第11話:再会と邂逅3 ベルジダッド編2 ケルザvsベルジダット



確かに乾いた音は二人の耳に届いていた。

しかし、対峙した二人は動かない。

「あれぇ、聞こえなかったんでしょうかぁ?」

「いや、そうではない。ベルジはケルザの行動を待っているのだ。対してケルザは攻め方を考えておるのだろう。共に動かないが意図が違う」

「そうなんですねぇ。どちらが勝つと思いますかぁ」

「ベルジだろうな。ケルザが勝つならば私は奴を過小評価していたとしか言えん」

「ベルジさん、強いんですかぁ?」

「どうだろうな。私も昔の弱かったベルジしか知らん。ただケルザの能力はそれなりに把握している。単純に相性が悪いのだ」

動かないケルザよりも先にベルジダットは垂らした右手から黒い霧を滴らせ、歪な剣を出現させた。全てが黒く、刀身は何度も折れ曲がったように歪。切るというよりも捌く刃に思えた。

「やはり口ばかりか、人間」

歪な剣を携えた吸血鬼は不用心に一歩踏み出した。ケルザが同時に抜いた剣の軌跡は魔力で固められた水の刃として吸血鬼に飛ぶ。無造作に振られた歪な剣が水の刃に触れた途端、水刃は飛沫と散った。

「児戯だな」

その一振りで吸血鬼は剣術から遠い存在なのをケルザは見抜いた。純粋な剣技ならば間違いなく自分が負けることはない。だが吸血鬼は漫然と歩く、先程の水刃など無かったように。ケルザなど歯牙にもかけていない事が見て取れる無防備な邁進。その不遜な進軍をケルザは一息で切り抜いた。軌道は間違いなく吸血鬼の脇腹を通したが手応えがない。体制を整えつつ振り返るが吸血鬼に傷はなかった。

「どぉいうことですかぁ、魔王様ぁ」

「奴は内向きに結界を張って魔力を構築して人形を保っている。成りこそ生物ではあるが、吸血鬼に肉体はない。魔力を吸収し成長する霧状の生命体。それが吸血鬼と呼ばれる種族だ」

「それって物理的な攻撃は効かないってことですかぁ」

「扱う媒体に強力な魔力や魔法が宿っていれば別だが、基本的にはそうなるな」

「せんぱいに勝ち目ありませんねぇ」

「言ったであろう、相性が悪いと」

「うふ、生意気なせんぱいの立ち回りが楽しみですねぇ」

「負け戦だからな。どう抗うかだけが楽しみだ」

くつくつ、ニコニコと笑う二人の瞳には好奇と値踏みが混じる不純な色を孕んでいた。魔王は吸血鬼が勝つ事を理解しており、エルフは生意気な先輩が負けるのだろうと納得する。それは吸血鬼が勝つことを前提とし、勇者がどれだけ抗うのかを期待する物見遊山。魔王は二人の能力を把握する為に立会人についたがエルフは違う。悪い意味でも純粋に育てられた彼女は勇者に負けたことは認めるが、だからと言って自分を脅かした勇者に少なからず怨みに近いものを持っていた。それは日常に出るものでも、行動に出るものでもないささやかな怨み。友人に対して少し腹を立てる程度の小さなもの。そんな恨みを発散するためにも無様な勇者が見たくて立ち会ったと言っても過言はない。その負け様を想像して持ち上がる広角を隠すように無意識に手を口元へ運んでいた。



数度切り払うも軌跡は抵抗なく描かれる。霧に向かい素振りをするだけの行為は何一つとして成果を見いだせない。吸血鬼は技術など存在しない無造作な一振りを足掻く勇者に振り下ろすが、勇者はそれを難なく回避する。それは幾度か繰り返された行動だったが、一度足りとも吸血鬼の歪な剣を受けることは無かった。数多の戦闘経験からくる判断で具体的な理由などない。経験則が自身の有する知識を上回る結果を出す事を勇者は数え切れない程体験しており、戦闘中においては曖昧な感覚が行動の最優先事項に持ち上げられていた。

