第34話:理想と現実2 誰が為の会食也や
「フィーレどう思う?」
「ケルザさんですよね。声は似てる気がしますが、枯れてますよね」
やや声量を落としてユーリは問いかける。向こうに聞こえないようにだろうとフィーレも倣い、少しだけ顔を寄せて答えた。
「そうよね。話し方はどう?」
「自分の知る限りでは冷たいというか、素っ気ないというか。あんまり言葉に優しさを感じませんでしたね」
「バルト、あんたはどう思うの?」
「今は控える。後で話す」
席の端から端に届く声では、向こうに声を拾われることを考慮してバルトは求められた答えを一旦控える事とした。
「デリダ、あんたは?」
「……僕も後で。もう少し様子を見たいです」
言葉を交わせる機会で声を出せなかったデリダは未だに尾を引くように、スープを飲むケルザを眺めていた。それを見たユーリはわざとらしい溜め息をつく。
「……あんたってコルドを良く捉え過ぎじゃない?」
「それはまぁ、魔王を打ち倒す勇者だし……。本来、僕みたいな生き方をしてた人間が一緒にいるべきではない存在だと思ってるからね」
「デリダ、過去は過去だ。過ぎたことは悔いたとしても変えられない。比べるべきは今だ。お前の話は知っているが、それで俺達はお前に対して扱いを変えていないはずだ。俺達は勇者一行として五人で魔王まで辿り着いた今のお前を評価している。不要な話で自分の印象を悪くするのは、俺達の評価に対する保身だ。女々しい事をするな。お前は俺達と、コルドと、勇者と対等な存在だ」
「……酔ったの? 随分口が軽いじゃない」
「本心だ。付け足すなら、この場において俺達が仲違いする様な状況に利点はない」
「……今の話で急に不安になってきました。デリダ君は前衛で体を張ってますが、私って必要なんでしょうか」
「あんたねぇ、気落ちするタイミングは考えなさいよ。何で魔王達の前でバルトがデリダを励ました後に、あんたも励まさないといけないのよ」
「あぅ、ごめんなさい……」
デリダには失踪したコルドの代わりとして、前線で命を張る活躍をしている事をフィーレは理解している。だからこそ、ほぼ同年代の自分は二人の後ろで何をやっていたのか不安になってしまった。しかしながらユーリはバルト程優しくはないらしい。ユーリの言葉でフィーレは縮こまってしまうも、過ぎゆく時間はフィーレを気にかけない。またも一足早く食べ終えたケルザは食器を持って裏へと入って行った。
「あやつはいつも食べるのが早いのか?」
「そんな事はありませんよぅ。何だか居づらいらしいでぇす」
「あの男にそんな繊細な感覚が残っているとは思えませんな」
「どこまで行っても幼いのだ。意地も張れるし多少は場の空気も読む。それでも逃げれる場面では逃げたいのだろう」
「んふ、不器用ですねぇ」
「まったくもって嘆かわしいですな」
「それはあやつの良さでもあるのだろう。否定するばかりでは他者を認められんよ」
魔王がゆっくりとスープを口に運ぶ事で会話が途切れた。ベルジダットは席を立つとシィラの席に置かれたお茶の入った瓶を手に取り、中身の減った魔王のグラスに瓶の中身を注ぐ。一言礼を述べた魔王に小さく頭を下げた後、軽くなった瓶の中身を検めた。
「もう中身がありませんな」
「では、新しいのと交換しますのでぇ」
「いえ、この程度は私がやりましょう」
「そうですかぁ、おりがとうございまぁす。場所はせんぱいに聞いてくださぁい」
「わかりました」
瓶を手に持ったままベルジダットは裏へと立ち入ると、手持ち無沙汰なケルザは壁に体を預けて呆けていた。裏へ入ってきた意外な人物に、ケルザは僅かに目を丸くするがすぐに普段の目に戻る。
「幼い姿だな」
「罰として魔王様に保有する魔素を半分ほど吹き飛ばされたのだ」
「それで護衛が務まるのか」
