第23話:魔剣と聖剣3

「起きたか」

ケルザは額に手を当て頭を振るう。聞こえた声は……そう、ベルジダットだ。自分はベルジダットと共に廃村の噴水に落ちたのだ。木の幹に背を預けた自分の横に、同じ木の幹に背中を預けたベルジダットが腕を組み立っていた。

「……今のは」

「趣味の悪い夢だが害はない。ここまで来れば目的地も近い」

ケルザは周囲を確認する。周囲は森のようだが、少し先に街のような場所が見えた。恐らく、そこに目的の場所があるのだろう。木の幹に体を預けながらゆっくりと立ち上がる。未だ大腿に力の抜ける感覚はあるが、どうにか歩く程度は出来るくらいに回復はしたらしい。それを考えると幾ばくかは寝ていたのかもしれない。自分が自力で立ち上がったのを認めると、吸血鬼は街へと歩き始めた。

「ここは少し特殊な空間内にある。早めに用事は済ませたい」

「わかった」

一歩二歩、恐る恐る踏み出すが存外足は体を支えてくれる。それでも普段より歩くのが遅い事を横目で確認したベルジは僅かに歩く速度を落とした。

街が近づくにつれ、喧騒が大きくなる。廃村とは打って変わり、この街は石造りの建築物が並ぶ街並みであった。待ちの発展具合は王都と大差無い。街の規模はわからないが、そこまでは広くない様に思える。吸血鬼は疎らに歩く通行人に知り合いがいるのか、時折手を上げて返事を返していた。様々な種族が入り交じる街なのか、魔族に統一性はない。

「魔族の街か。ここまで発展している街があるのか」

「魔族だけではない。数は少ないが人間もいる」

「……人間もいるのか」

「あぁ、この街に種族は関係ない。区分があるとすれば、外の世界に適応できたか出来なかったかだろう。ここに辿り着いた者に種族など関係ない。もし敵がいるというのであれば、それは過去か未来の自分だけだ」

「どういう意味だ」

「さぁな。それを理解させられるからこそ、ここの住人は種族を問わないのだ」

「……ここを見ると魔王だ勇者だと争っている意味がわからなくなるな」

「自分の事で手一杯なのだ、他人と争う暇もない」

「もしかすると、それは理想の一つなのかもしれないな」

大通りから横道へそれ、路地裏に入った。生活感と仄暗い商売の雰囲気が入り交じる不穏な道を吸血鬼は我が物顔で進んでいく。何度も曲がり、戻っているような進んでいるような道程は巡り巡って元の大通りに戻ってきたように見えた。

「戻ったのか?」

「行っただろう、少し特殊な空間だと。ここは特定の道順でしか行けない場所が複数存在する。これから行く場所もそう言った類の場所だ」

「エルフの里で似たような物があったが、これも結界の一種か?」

「いや、結界の様に空間を制限するものではない。例えるならば、目に見えない空間が重なっていると行ったところか。特定の道順でこの重なった空間を行き来している。上下移動せず、平行移動で階層を移動する階段のようなものだ」

「意味はわかったが理解できん。これも魔法なのか」

「どうだろうな。人間の技術や魔法は各々が分類を理解出来ているからこそ、それが魔法かどうか区分できる。だが逆に、区分できないものも存在する。自分が理解出来ないもの全てが魔法と言うのは視野が狭い」

「……わからないものは、わからないものとして理解しろという事か」

「お前も日常生活で利用しても原理を知らない物もあるだろう。それと同じだ。原理は知らんが、ここではそれが規則で、規則に則れば規則通りに物事が進む。それ以上でもそれ以下でもない」

「……それは誰が定めた──」

「ここでは余計な事を考えるな。もう着く」

本当に迷っていた訳ではないのか、先程出た裏路地に戻るとなかった店の看板が現れていた。その横を通り過ぎ路地の奥へと進んでいく。十字路で足を止めたベルジは辺りを見渡す。

「……おかしい」

「迷ったのか」

「迷った訳ではない。だが何かおかしい」

納得のいっていない吸血鬼は腕を組み、足先で地面を叩く。目を閉じて思案し、言葉を零した。

「……遅かったか? いや、そんな事は。遊ばれているのか……?」

「誰にだ」

ふっと影が横切った。鳥ではない大きな何かが頭上の遥か上、空を流れた後、吸血鬼は再度歩き始めた。建物に入り階段を登り、二階の渡り廊下を進む。ひらけた屋上に辿り着くと脇にある階段を登り、木製の扉を開いた。