「ふん、落ち着きが無い」

「この手数一つ一つが情報だ。物理的な攻撃が効かないからと棒立ちでいるのは落ち着きとは言わない」

怠慢だと口に出さずに吐き捨てた。

戦闘面においても技術が拙い以前の話である。本来生物は物理的な干渉を受ける為、物理的な行為には物理的な対応が迫られる。命のやり取りとなれば物理的な対応に技術が求められ、些細な動作が重要な情報になる。戦闘が長引くほど情報量が勝敗を決するようになるのだ。意味のない棒立ちとは情報を公開してるのと同義。剣が通用しないのは一太刀で理解している。それでも敢えて攻撃を続けているのは情報を収集する為であった。

吸血鬼は自分のみで相手取るには厄介である。

たが、自身の特性に依存した未熟な戦闘技術を見れば勝てない相手ではないと判断を下した。唯一の問題は有効打を与える術が少ない事である。勇者は動かない吸血鬼を見据えながら後ろへ飛び、同時に水刃を放った。勇者の使う魔法は有効範囲内において水を操作、硬化させるものであり魔法と言うよりも物理攻撃の延長である。多少なりとも魔法として対象に干渉はするが、それは物理的な干渉と比べれば些細なものであった。物理的な干渉を受け付けない吸血鬼に対しても与えられるダメージなど微々たるものの筈。その筈であるが、吸血鬼は棒立ちで切られ続けた時とは違い魔法だと判断できるものには歪な剣で対応する。きっとこの吸血鬼は、その行為が与える情報など想像すらしていないのだろう。

「無駄を悟ったか、人間」

「相性が悪いのは認めるが、お前が無防備に晒す情報の価値は高い。戦闘経験が少ないのが透けて見えるぞ、吸血鬼」

「戯言だな」



「ベルジさんは戦う経験が少ないようですねぇ」

「理由が無いのであれば不要であろう」

「せんぱいも有効打がないのに余裕に見えまぁす」

「ケルザは曲がりなりにも勇者だから戦闘経験は多いのだろう。確かに奴の言葉からはベルジに勝つ方法があるようにも聞こえるな」

「相性は悪いんですよねぇ?」

「そうさな、相性は悪い。だが、それを常々覆していく者が生き残り最後には勇者と呼ばれるのだろう。なれば、勇者たる所以を示すはずだ」

魔王はやや目を細めて勇者を見る。魔王からすれば脆い生物であり、隔絶された生物としての差の前では勇者も一般人も変わりはない。この機会を持ってようやくケルザの勇者としての能力を見定められると、視界は見える物以上の情報を集めていく。この時点で明らかなのはケルザが物理と魔法を明確に使い分けている事だ。多少の距離が空いたときには魔法で固めている水の刃を使い、剣の間合いでは物理的な攻撃をしかけている。その行為は反射的な行動ではなく意思が感じられた。仔細はわからないが、恐らく何かを確認しているのだろう。相対するベルジは相性の優位性からか攻撃の手数は少なく、ケルザが間合いに入ってきた場合に反撃をする待ちの姿勢。しかし返す刃も難なく避けられているように見え、一見ベルジが優位に見えるが互いに有効打が無い。それでも尚、ベルジが悠々と立つのは手に持つ魔剣の特性か──。

