第24話:魔剣と聖剣4

「それじゃあ、説明しようか」

今回作成する魔剣は白い鉱石、魔吸石を扱った物となる。

裏の工房へと連れて行かれたケルザの前には大小、大きさの異なる魔吸石が置かれていた。これが自分の魔力と魔王の魔力の密度差 、それとほぼ均等な比率だと言う。十対一、九対一。目視で認識できた凡その密度差である。

「だがこれは正確じゃあない。あの器の量を10とすれば、その中に互いの魔力が極々少量ではあるが混じっていた。これは複数の魔力を持つ場合、片方を使用する場合に巻き込まれる残滓で使用する魔法に影響はほぼないが、そのせいでどちらも純粋な個人の魔力ではなくなっているし、完全に取り除くのは不可能だ。だが不純物を減らす事はできる。その工程が最も重要で、魔剣の質を左右する」

1つ目の工程は魔吸石に魔力を浸透させる事だ。この鉱物は少量の魔力すら全体に浸透させ、均一にする特性がある。だからこそ完全に魔力を発散させる事は未だ出来ておらず、天然の鉱石を採取したその場で魔力を遮断する専用の容器で保管するせねばならない。狙って採掘できるものでは無く、専用の容器を常備するには掘り当てる確率が低すぎる。結果、どこからか魔力を吸収した不純物を持った魔吸石が市場には流通してしまう。それでも純度がある程度高ければ高額になり、不純物の含有量が3割以下であれば充分に高純度と言えた。

「こいつはな、長い年月と俺が大枚を叩いて自分で採掘したうちにも一つしかない品だ。市場に出回るような低純度じゃねぇ。これだけの質を維持して保管できてる奴もいないだろう。もちろん完全な純度ではない。大気や土壌に含まれる微量の魔力はどうしても吸収しちまう。それでも、こいつは紛うこと無く九分九厘、最高純度の特級品。いつかこいつを使おうとは思っていたが、勇者と魔王様の魔力を扱うなら申し分ない。これ以上の晴れ舞台は二度と来ないだろうな」

店主は満足そうに石を指で触れ、軽く弾く。

「そうだな、まずは半分程度まで魔力を溜めたい。やり方は昨日の器と同じでいい。魔力のこもった水をゆっくりかけ、石に魔力を吸収させる。それだけだ。何かの器に石を入れ、溜まった水の量で吸収させた魔力の概算はわかる。石は魔力しか吸収しない。、溜まった水はただの水だ。溜めた水に魔力が残っていれば、指で触れさえすれば魔法が苦手でも多少の操作は効く。それで魔力が吸収されたか確認しろ。いいな、ゆっくりだぞ。多少吸収しきれない魔力を溜まった水から魔力を吸収させるのは構わない。だが、初めから器に水を溜めてそこに石を入れるなよ。この石は一度に吸収する魔力が多いと表面にしか魔力が浸透しないまま、特性がなくなる。そうなってはただの石だ。価値などない。魔王様の魔力に関しては魔力が吸収されれば透明な水になる。昨日確認したから確かだ。小さい石に魔王様の魔力、大きい石にあんたの魔力を込めろ」

魔力を魔法にする際に変換効率があるらしい。これも個人差があるが自分の場合は魔法発動時に使用した魔力に対し、一割が魔力を水に変換する働き、六割がただの水として変質、三割が魔力が残存し、魔法として運用できる水となる。この三割が六割の水に撹拌され均一化する事で水全体の操作を可能としている。一割は魔法発動時に消費されるため、その時点で消失。魔吸石には三割の魔力が吸収され、使用した魔力に対し九割の水が器に貯まる。三対九の比率、魔吸石に吸収させたい魔力の三倍程度が器に貯まる水量である。自身の魔力と魔王の魔力密度の比率は凡そ凡そ一対十。魔王の魔力の場合、器に貯める水の量は自身の魔力で生成した水の十分の一程度だろう。