「着いたぞ」

ようやく辿り着いた目的地。薄暗いが壁に空いた開口から陽の光が入り、屋内は十分に視認できた。石で出来た受付台の裏で金勘定をしていた魔族が顔を上げる。

「誰かね」

「以前、魔剣を打ってもらったベルジダットです」 

「あぁ、吸血鬼の。久方振りだね。今日は何の用かね」

「連れてきた人間に魔剣を打って欲しくて参じました」

「はぁ、人間。打てなくはないが大した物は……んん?」

一度は金に視線を戻すが、再度顔を上げて今度はケルザの顔をまじまじと見る。

「行け」

ベルジダットに促され、ケルザは店主の前に出る。金勘定をやめ、受付台に手をついて身を乗り出して無遠慮にケルザを値踏みしては、店主は独り言を漏らしていた。

「その人間は希少、魔剣を打ったというだけで箔が付く程に。この機会を逃せば向こう数百年以上……いや、二度と有り得ない機会と思って頂いても間違いないかと」

「むぅ、確かに妙な。いや、微かな記憶に残るような……。人間ではあるが魔力が違う? いや、人間の魔力が上澄みにある。その下に何か別の魔力が? いや、その割には下の魔力がおかしい。常軌を逸している。人間が扱えるような代物ではない」

「店主、代金は幾らですか」

「ぐぬ、ここで聞くか」

「疑問は全て、魔剣を打つのであれば晴らしましょう」

腕を組み、唸り、受付台を指で叩き、落ち着きを見せない店主は気を落ち着けようと適当な札束を手に取り金勘定を始めるが、数枚数えて手を離す。

「70万でどうだ」

「私ですら80万です。希少性を考えた割には高いのでは?」

「50」

「人間と魔族の魔力を同時に持つ存在の魔剣は今後打てないでしょうな」

「……30」

「ふむ、店主らしくもない。その間は満足に打てない不安の現れですかな?」

「ぐぅ、に……25」

「刻みますね。この人間、かつては勇者と呼ばれていました。勇者といえば人間の中でも選ばれた存在、その魔力も特異なのではないかと疎い私でも想像してしまいます」

……知っていたのか。後ろに立つベルジダットは腕を組み、目を閉じている。落ち着き払う吸血鬼とは反対に店主は呻きながら腕を組み、首を傾げ険しい表情を作っていた。

「ゆ、勇者か。でまかせか? いや、だが……中に沈んでいる魔力が気になる。ただの人間ではないのは明白。勇者が魔剣を打ちにここに来るなどはっきり言って有り得ない。ここを知る奴が勇者を連れてくる利点がない。だから、かつての勇者? 今は勇者でなくとも選ばれた人間なのは確か」

「私は自分の魔剣を気に入っています。店主ほどの腕を持つ鍛冶師はそうはいないでしょう。ですが探せば見つかるもの」

「ぐぐぐ、俺がわざと高い値段にしてんのに打ちに来て文句言いやがって……。15……」

「ふむ、どうやら目が曇ったようですな。せっかくの慧眼、金感情に使いすぎたようで」

「足元見やがって……。おうよ、わかった。10万、10万だ。これ以上びた一文まからん」

「守銭奴で有名な店主がここまで値引いてくれるとは。職人としての挟持、感服いたしました」

「くそ、こんな……いや、もういい。値引きを考えると頭が痛くなる。それじゃあ──」

「店主。そのささやかな一声分で箔を買いませんか?」

「は?」

店主はベルジの言葉に目を丸くした。驚きとも呆れとも取れるような表情で、自身の思考外の言葉に数舜、店主は動きを止めていた。

「いや……」

固まっている店主の口だけが動いた。

「いやいやいや、何言ってんだよ。え? 何言ってんだ? 俺の店に来て値切った挙げく、俺に10万で箔を買え? いや、わからん。わからん? 何で俺は自分の店で訪問販売されているんだ? わからなすぎて怖い。俺びた一文まからんって言ったよな?」