「魔王様ぁ。ベルジさんの持ってる剣、変な感じですねぇ」

「あぁ、恐らく魔剣であろう」

「魔剣ですかぁ?」

「そうだ。使用者の魔力を加工し、魔力から特性を抽出して武器とする物だな。先程話した魔力の籠った媒体にあたる物だ」

「じゃあ何かしらの魔法が使えるんですかぁ?」

「魔法とは限らんな。特性によっては武器が軽くなったり手に持たずとも自由に操作できたり、不可視の武器もあり得るだろう」

「では、先輩の使ってる剣も魔剣なんですかぁ?」

「大差はないが聖剣に分類されるな。大別すれば魔族が作った魔法の剣は魔剣で、人間が作った物を聖剣と呼び分ける事が多い」

「そうなんですかぁ。何か違いがあるんですかぁ?」

「うむ。魔剣は人間よりも魔法に長けた魔族が作るものだけあって魔法特性の高いものになる。そも人間以上に肉体的に強い生物が多いのだ。物理的な武器よりも特殊な性能を求めることが多い。聖剣は魔法よりも物理的な武器としての性能が高い事が多いな。極論ではあるが木の棒に高い魔法特性があるのが魔剣で、粗雑な剣でも切ることを前提としたものに補助的に魔法が付与されているものが聖剣といった感じだな。まぁ、剣に限った話ではないがな」

「なるほどぅ。そうなるとベルジさんの魔剣の効果が気になりますねぇ」

「まったくだな。あの様子からすれば当たれば効果がありそうだ」

せわしなく動く勇者と堂々と待ち受ける吸血鬼。それを眺める立会人の二人は立つ事に疲れ、風にそよぐ青草の上にゆっくりと腰を下ろした。



粗方情報を集めた勇者は、自分から攻めない吸血鬼の歪な剣を回避して距離を取った。最後に水刃を二振り放つ。吸血鬼の剣技では同時に防げないタイミングと場所。目論見通り一振りは水飛沫となるが、もう一振りは吸血鬼の左大腿を切り抜く。水刃が抜けた大腿からは数瞬、黒い霧が漏れたが直ぐに治まっていた。

「この程度で魔王様の護衛など思い上がりも甚だしい」

「安心しろ。お前の様に剣の効かない相手とも戦った事がある」

戦った相手は人間よりも魔物が多い。自然、特殊な体質の生物と戦う事はざらであった。剣が効かない、魔法が効かない、実態がないなど千差万別。それらに剣を向けることで情報を集め打開してきた。この吸血鬼との手合わせも今までと変わりない。無駄に思える行為で情報を引き出し、些細な変化を見極め、打開策とする。

この吸血鬼は物理が効かないのは明白、それ故の無防備。その癖、多少の魔法が付与された攻撃は可能な限り防ぐ。先程の水刃で裂いた大腿から漏れた黒い霧は吸収し蓄えていた魔力の一部だろう。魔法に対して過剰に防御をしようとする理由はダメージではなく、この魔力の漏出を嫌っての可能性が高い。漏れた霧は僅かでも、魔法に対して自分がどの程度まで耐えられるかも把握出来ていないことから来る過剰防御。魔法を扱う存在との戦闘経験が少ない事が伺い知れる行為。言い換えるならば、吸血鬼は自分の体力を把握出来ていない。物理が効かない魔物の大半は魔力か気体、液体が本体のものが多い。この吸血鬼も例に漏れず霧が本体の魔物と推察できる。霧は魔力で繋ぎ止めている体力そのもの。だが、本体が生物ではない魔物には疲労がない。体力が尽きるまでは万全な能力を行使できるが、尽きれば気力で動かせる体がない。その状態まで行けば無力な存在と言える。だからこそ吸血鬼は戦闘経験の不足から自身の体力を把握できておらず、唐突に来る体力切れを過剰に恐れているのだ。何より、無力な存在になっては魔王を守る為に来た存在意義が消失する。その存在意義は魔王が封印されてから数百年蓄積させた年代物。それを容易く捨てられる者はそうはいない。その想いが一層、吸血鬼の行動を制限する。