魔力の変換効率は個人の素質であり魔力の質や密度には左右されない。特定の人物が同じ消費量の魔力で複数の魔力を行使した場合、どの魔力で魔法を発動しても同比率の変換効率となる。ただ魔法密度は魔法発動時の出力に直結する。その為、自分の魔力と魔王の魔力で比較した場合、同じ魔力量で発動した魔法でも性能は十倍近い差が出る。一般的な人間基準で考えると、人間より魔族の方が2-3倍魔法適性が高いと言われている。この適性が魔力密度にも適用される事から、単純に魔族の方が2-3倍性能の高い魔法が使えるという事だ。それを考えると自身の魔力ではシィラの魔法障壁を突破出来ないのは道理であり、魔王の魔力で発動した魔法が魔法障壁を突破できたのもまた道理。

つらつらと細かな説明をしてくれる店主の話を聞き、改めて魔王が隔絶された存在だと認識させられた。ベルジダットの言う、魔力の運用による破壊現象に変換効率など関係ない。それはつまり変換時に発生する魔力の浪費が無いという事であり、常に運用した魔力分の性能を発揮できるという事だ。魔力密度差が十倍に加え、自分は使用した魔力に対し三割の性能でしか魔法を行使できない。……魔王はどう考えても戦う相手ではない。魔王の強さを数値として推論したからこそ自身との力の差が明白になった魔王の強さを童話程度でしか把握してなかった頃は最悪刺し違えて倒せれば良いと思っていたが、それは魔王との力量さを把握してなかったからこそ言える理想論。やはり最善は封印、もしくは現状の維持。

「この工房は好きに立ち入れ、休みたければ休め。ただ勝手に店から出るな。お前も戻れなくなるし、俺もう探す事はできない。そうだな、2日やる。半分溜めたら教えてくれ。一つの工程が済んだら順次説明する。ただ早く終わらせたいなら急がず急げ。お前が早く終わらせれば、その分早く終わる。器はそこに積んである適当な物を使ってくれ」

店主は工房から出て見えなくなるが、紙がパラパラと音を立てる。定位置について金勘定を始めたようだ。飽きもせずと思う半面、そろそろ一度城の運営費を計上すべきだと城に戻った後に行う業務を定めた。指定された場所に積まれた器から同じ位の大きさの器を選び、魔吸石を入れる。魔王の方は時間がかかるのは目に見えている。まずは自身の魔力側を終わらせよう。少し低い高さの台に大きい石を入れた器を起き、隣に椅子をおいて腰を下ろす。器の上に鯉口が来るように調整して柄を握り魔力を込めた。透明な一筋の糸が魔吸石に垂れ、鞘と石を繋ぐ。急に多量の魔力を吸うことが無いように、最低限の出力で魔法を維持する。これが中々難しい、何度か糸を切っては繋ぎ直し漸く安定したのは開始10分程経ってからであった。以下に不得手とは言え、普段使わない出力を維持するのは存外に難しかった。今度からこれも日課に加えるべきか。少しばかり思案しようとした時、糸が切れた。

結局、自身の魔力ですら半日かかって半分を終えた。溜まった水に指をつけ操作すると僅かに波で水面が揺らいだ。これでも魔吸石の吸収速度より少し早かったようだ。だが、この程度なら石を溜めた水に浸したまま魔力を吸わせても問題ないだろう。期日は2日、精々明日中か。疲労からため息を付き、首を回す。ゴキゴキと音がなり、再度息が漏れた。魔王の魔力は量が少ないが、そもそも扱えばするが長時間維持など試した事もない。余裕の無さを実感し、横に置いてある大きい器を避け小さい器を置き、柄を握り直す……前に一度一息入れようと立ち上がる。未だ髪を弾く音が聞こえ、受付台の方へと歩き覗いてみると、うつらうつらと頭を上下させながらも淀みなく金感情を行っていた。今までの積み重ねはこんな芸当も出来るらしい。もしかすると自分は鍛錬が足りないのかもしれない。自分も眠りながら魔法を維持できるのであれば、幾らかこの作業も楽だったのだろうか。魔力の消費はそうでもないが、精神的な疲労が大きい。少しだけ休んで魔王の方を再開しよう

