいでブー」



「そんなシチュあるのかしら?」

私は金髪のエックスにアイコンタクト。エックスが真ん中の童貞ににじり寄る。


「一番右のあなた!」

「せ、拙者の好みでブか?」


「いいえ。あなたのは興味ないわ」

私はきっぱりと言った。


「なんでブか? なんで拙者にだけ語らせてくれないのでブか? 拙者の好みはなー」

そして、その男が好みの萌えキャラの話を唐突に始めてから一時間が経った。


「であるからして、捕鯨活動の主な問題点は、クジラを殺すことよりも、人間が他の生物よりも優れていると思い込んでいる点でブ。

だからこの傲慢な人間の絶滅こそが唯一の正解。

それ以外に全ての生き物が共存するなんて不可能なんだブ。拙者の言わんとしている事がわかったブか?」



「え、ええ。勉強になったわ。あのそろそろ一時間が経つからもうそろそろ」

「待て待て。そう焦るでない。ここからがいいところなんだブ。今ようやく前編が終わったところだから後編も聞いて欲しいでブ」

「であるからして、クジラの脂肪層には秘密が」

こいつやべー。なんで童貞って自分の好きな話題にだけは饒舌になるのかしら?



「シスター。もうそろそろ疲れた。あいつの話つまらない」

「全面的に同意よ」

「おねえねえ。我も同意。我が信者たちと布教活動をやる時間なり」


「グラちゃんは?」

私はまだオシメの取れていないグラちゃんの方を見た。


グラちゃんは目を輝かせていた。


「ばぶーばぶー。キュポン!」

軽快な快音とともに、おしゃぶりが外される。まるで地獄の番犬ケルベロスの鎖を断ち切ったみたいだ。

「全面的に同意です!」


「そう! なら童貞の話は無視して全員斬り殺しましょう。撲殺でもいいわ」

グラちゃんは私の顔を見ると、

「いいえ。アリシアさんにではなく、私はあなたに同意します!」

グラちゃんが指差したのは、右手側の童貞だった。




「え? 拙者でござるか?」

「あなたの意見は実に興味深い。


思考の深淵にたどり着いたかのような濃厚で鈍重な意見は、メタ的アプローチと暴力性に対する現代アートと言えよう。

現代社会の諸問題に関して個別な解決方法を模索するのではなく根本から見つめ直すその姿勢、感嘆の極みである。さらにそれについて細かく解説を交えながら説明すると」




そして、グラちゃんが暴力性に対する現代アートの話を始めてから一時間が経った。


「以上だ。キュプン!」

おしゃぶりが元の鞘に収まった。

「き、きみ赤ちゃんなのに。拙者の意見がわかるでござるか?」


「バブっ!」

薄汚い童貞と四歳のオシメの取れていない赤ん坊に確かな絆が芽生えた。いや、芽生えちゃいけないような気がする。なんか犯罪っぽいもん。



「よーーーーーーし! もういいでしょう。いい加減にして! 二人とも十分満足したでしょう。もうそろそろ私たちに仕事をさせてちょうだいな」


というか横に佇む二人の童貞はなんで二時間もの間ずっと黙って話を聞いているんだよ? 


なんでされるがままなんだよ? 主人の帰りを待つ忠犬か? 帰れよ。

私が剣を再度構え直すのを見て、童貞たちも警戒の糸を張り詰めた。


「私は左の童貞、エックスは真ん中の童貞、グラちゃんは右の童貞を! きょうちゃんは支援!」

「アイアイ」

「バブ!」

「おけなり」

それを見て、童貞たちもファンティングポーズのような物をとっている。


ふふっ。かわいい。ってか、こちらは武器を持っているのになんで頑なに逃げないんだこいつら?


「俺たちは二十九年もの間童貞を守り続けてきた。童貞を守れないような男には何ひとつ守れないんだブ!」

「そうだ! そうだ! 童貞は愛を貫き通す覚悟の証!」

「捕鯨活動の要点としては、以下の四つが挙げられる。まず」

「あーもう右のあなたは黙ってて! まじで話が進まない!」


そして、童貞三銃士はポーズをとりながら、

「俺たちの」

左手をシュピーン。

「童貞は」

両手をシュピーン。

「絶対に奪えない!」

右手をシュピーンとしながら言い切った。


なんかムカつく。



「いくわよ! 童貞を殺す剣発動!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

童貞を殺す剣(童貞を奪われるシーンあり!) 大和田大和 @owadayamato

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