ケルザは納刀すると一つ息を吐く。

「様子見は終わりだ。お前も出し惜しむ必要はない、魔王の前だ」

「……本気を出すまでもない」

「底が見えないのと見せる底がないのでは話が別だぞ、吸血鬼」

返事を待たず、ケルザは容易に吸血鬼の間合いに戻る。元より近接戦において無防備な吸血鬼は、その進軍を甘んじて受け入れた。それはケルザの予想通りであり、最後の確認を済ませるのに好都合な状態。眼前にて吸血鬼では防ぐのが間に合わない速度の居合い。鞘より引き抜かれた刀身は鞘よりも幅の広い水の剣となり、一滴すら垂れる事はなかった。両断した胴が落ちる事はないが明らかに今までよりも多い霧が漏れ出し、吸血鬼の視界を霞ませる。霧が収まるよりも早く踏み込んだ右足を起点に、体を落とし込むように左側に回転し、吸血鬼の左側に踏み込むのと同時に勢いを載せた二振り目。それは一振りめと同じ軌跡を辿り、再度手応えなく胴を両断する。以前霧は収まることはない。それもそのはず、魔法を纏わない状態でも同じ箇所を同じ軌道で切る事は実践済みであり、一太刀で切られた場所よりもコンマ数秒再生が遅かったのを確認していた。これは切る物が物質ではない場合にのみ使える限定的な最速剣術である。腰の捻りと踏み込みの勢い、抜刀時の瞬間のみに力を込める事で剣を打ち出す抜刀術。返す刃は手首を捻り、同じ軌道を腕力で切り戻すという力技。恐らく物理的に切られる事に無防備な吸血鬼は2度切られたという認識もないのだろう。一瞬を自身の最速剣術でコンマ数秒伸ばせることを確認したケルザは最後に二振りの水刃を放ち、魔法による損傷の治癒速度を確認していたのだ。直ぐに収まる霧は一瞬ではない。一瞬でなければ通常の剣技で押し広げ継続的な損害を与えられる。様子見の時に近接で魔法を使わなかったのは余計な警戒を持たれない為と、魔法は使えるが近距離で使える魔法はないと思わせたかったからである。この水刃を飛ばす事による魔法を使えるという認識は本来近接戦では懸念事項になるが、それを払拭する為に魔法を使わない物理的な方法をケルザは複数回重ねたのだ。結果、魔法に対して過剰防衛していた吸血鬼も近接戦においては無防備で有り続けた。剣技で吸血鬼を遥かに凌ぐケルザにとって、魔法の残滓による微小な損害はただ与え続ければ打開できる些末な問題である。残る懸念は吸血鬼の保有する魔力と手に持つ歪な剣であった。魔力に関しては一方的で見る価値がないと判断すれば魔王が終わりを告げるはずと除外。

「お前に自覚はないだろうな、吸血鬼」

止められない霧に漸く焦りを感じたのか、初めて攻撃を回避するために足を動かしたが、その程度でケルザの捕捉からは逃れられない。すぐに治る程度の治癒速度などケルザの間合いにおいて意味を成さず、唯一警戒している歪な剣も防ぐ技量を持たなければ障害にならない。ただ切りやすい部分を即時判断して、必ず2回切る。それは吸血鬼の目に留まる確かな劣勢であり、打開のために振るう歪な剣は空を切ってはケルザに攻撃の隙を与えていく。

「俺に切られたと認識するたびに視線が揺らいでるぞ。本当は人間が怖いんだろう?」

その囁くような言葉を聞いた瞬間、吸血鬼は霧散しケルザの間合いから離脱して人形を再構築した。



「ベルジさん押されてますねぇ」

「うぅむ、戦闘技術はケルザが上回っているな。一撃の被害が少なくとも継続して与えられるのならば甚大な被害に繋がる。補助的な魔法も剣技と合わせれば物理が効かない相手にも効果はあるのだな。芸達者な奴だ」

