第25話:魔剣と聖剣5

──意識が混濁している。

過去にない継続的な魔力の放出は精神的な疲労が大きい。魔王の魔力を攻撃に使う時とは違い意識を持っていく事

はせず、眠いのに眠れない様は嫌な精神的な苦痛があった。ぼんやりとする思考は時間をおぼろげにし、器に滴る魔力は一定の音を立て続けている。あぁ、今は石に魔力を込めているんだった。どこまで終わったのかも記憶にない。視界に映る仄明るい光がちらつく事で明かりをつける時間なのを理解した。

ベルナーデ、あれは何年前だったか。酷く懐かしい気もするが10年も経ってはいない。あれが自分達の魔法を初めて理解できた戦闘であった。だがもう、その魔法が正しく機能する事も無いだろう。虚ろに見やる視線の先では愛刀が、ちらつく明かりの中銀色の涙を流しているようであった。


「あんた、生きてるか」

翌朝、店主の声でケルザの意識は夢現から浮上した。

「……あぁ、生きてる」

「そいつは良かった。昨日から魔力垂れ流したまま死んだように動いてないからよ。魔力が枯渇して死んだのかと思ったわ」

もういいぞ。その言葉の意味をコルドは理解できなかった。それだ、魔力を止めろと言われ鯉口から滴る水を切る。

「……終わりか」

「あんた、そろそろ寝た方がいいぞ。俺も無理を言ったが丸2日魔力垂れ流してたんだ。今日は寝ろ。その間に俺も仕事終わらせておく。そこの扉あるだろ、布団を用意したから寝ておけ。あんたの仕事は明日からだ」

「……そうか。どうも意識が朦朧としている。寝不足かもしれない。休ませてもらう」

「おう。明日の朝に起こしてやるよ」

店主の声を背に、ふらつく足取りでケルザは布団のある部屋へと向かう。どうにもここに来てから過去を見る。夢のはずだが夢ではないような、過去なのに今のような。この曖昧な意識も疲労と寝不足からだろうと、深く考える事なく準備された布団の上に倒れると同時に意識は途絶えた。


工房に残った店主は想定以上の密度で魔力が込められた魔吸石を手に持つ。今日の昼前に声を掛け、店主が器を入れ替えることで二回目の魔王の魔力も込め終わっていた。だがその記憶もないのだろう。何気なく持ち上げた手に意識すること無く魔法の金槌を生成し、魔吸石を叩く。魔力だけを叩き振動させることで不純物を集め固めていく。集まった部分だけを砕き、ケルザの込めた純粋な魔力のみの魔吸石とした。ここからは慎重に、砕けない様に自身の魔力で魔吸石を覆い叩く。優しく、伸ばすように叩くと次第に硬い粘土のように鉱石は形を変えていく。ケルザは無理を通したのだ。であれば、自分も無理を通すとしよう。何よりこれは魔王様への献上品。生涯を持って最高の品とするには時間などあってないようなものだ。最高の素材、最高の魔力は揃っている。最高の腕はここにある。失敗などありえない。もう完成形は把握できている。後は完成形に向け整えるだけ。ケルザが起きてからが本番である。十全の下準備のために店主は微細なミスすら修正し、魔法の金槌を一昼夜振り続けた。



「シィラ殿、戻りました」

夜の帳が下り草木が眠る頃ベルジダットは城に帰り着き、帰還報告の為シィラの私室の扉を叩いた。扉越しにも何やら楽しそうな声が聞こえ、姉君と会話していると判断したベルジダットは控えめに声をかける。それに答えるように明るい返事を返したシィラはパタパタと足音を立てて部屋の扉を開いた。

「お帰りなさぁい、お疲れ様でぇす」

「ありがとうございます。魔王様はもう?」

「はぁい、お休みしてまぁす。早かったですねぇ」

「いえ、まだ途中でして。私に出来る事はないので一度戻りました」

「そうでしたかぁ。では、せんばいは向こうに?」

「えぇ。ですので魔王様が眠る間は自分もこちらにいます。また魔王さまが起きるときに、あの人間を迎えに行きます」

「はぁい、わかりましたぁ。ところでベルジさん、この後は何か用事でも?」

「いえ、部屋で休む予定です」

「なら問題ありませんねぇ。ムゥちゃんもいますし、せっかくですからお話でもどうですかぁ?」

にこにこと立ち話で済ませる気はないシィラは部屋の扉を開け放し、ベルジの返事を待たずに部屋へと招き入れる。何度が訪れたことのある部屋の中、誂えられたベッドの上ではムゥメルムゥマが横になっていた。