。椅子に座り直し目を閉じて、ゆっくり息を吐くと徐々に意識が薄くなっていった。


肌寒さに目を開くと、空が白み始めていた。

……しまった、寝すぎた。横には空の器と小さな魔吸石。寝すぎたのは失態だが、おかげで疲労はかなり取れている。鞘を掴み呼吸を整え、魔王の魔力に意識を切り替える。無意識であれば勝手に自分の魔力が反応するが魔王の魔力を使う場合、意識して魔力を選別しなければ魔法を使えない。強く意識して、己の中で魔王の魔力に触れる。魔王の魔力は自身の魔力とは完全に分断され上澄みは自分の、下に魔王の魔力が溜まっている。感覚としては水瓶の中にニ種類の水があるように捉えていた。抵抗なく手を入れられる上澄みとは違い、底に溜まる水は水瓶の底と誤解する程に硬い。それでも無理やり意識を集中するとやっと指先が水瓶の底に沈む。どれだけ意識しても未だ指の第一関節までしか沈む事はない。その指先に触れた一部だけを掬い上げ魔王の魔力を施行している。店主の言っていた微量だが魔力が混じるのは無意識に、魔王の魔力を持ち上げる際に自身の魔力で補助しているのかもしれない。そうでもなければきっと他者から押し付けられた魔力を扱う事は出来ない気がした。銀色の糸が鯉口から垂れ、魔吸石と繋ぐ。どことなく、気のせいかもしれないが自分の魔力で作る水よりも粘性があるように見えた。こうしてじっくりと魔王の魔力を使った水を見るのは初めてかもしれない。日課の訓練もあくまで無理のない範囲、最悪の状況を打破する切り札として扱える様にする程度の魔力操作を行うに留めていた。魔吸石を流れる水は次第に色を失い、透明な水が器に伝う。最低出力で考えると夜までかかりそうな水量であった。


「調子はどうだい」

いつからか聞こえていた紙を弾く音に切りがついたのか店主が工房へ入ってきた。窓から入る日の角度的に昼前だろうか。意識があったのかなかったのか、器には少しだけ色の残る水が予定量の半分以下溜まっていた。

「どうにか今日中に終わりそうだ」

漠然と眺める銀の糸は一定の太さを保っている。

「それじゃあ、俺も少しばかり仕事をしようか」

既に溜めている大きい器を覗き込み、魔吸石を手に取る。

「まぁ、こんなもんだな」

「持つだけでわかるのか?」

「職人なめんなよ。俺は魔力を加工する鍛冶師だぞ。持てばどの程度魔力が蓄積してるかくらいはわかんだよ」

「魔力に重さがあるのか?」

「モノの例えだ。魔力に重さはない」

「それをどうするんだ」

店主は軽く持ち上げた手に魔力を集め、次第に形が出来上がっている。空間から切り出した様に現れたのは白く発光する大きめの金槌であった。その金槌を躊躇うことなく大きい魔吸石に振り下ろす。鉱石と魔法が衝突したとは思えない甲高い音が工房に響く。

「魔力を吸収するんじゃないのか」

「させてんだよ」

何度も何度も魔法でできた金槌で魔吸石を叩き続ける。それを見ていると魔吸石から銀色の雫が染み出してきた。

「こうやってあんたの魔力以外の不純物を、俺の魔力で押し出してんだよ」

「そんな事ができるなら完全に魔力の除去もできるんじゃないのか」

「俺の腕でもそれは無理だ。単純に魔法で叩いてるように見えるだろうが、俺の魔力を中に入れ、魔法で叩いて俺の魔力を振動させている。その振動をあんたの魔力に伝える事で魔王様の魔力と分離させてんだ。その分離した魔力を俺の魔力で押し出したのが石の表面に出た雫だ。だがな、どうしても後少しの不純物が取り除けない。もしかすると、この取り除けない魔力は魔吸石の特性に関わっていてどうにもできないのかもしれない。それを確かめられる程、採掘量が無ければ安くもない。この程度は目をつぶるべきなのかもしれんな」

店主は説明をしつつボヤくも手は止めない。石の角度を変え、全体を叩いていく。甲高い音が次第に乾いた音に変わり、最終的には石同士をぶつけた時の音に変わっていた。

「少し加工した。今度は魔力の濃度を上げて水をかけてくれ。俺の残存した魔力をそれで押し出すんだ。そっちが終わったら、こっちの残り分を込めてくれ」

なんの事はないとでも言いたいのか、魔力を出し続けろと店主は言う。だが自分は昨日と今日、都合2日魔力を放出し続けている。一度寝たとはいえ体調も魔力も万全ではない。それも次は更に魔力を込めろと言う。

