第14話:再会と邂逅 後編1

王都を出立してから一週間が経った馬車の中でバルトはうたた寝をしていた。それを咎めない4人は普段より少しばかり声を落として話す。

「……気が重いなぁ」

「今更でしょ、選択肢もないのに」

「……最悪の事態も考えないといけませんしね」

ため息をつくデリダに、イライラしているユーリ。心労を重ねるフィーレと空気が重い。報告兼記録係として同行しているハイラは場の空気を変えるように、換気用の窓を少しだけ開き新鮮な空気を流し込む。心地よい環境音は閉塞的な空間を和らげた。

「ねぇ、ハイラ。あんたはバルトが負ける所見てたのよね。どんな相手だったの?」

「どんな相手ですか。自分が見る限りは人間に見えましたが、バルトさんが負けたのを見るとやっぱり魔族なのかなと」

「全然わかんないんだけど。バルトが力負けしてたとか見て感じたことないの?」

「ええっと……」

「ユーリさん、ハイラさんにあたるのは辞めましょうよ」

「別にそんなつもりはないわよ」

「只でさえずっと馬車の中だし気も滅入るよね」

フィーレに窘められたユーリは重い息を吐いてハイラに一言謝罪をした。その言葉を受け、横に首を振るハイラは二ヶ月近く前の事を思い出して舌に乗せる。

「素人目ですがバルトさんが力負けしているようには見えませんでしたね。拮抗していたような気がしますが、どちらかと言えばバルトさんが押していたような気もしました。ただ、それを上手く捌かれていたと思います」

「それだけ聞くと全員でかかれば勝てそうな気がしますけど、最後はどう見えました?」

「正直、良くわかりませんでした。バルトさんが凄い速さで飛び出したのを目で追いかけたら、既に地面に打ち付けられていまして」

「そこだよねぇ」

不明瞭な一場面。その一瞬が最大の懸念であり、本来であれば対策の要になる要因。全員が判断に悩み、割り切れない歯痒さを募らせる理由。情報の足りない戦闘は後手に回る。だが時として下手に情報を持っているからこそ、その情報が行動を阻害することもある。その不明瞭な情報に対抗する為に余力を残す行動を選んだ結果、前衛のバルトとデリダがやられては戦線が崩れて余力を残したまま敗北する可能性もある。

「……一旦、これについては忘れとこっか。本気を出してなかっただけならそれまでだけど、バルトの話を聞く限り直前までは勝てる見込みはあったみたいだし。そうなると普段からその能力が使えるっていうより何かしら限定的な能力みたいな気もするし」

思考を放棄したユーリは力無く頭を垂らす。馬車の揺れに合わせて上下する頭をフィーレは何となく眺めていた。

「まぁ、そうですね。たぶん今考えても答えは出ませんよね」

「そうだね。バルトさんも寝てるし、僕らも余計なこと考えないで

休もうよ」

「さんせー」

気の抜けた声で答えたユーリに、ハイラは小さく笑った。馬車の中の空気は換気されたようで先程までと比べて、大分軽い雰囲気になっていた。


目的地まであと一週間程度の街で勇者一行は足止めを食らっていた。

「……無駄な手間を増やすな」

気だるい声とは裏腹に、バルトは無駄のない動作で魔物を切り抜いて行く。扱われる大剣は予め軌道が定められているかのように淀みなく流れ、赤熱した軌跡は魔物を両断し焼き捨てていく。

「バルトー、早くしてー」

「ユーリさん、急かさなくても」

「だって暇じゃない。私達は何もするなって言われたし」

「それはそうですが……」

バルト一行は荷馬車とジレン、ハイラを街に残して郊外に出向いていた。数日前通った街道で魔物と遭遇し馬に怪我を負わされたのだ。その為、馬の治療と変えの馬の手配に時間を要していた。本来、人通りの多い街道には魔物は少ない。この街道にも魔物よけが施されていた。とはいえ、絶対に魔物が来ないほどの代物でもない。

