第7話:再会と邂逅2 シィラ篇2

「やはり、ここが落ち着くな」

城へ戻った魔王は定位置につく。毛先を切った魔王の髪は三編みになっており、肩越しに胸元へ運ぶと満足そうに眺めていた。シィラは今朝と同じように魔王の膝下に座り込みニコニコとしている。

「毛先まで整いましたねぇ。髪も編まれて、女の子としても完璧ですよぅ」

「お嬢様も楽ではないのだな。毛先まで気にする必要があるとは」

「そうでぇす、女の子は大変なんですよぅ」

「しかしまぁ、こうなると寝る前に解くのが惜しいな」

「魔王様の髪は長くて綺麗ですからねぇ。色んな髪型を楽しめますよぅ。言っていただければ私が髪を整えまぁす」

「ふむ、それは良い。こんな事はケルザには出来んよな」

くつくつと笑い、定位置に立つ勇者に視線を流す。

「必要がない」

「そうだな、シィラがいる。貴様がする必要はない」

「はぁい、お任せくださぁい」

「良かったな、ケルザ。シィラのお陰で貴様の大好きなお嬢様が、より一層女の子らしくなったぞ」

「そうか」

「せんぱぁい、せんぱいは魔王様の従者なんですよねぇ? 自分のご主人さまが髪型まで整えたのに感想の一つもないんですかぁ?」

「そうさな。せっかく毛先を切っただけでは変化に気づけないだろうと思い髪型を変えたのだが、よもや気づいていないのではあるまいな?」

「……何が言いたい」

「せんぱぁい、そんなんじゃモテませんよぅ?」

シィラは大袈裟にため息をつくと頭を振る。

「良いですかぁ? 女の子は適当なノリで褒めてもらっても嬉しいんですよぅ? 可愛いね〜とか、似合ってるね〜とか。むしろ、女の子を褒めるのは礼儀ですよぅ?」

「そうか」

「そうでぇす。せんぱいはアレですかぁ? 女の子を褒めたら、その子と一生を添い遂げないといけない戒律にでも従ってるんですかぁ? 女の子を褒めるのに、そんな重い考えいりませんよぅ?」

「俺はそんな戒律のある村の出身ではない」

「なら、どうぞ〜。魔王様に募り募った思いの丈をぶつけちゃってくださぁい」

「シィラよ、そう虐めてやるな。此奴は初心なのだ、女の手を握ったこともないような奴なのだ。そんな男が素直に女を褒めることなど出来まいて」

魔王は口角を緩やかに上げる。

「えぇ……、そぉなんですかぁ? 私、それはちょっとどうかと思いますぅ。せんぱいは大人ですよねぇ? 今まで女の子に会えなかったんですかぁ?」

「そんなわけ無いだろう」

「じゃあ何で感想の一つもないんですかぁ? 女の子を褒めたことないんですかぁ?」

「……それくらい、ある」

勇者は自分でも何を言っているのかと後悔した。何故この女の言葉に答えたのか、適当に流せば良かったものを。魔王と女の目には、目に見えて好気の色が浮かんでいた。

「ほぅ、これは驚いた。貴様でも女を褒めることがあったのか」

「違いますよ〜、魔王様ぁ。私達に好きに言われたのが悔しくて、つい言い返しちゃっただけですよぅ」

「なんと、此奴にそんな意地があろうとは。ケルザよ、私に意地を張る必要はないぞ。素直に褒めたことが無いのなら、無いで良いのだ」

「そうですよぅ、せんぱぁい。今まで褒めたことがないなんて、どうでも良いんですぅ。私は今、魔王様に言うことがあるんじゃないかなぁって話をしてますのでぇ」

「私は我儘な従者の為にお嬢様らしく振る舞えるように努めているのに、我儘な従者は従者らしく主人も立てることが出来ないとは。私ほど従者の自由を認める寛大な主人は、そうはいないと思うんだがなぁ」

確かに魔王は、人間との付き合い方を遵守している。お陰で街の住人にも好意的に受け入れられている。髪型を含め身だしなみに気を使うのは主として正しい行為だと勇者も判断していた。さればお嬢様らしく振る舞おうとする主人に対し、従者らしく感想の一つでも述べるのが労を労う意味でも礼儀の様に感じてきた。