「魔力が回復しきっていない」

「知らん、言っただろう。予定通りに魔剣を作りたければお前が無理をしろ。そっちも今日中に終わるならこっちも2日やる。終わらないなら予定日が伸びるだけだ。俺は困らん。確かに魔力は有限だ。だが、寝たからと言って全開するわけでもない。起きている間もゆっくりだが回復している。お前は幸い2つの魔力がある。魔王様の魔力を扱っている間はお前の魔力は回復しているはずだ」

「俺の魔力についてはわかった。だが魔王の魔力は譲渡されない限り回復はしない」

「……そうは見えないが、まぁ良い。どちらにせよ予定日に合わせるならお前が無理をしろ。無理をする必要がないなら期日を延ばせばいい。飯は用意しておいた。休む時にでも食べろ。後で持ってくる。魔力は生命力に直結する。無理をするのは前提だが飯は食って寝ろ。お前が無理をしても魔力がなければ無駄だからな。無理を通せる様に管理しろ」

手に持った魔法を消すと店主は店内へと戻っていく。無理をする為の自己管理。騎士団にいた頃から今まで、無理を通した記憶はある。どれだけ備えても足りない事なんて何度もあり、その度に無理をした。改めて思えば無理の多い生活だとも思ったが、存外生きるというのは無理をすることなのかもしれない。無理が常態化すれば日常と変わりはない。口では無理だと言っても出来たこともある。人間は思っている以上に自分の事を理解出来ていないのではないか。銀色の魔力を更に絞り力を抜く。深い呼吸を繰り返し、魔力が安定している事を確認して目を閉じた。戦場では寝れる時に眠らなければ、次にいつ眠れるかわからなかった。その中で身につけた能力の一つはある程度現状を維持したまま眠る事である。些細な音、変化に気づけるような浅い眠り。魔法を使用しつつ、この感覚に意識を近づければ精神的な疲労は軽減できそうだ。物は試しと鯉口から流れる一筋の水を、閉じた瞼を開き目視して脳内に焼き付ける。再度目を閉じ、脳裏に焼き付いた映像を維持するように集中し、それ以外の意識を夢の中へと溶かしていった。



「団長!!」

「下がってください、ここからは俺達が」

「待て、お前らじゃあ……」

トトリナ戦線後方基地へ行くはずが、二人は戦場を抜けた。前線が崩壊するなど今までにない戦況に焦り、駆け抜けた戦場の最前線。コルドとバルトが膝をついたイデンの前に並び立つ。

何故ここに、そんな瑣末な疑問は唾棄された。二人が何故ここに居るかなど、ここにいる時点で無駄な疑問であった。実際の損傷よりも疲労が多い。今の自分と比べれば、この二人の方が戦力として期待できた。まだ回復すれば戦線復帰も可能。それを加味してイデンは言葉を飲み込んだ。

──相対するは隣国、テンプルヴァ帝国第3師団。師団長ベルナーデ・ヴィデ率いる小隊であった。大斧を持つ師団長を前衛とし、残り四人が後方支援の隊列。それを確認した二人はうちの団長とは相性が悪い事を瞬時に悟った。

「この程度か、不落。聞き及んだ程ではないな」

「なぁに、少し疲れただけだ。多勢に無勢は結構だが俺とは相性が悪いらしい」

「言い訳とは見苦しい。素直に首を置いていけ」

「そう言うなよ。せっかく若いの二人が来てくれたから漸く休めるんだ。こいつらは中々しぶといから覚悟しろよ」

片膝を付き警戒していたイデンは胡座をかいて腰を据える。イデンの前に立つ二人は、疲れは見えるも余裕のある声に安堵の息を漏らした。

「疲れてるだけみたいですね」

「おうよ」

「どうせ全部正面から受けたんでしょう」

呆れたバルトの言葉に、うるせぇと手元に落ちていた小石を投げつける。

「俺が回復するまでに倒せよ」

「わかりました」

「行くぞ」

互いの剣が共鳴し、互いに身体強化の魔法がかかる。先陣を切ったコルドはベルナーデに水を纏った剣を切り上げた。それに応え振り下ろされた大斧。受けなくても身体強化時でも力負けしているを理解できた。こんな馬鹿力を正面から受け続けていれば怪我はなくとも耐えるだけで体力なんて持って行かれるのは自明。刀身に沿って水を走らせるが僅かに軌道がそれるだけ。そこに追いついたバルトも下から切り上げる事で僅かに大斧を打ち返した。