「ムゥマ殿、戻りました」

「お帰りなさい、ベルジダットさん。お疲れ様です」

体を起こし、ムゥマは朗らかに頭を下げた。

ベルジダットはシィラに促され、ベッドの向かいに備え付けられた小さな椅子に腰を下ろす。それに合わせるようにシィラも自分のベッドに腰を下ろした。

「留守の間、何かありませんでしたか?」

「大丈夫ですよぅ。やっばりこんな所に来る人もいないようで、ムゥちゃんものんびりしてまぁす」

「のんびりしてまーす」

「それは何よりです。魔王様も変わりなく?」

「はぁい。ただ少しだけお母様みたいでしたぁ」

「ははは、魔王様らしいですね。お二人が心配なのでしょう。魔王様は昔から寛大で慈悲深いお方でした」

「ムゥちゃん、ベルジさんは魔王様が封印される前から魔王様に仕えているんですよぅ」

「そうなんですか? 昔の魔王様はどんな感じだったんですか?」

「あー、私も気になりまぁす。ぜひ、ベルジさんから見た魔王様を知りたいでぇす」

「そうですか? 長くなりますよ」

「大丈夫ですよぅ、私達はベルジさんが戻って来ましたので休めますからぁ」

毒もなくにこにこと魔王様を知りたいとエルフの少女二人は微笑んでいる。今の魔族はもう魔王様の存在を知っていても関わる事はないのだろう。それ程までに魔族は人間と、存外上手く住み分けられている。なれば今の魔王様、今までの魔王様、これからの魔王様を伝えていくのも忠臣である私の役目。

「どこから話しましょうか」

在りし日の魔王様、記憶の中の魔王様。稀に見る夢で自分が過去を見ても他人にそれは伝わらない。こうして他人に魔王様を伝えるのは初めてだとベルジダットは過去を掬い上げ夢を口にする。


吸血鬼は魔力に依る霧状の魔力生命体である。

魔族や魔物から漏れた魔力の残滓に、自身の根幹を成す核が発生する。これがどこから現れるか未だにわからない事から、吸血鬼は自然現象だと言われる事もあった。そんな自然発生した吸血鬼の幼体に自我も意識もない。ただぼんやりと世界を漂い、魔力の残滓を吸収していく。それが何年何十年或いは何百年続くのか、ある日ふと周囲を認識できるようになり自我が発生する。幼体の第一次成長である。この段階ではまだ自分で行動はできない。ふらふらと魔力の残滓に誘われ吸収して、自分が生きる為には魔力が必要だと学ぶ。そこから幾星霜を経て自分の意識に魔力が反応し任意の行動が可能になり自身が霧状の生命体であると知る。これを第二次成長と呼ぶ。しかしまだ漠然とした霧の塊であり、魔力以外に干渉はできない。未だこの段階では本能に任せ魔力に誘われ漂う。強いて言うならば多少魔力の操作ができることで効率が上がる程度で誤差と言える。だが、この誤差のおかげで自身の魔力の扱い方を学べるとも言える。他者と交流せずとも自我の伴う年月はそれなりに思考力を鍛えられ、己について考える。自我がある期間だけでも人間の寿命をゆうに超え、故に思う。魔力とは枯渇するものなのかと。確かに魔法を使用すれば魔力を消費する。だがこうして魔力の残滓で生きながられる事を考えれば、個人の保有できる魔力量に個体差はあれ魔法を使わない限り残存し、消滅しない物なのではないか。その残滓を回収して生きる吸血鬼はもしかすると自然環境の循環に組み込まれた生物なのかもしれない。二次成長を経て三次成長を迎えるが、魔力の操作を覚えた賜物か自身を生物として象るための方法を知る。それが魔法とは知らず、原理は生物として象れるようになってから知る事になる。意識せず人間の姿を初めの目標とするのは足りない知識を補うためのように思う。そこで魔法や、自身が生きるために吸収していたものが魔力の残滓だと知る事になる。

そんな無知な時代、天啓の様に、運命の様に、私は魔王様に出会った。だがどこか知っている魔力。それも後々に理解するが、魔王様の魔力が強大すぎて私は自我を持った時から魔王様の魔力を感じており、もしかすると溢れ出る魔力のほんの一端を吸収し生き長らえていたのかもうしれない。そう考えれば魔族社会の母と例えた魔王様は、私の乳母とも呼べる存在なのかもしれない。こんな事は考えはしても恐れ多く口には出来ない。