「せんぱぁい、練習しますかぁ? 試しに私を褒めてみますかぁ? きっと普段口にしない言葉だから躊躇ってるんですよぅ。一回口にしちゃえば、気負わずに言えるようになりますよぅ?」

「ふむ、それは良いな。どれ、ケルザよ。シィラを褒めてみせろ」

魔王に促され、勇者は改めて女を見る。

魔王よりは身長も高く幾分大人びた容姿、腰まである癖の強い亜麻色の髪、深緑の瞳。薄緑のドレスを身に纏い、柔らかい表情を浮かべる女に人当たりの良さを感じるも、変化のない表情は腹の中を感じさせない不気味さもある。何より間延びした甘ったるい話し方が鼻に付く。癪に障る。昨日からのことを思い出し、褒められるところを探し、思い出す。

「昨日、お前の神経の図太さを褒めただろう」

「あれは皮肉って言うんですよぅ。知らないんですかぁ?」

良くわかった、この女は性格が悪い。腹の中はドス黒い泥でも詰まっているのだろう。

「早く褒めてくださぁい」

「そもそも昨日あったばかりで褒めるほど、お前の事を知らない」

「何も性格の話はしてませんよぅ。ほらぁ、容姿とかぁ」

「…………」

「そんなに悩みますぅ?」

「……良いドレスだな」

「せんぱぁい、話の趣旨わかってますかぁ? 私を褒めるんですよぉ?」

「……人当たりの良さそうな笑顔だな」

「わざとですかぁ? そんな他人にどう思われそうとかじゃなくてぇ、せんぱいが私をどう思ってるかを言うんですよぉ?」

「癪に障る話し方と性格だな」

「褒めるって言葉の意味知ってますかぁ?」

「もう良い、シィラ」

魔王は編まれた髪の先を、手慰みの様に僅かに解く。

「てすがぁ……」

「何、出来ない事を求めるつもりは無い。元より出来る必要も無い話だ」

「うぅ〜、納得できませんよぅ」

緩慢に髪を解こうとする指をシィラは包むように両手で掴み制止する。

「せんぱい、私と違って魔王様とはそれなりの期間二人だけで生活してましたよね。それでも魔王様に褒められると思えることは無かったんですか」

女は両手で触れている魔王の手を見ており、表情は見えない。

「……そんなことは、ない」

「本当ですか、従者だからって否定してるだけじゃないんですか」

「……違う」

勇者は自身の返答と思考に困惑する。所詮礼儀、社交辞令。従者が主を立てるだけなら、適当な事を口にすれば良い。この女の言うとおりだ。だが、俺の押し付けることを履行して主らしくあろうとする魔王に対して礼儀だからと適当な言葉をかけるのは正しいのか。その場しのぎの社交辞令に意味があるのか。

「ふぅん。じゃあ質の良いドレスでも褒めますか」

「話の趣旨が違うんだろう」

「わかってるじゃないですか。性格でも容姿でも何でも良いんです。せんぱいが魔王様のこんな所が良いなぁって思えることを伝えるだけで褒めるって事になるんですよ。今までの付き合いでーー」

「……シィラ。これで何も出ないなら私も流石に悲しくなる。話は終わりだ」

魔王は目を伏せるように解けた毛先を眺めていた。

「……魔王」

「ケルザよ、無理に褒める必要はない。私とシィラのちょっとした戯言だ。女同士の世間話に花を咲かせていただけに過ぎない」

「いや、キルシェ。話を聞け」

「……何だ」

魔王の瞳が揺らいだ気がした。

「俺は仲間を捨て名前を捨て、ここにいる。いつだったか街に住めばいいと言われたが、未だにここにいる。きっとそれは、お前を魔王としての色眼鏡をかけずに、キルシェ個人として見れば存外に嫌いではない……からだと、思う」

「……ふむ」

「何より俺はお前の義理堅さを知っている。口約束が嘘では無かったことも確認できた。俺が要求した事も満たし、主らしくいようと努めているのも理解している」

「……知らんな」

「俺はお前の過去に興味はない。伝承として語られる魔王と、共に生活してきた魔王。俺は伝承では無く今のお前を、自分でも思った以上に信用している」

「……ほぅ」

「だから……、何だ。いや、何を言いたいんだ俺は」

勇者は腕を組み眉を寄せる。そもそも俺は何をしている、何故こんな事を口走っている。目的もわからずに開いた口は着地点を定めずに言葉を続けた結果、自分でも意味がわからなくなっている。