「魔素の絶対量が減りはしたせいで扱える霧の量は減ったが能力に変わりは無い。足りない部分は貴様が補え」
デリダと同程度の体躯になったベルジダットには違和感があるが、鋭い視線は元のままである。魔王とシィラに向けられる柔和な顔を向けられた事の無いケルザからすれば、それは普段の顔つきと変わりない。顔立ちが幼くなった分か小憎たらしさは増した気もする。
「何か必要なのか」
「お茶が切れてな。シィラ殿が場所は貴様に聞けと言っていた」
「あぁ、そこの棚だ。空いた瓶は机に置いてくれ」
素直に従うベルジは空き瓶を机に置き、新しい瓶を手に取る。
「これか?」
「そうだ」
ふむ、と一息ついたベルジは新しい瓶を空き瓶の横に置いて、棚に並ぶグラスを1つ手に取った。それにお茶を注くとケルザの前へ置く。
「居づらいらしいな」
「……そうだな」
ベルジの言葉に重い息を吐き、置かれたグラスを手に取ると口内を湿らせる。
「わかっていた事だろう」
「あぁ」
「貴様は曲がりなりにも魔王様の従者なのだ、あまり情けない姿を見せるな」
それだけを言い残し、ベルジダットは新しい瓶を持ち会食の場へと戻って行った。その後ろ姿をぼんやりと眺めていたケルザは大きな溜息をつく。
「はぁ、気を使わせたか……」
元より自分は向こうに疑われているのだ。変に席を立つのは疑惑を深めるだけだろう。自分で決めた立ち位置でありながら、未だ割り切れないのは情けないと言われても仕方がない。覚悟とは、決めたつもりでも決めきれないものだなとケルザは再度溜息を付いた。
「はぁい、こちらは冷菜でぇす。そこの海で取れたお魚とぉ、街で採れたお野菜を使っていまぁす」
配膳が済んだ皿の上には菜っ葉に包まれた魚の切り身が3つ並べられていた。赤身の皮面だけが炙られており、薄く焼き目が付き油が浮いている。熱の通った皮と赤みの境は白く色が変わっているが、熱の届いていない部分は鮮やかな赤が艶を見せていた。その切り身を包む菜っ葉は軽く湯に通す事で発色を良くし、その後に冷水で熱を取ることで歯ざわりを良くしている。
「何これ、美味しいんだけど」
「酒に合いそうだな」
「ねー、まおーさまー。お酒ほしーなー」
「くつくつ、お主は酒癖が悪そうだな。シィラ、出せる物はあるか?」
「はぁい、少々お待ちくださぁい」
席を立ったシィラを尻目に、ケルザは冷菜をひと切れ口へ運ぶ。最初に届いたのは冷気を伴う優しい甘い香りであった。次いでシャキシャキとした菜っ葉と、やや歯ごたえのある赤身。僅かに残る油が熱の通った白くなった部分に染み込み、肉のような香ばしさを主張する。かと思えば、やや生臭さの残る赤身の苦さが口内に広がりくどさを軽減していた。その苦さも最終的には菜っ葉の甘さに溶け、爽やかな後味となる。
「美味いな」
「うむ、量は少ないが一口の満足感は充分にあるな」
「ええ、こうして一品ずつ味を見るのも悪くない物ですな」
薄水色の瓶を持ってきたシィラは自分の席に置きながら冷菜を口に運ぶケルザに声をかけた。
「せんぱぁい、新しいグラスをお願いしまぁす」
「わかった」
立ち上がったケルザはシィラと並んで裏へと歩いていく。その姿を見たユーリは独り言のつもりで言葉を零す。
「仲良いわねぇ」
「そうですね。と言うか懲りないんですね」
「だってこれ美味しいんだもん。せっかくならお避けと一緒に食べたいし」
「よく魔王相手に気軽に声かけられるよね、ユーリさん」
「酒に支配されているんだろ」
「うるさいわよ。無礼講って言ってるんだし遠慮する方がおかしいのよ。お互いに遠慮して何が理解できるのよ」
「必要な事は主張する」
「あー、嫌だわ。そんな合理的な会話で人柄なんてわかんないわよ」
「あはぁ、良い事言いますねぇ。もしかして私と同類ですかぁ?」