「街の人も言ってたけどさ、最近は魔物が出やすいらしいよねぇ」

「皆さん大変ですよね。行商人も減って、念の為の用心棒も必要になりますし」

「んー、やっぱり魔王の影響だと思う?」

ユーリは眉をしかめてフィーレの顔を覗き込む。口元に指を当て唸ったフィーレは口を開いた。

「可能性としてはありえるかと。ただ、ここの魔物よけも簡易な物ですし効果が薄まってきているのかもしれません」

「何だかなぁ、場所とタイミングのせいで魔王のせいだと思っちゃうんだよねぇ」

街で魔物の話を聞いてしまった一行はジレンが滑らせた口のせいで

、魔物討伐を安請け合いしてしまったのだ。しかしながら、報酬代わりに馬の治療費と変えの馬の手配、滞在費を出すという契約を前に断れなくなり街道に出向いて今に至る。

「デリダ、まだか」

切り捨てられた魔物が燃える中、大剣を下ろしたバルトは周囲を囲い警戒する魔物をよそにデリダを見据えていた。

「……これで、五体目っ、です‼」

言葉と同時にデリダの拳が振り下ろされ、魔物の頭部を地面へと撃ち落とした。殴打と地面への激突で昏倒したのか魔物は動かない。追い打ちをかけに飛びかかってきた二体の魔物の一体を宙で掴んで勢いのまま投げ飛ばし、もう一体を蹴り上げる。蹴り上げた魔物に小さな雷が落ちた。

「はい、6体目」

「ユーリ」

「あんただってわかってんでしょ。デリダも強いけど決定打が足りないの。コルドが抜けた穴埋めたいのはわかるけどさ、だからってデリダにコルドの役割押し付けるのってどうなの?」

「……」

「今まではあんたとコルドいたから補助でデリダ入れて私達温存できたけどさ、今はそうも言ってらんないんじゃない? コルドが抜けた分、今までより私達とデリダで連携組んだ方が効率的だと思うんだけど」

バルトと違い立ち止まらないデリダは魔物に打撃を加えて体力を削っていく。数こそ減らせていないがダメージで魔物の動きが鈍くなっているのは確かだ。自分やコルドとは違い、一撃の殺傷力が違う。そんな事はわかっていた。それでもデリダにコルドの代わりをさせようとしていたのは自分のエゴである。自分とコルドで立ち上げた勇者一行としての役割や仕組み。今、それを改めて組み直す必要を感じられた。……コルドが抜けた時点で俺達のチームは崩れていたのだ。それを無理やり収めようとしても歪ができるのは必定。バルトは下ろした大剣を地面に刺して炎に包まるれる中、周囲の魔物を見回す。……コルドが抜けた事で気を張りすぎていたのかもしれない。自分とコルドで牽引してきたこのチームにはもう牽引役は必要ないのか。いや、必要なのは引っ張るのではなく共に歩く仲間なのだ。任せる所は任せるのも器量という物。自分はコルドといた時同様、補佐として動く方が性に合っているとも思えた。

炎を避けて襲いかかってきた魔物の喉を抜き手で制し、逆の手で頭を掴み炎を発し手を離す。地面に落ちた魔物は炎に包まれ悲鳴を上げながらのたうち回るが、すぐに動かなくなった。

「……わかった。上手くやってくれ」

「ん、おっけ。デリダ、さっさと片付けるよ」

「はい、お願いします」

結果として討伐数は並んだが、バルトは途中から徒手空拳に魔法を合わせた体術を使い手を抜いていたのは明らかであった。デリダが弱らせ、ユーリがとどめを刺す。それは今までと変わらない役どころではあったが処理する速度が違い、ややぎこちなさもあったが直ぐに修正された。

「あんたって馬鹿なの?」

呆れたユーリはバルトに悪態をつくが、意図を理解できないバルトは眉をしかめていた。


「戦士殿、こっちは手配が済んだぞ」

「すまない。もう出られるのか?」

「あぁ、いつでも良いぞ」

「……わかった。出立は明日の昼過ぎにする。それまで各自休んでくれ」

「あれ、明日でいいの?」

ユーリが意外だと言わんばかりに口を開くが、バルトは短く構わないと答え席を立ち何処かへ行ってしまった。ジレンは治療している馬の様子を見に行くと立ち上がり、ハイラも状況の報告をしてくるとジレンと共に外へと出ていった。残された三人は何の気なしに互いを見やる。

