第六章

6-1

 慣れた清浄で美しい都を出て、こんなゴミゴミとした猥雑な街まで出て来たのは、ひとえにゲームを盤前で眺めたいからだ。

 いつものカソックを脱ぎ捨てて、仕立ての良いスーツに身を包む。たまの私服もそう悪くない、と壮年の男―――アンドルー・ニシットは大きく開けた窓辺から、夜の街を見下ろした。

 やたら下品な光を振りまくネオンも、路上に散乱したゴミも、もっと言えば宿にと取ったこの物の少ないホテルのスイートルームさえ、ひとつもアンドルーは気に入らなかった。不快ですらある。

 それでも、それにすら耐えてわざわざあの天上のごとき教皇庁を出、こんな下界に降りてきたのは、そろそろゲームも終盤だと睨んだからである。

「やっぱりゲームのクライマックスはちゃんと、この目で見ないとね。人伝なんて臨場感がないだろう? それなりに手を掛けて育てた駒なんだ、どう動いてどう足掻いて―――ふふ、どう破滅していくのか、ちゃんと結末は確かめたいよね」

 部屋の奥、窓からの光も届かないベッドには、今日も表情の抜け落ちた人形のような女が腰を下ろしている。

「マリア、もしかすると、君の一番目の子どもにも会えるかも知れないよ。私たちの、たった一人の娘だ。楽しみだね。君に似ていたら美しいだろうけど、もし不細工だったらちょっと愛せる自信がないなあ」

 アンドルーは上機嫌で語りかけていた。

「だって人形は、美しくなければ価値がないだろう? その点、君は完璧だ」

 言っている内容はとても聖職者のものとは思えないのに、声色ばかりが慈愛に満ちて心地良い。

「君はいつも、君の役割を完璧に果たしている。美しくあること。自分の意志などもたないこと。姦しく口を挟まないこと。私が君と遊びたい時には、ちゃんと私の相手をすること。それ以外は、おとなしくしまわれていること―――本当に君は完璧だよ。私の綺麗な、お人形さん」

 そう、誰しもが、君のように出来が良ければいいのにね。アンドルーはそう続けると、笑いながら女をベッドへと押し倒した。

「ゲームの駒は、決められたルールの中で動かなければならない。登場人物は、物語の筋書き通りに役割を演じなければならない。そういうものなんだ。だから私は人形を所有するし、ゲームを楽しむし、物語を愛しているとも。逸脱せず、整然とした美しい世界は、どれも私を楽しませてくれるからね」

―――勿論、君もだよ、私のかわいいマリア。アンドルーの声が、耳元で囁く。

 しかしマリアは、その美しく輝くだけのガラス玉の瞳で、身じろぎもせずただ天井を見上げているのだった。




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