苦笑しながら自身の生い立ちから話し始めた世間話を二人の少女は興味深そうに聞き入り、たまに想った事を口にする。こう言った自分の話を誰かにするのは初めてだと改めて思い一息をついた。

「私が魔王様を母の様に、乳母の様に感じていた事はどうか御内密に」

「はぁい、御内密にしまぁす。吸血鬼ってそんなに長い期間使わないと生き物の形にもなれないんですねぇ」

「えぇ。姿も好きに変えられる為、年齢という概念は未だ理解できおりません。ですが、もしかすると、先の話今よりも魔力を保持できなくなった事を自覚した時、自分の老いを理解できるのかもしれません」

「何だか不思議ですねぇ。私達エルフも人間と比べれば寿命は長いですが、大人になるまでは人間と変わらない早さで成長しますし」

「そうなんですか? それは知りませんでした」

「そうなんですよぅ。人間で言うと20代半ばでしょうかぁ? そこまでは人間と変わらない感じでぇす。そこからはすごく緩やかに老いていきますねぇ。老衰を考えれば人間の10倍近く寿命があるかとぉ。その大半を里で生きてるのは如何なものかとも思いますけどねぇ」

「私は同族と数える程度しか会った事がないので集団生活は想像しにくいですね」

「小さい頃は魔王様といたんですよね? その頃は他の魔族と生活していたんじゃないんですか?」

「えぇ、あの頃は様々な魔族に混じって生活していました。では、次はその辺りから話しましょうか──」


自分が人型になろうと意識したのは、魔王様への憧れからだろう。これに関しては知識欲などではなく、魔王様に近しい存在になりたかったからと言う理由があった事を今でも覚えている。思慮も他者を慮る配慮も存在しない幼き自分。何度思い返しても恐ろしくなる無神経さ。私はその無神経さを持って控えめに魔王様に付いてまわっていた。そんな私を日頃の苦痛に耐えながら煩わしげにしても邪険にすることはなく、魔王様は私の無法を容認してくださっていた。

「あ、あの……。魔王様」

「……またお主か。今は構う気分ではない」

「あ、はい……すみません」

「……はぁ。何だ」

「あの、これを渡したくて……」

おずおずと差し出すそれは、螺鈿細工の施された小さな櫛であった。

「人間の作った物だな。それは受け取れない」

「あ、えっと、綺麗で……その、盗んだわけじゃ……」

「そういう話ではない。今、魔族と人間は争っておる。私は魔族の長として人間と対立しているのだ。人間は敵なのだ。敵が作った物を手元に置いては私を祭り上げた魔族共に示しがつかん。気持ちだけ貰おう、下がれ」

そう言った魔王様は眉をしかめながら瞼を閉じた。

幼い自分を見る度に恥じ入るばかりだ。互いが互いを認められず始まった人間との争い。そして魔王様と呼ばれる魔族の長。魔族を率いて人間と争う存在に人間が作った物を、それも魔族である私が献上するなど今の争いを全て否定させる愚行そのもの。人間からの献上品であれば和睦の品にでもなっただろうが、魔族の私が渡すなど人間に懐柔された敵だと殺されても仕方がない。ただ綺麗で、行く宛のない自分を魔王軍という一つの魔族社会に迎え入れてくれたお礼がしたかっただけなのは今でも覚えている。社会的な区別や立場の理解もなく、綺麗なものを魔王様に献上したいという気持ち。魔王様は確かに気持ちを受け取って下さった。今だからこそ、それを理解でき感無量である。しかしながら恥知らずな私は魔王様の話を理解できず、渡すものが悪かったのだと思った。私から見れば綺麗な物も