片手に酒瓶、片手にグラスを2つ持ったシィラがにこにことユーリの前に立ち、ユーリとフィーレの席にグラスを置いた。
「来たわね、性悪」
「んふ、来ちゃいましたぁ。はい、どぉぞぉ」
甘ったるい言葉に促され、ユーリは傾けた酒瓶の口にグラスを寄せる。注がれる液体は透明で、水の様にグラスの肌を滑らかに撫でていた。注ぎ終えたシィラはそのままフィーレの方へ酒瓶を向ける。
「はぁい、フィーレさんもぉ」
「ありがとうございます」
三度目のお酌となれば抵抗感もなくなり、フィーレは遠慮なくグラスを差し出していた。
「これは透明なんですね」
「そうなんですよぉ。こっちは甘くない食中酒でぇす」
横の二人の分を注ごうと横を見ると丁度、ケルザがグラスを配膳した所であった。良いタイミングだと注ぎに行くよりも早くケルザが口を開く。
「シィラ」
「はぁい?」
動作を止めたシィラの手から酒瓶を取ると、何事も無い様にデリダとバルトに注いで短い言葉で問答をしていた。
「あらぁ?」
想定にないケルザの行動に硬直しているシィラに、ユーリが声を投げかける。
「優しいじゃない」
「せっかくですし、もう少し話しませんか?」
客人に注ぎ終えたケルザが魔王の方へ歩くのを見たシィラは思考を切り替え、二人を見やる。
「どうしましょう、あんまり長居すると性悪が移っちゃいそうですしぃ」
「どうせ今より性悪にならないから安心なさい」
「そうですよねぇ。私ほど清廉ならユーリさんに毒されませんよねぇ」
「あんたが毒されるまで毒吐こうかしら?」
「あはは、まぁまぁ。シィラさん、この料理は何て言う名前の料理なんですか?」
ユーリを宥めながらフィーレは会話のきっかけとして、残りニ切れの皿を眺めて口にする。その問いに「そうですねぇ」と呟きながら胸の前で両手を合わせ、人差し指同士を動かしてトントンと音を鳴らしている。
「何でしょうねぇ?」
「えぇ? あの、聞かれても」
「街から貰ったの?」
「いいえぇ、流石に会食は今日決まって準備したので、そこまで手が回りませんでしたぁ」
「じゃあどっから出てきたのよ」
「丁度鮮度の良いお魚とお野菜があったのでぇ、ここの在庫から出てきましたぁ」
「……もしかして、あんたが作ったの?」
「……はぁい、お恥ずかしながらぁ。少しばかり品数が足りなかったもので、そのぅ……。やめましょうかぁ、このお話はぁ。料理名はお魚ぐるぐるお野菜でぇす」
耳の先を仄かに赤く染めたシィラは目を泳がせて、どことなくはにかんでいる。
「……何か負けた気がするわ、料理名以外は」
「すごいですね、美味しいです。普段から料理をされているんですか?」
「そうですねぇ、基本的には私とせんぱいしか食べませんので、二人分簡単な物を作ってまぁす」
「あー、何か納得しました」
「そうね。あの最低男と妙に仲良く見えると思ったら普段から夫婦みたいな生活してたのね」
「あは、違いますよぅ。あくまで役割分担しているだけでぇ、私は魔王様の身の回りのお世話と家事全般がお仕事なのでぇ」
気恥ずかしそうなシィラは胸の前で合わせていた両手を祈る様に握った後に腕を下ろした。耳の色は引いたが、耳の先は少しばかり垂れている。空気の読めないデリダは躊躇いがちに口を挟む。
「あの、シィラ……さん」
「はぁい?」
「貴女はなんで此処に来た、んですか?」
「あー、私はエルフの里の里長の娘なんですがぁ、急にお父様から魔王様の所に行けって言われましてぇ。そのまま住み着いちゃいましたぁ」
「何か適当ねぇ」
「短い付き合いなのにシィラさんぽいなって思える不思議な説得力を感じます」
「それで思い出しましたよぅ。もう聞いてくださぁい、せんぱいって酷いんですよぅ?」
遡った記憶に伴い、不意に感覚が蘇る。今はもう傷跡もない下腹部の切り傷が、ジンジンとした鈍い痛みと共に熱を帯びているような気がした。何となく、あの戦闘の高揚感が思い出され口角が上がってしまう。