「……何だか意外ですね」

「うん。バルトならすぐに出るって言いそうなのに」

「疲れてたんですかね?」

「そんな事ないと思うけど、まぁ休んで良いって言うなら休もっか。フィーレ、一緒に街見て回らない?」

「いいですよ。デリダさんはどうします?」

「んー、僕は休もうかな」

「おっけ、じゃあ行ってくるね。たぶん夕方には戻るから」

返事代わりに手を降るデリダを見てフィーレとユーリも外へと出ていった。残ったデリダは深く息を吐くとテーブルに突っ伏してうめき声を上げる。数時間前の戦闘を思い出して自己嫌悪に陥り、ただ鬱憤を晴らすためだけに声を吐いていた。

バルトが自分を元勇者であるコルドの立ち位置に据えたいのは前々からわかっていた。それを踏まえての戦闘訓練も受けていた。それでもやはりコルドの穴を埋めるには技量や判断、経験において全てが足りていない事を実感してしまった。今回の戦闘に関しても本来であればユーリの補助無しでの戦闘を予定していたが途中からは補助を入れてもらい、更にバルトが手を抜いて討伐数がほぼ同数であった。コルドの穴を埋めるどころかバルトよりも数段落ちるのはわかってはいたが、明確な数字として見てしまうと思う所が多々あるのは否めない。ユーリの進言で戦い方を変えて結果を出せたのは、果たして良い事なのか悪い事なのか。

「……やっぱ新しい人、入れた方が良い気がするよなぁ」

とはいえ、それは既に国王に進言している。恐らく今回の旅を終えればその返事も来るだろう。後の問題はまとめ役のバルトが決めるだろうと思考を放棄する。


バルトは一人、物思いに耽る。

取った部屋に戻り、ベッドに腰を掛けて窓の外をぼうっと眺めていた。

コルドと出会ったのはいつだったか……。

そうだ、正確な出会いは覚えていないが王国騎士団に入団した時だ。何人もいた同期の一人で、魔王と出会うまで残った最後の同期。思えば10年以上の付き合いになる。自分は元々王国生まれでコルドは少し離れた田舎の出であった。王国騎士団と言えば聞こえは良いが、大半の人間には箔付けの為の組織と言っても過言はい。その為、入団者は貴族の子息が多く、だからこそ運営費も潤沢であったと今では理解できた。騎士団内は大別すれば3つの思想派閥から成っていた。一つは箔付けの為の権威派、一つは騎士団に夢を見る夢想派、そして国に身を捧げる忠義派。

この中で最も生存率が高いのが権威思想を持った貴族出の人間である。それもそのはず、そもそも騎士団出身という経歴を付けるために入団するのだ。死んでしまっては意味もない。そう言った人間は大抵が三年程在籍し、何処かへ出兵したのを最後に切り良く騎士団を抜けていく。こうする事で騎士団にいたと泊をつけつつ、この防衛戦に参加し国を守ったと騎士団に在籍していた建前を作るのだ。その後は騎士団の後援者として名を連ね、王都における貴族としての地位を固めていく。これが貴族としての正しい道順とも言えた。

最も死亡率が高いのが騎士団に夢を見る夢想派であった。この手の人間は往々にして自分の能力を過信する。否、己の理想を夢想した結果として自己の能力を霞ませて判断を誤らせた。その夢想は指揮官の指示に従わずに夢と潰える事が多い。そこで終える夢は自己満足でしかない事に気付かない、気付けないからこそ自分の能力以上の理想に溺れるのだ。騎士団内において扱いに困るのが夢想派である。端的に権威派は生きてこそ意味がある通過点として騎士団にいるが、夢想派の大半は夢を語るための場所として騎士団を最終地点とする。騎士団にいる事が目的となった夢想派は実力は伴わずに在籍年数を重ねていき、危険な戦地へと運ばれる。得てして夢想派は楽観主義である事も大きい。末端の騎士など在籍年数程度でしか生存率を把握出来ず、それは最前線で生き続ける生存能力とは異なる。それを混同し、危険な戦地へ選ばれる事を自分の能力が評価されたと誤解し、夢を夢のまま終わらせる。権威派は夢想派の人間が殉死した時、よく皮肉を込めて夢を叶えたと鼻で笑っていた。