「せんぱぁい、もっと褒めてくださぁい」

そうだ、魔王を褒める話だった。思い返すが褒めていない。だが、着地点の定められない言葉は既に限界を迎えており、墜落した。

「あぁもう……。自分でも何を言っているかわからないが、俺は存外ここでの生活を気に入っている。もうこれで良いだろう」

「……ふっ、くくっ」

「もぅひと押しでぇす」

もう髪を解くことをやめた魔王の指は、落ち着かないように髪の毛を弄んでいる。背もたれが影になっていたが、弄んだ髪が無造作に動く事で陽光に晒され銀色が映えた。

「……銀の髪は綺麗だと、思う……ぞ」

「くっ、くふっ……。くくくっ」

魔王の肩が揺れる。

「魔王様ぁ、口元がニヤついてますよぅ?」

「そうかそうか、貴様は私の髪が……私の事が好きなのだな。なるほど、なるほどなぁ。それは知らなかった」

「魔王様ぁ、編み直しますので一度手を避けてくださぁい」

「ふむ、任せよう」

すんなりと手を引くと、シィラに髪を任せる。

「器用なものだな」

「慣れですよぅ。私は人の髪を触るのが好きなのでぇ」

「ふふん、貴様も触りたいのだろう?」

くつくつと笑いながら横目で勇者を見る。

「……もう良いだろう」

「まぁまぁですねぇ。もっと精進してくださぁい」

「まったくもって、困った従者だ」

くつくつと笑う。二人から顔を背けた勇者の横顔は、あいも変わらず無愛想だったが心なしか雰囲気は柔らかい。──本当に度し難い畜生だ。銀色の髪を撫でるシィラを見下ろしながら魔王は瞼を閉じた。



魔王が眠りについて数日後、シィラの部屋に仕入れた家具類が搬入された。

「それではこれで」

「はい、ありがとうございました」

「ありがとうございますぅ」

入り口で業者を見送ると二人はシィラの部屋へ戻る。勇者はそのまま自室に戻ろうとしたが、シィラに捕まった。

「どうですかぁ、いいお部屋でしょ〜」

薄い桃色に統一された部屋は女らしい部屋であった。基本的には勇者と同じ様な内装にはなったが、所々の細かい装飾が可愛らしい。また魔王の部屋にもない大きめな白い衣装箪笥が妙に目立つ。

「この衣装箪笥は必要だったのか」

「女の子には必要でぇす」

「魔王の部屋にもないぞ」

「まだ魔王様の部屋を見てませんねぇ。見たいですぅ」

「起きてる時にしろ」

気のない返事をしながら、女は設えたベッドに腰を下ろす。入口付近に立ったままの勇者を椅子へ座るように促すが、勇者は動かない。

「前のより柔らかいですねぇ。ところで座れないんですかぁ?」

「座らないだけだ」

「やっぱり女の子の部屋は落ち着きませんかぁ?」

早く座れと再度促す。勇者も女の言葉に苛立ちを覚えつつ腰を下ろした。

「何か用か」

「いいえ〜、世間話を〜」

「必要ない」

「数日生活しましたが、街が遠い以外は過ごしやすくて良いですねぇ。特にお風呂が広くて気に入りましたぁ」

「お前の為に誂えた訳ではない」

「せんぱいが使えるようにしたんですかぁ?」

「元が寝てるだけの魔王の城だからな。ほとんどの設備が古く使えるものではなかった」

「あぁ、そうですよねぇ。それを考えると随分綺麗なお城になりましたねぇ」

「業者に頼んで設備は使えるようにして掃除もしたからな」

「全部せんぱいが手配を〜?」

「魔王がするわけが無いだろう」

「そこまでして、ここに住み始めたのは何でですかぁ?」

女の問に勇者は黙る。

「何で黙るんですかぁ。やましい事があるんですかぁ?」

「そんなものはない」

「じゃあ、何でですかぁ。自分で言いましたよねぇ、給金もでない職場だってぇ。ここまで整えるのにお金も必要ですよねぇ。理由もなく大金を払ってまでお城を修繕する必要はありませんよねぇ」