「私、せんぱいに傷物にされましたぁ」
「ぶっ!!」
「ちょ、シィラさん!?」
「え? えぇ? えぇ??」
三人が……いや四人がシィラを見た後、ケルザに視線を投げる。その視線を無視してケルザは最後の一口を食べ終えると透明な酒で流し込んだ。騎士団に入ってからは帰っていない地元で作られる酒。味や質の良し悪しなどケルザにはわからないが、これが地元の味と思えばどこか懐かしく肌に合うような気がして気に入っていた。
「これ、シィラ。本題の話をする前に場を混乱させるでない」
「はぁい、すみませぇん。では続きは会食の後にでもぅ」
にこにこと微笑むシィラは魔王に窘められたことで自分の席へと戻って行った。不完全燃焼で会話が切れた三人は答えを求めるように、言葉もなく互いに顔を見合わせてしまう。
「やっぱり最低じゃない?」
「でも関係は良好そうですし責任は取ってる……かと?」
「いらない話聞いた気がする」
「嘘はついていない、のか?」
それとも聞こえていないだけなのか。薄く青い視界に変化は見られない。眉を寄せ呟いたバルトは酒を口に運ぶ。それはいつだったか、どこかでコルドと飲んだ記憶のある酒であった。口当たりは癖のない水の様だが、口に含むと淡い穀類の香りが鼻を抜ける。じんわりと舌を焼いていく感覚は確かに酒で、飲み下した後の息が熱い。この熱さを冷ます冷菜が心地良い。そんな余韻をやや控えめな声が遮った。
「ちょっとバルト」
「何だ」
「コルドって女好きとかある?」
「ユーリさん!?」
「何よ。騎士団では女遊びに耽ってて、私達と会った時には女に飽きてたかもしれないじゃない」
「それが今になって周りに女の人がいなくなって再発したってこと? 考えたくないなぁ」
「騎士団はそこまで暇でもない、が余暇がないかといえばそんな事もない。一緒に行動することは多かったが任務次第では別行動も当然あった。俺といない時の行動までは認知していない」
「ふーん、じゃあ手元にいた女にコルドが手を出す可能性はあるのね」
「うあぁ、女好きのコルドさん……? 無理無理無理ですって、想像できませんって」
「お子様は黙ってなさい」
声を潜めつつも狼狽しているフィーレを一言で黙らせたユーリは、グラスの酒を一気に飲み干した。ここに来てから見るケルザの行動は、どう考えてもコルドと結びつかない。だからこそ、あの最低男が性悪を傷物にしようが「ああ、そうなんだ」と他人事で済んでしまう。もしこれが本当にコルドであったなら、……本当に最低だ。そう思うと形容できない不快感が胸に湧くが、喉を焼く酒の熱さがその感情を有耶無耶にする。
「シィラ、次を頼む」
「はぁい、次は口休めにちょっとしたお野菜の盛り合わせでぇす。酸味のあるソースを和えてますので、口の中がさっぱりしますよぅ?」
味わっているのかわからないシィラはパクパクと冷菜を食べると、裏へと消えていく。それを見送ったバルトはグラスを持って席を立ち、ケルザの前へ歩いていく。胡乱な目で見上げたケルザを無視してグラスを前に突き出した。
「酒をくれ」
口には出さずに答えるケルザはシィラの席から瓶を手に取り、無造作に注ぎテーブルに置く。それを今度はバルトが手に持つとケルザのグラスに、返事を待たずに注いで元の場所に置く。
「コルド」
「ケルザだ」
薄く青い視界に変化はない。ケルザがグラスを持ち上げるのに合わせて、バルトも唇を湿らせた。
「何の用だ」
「理解が必要なんだろう」
「魔王と話せ」
「それは食後だ」
見上げたケルザは煩わしげに眉間にシワを寄せた後に視線を切ると、最後の冷菜を口に運ぶ。ゆっくりと咀嚼する姿は味を楽しんでいるように見えた。果たして姿を模倣しているだけの魔族にこの行動が取れるのか。