忠義派は権威派・夢想派とは違い騎士団として生き国の為に死ぬを地で行く思想派閥である。この思想がどこで根付くのかわからないが、数年に一人は無駄に忠義心の高い人間が入団していたのを覚えている。だが、その忠義が共通するためか同じ忠義派で自主的な訓練をすることも多く、実力は確かであった。そんな彼らが数多の戦場で命を賭けて生き残る。その繰り返しが自身の命と戦地の状況を秤にかけ、常にギリギリを生きて成長していく。常に最前線で生きる彼らは権威派や夢想派以上に連帯感が強かった。殉職者が出れば己が力不足を悔やみ、共に生き残った団員と生を分かち合う。騎士団の中で本当に騎士団と呼べるのは、この忠義派だけだとバルトは思っていた。


入団した頃、バルトは権威派であった。

王国出身者はどんな生まれであれ、貴族の辿る道を行くことが正解である。貴族の出ではなくとも、騎士団として泊をつければ爵位を賜り貴族の末席に名を連ねられる可能性があったからだ。そんな思惑を知りつつもバルトは大人しく騎士団に送り出された。それは両親の考えとは別に打算があったからだ。貴族の出であれば、退団後に家督を継げばいい。だが、バルトの家柄は家督を継ぐようなものではない。だからと言って後ろ盾もなく稼げる学もない。数年、騎士団に身を置くことによって就職の足がかりにしようというのがバルトの算段であった。騎士団とはいえ王都全ての荒事を補えるわけもなく複数の自警団が存在し、治安の悪い場所や高級店では独自に用心棒を雇う所もある。頭を使う事なく、それなりに稼げることを考えれば自分に合っているとその時は思っていた。

やはり難しいことを考えず、体を動かすの事に適正があったのか気が付けば既に三年を経て四年目を迎えようとしていた。その頃には通例通りと言うべきか、親からもそろそろ退団して帰ってくるのだろうと何度も連絡が来たが、自分でも思った以上に乗り気にはなれなかった。今の生活に不満はなく、漠然とこの生活が続くのだろうと当時は思っていたのを覚えている。その時に、ふと思った事がある。元は

箔を付けることを前提として入団した為、自分は権威派だと思っていた。だが今は箔に興味がなく、退団をする予定もない。自分はどこに所属しているのだろうか。そんな折、出兵の命令が下った。


──レモウルド前線。

当時最も戦況の厳しい防衛戦線であった。

騎士団に三年も在籍すれば様々な戦地へと送られる。安全な後衛部隊もあれば危険な前線部隊もあり、権威派である団員は安全な戦地、部隊を志願する。騎士団本営も資金源を逃すような選択はせず、貴族からの支援で出兵先が変わる事など日常であった。後ろ盾のないバルトには命令を変える手段もなく、何の覚悟もなくレモウルド前線へと連行された。だが覚悟も夢想する夢も国に対する忠義もたないバルトには厳しい環境であった。土臭さ、地響きと怒号。まともに戦況もわからず放り出された最前線。数人で固まっていた部隊も気がつけば散り散りに。周囲の状況もまともに把握できず手近なニ、三人を倒した所で思考と共に足が止まってしまった。

──次は何をすればいい。

答えが出るよりも先に、怒号と地響きに溶けた足音が背後で聞こえた気がした。振り返るよりも早く背筋に怖気が走った。どこが切られるのか。頭、首、背中、腕、足。その全てが無防備であった。あぁ、ここで死ぬのか。漠然とここまできたバルトに縋るものはなく今では考えられない程、あっさりと死を受け入れていた。

「死にたいのか?」

「……あ」

振り返ると見覚えのある顔がいた。誰だったか、確か同期の──。

呆けていた自分の死角から来た敵兵を片付けたのはコルドであった。思考停止したままコルドを見て固まっていたが、彼は立ち止まらない。今度は自分の視界から消えるように横へ移動したかと思うと金属音が聞こえた。遅れた視線の先で敵兵の剣を受けたコルドを見て、反射的に体が動く。コルドの剣を受け動けない敵兵の腹部を切り抜いていた。