「仮にも勇者ですからねぇ。普通は人間が魔族に単身で挑むなんて狂気の沙汰ですよぅ」

「まったくだな。私としてはケルザが追い込まれるのが見たかったが、ベルジは些か攻撃手段に乏しいか」

「せんぱいを追い詰めるためにベルジさん応援しましょうかぁ」

「それは良いな。しかし立会人である以上中立でなくてはならんからな。心の中で応援するとしよう」

「では魔王様に変わりまして私が応援しますねぇ」

妙に甘ったるい声援は風に流され、何処かへと消えていった。



──この男はなんだ。人間なのか。

自身の特性もあり完全に優位だと思っていた。現に初めは何ら問題はなかった。多少の魔法を扱うのも想定内である。だが、何だ。この形容しがたい感覚は何なのだ。眼の前の男は自身の知る人間と掛け離れている。魔王様が起きるまでの数百年、人間たちから吸収した魔力を馴染ませ、固定させ、漸くこの姿を維持できるに至った。魔族が決して万能ではない事は理解している。自分も人間に追い詰められた覚えもある。だがそれは今よりも弱く、複数の人間に狙われた時の話だ。

「……過小評価していたことを認めよう、人間」

いくら魔王様とはいえただの人間を近くに置くことは考えにくい。護衛としているのならば腕が立つのも納得ができる。ではこの人間はどこから現れた。ただの一般人が魔王様の元に来る事などあるのか。それも魔族相手でも怯むことなく、戦いに臨むなど……。そんな事が出来るのは人間でも極一部、それも蛮勇ではなく実力も伴うとなると、まさか。

「──お前は」

口に出そうになった言葉を飲み込む。例え想定通りの人間だとして、だから何だというのだ。相手が誰であろうと打ち負かす。それが魔王様の護衛である。魔王様の護衛である私が負けることにど許されない。

「非礼を詫びよう。魔王様の言葉に従い致命傷を与えないように気を払い過ぎていたようだ。ここからは私の戦いを見せよう」

形を保つための魔力を抜いても、自分の魔力の残量はまだある。それを出し惜しむ相手ではないのは充分に理解した。長期戦になれば自分が不利である。恐らく短期決戦でしか勝ち筋はない。



吸血鬼は自身が蓄積していた魔力を結界から押し出し溢れさせた。ゆっくりと大地を侵食する黒霧の海は勇者の足を飲み込む。それは次第に厚くなり、大腿まで霧は積み重なった。吹き荒ぶ風に流されることは無い霧の海に吸血鬼は沈む。夜ではないのが惜しいが、この霧の海を発生させる事で自分が霧状になって移動するのを目視させない効果がある。扱う魔法を考えると大した魔法は使えないと踏んだ吸血鬼は自身を感知させない不意の攻撃を持って、戦闘技能の穴を埋める手段とした。

周囲を見回す人間を見るに推察は正しかったらしく、目視でしか相手を認識できない様である。

泳ぐ様に霧の海を進んだ吸血鬼は、静かに人形を形成し歪な剣を振り下ろした。しかし歪な剣は空を切る。人間は振り返ることなく、自身の振り下ろした剣を回避していた。陽光に反射した水を纏う刀身が自身を写していることを数瞬遅れて認識する。

「器用な奴だ」

「人間は弱いからな。だからこそ技術を研鑽する」

ケルザの振り向きざまの一閃を、吸血鬼は霧の海に溶け落ちてやり過ごした。このままでは埒が明かない事を今のやり取りで薄々理解していた吸血鬼は、今度は自身を二体出現させて人間を挟撃する手段を選択した。

「……ただの案山子じゃなかったみたいだな」

人間は自身を中心にほぼ同距離に出現した二体の吸血鬼の位置を確認する。その二体の手には、変わらずに歪な剣が握られていた。

「さぁな、案山子かもしれんぞ」

二体の吸血鬼は当時に、人間に接近する。それは初めて自ら攻める行為であり、能動的な戦闘である。今までの情報があっても戦闘方法が変われば油断は出来ない。何より物理的な攻撃を受け付けない為、片方を崩して、もう片方を対処する手段は取れず、回避する事に意識を置かざるを得なかった。