「あらぁ、バルトさん。良ければ席を用意しましょうかぁ?」
野菜の盛り合わせを用意したシィラが両手に小皿に持ち、裏から出てきた。声をかけつつ、バルトとデリダの席に料理を置くと空いた皿を回収して流れる様に裏へと戻っていく。シィラが姿を消すとグラスをテーブルに置き、自分の席から椅子と小皿を手に持って改めてケルザの前に行くと堂々と席に着いた。
「自分の席で食え」
「理解の為だ、構わないだろう」
「あぁ、構わんとも。そやつは私達にもまともに本心を語らん。この会を存分に活用してくれて私も嬉しいぞ?」
くつくつと魔王は維持の悪い笑みを浮かべて、視線をケルザに流すが、当のケルザはその全てを無視してグラスに口をつけていた。
「どうだ。この酒は口に合うか?」
「どうだろうな」
「俺は何度かこの酒を口にしている。素朴ながら良い酒だ。料理を邪魔する事なく、かと言って酒だという主張を怠らない」
飲むのに飽きが来ない良い酒だ。とバルトは一口含んだ酒を飲み込む。
「人間の飲む物の味などわからん」
「あのエルフが言っていたが、普段から食事はするのだろう。それならば味がわからない、と言う事もないだろう」
「食は必要なだけで作業だ」
「では、本来は何を食う種族なんだ?」
「貴様に答える必要はない」
取り付く島のない返答にバルトは会話を切る。ボロが出ないための予防策か、煩わしさから出た言葉なのか。視界は青に凪いでいる。
「では話を変えよう。何故、お前は此処にいる」
「答える必要はない」
「何故その剣を持っている」
「答える必要はない」
「何故騎士団の剣術が使える」
「……何の話だ」
「お前と一度剣を交えたが、お前の剣術には所々騎士団の動きがあった。それは我流で磨いたにしては騎士団と被りすぎている」
会話に間が空く。それは間違いなく答えに悩んでいる証拠、視界は未だ凪いでいるが詰めればボロが出るはず──。
「ふふ、お主はそうもケルザに興味があるのか」
途切れそうな会話を保つ様に魔王が口を挟む。まるで会話に違和感が無いように、ケルザに不要な疑惑が生まれない様に。
「街で話は聞いただろう。どこぞのお嬢様が魔王の城に住み着いたと。私が魔王と宣言した以上それは嘘だと断定された。では、何故そんな話が出たと思う? 答えは単純だ。どこかから来たケルザの話を、私がどこかから来た
お嬢様と言う話に転用したのだ」
「俺は人間が嫌いな訳ではない。ここへ来るよりも昔、戦う為の技術を磨いていた。その技術の一つとして人間の男から剣術を学んだだけだ」
いつの間にか配膳を終えたシィラが自分の席に座ると会話に割って入る。
「はぁ、そうだったんですねぇ。せんぱいが昔の話するの初めて聞きましたぁ」
「くつくつ、こやつに対しては私達もお主らと大して変わらん。バルト、お主がケルザから話を聞き出す事で私達もそやつの事を理解できる。非常に有用な会話だ。もっと掘り起こして良いぞ?」
視界は青に凪いでいる。魔王が会話を濁したからか、違和感を視認できない。内心で舌を打ったバルトは頭を切り替えようと、酸味のある野菜を口に運ぶ。……酸味は苦手だ。
「魔王、お前は何故この男を迎え入れた」
「私は長く寝ていたからな。元より世俗に疎かった事に加え時代が違う。今の世界を知る為に、今を生きる存在は必要だろう? 結果としてこの館を営繕し、住心地が良くなり客人を招ける様にもなった。街の人間の出入りもあるのだ、お嬢様という言葉の信憑性も裏付けられたと思っている」
「そのエルフは」
「ケルザはわがままでな、本当に私の話を聞かん。そこでシィラが来てくれてたのだ。お陰で身の回りの世話をしてもらい助かっている。何より素直でな。こうも懐かれると可愛いものよ」
「吸血鬼はどうだ」