ニコニコと笑顔を貼り付けたまま、女は宣う。

「もしかしてぇ、せんぱいは魔王様の呪いが緩和されたから来たんじゃなくて、せんぱいが来たから魔王様の呪いが緩和されたとかぁ?」

答えない勇者を尻目に、シィラは無防備にベッドに体を倒した。

「うふふ、黙ってるって事はあながち間違いではなさそうですねぇ」

「だとしたら、何だ」

勇者の指は無意識に、剣の柄に触れた。

「もぅ、せんぱぁい。そんなに警戒しないでくださいよぅ。せんぱいは黙りはしますけど素直ですよねぇ。言葉だけが会話の返事ではないのが良くわかりますねぇ」

「何が言いたい」

「世間話って言ったじゃないですかぁ。ただの興味本位ですよぅ。不思議じゃないですかぁ、ここまで労力を使ってまで此処に住み着くなんてぇ」

「お前が知る必要はない」

「ふぅん、やっぱり私には言えないようなやましい事があるんですねぇ。悲しいですぅ」

ニコニコと悲しい素振りを見せずに、女は言葉を続ける。

「せんぱいが来たから魔王様の呪いが緩和されたと考えるとぉ、魔王様と初めて会ったのは人間の勇者達が魔王様と接触した前後あたりですよねぇ?」

勇者は指で触れていた柄を握る。

「何故、勇者と魔王が接触したことを知っている」

「その位は知ってますよぅ。私達は魔族ですから、いつ勇者達に襲われるかもわかりませんでしたからねぇ。噂話としても耳聡くはなりますよぅ」

「何故、勇者達はお前等を襲わなかった」

「しりませんよぅ、そんなのぉ。それは勇者達に聞いてくださぁい。まぁ、私達は魔族ですが比較的大人しく人間と目立った敵対関係でもないので放置されたのではぁ? 聞く話では魔王様に手柄を立てようとした魔族が勇者達に襲いかかって返り討ち、と言うのはあったようですねぇ」

「そうか。存外魔族も魔王に従うのは多くないようだな」

「そもそも、ずっと寝ていた魔王様の周りに魔族も少なかったでしょうし、いたとしても魔王様が寝ていてはする事も無かったと思いますよぉ? それを考えると、せんぱいは魔王様に従順ですよねぇ。呪いまで緩和させるなんてぇ」

「俺が緩和させた前提で話すな。それよりも以前、勇者の仲間らしき男から襲撃を受けた。お前は何か知っているか」

勇者は自分でも大味な問いだと内心、苦笑する。だが、具体的に質問を絞らないほうが拾える情報もあるだろうと、女を見た。

「ん〜、そうですねぇ。正直、大した話はわからないんですよぅ。実際に魔王様に会うまでは、魔力を感じても魔王様の無事も自信ありませんでしたしぃ。それを確かめる意味でも私はここに来ましたのでぇ」

「……つまり、エルフ達には魔王が生きているのは伝わっていると」

「そうですねぇ、伝えてはありまぁす。そんな訳で結果として勇者達は返り討ちにあったんだなぁって思ってましたぁ。せんぱいは私よりも早く魔王様に会ってましたし、勇者達についてはせんぱいの方が詳しいのではぁ?」

「いや、俺も詳細はわからない。俺が来たときには魔王だけだった」

「ふぅん、そうなんですねぇ。あ、そういえばぁ……」

歯切れの悪い言葉は普段の間延びした言葉と相まって、言葉が続くのか終わるのかがわかりにくい。

「なんかぁ、私達の集落の近くで急に人間が現れて倒れていたとかなんとかぁ。あんまり人間に関わりたくなかったので、放置していたら近くの人間の街で保護されたとかぁ。服装が教会の人間みたいだったとかぁ、聞きましたねぇ」