「おぉ?」

ベルナーデは大斧が浮かされた瞬間コルドを蹴り飛ばし、バルトを力任せに振った大斧で振り払った。

「強化しろ」

後衛の一人が命令に応じて強化魔法を使用する。二人でギリギリ受けられる力を強化され、バルトは舌を鳴らす。バルトとコルドは二人組で行動することが多い。その際の役割分担はコルドが手数を稼ぎ、バルトが隙を見て致命の一撃で無力化する。連携の際はコルドの息継ぎにバルトの攻撃力で怯ませ隙を作る。単体の戦力が高い場合、まずは後者で相手を疲弊させる必要があるが──。強化されたコルドの手数をニ三回に一回だけ防ぎ、後は鎧で受けバルトに対応する余力を残し、バルトの攻撃に対しては正面から打ち返す。

「軽減しろ」

後衛の二人目が重量を軽減する魔法を使用する。強化された身体は大斧以外の重量を軽減し体捌きが加速した。コルドの攻撃を二回に一回確実に防ぎ、バルトの攻撃を回避する。二重奏を発動しても押し切れないどころか、余裕のある対応に二人は一度距離を取る。

「悪手だな」

距離を取ると同時にベルナーデはバルトに攻め込むと頭を掴み、無造作に地面に叩きつけた。強化されていても脳は揺れる。揺らいだ視界は、自身の腕を掴まれ上空へ投げ出される事で完全に方向感覚を失っていた。

「やれ」

既に標的を定めていた三人目の後衛は間伐を入れずに雷撃を放ち、バルトの意識を刈り取った。

「くそっ」

悪態をついたコルドは剣を強く握り、ベルナーデの懐に飛び込む。僅かに残る身体強化にバルトの生存を確信し、敵の排除を最優先に据えた。一撃、二撃、三撃──。それら全てが防がれ回避されいなされる。まだ、まだ、まだ。連撃の間隔が長い。もっと速く、更に早く、相手が対応できない隙を見つけ攻撃を加える。剣技だけでは足りない。強く握った剣に過剰な魔力が注がれ、水を纏う刀身が太くなった。

「乱れているな。経験不足だ」

力を込めすぎた腕は繊細さに欠け、攻撃の間隔が伸びた。それを自覚して焦りながら僅かな隙を見つけ、魔力で操作した鋭利な水を差し込むがベルナーデは歯牙にもかけない。

「火力不足だ、剣戟以下の魔法など意味がない」

魔法と剣技に意識を割いた結果、精度の欠落。洗練を欠いた戦い方などベルナーデに届くわけもなく利き腕の手首を捕まれ、鳩尾に膝を打ちこまれ胃酸が喉元までせり上がった。投げられる。バルトと同じ結果になることを察しが力が入らない。一度予備動作として腕の力を抜いたベルナーデは、強化された身体能力でコルドを容易く宙へ放り投げ──ようとしたが、背後からの衝撃で動作を止められ少しばかり弾き飛ばされた。

「何故防がない」

「命令されていません」

短い問答を頭上で聞いたコルドの視線の先には、炎を纏う大剣を持つバルトが立っていた。

「立てるか」

刀身から炎が立ち上っている、それは自分の水の刃が太くなるのと同じく魔力の過剰供給からくる現象なのをコルドは知っていた。だが肩で息をするバルトは確かに戦う力を取り戻していた。コルドは膝を起点にゆっくりと立ち上がる。

「……何とか」

「俺達の魔法にはまだ先がある。今までみたいに洗練しなくていい。可能な限り魔力を供給しろ」

立ち上がり柄を力強く握り直しベルナーデを捉える。ゆっくりと体勢を整えると不思議な程落ち着いた。軽い疲労は感じるものの呼吸の乱れもなく、魔力の乱れもない。

「分析」

「少しお待ちを」

立ち上がり自分を弾き飛ばしたバルトにベルナーデは眉を寄せた。たかが身体強化、自分も同様に強化し更に今は自重を加算していた。不意打ちとは言え押し負ける程、最初の一撃に力はなかった。それ以前に雷撃の魔法を受け身体の麻痺もあるはず。だが結果を見れば戦闘開始時よりも能力が上がっている。もしこれが、もう一人にも適用されるのであれば。ベルナーデの危惧は確信に変わる。分析が終わる数分の間、攻撃を再開した二人の連撃は冴え、二人の連携はベルナーデ単体の戦闘技能を凌駕していた。鎧の性能を頼りコルドの連撃は最低限防ぎ、バルトの攻撃は必ず防ぐ。攻撃の起点、動作の起点はコルドの攻撃で潰されバルトの一歩は攻撃を防いだ上から押し込められた。