魔王様から見れば路傍の石、もっと価値のある物を見つければ褒めてもらえると本気で思っていた。

「あは、子供らしくて可愛いですねぇ」

「恥ずかしい限りです」

「今の魔王様と違って昔の魔王様はそんなに眉間にシワを寄せていたんですか?」

「えぇ、きっと今とは違い心労も大きかったのでしょう。あの頃の魔王様は魔族全ての責任を負っていたと言っても過言ではありませんでした」

「その点、今の魔王様は穏やかですねぇ。表立って人間と争っていないので魔族の責任を負ってないからでしょうかぁ」

「それもあるでしょうな。今は私達と生活で関わる人間に関しては何かあれば責任を持つつもりでしょう。幸い、今は我らのお嬢様で人間の敵ではありませんから」

「その渡そうとした櫛はどうしたんですか?」

「それが思い出せないもので。恐らく魔王様に受け取ってもらえない物に価値など無いと捨てたのでしょう」

「んふ、それなら丁度いいじゃないですかぁ。今はお嬢様ですし、魔族だ人間だなんて理由でベルジさんの贈り物を断る事はありませんよぅ?」

「はは、そうですね。ですが今となると些か気恥ずかしさが勝ってしまい。幼い頃は恥も多い分、今より勇気もあったようですな」

「もー、それじゃあ駄目なんですよぅ。大人になる必要がある部分と大人になっちゃ駄目な部分があるんです。大事な方に素直な気持ちを伝えるのは子供のままで良い部分なんですよぅ」

「シィちゃんはほとんど子供のままじゃない?」

「私は良いんですよぅ。私が大人にならなくても良い環境で生きていきますのでぇ」

大人や子供、成長による呼称の区分だが吸血鬼に身体的な成長はない。魔力を吸収し続け保有量を増やす、任意の姿、任意の言葉を利用し他者と意思疎通をする。これが出来れば吸血鬼としては充分に生きていけるのだ。しかし、幼い自分に恥を見るように精神的、知識的な成長はある。だが、これは自身との比較に他ならない。今の私は果たして大人なのだろうか。いや、シィラ殿の言った通り子供でも良いのだろう。

「宜しければ人間が戻った後にでも、少しばかり買物に付き合ってもらえますか?」

「んふー、せんぱいと違ってベルジさんは乙女心がわかってますねぇ。もちろん、お手伝いしますよぅ」

「私も行くー。里以外の街なんてゆっくり見る機会ないし」

「ではせんぱいにはお留守番してもらって3人でお買い物しましょう。最近は魔王様の身の回りのお世話や日常生活の雑務をこなしてるので、魔王様にお小遣いおねだりしたらせんぱい経由でお金を貰えることを学んだんですよぅ」

彼女の可愛らしさは子供らしさと無邪気さから来るのだろうか。魔王様にお小遣いを直談判など幼い自分でも行えない恐れ知らず。この度胸は見習うべきなのか。

「でもちょっと前に魔王様におねだりしようとしたら、せんぱいに直接言えって言われたんですよねぇ。せんぱいにお金頂戴って言ったらくれるんですよぅ? 凄くないですかぁ?」

──あぁ、これに関してだけは人間に同情しよう。

もし私が同じ立場だとしても魔王様からそんな話が来るのは限りなく避けたい。シィラ殿に悪意はなく常識は多少欠けても良識はある。ねだられた金銭は言葉通りお小遣い程度なのは想像に容易い。こんな話すら楽しそうに笑う彼女見ては諦めがつくのは致し方なし。きっとあの人間は何度か断るもこの笑顔で金銭を要求され最後には折れるのだ。その光景は酷く滑稽で、一度見てみたい場面でもあった。



「おら、もっと魔力の密度上げろ」

店主に叩き起こされたケルザは起き抜けに説明を受け、自身の魔力を薄く伸ばされた鉱石に注いでいく。自分が寝ている間に魔吸石は形を変えていた。ただの鉱石だった魔吸石はどうやったのか延べ棒になっており、それはいつだったか見たことのある刃をつける前の鉄の延べ棒と同じ形状となっている。その延べ棒を魔法の槌で根本から刀身へと叩いていく。それを追うように後ろから魔力を注ぐのがケルザの仕事であった。それを淡々と何度も繰り返す。叩いた際に店主の魔力が微量ながら混入され、同時にケルザの魔力が抜けていく。それを補填するための行為だと言う。だが同時に残った魔力は槌による魔力の締固めも行われており、これを繰り返す事で使用者の魔力が最高純度となり完成品をより自身の手足として扱えるようになる。

「あと三回やる。その後は魔王様の魔力で同じ事をやる」

昨日までと違い、一日中魔力を出し続けるわけじゃないだけマシではあるが、それでも漠然と流すより魔力の密度を上げて水を流すのは疲労を実感させた。

「いつもここまでするのか」

「金次第だな。今回は魔王様への献上品だから特別だ。あんたにも勇者という希少性がある。これを最高の品に出来なければ、今生で最高の品が失敗作になる。それは認められない」