「お前がまだ集落にいる時の話か」

「そうでぇす。ちょうど、その頃から魔王様の魔力を長く感じ始めたので、たぶんせんぱいが魔王様とあった頃だと思いまぁす」

「お前は魔王の魔力を感じると言うが、俺にはわからん」

「エルフは魔法に長けてますからねぇ。それに私達の集落には魔王様の魔力が籠もった物があったので魔力は覚えていましたぁ」

勇者は自身が魔族に疎いのを自覚している。話を聞く限り魔族にも得手不得手があり、それは人間と比べ極端なようにも思えた。魔王の魔力がこもった物を持っていたとしても、祖先が配下だったのを考えればおかしい事もない。だが、この女の集落はどこにある。魔力の感知が得意だとしても、それで魔王が目覚めているなど判断できるものなのか。

「お前は集落にいながら魔王の魔力を感じて、ここに来たのか」

「そうですよぅ。やっぱり昔に貰ったものだと魔力も弱々しかったんですが、起きているときの魔王様の魔力は離れていてもはっきりと感じられましたぁ。まぁ、今の魔王様は集落で感じたものよりは弱くなってますが、たぶん呪いの緩和とせんぱいに譲渡した魔力のせいでしょうねぇ」

「そうか。そうなるとお前みたいのが、まだ来るかもしれないのか」

「かもしれませんねぇ。何だかんだ、魔族が散って各々で生活するようになったのは魔王様が呪いで眠ったからですしぃ」

今後の対応も考える必要がある。勇者は柄から手を離すと腕を組んだ。

「……勇者の仲間に襲撃されたと言ったな。この前は追い返したが、また来る可能性は高い。お前は戦えるのか」

「こんなか弱い女の子に戦えとぉ? せんぱぁい、女の子は守るものですよぅ?」

「盾にはなるな」

「守るの意味が違いますぅ。どうしてもと言うなら魔法くらいは使えまぁす。人間には負けないかとぉ」

「魔王を討伐に来る奴らでもか」

「はぁい、これでも魔族なのでぇ」

「勇者達に返り討ちにあった魔族もいるんだろう」

「魔族と言っても普通の人間よりは強い程度ですよぅ。圧倒的なのが魔王様ってだけでぇ、後はそこまでって感じですぅ。なので魔族一人で、人間でも上位の強さの人達数人を相手にしたら充分に負けるかとぉ」

「そうか。負けた魔族は自分の力を過信しすぎていたという事か」

「そんな感じかとぉ」

「俺とお前なら勇者の仲間が来ても追い払えるか?」

「……何だか、初めて意見を求められた気がしますねぇ。私は前衛では戦えませんし、戦闘で狙われたら簡単に負けますよぅ?」

「前衛は俺だけで良い。お前は相手の後衛を牽制や妨害して俺の邪魔をさせなければいい」

「それでしたら、まぁ相手の人数にもよりますが勝てるかとぉ? と言うより、魔王様で良くないですかぁ?」

「主に戦わせるわけがないだろう」

「そんなとこだけは従者ですねぇ」

シィラは今更ながらに思い出したと口を開く。

「そういえばせんぱいの種族はなんですかぁ?」

「知る必要はない」

「何か魔力も魔王様のと混ざってよくわかりませんしぃ、前衛で戦えるならアンデットとかですかぁ?」

「死んではいない」

「ゴーレムではありませんよねぇ、ワーウルフとかぁ?」

「好きに想像していろ」

「人間とかぁ?」

「魔族ですらないな」

「ねぇ、せんぱぁい」

甘ったるい話し方が、普段以上に甘ったるい猫なで声で紡がれる。

「魔王様が寝ている間、暇じゃありませんかぁ?」

「お前と違い暇ではない」

「そんな事言ってぇ、私の世間話に付き合ってるじゃないですかぁ」

「もう部屋に戻るから気にするな」

「せんぱぁい、魔王様が寝ている間だけ私の従者になりませんかぁ?」

女は横たえた身体を、両腕を支えに起こす。流れ落ちる亜麻色の髪から甘い匂いがした。

「ならん」

にべもなく答えると勇者は席を立ち部屋を出ていった。残されたシィラは口元を歪める。

「うふ、つれない人ですねぇ」

どうせ時間はある。魔王も起きるようにはなったが、寝ている方が長いのもわかった。もうしばらく様子を見ながら遊ぶとしよう。くすくすと一人笑いながら女は柔らかい布団に顔を埋めた。

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