「何だ、動けるのか」

自身の剣が赤い線を引いたのを漫然と見た事で思考が動き始めた事をバルトは感じていた。

「当たり前だ」

「そうか、死ぬなよ」

それだけ言い残すとコルドは周囲を一瞥すると戦禍の中へと駆けて行った。


どれだけの日数を生き抜いたのか。気がついた時、レモウルド前線からの撤退命令が下っていた。生き残った騎士団員は疲弊し、摩耗しつつも確かに生きていた。

撤退命令が下った夜、前線基地では全体召集がかけられた。疲弊しきっていたバルトは気乗りしないまま命令に従い、野外の集合場所へと赴く。夜の帳がすっかり降りた闇の中、複数の松明が揺らめきながら簡素な机と椅子が並べられた会場を照らしている。戦地に着いてからの全体招集は初めての事で、席についた兵士達を眺めこれのどの人数がいたのかと感嘆した。前線で戦う騎士団、魔法師団。後方支援の医療団、補給部隊、その他生活に関わる雑務を行ってくれた給仕部隊。各々の会話や動作が音となり、ざわめく空間を太い声が鎮めた。

「傾聴‼」

全員が声の方向を向く。そこにいたのはレモウルド前線総指揮官、騎士団長イデン=サルバであった。

「諸君、長らくの奮闘御苦労だった。貴殿らの尽力によって敵軍の完全撤退を確認した。以上を持ってレモウルド防衛戦線の全作戦を完了とする。我らの勝利だ。改めて言おう、諸君、御苦労だった」

これだけの言葉で、初めて今回の防衛戦が終わったのを理解する事ができた。ここに来るまで引きずってた感覚が全て無くなったわけではない。それでも何も考えず、何の切り替えもなく来たレモウルド前線において初めて区切りを感じた瞬間であった。

「諸君、今回の戦線において戦死者18名。負傷者47名、内重傷者14名。これらは全て総指揮官である私、騎士団長イデンの責任によるものだ。そこで貴殿らに頼みたい事がある。今の私に出来る償いに助力が欲しい。我らの祖国を守った戦死者達に黙祷を、負傷者達には一日も早い回復を願って祈願を頼みたい。頼む」

イデン騎士団長は深く頭を下げて微動だにしない。呆気にとられた自分は意味もわからず騎士団長を見ていたが、一向に頭をあげない。ざわつく空間とは隔絶されたように騎士団長は動かない。きっと誰もが騎士団長を見ており、きっと誰もが自分達を見ていないことを理解していた。頭を下げて動かない騎士団長を見ていると自然と瞼が閉じた。それはここにいた全員がそうだったのだろう。ざわつきは次第に収まり、これだけの大人数がいるとは思えない程静かな空間となっていた。

「諸君、私の責任を分散させて済まなかった。我が国を守りきった者達に対しての想い、確かに伝わった。ありがとう。今ここに居る者、居ない者。全ての者に多大なる感謝を」

太く逞しいが柔らかい声音が閉じた瞼を開かせた。闇を切り開いた視界の先、騎士団長も頭を上げていた。席へと戻った騎士団長と入れ替わりに副総指揮官が立ち上がると大きく二度、手を叩いた。

「さぁさぁ、みんな。切り替えるよ。給仕部隊、最後の仕事をお願いするね」

その言葉と共に複数人の人間が席を立つと忙しなく動き始める。程なくして、各机の上には様々な料理や飲料が準備された。

「さぁ、今日は寝るまでが今日だよ。明日には一部の人を残して撤退、残った人には前線基地の撤収をしてもらうんだ。今日がここでの最後の夜。存分に楽しんで、存分に労って、存分に休んでね。ここにいる皆も周りには知らない人が多いだろう? 今日を生き残ったみんなはもう家族だ。自分達はいつも死地へ赴く、そして生還する。その度に家族が増える。今は一時の休息を家族と過ごして欲しい。ここに約束しよう。次も、その次も、そのまた次も、私達は生還し家族と生を分かち合う事を。さぁみんな、明日の為にも英気を養ってくれ。乾杯」

