第三章
3-1
その部屋は、ただ部屋、と呼ぶにはあまりにも豪奢に設えられていた。
金糸銀糸で煌びやかに刺繍の施された、絹張りのソファ。重たげなベルベットに、靴の沈むような絨毯。金と緋と黒との印象が強い、いかにも高級な装飾に満ちている。
だが、そこに佇むのは黒のカソックに赤のファシアをぐるり、と巻いただけの、ある意味では質素とも言える僧服を身につけた壮年の男だった。
いかにも自信に満ち溢れ、堂々としている。中年期も後半に差し掛かって充実し、力強くより前へ、前へと進もうとしている野心的な男の姿だ。
「……最近、実験体が何やら張り切っているようだね」
殊更にゆっくりと部屋の中央を横切って、男は酷薄に嗤いながら語りかけた。
「処分なさいますか」
部屋の隅、影のように跪いた男が短く問う。
しかしこの部屋の主人でもある壮年の男は、余裕めいた笑みを浮かべたままゆるやかに片手を振った。
「いや、いいよ。もう少し様子を見よう。今のところ、あれらは有望株ではあるからね」
「御意」
「でもまあ、報告はこのまましておくれ。遊ばせるのはかまわないが、……あまり好き勝手をされるのは好きじゃないんだ」
「御心のままになされるでしょう」
麾下の応えに、満足そうに頷く。そうして男は、どかりとソファへ身体を預けた。
テーブルには、既に男の為のアルコールと酒肴とが用意されている。血のような赤のぶどう酒。そしていくつかの、贅沢なアペタイザー。
黒い宝石の乗った小さく薄いブレッドを手に、男はグラスを取り上げた。
「実際、あれが何をやろうと、どうだっていいのだよ。玩具はどうせ玩具だ。駒は決められた範囲でしか、盤面を動けない」
先刻のやりとりを最後に、既に麾下は音もなく部屋を去っている。
広い部屋の中、動く人影は既に男以外にない。
「だから、せいぜい楽しませて貰おうじゃないか。ねえマリア? あの子たちがどんなふうに向こう側の駒を動かすのか、待っていようじゃないか」
独り言にも聞こえたその台詞は、しかし、確かに彼以外の人間へ向かって語りかけられていた。
重たげなベルベットのカーテンの向こう、猫足のカウチの上に、小さな人影がある。
美しく梳られた、亜麻色の髪。
細いおとがい、桜色に淡く色付く唇。大きなぱっちりとした目、端正で小造りな鼻梁。
夢のように甘い美貌の女性が、そこにちんまりと座っていた。
だが、その顔からは、感情がごっそりと抜け落ちている。唇よりも雄弁なはずの瞳さえ、まるでガラス玉を埋め込んだように空虚だった。
人形。
非の打ち所のない美貌も相まって、精巧な人形が、ただそこに飾られているだけのように見えた。
「君も楽しむと良いよ。私の可愛いお人形。君がそもそもの始まりだからね。ふふ、面白くなってきたよ」
遊べ、とぶどう酒に唇を湿らせながら男は笑う。
「遊べ、遊べ。玩具は玩具らしく。どうせそのためのお前達だろう? 人間様を楽しませるのが、お前達の役割なのだから」
ハハ、ハハハハハ、と高い笑い声が豪奢な部屋に響いた。
マリアと呼ばれた女性は、それでも表情をぴくりとも動かさないまま、ただゆっくりとした機械的なまばたきを繰り返す以外、何もせずにそこにいた。
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