E-2
散らばって消えてしまいそうな意識を、どうにか繋ぎ止める。
吸血鬼、の身体を形作るのは、闇や魔の力がこごった塊だ。だから靄になって変形する。だから崩れて灰になる。
その全てを神とやらに叩き込んでしまえば、そのまま消えてしまうのも道理だろう。まさか自分が消滅してしまうほどくれてやるつもりはなかったのだが、完全に目算を誤った。
まさか、向こうのほうから貪るように吸い上げてくるとは思わないではないか。何だあれは。自殺願望でもあったのか。
「……ク、……アーク」
掠れて崩れて散らばって、消えかけの黄金にずるりと飲み込まれて行く最後、確かにミナの頬へ触れた。
だけど、そのあとのことはよく解らない。今こうしてつらつらと考えている意識は、何かの残りかすなんだろうか。
……いや、それにしてははっきりとしている。
「アーク、アークしっかりして。大丈夫。あなたは大丈夫だから」
ミナ?
「わかる? 皆、あなたを待ってる。ここに居て欲しいの。どこにもいかないで」
きゅ、と、やわらかな力で、投げ出した手を包む。……手? 俺の手などもうとうに崩れて消えたはずだ。
「…………」
アークはゆっくりとまたたいた。
目。―――ぐずぐずと壊れたはずの顔が、目が、口が、どうしてまだ残っている?
「アーク!」
最初に目へ飛び込んできたのは、涙をいっぱいに湛えて尚、泣くのを堪えている気丈なミナの顔だった。
「アーク、そのまま。ゆっくり息を吸って、ちゃんと起きて」
見える、のが不思議だ。息を吸う?……呼吸できる。喉がある。つまりそのための身体も。
「!」
アークは大きく目を開いた。すぐさま飛び起きようとするが、まだ感覚が遠い。身体のどこにも力が入らない。
「大丈夫、大丈夫だからもう少しだけ待って。今、少しずつ戻っているところだから……」
ぐ、と力を入れることのできた首だけが、僅かに持ち上がった。いったいどうなっているんだ。見下ろした目に飛び込んできたのは、まず、花。
「……こ、れは、」
身体を覆い尽くすような、花々の数々。こんもりと乗せられている、というのに下の方からぐずりと崩れて、すぐさまそのかさを減らしていく。だがすぐに、失うは許さぬ、とでも言いたげな花がまたふわふわと降り積もっていった。
「何が……」
花、はアークに触れた瞬間、煤けて枯れ朽ちる。生命の全てを吸い取られて、ほんの一瞬で。
「……皆、アークにここにいてほしいんだよ」
動かした視線の端、かすかに陽光のようにあたたかな色をした光が立ち上っていた。
アディだ。アディの祝福が、花を降らせている。
その花から生命を吸い上げて、アークの身体はゆっくりと蘇生しているのだ。
「ありがとう、アーク」
見れば、腹から下はまだなかった。崩れて消えたそのままで、そこまで身体を構築し直せていないらしい。
「断ち切ってくれて、ありがとう……!」
黄金に輝く巨大な手、アンドルー・ニシット枢機卿の呼び出した唯一神の一部。
光そのもののようなその存在を相手に正反対である闇、そのものを凝らせた力を叩き込んだアークは、全ての力を使い尽くして消滅しかかっていた。
―――残っていたのは、ただ、ミナの頬に触れた指先一本。
誰もが諦めた。相打ち。神を倒した代償としては、むしろ少なかったとも言えるだろう。吸血鬼が一人、消えただけで済んだのだから。
だが。
「アーク! アークだめ!! 消えないで……!」
ミナだけが、最後まで自分に触れていたその指に縋り付いた。
残った力の全てを注ぎ込む。神の消えた今、奇跡を起こせるのは残された子供たちのみ。
だから。
「戻って、アーク。一緒だって約束、したでしょ!?」
ミナの全力が、どうにかアークのてのひらまでを復元した。それに引き摺られるように、二人の弟も奇跡の力を使い始めた。
渇いたアークの残滓は、砂が水を飲むように彼らの力を吸い込んだ。アークが花から生気を得られるようになっていたことも幸いした。アディは花を産み出し、ドゥーエは渋々とではあったがその花を増やした。
ミナはアークの復活を願い続け、そうして。
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