慣れた人たちも居るのだろう。副総指揮官の乾杯に合わせて複数の声が重なった。それを皮切りに静まった会場が少しずつざわつき始め、今回の任務が終わった開放感から声が大きくなり、いつの間にやらただの宴会のような騒ぎとなっていた。


それから三年程、いろんな戦地へ赴き前線に立った。

各地を巡ると前線の顔ぶれが大体同じ事に気付く。なるほど、権威派が来ることが無いとなれば忠義派が大半になる。その中に夢想派が混じるが、二度と見る顔はそういない。気付けば自分も忠義派と呼ばれるようになっており、雰囲気に流されるまま過ごしいつの間にかコルドとは友人と呼べる関係となっていた。

「なぁ、コルド」

「何?」

「お前は何で騎士団に入ったんだ?」

今まで聞く機会もなく、なぁなぁで済ませていた事が口に出ていた。自分は元々何も考えず、流されるままここまで来た。だが、その中でコルドに命を救われ今に至り、今ではぼんやりと騎士団にいる意味を見出していた気もした。

「理由?」

「そうだ。理由もなく前線で命を張る必要はない。確か田舎の出だったよな。それなら貴族派みたいに泊が目的でもないだろうし、夢想派には見えない。かと言って忠義派と言われる程、国のために生きているようにも思えない。何を思って騎士団に入ったんだ?」

「……笑わない?」

やや眉を寄せて語り掛けるコルドに笑いそうになったが、耐える。

「笑わない」

「本当?」

「くどい」

「んー、わかった。大した理由じゃないよ」

そう前置いたコルドはとつとつと話し始めた。自身の育った村の事、自身の事、人間として欠落している事。それらの話は時に共感、時には理解できない話であったが、伏し目がちで話すコルドの声音は静かで嘘には思えないものであった。

「僕は自分の為には生きられない。生きる為の欲求が足りないんだ。だから僕は自分の生きる理由を他人に求める事にしたんだよ。まぁ死にたいわけでもないからね。その中で騎士団が都合いいと思ったんだ。自分が死なないように立ち回って、周りの人を助ける。一時でも他人の生を伸ばせたなら、僕の行為に意味もあるよね? だから僕は僕の為に他人を守る事で、自分が生きる理由にしたんだよ」

利己的だよね。自嘲気味に笑ったコルドは泣きそうにも見えた。

あぁ、そうなのか。だからこそレモウルド前線で助けられた時、コルドは迷わずに動けていたのか。もう何年も前に思った疑問が今更氷解した。同時にコルドの死にたくないと言う気持ちと、自分の為に生きるのに必要な欲求の欠落に挟まれ、苦肉の策として生死の間に生きる騎士団の最前線に立つ事を由とした意味を理解した。だからこそ悲しくなった。自分の様にやりたい事がなく騎士団に流れ着いたのではなく、そもそも自分の為に何かをしたいと言う欲求がなく自分を生かす為に辿り着いた騎士団。表面上は同じだが、根本は全く違う。言い方を変えればコルドは味方の為に敵を殺さないと生きていけない程に追い詰められていた。

「……どうしたのさ」

「いや、何でもない」

これはコルドの為になるのだろうか。きっと自分がコルドを友人として見てしまったエゴだろう。誰かの為に生きて誰かの為に死ぬコルドを認められなくなっていた。それならば誰かを守るコルドを自分が守ろう。もしコルドが死ぬ時は誰かの為なんて無責任にではなく、俺の責任のもとで俺の為に。何故か天啓のように、自分が騎士団に来た意味が今明確になった。

「……コルド、俺と組もう。誰かでは無く俺を守れ。俺がお前を守る。お互いに戦地を生き抜いて騎士団を上り詰めよう」

「バルト?」

「お前の漠然とした誰かに俺がなる。それなら例えば俺が世界を守ると決めたなら、俺を守ることでお前も世界を守ることになる。いちいち誰かの為を探すのも手間だろう。余計なことは考えず、俺を守れ」

呆気にとられていたコルドはしばし間を置くと小さく笑った。

──なるほど、悪くない。と


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