ベルナーデが単身で戦い後衛を揃えるのは、それが最善の戦闘方法だからである。一能突出、それらを自分が取りまとめる。そうする事で各々が最善の能力を発揮できると考えていた。身体強化、重量変化、攻撃魔法、補助魔法。それらを纏い自身が先陣を切り戦線を切り開く。これまでの経験から間違いのない戦闘法だと確信しており、現に王国騎士団団長"不落のイデン"を押し留め、前線を押し上げていた。

「報告。継続的な身体強化及び肉体活性、対象は互いに」

身体強化とは本来、自身の身体強化に上乗せされる。素の身体能力を元に能力を二倍にするようなものだ。それを肉体活性の魔法を合わせることで一時的に素の肉体能力を向上させ、身体強化の効果を上昇させている。そして肉体活性の効果は肉体の持つ自然治癒能力をも向上させた。

分析結果に得心したベルナーデは即時判断を下す。今ここで片方は片付ける。

「反転、追撃、捕縛」

バルトとコルドは不意の荷重に体勢を崩し、合わせて突風が吹く。質量のない風を押し返せず、どうにか踏み止まる二人の腕を地面から伸びた光の帯が捉えた。同時にベルナーデは初めて自分から距離を取った。

「9-1-4-6」

ベルナーデの命令は端的だ。前線は全て自分が請け負うことから、各々は即時指示の意図を理解し行動できるよう教育した経験と信頼からである。その中で特筆すべきは数字のみの指示であり、奥の手とも呼べる一手であった。

この指示は全てに優先され、その一撃は相対する戦線を崩壊させる。

動けない二人を前に大きく身体を捻り、大斧を肩越しに構える。最大限にかけられた身体強化、最大限に軽くされた自重、魔法耐性の付与、腕を振る一点のみに反応する外的電気信号。そして明らかに過剰に魔力を供給され、溶けるように景色を歪ませる大斧。コマ送りになる視界、肌に触れる大気の流れ、魔力、熱。どれもが切り抜かれたように、その一瞬でしか認識できない。二人にはベルナーデが大斧を振ったのかさえわからなかった。


地面を吹き飛ばす一撃は個人の身体能力で防げるものではない。魔法による障壁だろうが生半可な物では意味をなさないだろう。その衝撃はベルナーデ前方の敵味方を問わずに損害を与えていた。

「……事、防衛戦においては不落っつーのは楽なもんでよ。多少戦線を押し上げられようが俺が最後まで立ってれば良いだけだ。お前を倒す必要はないんだぜ、ベルナーデ」

動けない二人を前に避けるように抉れた地面の起点には、盾を構え力強く立つイデンがいた。拘束が解けた二人にイデンの声が届くとようやく時間が動いたように体が環境の変化を捉え始める。舌を鳴らしたベルナーデは腕の力を抜いた。

「戦力は充分に削いだ。消耗戦になれば帝国が勝つのは必定」

「俺達はしつこいぞ。俺が前線に立つ限り他の騎士団は休息できる。あんたらにとって消耗戦は敗戦処理だ」

「……邪魔が入らなければ。確かにお前はしつこかったな、不落。一時撤退する。陣形を維持しつつ後退。追ってくる者は迎撃、それ以外は構うな」

「伝令、戦線維持。向かってくる奴らは倒せ。撤退する奴らは丁寧に見送ってやれ」

互いに通信魔法を用いて全軍に情報を伝達する。次第に空間を支配していた騒音がざわめき程度に収まっていき、騒音を消すようにベルナーデも撤退していった。

「お前ら、やるじゃねぇか」

不落の浮かべた笑顔は一つの戦が終わったと告げていた。

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