ほぼ同時にケルザの間合いに入った二体を、一振りで両断するも時間稼ぎにもならない。そも既に防御を捨てていた。二体が同時に振り下ろした歪な剣は空中で交差し、ケルザを両方向から袈裟斬りにした。だが、それは剣を振ると同時に前に飛んだことで回避された。

「ふむ、少し癖があるな」

二体の吸血鬼は互いを見やり動作の確認をする。片方が首を回し、次いで片方が肩を回す。その動作だけでケルザは自身に対する危機感を跳ね上げた。互いの動作が一致させられるという事は任意にずらせるということである。それを同一人物が自身の狙いと寸分違わない行動を二体で行うことができるのだ。

「さて、準備運動だ。まずは一太刀かすめる所から始めよう」

先程と違い一体が先に動き出し、残った一体は後ろを追うように人間に切迫した。



「あ、分身しましたぁ。魔王様ぁ、私も出来るんですよぉ、分身」

「うむ、ケルザにいじめられた時の話で聞いたな」

「私もしますかぁ? 魔王様を挟んで双子になりましょうかぁ?」

「それは鬱陶しいな。疲れて戻るケルザをそれで労ってやれ」

「あは、良いですねぇ。せんぱいのうんざりした顔が目に浮かびますよぅ」

「私は出来ないが分身はどういう感覚なんだ?」

「ベルジさんのはわかりませんが、私の場合は視界が増えるというよりは俯瞰してる感覚に近いかもしれませんねぇ。右目と左目で別の物を見つつ、俯瞰した私がそれを合わせて認識してるようなぁ?」

「目が回りそうだな。体の感覚はどうなんだ」

「本体の私は普通にありますけど、分身は任意で遮断できますねぇ。ただ、分身の痛覚を遮断できないと私が痛い思いをするだけで分身で痛みを感じることはありませぇん」

「ふぅむ、よくわからん仕組みだな。動かす時は?」

「何となく頭の中で分身の私を操作しつつ自分も動く感じですねぇ。途中でよくわからなくなるので基本的には分身を動かすなら私は動かないようにしてまぁす」

一転攻勢して二体の吸血鬼に攻められる勇者は回避に専念しつつも、隙きを見ては水を纏った剣を振るっている。そのやり取りを見ながら立会人の二人は城の壁に体重を預けていた。

「しかしながら、ベルジもやるものだ。見事にケルザを追い詰めているではないか」

「はぁい、魔王様の応援が届いたようですねぇ」

「うむうむ、成長を感じるな」

「あの魔剣二本ありますけど片方は偽物なんですかぁ?」

「いや、恐らくは本物だろう。魔剣は自身の魔力を加工して作るものだと話したな。ベルジは何か物質を媒体にした魔剣ではなく、自身の魔力と霧を媒体にしたのだろう。であれば、自身である霧と魔力を分けて作る分身も同様の魔剣を作れるのは道理だ」

「はぁ、便利なんですねぇ」

「自身の体を加工するとなると鍛冶師も腕が良かったのだろう」

「村から出なかった私には知らないことばかりですねぇ」

「聞いてるだけでも面白いだろう? 私もシィラの箱入り娘話を聞くのは面白いからな」

「うふ、魔王様には私の箱入り娘としての経験を注ぎ込んで、完璧なお嬢様にしてあげますからねぇ」

「うむ、頼りにしているぞ」

「はぁい、おまかせくださぁい」

ニコニコと微笑むシィラは談笑しつつも追い詰められるケルザを観て自身の嗜虐心を満たしていく。一振り、二振り、三振り。止まることなく攻められ続けるケルザを見る事が出来たシィラは勝敗などに興味はなく、この楽しみがいつまで続くのかだけを気にかけていた。

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