きっと初めての出来事だったのだろう。店主は目に見えて混乱し、手元は空の札束を数えながら交互にベルジとケルザを見比べていた。

「いや、無理だよ。これ以上無理だよ。利益でないよ。むしろ既に予算ないよ。材料費も手間賃も俺持ちで作んの? なんで? 怖い怖い」

「店主、落ち着いてください。ここで、その10万で箔を買っていただければ、簡単に元以上回収できます。むしろその箔で今よりふっかけた金額に設定できます」

「いや、普通の金額から100万以上値引いてるからね? うち客数少ない多利少売がモットーよ? ん? 単価あげられんの?」

「あげられます、間違いなく」

「まじ?」

「2倍は流石に帰る客がいないでしょうし、1.5倍位はいけるかと」

「まじか。いや、取り乱したけど、そもそも魔族の魔力を持つ元勇者の人間の魔剣が打てるってのが箔じゃないのか?」

「いえ、ただのおまけです。箔はこの人間の底にある魔力で正直な話、店主でも扱えるかどうか私自身疑念があります。ですから、売買ではなく交渉です。店主はこの10万で箔を買う。私達はその10万で疑念を飲む。ここで箔を買うのであれば今までの値引きなど問題にならない価値がある事を保証します」

「……この10万を飲まない場合は」

「どこかの鍛冶師が売名行為に使い、ここの客が減るでしょうな」

「まじか。売上下がるか上がるかなら選ぶもクソもないじゃん。あーあ、わかった、わかったよ。俺の負け。初めてだよ、ただで魔剣打つなんて」

「感謝します。店主の腕は安くない、値段相応だと私自身納得しています」

「何だよ今更。ほら、箔を買ったんだ。俺は何を買ったのか教えてくれ」

「私とこの人間は今、魔王様の従者として仕えています。魔王様の戯れにも困ったもので何故かこの人間に御自身の魔力を譲渡しています。それが人間の魔力の下にある魔力の正体で、元勇者の魔力と現魔王様の魔力を加工して魔剣を打つど言う事実。これが貴方が10万で買った箔です」

ベルジダットの言葉を聞きながら、何束分の空の紙幣を数えているのか指先以外固まった店主が、空想上の金勘定を終え、指を止めた。

「まじか」



「我儘を言ってしまい申し訳ない。遺憾ではありますが、この人間が譲渡された魔力は確かに魔王様の魔力そのもの。魔王様の魔力を加工されるにあたり金銭ではなく、献上という形にしたかったのです」

「……なるほど、確かに魔王様が復活したと話には聞いていた。復活祝いの献上品に魔王様の魔力を使用した魔剣を献上。確かに、悪くない、従者の二人がうちで魔剣を打ったとなれば魔王様お抱えの鍛冶師と言って過言ではない。俺は直接魔王様を見た事はないが、昔感じていた魔力だから遠くに覚えがあったのか」

「魔王様にも貴方からの献上品として伝えておきます」

「確かに箔だ。これなら無償で打っても釣りが来る」

「……すぐに打てるのか」

ようやく商談も纏まったのか、隙を見てケルザは話を進める。

「まぁ、まてまて。あんたも魔剣がどういった仕上がりになるか気になるのはわかる。だが、こっちにも準備がいる。勇者の魔力も魔王様の魔力も触れるのは初めてだ。十全の準備ですら不十分。一先ず、実際の魔力を見たい。魔力の残滓で構わない。両方の魔力で何か魔法を使ってくれ」

「大丈夫か?」

「攻撃に使う程の出力じゃなければ大丈夫だ。幸い俺が使える魔法は採取しやすい。何か器をくれ」

店主は受付台の裏を漁り、小さな容器を2つ取り出すと受付台に置いた。ケルザはそれを手に取り、鞘の鯉口にあて柄を握り愛刀に魔力を込めた。程なくして鞘から水が溢れ、鞘を伝い器を満たしていく。

「それだけあればいい」

透明な液体が十分量満たされた器を受付台に戻し、空の器を手に取り同様に鯉口に添え、今度は意識を集中させ魔王の魔力を操作する。ゆっくりと指で触れる程度、水面から細く切れない糸を作るように慎重に、丁寧に魔力を操作する。魔王の城に居着いてから新たに増えた日課、魔王の魔力を操作する訓練の結果は最低出力であれば披露で倒れる事なく維持出来るようになっていた。滴る程度の銀色の糸が鞘と器を繋ぎ、器を満たしていく。店主は好奇の目を隠す事なく器を満たす銀色の液体に注がれていた。