口こそ動くが店主の動きに淀みはない。その一挙手一投足は延べ棒に注がれていた。



もう魔王城も近い。そのせいか魔物の動きも活発だ。

「はぁ、やってらんないわね」

愚痴をこぼすユーリは周囲を見渡してフィーレに指示を出す。こういう時専門職は心強い。魔法を扱う最前線、人類の魔法は常に"家"から始まると言われる程だ。その家から勇者に帯同して魔王を倒せと言われるユーリが優秀なのは当然で、魔法に関する知見は頭抜けていた。

「終わりましたよ」

「ありがと。ほんとにフィーレが居てくれて助かるわ」

魔力にも様々な質があり、その質は魔法にも影響を与えるらしい。その中でもフィーレの魔力は魔物が嫌う質で、魔物よけに最適な魔力だと言う。それを利用しての結界をユーリとフィーレは準備をしていた。自分やバルト、デリダも多少の魔法は扱えるが、魔力があればどんな魔法が使えるわけでもない。それを扱う為の知識と技能が求められ攻撃魔法、防御魔法、回復魔法、補助魔法。それらは魔力を発生源とする魔法であるが、その全ては魔法体系が異なる。鍛冶師や料理人、研究者で求められる知識や技能が変わるのと同じと言われ納得した覚えがあった。その全てを得手不得手があろうと賄えるのは家出身としては出来て当然、ここまでは過去をなぞるだけで家では子供もいいところ。大人として認められるためには未だ想像に留まる魔法を構築し、他人に普及できて一人前だと言っていた。特に魔法を使えない人を魔物や外敵から守る事ができる魔法の簡易化、高性能化は常に求められていた。

「ほんと、あんたら戦闘以外使えないわね」

「悪かったな」

「口ばっか。フィーレなんて回復専門なのに曲がりなりにも私の手伝いが出来るだけ魔法の技術もあるのに」

「あはは、少しだけ勉強しましたので。その代わり攻撃魔法とかは全然使えませんし」

「あんなの魔力に物を言わせて攻撃するだけじゃない。人間の魔法なんて防ぎにくい程度で剣や弓と変わんないわよ」

「ユーリさんは手厳しいなぁ」

「デリダ、あんたは二人に比べて決め手にかけるんだから身体強化でもなんでも自分で使える魔法を覚えなさい」

「ユーリ、街の人との話は終わったよ。街の出入り口二箇所は見張り立てるから、そこ以外は強い結界が欲しいって」

「はぁ? 私に仕事させて馬鹿なこと言わないでよ。その見張りは魔法を維持できる人間にしなさい。フィーレにも手伝ってもらって街全域を覆える起点を配置してるの。そうね、最低二人は用意なさい。出入り口一つに付き二人。半日魔力を込めれば3日は効果があるわ。それを交代制で維持させるように伝えて」