「こやつはそもそも私の配下だ。私が封印される以前からの忠臣だ。迎え入れたのはない、私の下へ帰ってきたのだ」
淀みのない返答に嘘は感じない。
「……魔王が目覚めてから、それなりに経ったな。今まで何をしていた」
「何をしていた、か。ふぅむ、そう聞かれると返答に困る。私は何もしていない。せいぜいお嬢様として偶に街へ赴くくらいだ。もちろん、一人ではないぞ? 私はお嬢様だからな、付き人と共にだ。それ以外は此処で平熱な日常を送っている。まぁ、睡眠に偏ってはいるがな」
「はぁい、私は此処の家事をこなしてまぁす。朝起きてぇ、朝食の準備をしてぇ、魔王様を起こしてぇ、そこからはしばらく魔王様とお話してまぁす。途中からはベルジさんも来て三人でお話した後にぃ、私は朝御飯の時間でぇす。そこではせんぱいとご飯を食べますねぇ。それから魔王様とお風呂の時間でぇす。その後にお洗濯をして午前のお仕事は終わりですねぇ。午後は日用品の買い出しとか来客の対応とお掃除、夕食の準備くらいですねぇ。後は魔王様達とお話するか、お昼寝してまぁす。ベルジさんはどうですかぁ?」
「私は魔王様の護衛なので、基本的には魔王様のお側に控えておりますな」
「んふ、私達が立ち会うのを前提に一時間程度、せんぱいと模擬戦するのも日課ですよねぇ」
「体は動かさなければ鈍ってしまうもので、致し方なくお二方に同席して頂いているのですよ」
「毎日しているのか」
「そうなんですよぅ、よく飽きませんよねぇ」
バルトの問に明るい声が答えた。コルドとも良く飽きずにやったものだと、昔の記憶が想起される。不意に後ろから声が飛んだ。
「それはどっちが強い、んですか?」
敬語とは言えない、取り繕う言葉をデリダが口にする。
「私の勝ち越しだな」
「ただの運動だ、手は抜いている」
「良くわかっているな、我が魔剣は全てを壊す。遊びで使うものでは無い」
「ふん、だからこその手加減だ。手を抜く相手に全力を出す必要もない」
「これこれ、こんな時にまで喧嘩をするでない」
「二人共負けず嫌いな所は似てますよねぇ」
魔王とシィラを挟み険悪な雰囲気が滲み始めたのを、ため息混じりに魔王は嗜める。
「まぁ、でも……。ベルジさんが来た日の腕試しは引き分けで良いんじゃないでしょうかぁ?」
「……あれは俺の負けだ」
「ほぅ、殊勝ではないか」
「私はせんぱいに負けましたぁ。1勝1敗ですねぇ」
「何故お前達が戦っているんだ」
「それが困ったものでな?」
やれやれ、とわざとらしい溜息をついた魔王は首を振る。
「こんなに可愛げがない奴なんだが、そやつはどうしょうもない位に私の事が好きなようでな。私と二人だけで、此処で生活したかったようだ。そのせいでベルジもシィラも交戦している」
「あれは魔王の配下としての能力を確かめただけだ」
否定と共に野菜を口に運び、僅かに眉をしかめると酒で酸味を洗い流す。そんな些細な動作に青がほんの少しだけ揺らいだが、バルトは吸血鬼とエルフの戦力を、実際に戦ったケルザから類推する事に意識を割いて気づけない。
「……バルトさんのあの度胸はどこから来るんでしょうか」
「ほんとさ、さっき魔王殺そうとして牽制されたのにね」
「流石元騎士団ね、死線は潜ってるだけあるって事よ」
だからこそ生死が曖昧な立ち位置に躊躇うことなく踏み入って、居座ってしまう。そこは本来であれば針のムシロ。魔王の喉元は虎穴。今、居座ることを許されているのは虎が満腹で食欲を満たされているからだ。その気があれば、そもそも魔王一人で事足りる。だからこそ、魔王に許されている気がして気に食わない。ユーリは空いた皿を雑にテーブルへ置く事で気を紛らわせる事とした。
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