「人間とは思えんな。そも魔王様の魔力を体内に保持するだけで死んでも可笑しくない劇物を、こうも扱えるとは。全く持って気に食わん」

「これが魔王様の……」

「静かにしてくれ。集中しないと扱う事もままならない」

深い呼吸を繰り返し最低出力を継続させる。自身の魔力の三倍以上の時間をかけ、ようやく1つ目の器と同量の銀色の液体を採取できた。それを受付台に置くと店主は器に触れようとして躊躇い手を止め、上からのぞきこむ。

「おぉ、凄い。水を扱うって言うのは相性がいい。これだけの量を物質として保存出来るなら充分な検査ができる。いや、凄いぞこれは。この魔法に変換された上、微量にも関わらず圧倒的な存在感。それだけに不思議だ。人間であるあんたの中にあったとして、もっとはっきりと魔王様の魔力を感じられても不思議じゃない。それなのにあんたはこの圧倒的な魔力を抑えて曇らせている。これが勇者か。器の問題が魔力の質か。それが見事に蓋、とまではいかないが日差しを遮る布の様な役割を果たしている」

「確認するのにどれくらいかかる」

「おいおい、勇者と魔王様の魔力だぞ。かけようと思えばいくらかけても調べ尽くしたい魔力だ。だが如何せん時間も液体も有限だ。最低限の魔力の質と俺がどれだけ扱えそうかだけ調べるとしよう。ただ、確かにこれは10万で懸念を売って正しかった。魔剣に出来るほど扱えるか正直不安しかない」

「何、気にする事はありません。店主の腕は確かです。貴方が扱えないならば他の鍛冶師にも無理でしょう。どんな出来だろうと、それがこの人間の魔力で生成できる最高の魔剣であり、魔王様への献上品となります」

「荷の重い事ばかり言うなよ。ただ俺も曲がりなりにも職人のつもりだ。最高の素材を無駄にするのは俺の仕事じゃねぇ。最低限、魔王様も満足する品に仕上げてやる。……

だから、そうだな。一日くれ、明日魔剣を打つ」

「わかりました。では、また明日に伺います。行くぞ」

店主の言葉をあっさりと飲み込んだベルジダットは店を出た。後を追うケルザは後ろ髪を立つように、店外で口を開く。

「一日もかけて良いのか」

「早いに越したことはないが、質が悪くては話にならん。何より魔王様への献上品だ。落ち度のない様、充分な時間を取るのは無駄ではない」

どこをどう歩いて、どこを目的にしているかはわからないがケルザは大人しく後ろを歩く。まだ日は高く緩い風が吹く街中は種族の垣根が無い為か、雰囲気は穏やかだ。いや、外界に馴染めなかった者同士の相互理解と許容。そこから来る一体感。これがこの街の雰囲気を構成しているようにケルザは感じていた。

「……ベルジダット」

「……何だ」

「魔王はどんな魔法を使うんだ」

「……お前は魔王様と対峙し敗北したのだろう」

「どこまで聞いているんだ」

「シィラ殿から粗方。勇者として魔王様に対し愚か極まる蛮行の結果、必定の敗北。魔王様の慈悲深い恩赦により魔王様の従者として生きる事を許される。人間でありながら元々の仲間を相手に刃を向ける一貫性の無さ。シィラ殿にまで刃を向け、あまつさえ怪我を負わせる人道の欠落。お前は存外、魔族の方が正しいのかもしれん」

「……脱線したな。俺は何をされたのか認識すら出来ていなかった。魔法を使った気配さえ感じられず敗北した。……そうだな、例えるなら見えない純粋な暴力を叩き込まれたような、抗えない何かに押し潰されたように感じた」

「ふむ、認識としては概ね正しいな。魔王様の魔力の前ではそう感じるのも無理はない。だがお前は勘違いしている。魔王様は魔法など使わない」

「どういう事だ」

「言葉の通りだ。魔王様が行うのは自身の魔力の行使のみ。魔力を魔法に変換するという工程は存在しない」

「……そんな事が可能なのか」

「可能だ、魔王様に限ってだがな。魔王様以外の生物は魔力を燃料として魔法を行使する。それは魔力のままで扱う技能がない事、例え技能があっても凡庸な魔力では世界に何の影響も与えない。こうして魔法が発展しているのが何よりの証拠だろう。一般的な摩力を風と例えよう。魔法に変換しないと使えない摩力はそよ風、精々少し強い風程度の個人差しかない。魔王様の魔力はそうだな、この世界に対する破城槌とでも言おうか。魔王様の魔力を魔王様が扱えば魔力だけで物理的な現象を引き起こす。それは見えず、予備動作もなく、世界の常識を容易く打ち砕く純粋な破壊現象。魔王様がその気になれば大陸を消し飛ばすなど造作もない」