「えぇ? 話し終わったばっかりで戻りにくいんだけど」

「コルド、たかだか見張り二人と私の魔法どっちが効果的な魔物よけかわかるわね?」

「……うん、そうだね。もう一回行ってくるよ」

「では今回は私も行きますね。どういった魔法なのか説明してきます」

「手間かけてごめんね。ほら、フィーレが納得させるから早く行く」

肩を落とすコルドを励ましながらフィーレは腕を引っ張りながら街へと向かっていく。

「勇者を顎で使うなんて恐れ知らずだな」

「あによ、文句あるわけ?」

ユーリに睨まれたバルトは視線をそらす。

「ユーリさん、そんなに怒らないでよ」

「怒ってなんてないわ。それにこれが終わったら私は家にこもるだろうし勇者なんて知ったこっちゃないの」

「……たまには飯くらい付き合え」

「……連絡なさい。その時くらいは家から出てあげるわ」

「ユーリさんってバルトさんに甘くない?」

「あんたってほんとにいい度胸よね。いいわ、これが終わったら私が使える魔法を教えてあげる」

「それ僕が使える魔法じゃなくて、ユーリさんが僕に使える魔法だよね? いじめだよね?」

「魔法の研究よ。どの程度人体に効果があるか調べたいの」

「バルトさん、嘘すらつかなくなったんですけど」

「死ぬなよ」

「見誤らないわ」

「フィーレさんに回復の予約入れとくかぁ」

魔法の準備を終え、あとは起動実験のみとなり三人は街へと向かい歩き出す。丁度街の入り口でコルドとフィーレと合流し、五人飾りは宿へと戻っていった。

翌日、無事に起動実験を済ませ街を出立した。疲弊しきったデリダをコルドが背負いながら。



「おい、聞いてるか」

「……あぁ、すまない。疲労が抜けてないようだ」

ぼんやりした視界の中、先程より少し短い延べ棒に魔王の魔力を注いでいた。店主は槌で延べ棒を叩くのをやめている。それに気づき、ケルザも魔力を切った。

「いいか、あんたが失敗すれば質が下がる。俺が失敗しても質が下がる。あんたも俺も失敗は出来ないんだ。失敗しそうな程疲労があるなら休む方がいい」

「いや、大丈夫だ」

「……そうか。まぁ、今日は最後だ。これに魔王様の魔力を最小の出力から出来る限り最大の出力で込めろ」

「確か一度に多く魔力を込めると表面にしか魔力が浸透しないんだったな」

「そうだ。だがここまで高純度に一つの魔力を込められたなら、あとは余計な魔力を吸収しないように蓋をしたい。これはその前段階だ。これが終わったら一気に魔力を込めてもらう。込め方はやりやすい方法で良いが……そうだな、剣を握る代わりにこれを握ってゆっくり魔力を込め始めて出力を上げろ。鉱石の状態は俺が確認して指示を出す」

促されるまま聞き手で薄く銀を帯びた功績を軽く握り、魔力を直接込め始めた。水瓶の底に指先だけ触れる。常に魔王の魔力を使い続けていたからか今までほど硬さを感じない。むしろ指先を伝い勝手に魔力を供給しようとさえ感じられる僅かな危機感。魔力が適合しているのか体を侵食しているのか。少しずつ指先を底に差し込み供給する魔力の量と密度を上げていく。

「なぁ、ここに来てからどうも頭がぼぅっとする気がするんだが」

「あー、あんたは街に来たばっかりだからな。この街は未来と今と過去が交差する街だ。屋内には影響が少ない様だが、屋内から外を見るとその時々で過去か未来を見ることが出来る。屋内において個人は僅かながらに影響され、意識が薄い時は強制的に過去を見せる。この街は外と乖離して忘れ去られているからか、そんな忘れ去られた街で自分たちが誰なのか忘れない為に過去を見せるんだと俺は思っている」

「……確かにもう何を見たかは忘れてるが、昔の夢を見ていた気がする」

「あんたはもうすぐ街を出るから問題ないと思うが、もし夢で未来を見たら気をつけろ」

「見たらどうなるんだ」

「さぁな。見た後にうちに来た客はいない。そしてここは未来とも交差する街だ。もしかすると夢を通じて未来に行ったのかもな」

ここへ至るまでの特定の経路、時間。それらは決まった場所を決まった時間に通らなければいけない。だからこそベルジダットはああも意味のわからない道順で、時折空を見て何かを確認していたのだろう。

「ベルジダットは外から来たが、本来ここには辿りつけないのか?」

「難しいな。あの兄ちゃんは昔ここに住んでいた。だからある程度の手順と感覚で行きたい所に行けるんだろう。俺はもう外に出る道はわからん。それどころか普段行く場所以外辿り着くこともできないだろうな」

「なんでこんな不便な街になったんだ」

「それはまぁ……、俺が言うことじゃないな。無事に街を出たらあの兄ちゃんに聞くと良い。この街では話さない方が良い事が幾つかある。この街が不便な理由もその一つだ」

「……そうか」

「余計なことは考えずに、今は魔力に集中しな。もっと強くして良いぞ」

「これ以上は調整が効かない。一気に込める事になる」

「んー、仕方ないか。わかった、仕上げだ。一気に込めてくれ」

「わかった。ただ、魔王の魔力を一気に使うと気を失う可能性がある。問題ないか」

「あぁ、寝ていいぞ。これが終われば俺の仕事だ」

「そうか、じゃあ眠らせてもらう」

ゆっくりと息を吸い、手に握った薄銀の延べ棒に意識を集中する。少しばかり普段と勝手は違うが、水瓶の底に指を差し込む。粘着くような黒く重い魔力。それを指にかけ、一気に持ち上げた。同時に頭にヒビが入るような痛みが走り視界が白む。延べ棒が銀色に輝き、ギチギチと鉱石が軋み反り始めた。慌てた店主が延べ棒に手を置き、自身の魔力で延べ棒を包み反りを抑え込む。店主が何か言っているようだが言葉として処理できず、意識が途絶えた。