嘘か真か、大陸を消し飛ばすは吸血鬼の心酔込みの誇張にも聞こえたが自分達が魔王に何をされ、何も出来ずに敗北したのか今更になって理解できた。例え話が正しいのであれば絶望でしかない。そよ風では破城槌を破壊どころか動かす事すら出来る訳も無く、そよ風を魔法として運用してもよくて弓程度だろうか。どちらにせよ、破城槌に敵うような代物ではない。であれば、魔王を倒すなど土台無理な話。破城槌を運用出来ない様に封印するか、魔王に運用の意思を持たせない事しか人間側に勝ち筋と言えるものは存在しなかった。魔王に対する理解不足か、勇者に対する過度な期待か。魔王を討伐するなど、自分から魔王に敵意を持たれに行く人類に対する自殺行為だとしか、ケルザは思えなくなっていた。

「……だが今の魔王様は穏やかだ。恐らく器である肉体と魔力の量が釣り合っているのだろう。かつての魔王様はその小さなお身体に収まりきらない魔力が空間を支配し、視線が交わるだけで死を想起するような絶望を振り撒いていた。何より発生源の魔王様は常に苦しそうであった。今に思えば、あの絶望的な空間ですら魔王様が御自身の魔力を常に抑え込んでいた最良の結果であり、御自身の魔力で自らが苦しむ針のむしろに居たのかもしれん」

声には何も出来なかった自分への不甲斐なさ、過去に対するどうにも出来ない諦め、数百年経ても尚翳りを見せない敬愛が滲んでいた。

「……魔王様は今の生活を気に入っている。私が護るべきなのは魔王様唯一人。そう思って生きてきたが、幼心の短絡的な思考は未熟な社会も相まり視野が狭かった。魔王様を護るとは、魔王様の穏やかな世界を護る事だと今は考えている。その世界はきっと……魔王様に縋り生きる社会ではなく、魔王様が誰かに頼れる世界で……お嬢様として人間達から好意を持たれ、それを楽しめる世界というのも悪くないのかもしれんな」

ベルジダットは過去に耽り、今と重ね、未来を夢に見る。自称魔王の忠臣ベルジダット、魔王を謀り己に利を求める吸血鬼。魔族などそんな物だと考えていたケルザは答えられる言葉を持ち合わせていない。魔王に憧れ心酔し、忠義を誓う吸血鬼。母に守られていた子供が大人になり今度は母を守る立場となる人間の様な、大切な存在に向ける慈愛を彼は口にする。そして暗に、人間嫌いを公言する吸血鬼は魔王の世界を護る為であれば人間も護ると言っている。人間でありながら人間と敵対する自分に引き換え、なんと潔白な事か。──全ては魔王の為に、その信念に嘘偽りはない。曇りのない忠義は魔王に理想を押し付けない。あるがままを受け入れ、認め、自身の思想を鑑みず、真に魔王に忠義を示す。その高潔さは人間の様な短命な生物では到達できない程に洗練された、魂を削りきった先に残る根源的な挟持。これが魔力特性が、魂の最終到達点が破壊であるはずの生命体なのか。もし、本当に、この吸血鬼が説明した通り魔力特性は魂の最終到達点であり、根源的に願う価値基準の価値であると言うならば、ベルジダットの忠義は自身の根源的な価値すら凌駕したと言えるのではないか。破壊ですら魔王を守る手段に過ぎないベルジダットに、ケルザは確かな忠義を見た。

「……ケルザ」

「……何だ」

「お前が人間の敵だろうが味方だろうが好きにしろ。だが魔王様を……、お前が役割を与えたお嬢様を裏切る事は認めない。それは、それでは……、魔王様の望む世界にならない。わかったな」