ケルザを運び布団に寝かせた後、店主は工房に戻り純銀の様に見える鉱石を手に持つ。

「はぁ、こんな性質があったのか」

咄嗟に自身の魔力で鉱石を覆ったのが正しかったのか、僅かに反った程度で鉱石は形を留めていた。あの軋む音は何度も聞いた事がある。あれは鉱石が圧力に負けて砕ける前兆であった。最悪砕けた物を繋ぐことも出来るだろうが純度も落ちるし耐久性にムラが出る。この程度であれば保護しながら叩けば修正がきく。はぁ、寿命が縮んだ。

「なるほどなぁ。魔吸石にも限界点があってそれを超えると砕けんのか。だが量は大したことなかったはず。そうなると密度の問題か。いやはや魔王様の魔力ともなれば、一般的な魔力じゃ起き得ない性質を起こせる訳か。まぁ、今後見る事はないだろうが勉強になったな」

軽く反った延べ棒の端を抑え、魔力で包む。その魔力の上から魔法の槌でトントンと鉱石を見ながら修正を加えていく。

「しかしながらまぁ、よくも人間が魔王様の魔力を扱えたもんだ。そりゃあ気絶位はするよなぁ。少しずつなら意識も保てるし、これが勇者って事なんかね」

叩いては水平を確認し、叩き直す。もう魔吸石の特性上

新たに魔力を吸う事はない。この延べ棒一本は魔王様の魔力を固形化した物と言って過言ではない代物だ。もし、仮に魔王様が直々に来たとして、その魔力を加工して魔剣は作れなかっただろう。何度も魔法の槌で叩いた感触で理解したが魔力自体が硬すぎる。鉱石に吸収させたからこそ鉱石を整形して加工できるが、魔力そのものは殆ど自分の魔法の影響を受けていない。勇者の魔力に振動が伝播することで魔王様の魔力が沈殿し、結果として魔力を分離して高純度に仕上げられた。

「さてと、心鉄は俺が成型して終わりだが皮鉄がまだ厚いな。少し伸ばすか」

もう一本の勇者の魔力が籠もった延べ棒を掴み魔力で覆う。幾度もやってきた行為は、覆った魔力を自身の魔法の槌で叩けば延べ棒全体を均一に振動させ、反復する振動で浮陸を手に伝えてくる。今度はその浮いた部分にのみ振動を伝え浮きを均しては、薄く伸ばしていく。丁寧に、平滑を維持しながら延べ棒を薄くする。元の1.5倍程度まで伸ばすのに何時間使っただろうか。一息ついた時には工房が薄暗く、明かりが必要な時間になっていた。

「糊あったっけ」

吸着紙と呼ばれる薄い紙を店主は愛用していた。小さな魔物が吐き出す糸を編み込んで紙にしたもので、性質自体は魔物が吐き出した糸と変わらない。この糸は魔力に反応して張り付くのだが、その吸着力と耐久性は随一である。これを紙として織り込む事で、両面を魔力で吸着させ糊の役目を果たしていた。

「お、あるな」

数枚残っていた吸着紙を取る前に、魔力を通さない手袋を嵌める。ごわつく厚い革の手袋で紙を掴むと、紙は摘んだ所から自重で崩れ落ちた。

「あー、やっちまった。最後買ったのずっと前だ」

経年劣化により吸着紙は乾燥し脆くなり、持ち上げただけで砕けてしまった。本来は糸なだけあって柔らかさが売りだが、劣化してしまっては使えない。新品を仕入れる必要があるが、これも中々な貴重品。仕入先にあてはあるが、現品であるかはわからない。

「やりたくねぇけど、俺のミスだしなぁ」

手袋を外した店主は受付台の下を漁り、ホコリ臭い紙束を取り出して昔に書いた道順を確認し、目的地への行き先が書かれた項目を探していく。

「えぇっと、確実にあんのは……4年前だな。帰ってくる自信ねぇなぁ。保険に置き手紙しとくか、最悪あの兄ちゃんが迎えに来てくれんだろ」

行き先の置き手紙とベルジダットへの伝言を残した店主は古い紙一枚と一纏めになっている札束を手に、過去を目指して店を出て行った。


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