「……あぁ」

そう、自分すらベルジダットが護るべき世界に組み込まれている。それは人間にも魔族にも属さないと思っていた自分に与えられた明確な立ち位置であり、自分の様な存在を認める寛容さ。ベルジダットの言葉は、勇者という肩書を捨て魔王の従者になって以降初めて得た安堵であった。


翌日、改めて華字紙の店を尋ねると店主は欠伸をしながら金勘定をしていた。

「……何度数えても客が来ない限り変わらないと思うが」

「馬鹿言うなよ。数えれば数えるだけ心の中の資産が満たされて、裕福な気持ちになれるんだよ」

「店主、どうでしたか」

「おぅ、一先ず魔剣は打てる。献上品の名目は保てそうだ」

「もう打てるのか?」

「待て待て、昨日からせっかちだな、あんた。俺だって手抜かりなく最高の献上品を誂えるよう最善の努力は必要なんだ。何より魔王様への献上品だが使うのはあんただろ?

 あんたに合わせて仕様を決める必要がある。あんただって嫌だろう? せっかく打った魔剣が手に馴染まない物なんて」

呆れた店主は、まぁ待てと札束に指を走らせる。パラパラと景気の良い音を店内に響かせ、心を裕福にしていく。この音の一つ一つが金銭と考えれば、男の言う心が裕福ということばも何となくではあるが理解できた。

「店主、魔力はどのような質でしたかな」

「あぁ、人間の魔力特性は守護だな。勇者らしいと言えば勇者らしい質だ。魔王様のは吸血鬼、あんたに近い。破壊、と言うよりは破壊衝動だな。壊すことが目的と言うより、壊したいと言う願望だ。魔力の質ではなく、魔力の意思と言った方が正しいかも知れない。長い間他人の魔力の質を見てきたが、壊したいと欲求をぶつけてくる魔力は初めてた。少し触れただけで俺を破壊衝動で支配しようとしやがった。それを腹に溜めて生活出来てあまつさえ扱えるなんて、あんた本当に人間か? だが、だからこそ、魔力の質が守護だからこそ魔王様の破壊衝動に耐えられているのかもしれん」

「魔王様を魔王様たらしめているのは、その破壊衝動か」

ふん、とベルジダットは鼻を鳴らす。

「でだ、あんた。魔法は得意か?」

「いや、基本的には剣を媒体に変化させた水を操作するくらいしか出来ない」

「だろうな、あんたは不器用そうだ。つまり吸血鬼の様に魔力自体を素体として加工しても満足に魔剣を扱えない。あれの最大の利点は自身の魔力で生成することによる物質としての本体が存在しない事、使用者次第で複数本同時に運用できる事だ。だがあんたは既に剣を一本携えている。それならもう一本増えても大した荷物じゃないだろう。見た所、柄から魔力を流すことで剣を媒介に魔法の水に変換している。それならば扱いなれた運用方法が良いだろう。あんたの魔剣は、今の剣と同じ扱いが出来るものにする。その方があんたも扱いやすいだろう。何より魔王様への献上品だ。物としてあった方が献上品らしいだろう」

「そうだな、これと同じ扱いで良いなら迷う事なく使えるだろう」

本職は鍛冶師、金勘定に忙しない指とは違い説明に淀みはない。ようやく勘定を終えた指は休息を与えられ、同時に席を立ち店の奥へと行ってしまう。戻ってきたその手には拳大もある白い石を持っていた。

「俺は魔王様の魔力に触れられないから、直接魔力を加工する事はできない。だが魔剣の本質は魔力を加工して剣となす事。魔力に触れられないならば魔力を物質とすれば、直接魔力に触れず工具で加工が出来る。これは魔力を吸収し、保存できる鉱物だ。希少ではあるが、出し惜しむことも無い。これに魔力を吸収させ、剣として加工する」

「期間は」

「そうだな、10日はかかる」

「かかりますな」

「そら仕方ねぇよ。人間の魔力ならまだしも、魔王様の魔力を満たすのに時間がかかる。完成するまでは寝る間も惜しんで、魔力を絞り出してもらう」

「わかりました。ケルザ、私は一度戻る。次に私が来るまでに魔剣を仕上げ最低限扱える物にしておけ。お前が扱えて魔王様への献上品として完成する」

「……、二度魔王が起きる間に完成させておく」

抜かるなと言い残し、ベルジダットは帰途についた。


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