2章

第4話:再会と邂逅 前篇1

「……っ」

掬い上げられた意識は瞼の裏に透過する明るさに気づき目を開く。男は明るい室内で簡素なベッドに寝かされていた。ベッドを軋ませながら体を起こす。意識こそ回復したが頭にモヤがかかる。重い頭を支えるように頭に手を当てて、何度か意識して呼吸を繰り返す。徐々に晴れてきた思考は部屋を見渡して、自分の置かれている状況を整理し始める。

「ここはどこだ。……いや、俺は何故ここにいる?」

立ち上がり窓から外を見るが見知った景色ではない。記憶を探ろうとした時、後ろから声がかかった。

「あ、起きました?」

振り返るが知らない顔であった。

「君は?」

「貴方の命の恩人ですよ?」

クスクスと笑いながら彼女は近づいてくる。

「すまない、記憶が混濁していて……。君は俺の知り合いか?」

「数日寝てましたからね。お医者様にも見てもらいましたが怪我もないし、その内起きると言われました。私も貴方とは初対面です。街の近くで倒れていたんですよ?」

「倒れていた?」

自分の体を検めるが違和感はない。痛みもなく、医者の言ったとおり怪我も無いようだった。

「そうですよ。何日か前に見つけまして家に運びました。えっと、記憶がないんですか? 名前は覚えています?」

「名前は……、バルトだ。記憶は──」

ベッドの片隅に纏められた荷物に目が行く。真新しい鎧一式、それは確かに自分が使い古したはずの装備だった。それを認めると濁流のように記憶が溢れ出して思考が加速し、現状を理解した。理解した途端、目の前の女性の両肩を握りしめていた。

「倒れていただと⁉ ここは何処だ、他の奴らは⁉」

「……っ!! いた、痛いです‼」

女性の悲鳴のような声にはっとし、手を離す。酷く怯えて体を縮こまらせる彼女を見て、冷静さを取り戻す。彼女から不安を払拭するためにも数歩、後ろへ下がった。

「……すまない、取り乱した。混乱していて……」

「い、いえ……」

「先ずは非礼を詫びよう、すまなかった。助けてくれて有り難う。記憶はある、思い出した。そこの鎧は俺が身に着けていたものだな?」

「は、はい。そうです」

「怖がらせて済まなかった。すぐに出ていく」

怯える彼女を尻目に、真新しい装備を身につける。劣化のない装備は僅かに違和感があるも馴染むものであった。大剣を背中に背負い、改めて彼女に頭を下げた。

「あの。本当に大丈夫ですか? もう一度お医者様に……」

「いや、急ぐ必要がある。これ以上は世話になれないが……一つ聞きたい。ここはどこだ?」

「えっと、ここはコスタ村です」

「コスタ村……?」

バルとは知らない地名に眉を寄せる。今、目指すべきは王都。

「王都へはどの位かかる?」

「王都ですか? 3日程度かと」

「近いな、運が良い。ありがとう、助かった。この礼は必ず。最後に君の名前を教えてほしい」

「……マリーです」

「コスタ村のマリーだな。わかった」

「あの、何で倒れて……?」

「済まないが答えられない。俺にも理由がわからないんだ。これから、その理由を確認しに行かなければならない。わからない事が多すぎる」

彼女の横を通り抜け、部屋の出口で深く頭を下げると彼女の家を後にした。



3日程度と言うのは馬車だろう。

バルトは村を歩き、運送屋を探す。が、村というだけあって商業施設が見当たらない。自宅と思われる家屋の前で食べ物を広げている露店の店主に声をかけた。

「これを一つ貰おう」

「おや、あんたは確かマリーが見つけた……」

「今日、意識が戻った」

小さな果物を一つ、硬貨と交換で入手すると口に運ぶ。口内も乾いていたのか瑞々しい甘さが染み込むのがわかった。

「ここから王都に行きたいんだが、馬はいないのか?」

「一日に3回、商品を運んで来てくれる荷馬車があるよ。村の外に用事があるなら、それに乗ると良い」

「次はいつ?」

「そろそろだよ。もう少しでお昼だからね。新しい品物が来るよ」

「そうか。どこにいれば会える?」

「村の入口なら間違いないだろうね、向こうだよ」

そう言った店主は自分の歩いてきた方を指差した。反対に歩いたのは運が良かったかもしれない。今の状況では馬を待たずに村を出た可能性もあった。

「わかった、ありがとう」

バルトは急ぐ気持ちを抑えながら、来た道を戻る。マリーの家を通り過ぎ、村の入口に立つ。まだ荷馬車が来ていないことを確認すると、入り口脇に腰を下ろし目を閉じて回想する。

自分は勇者達と魔王城へ行き、魔王と会敵した。結果は無残なもので、敗北したと言って相違ないはずだった。自分の最後の記憶は跪く勇者が、動けない自分たちを振り返り泣いている場面だ。何か言われたのかも覚えてはいない。俺達は魔王に敗北した。勇者の表情がそれを物語っていた。では、何故こんな村で倒れていた。バルトは目を開けると真新しい鎧を見る。

「何で鎧の傷が無いんだ……」

背中の大剣を抜き刃を確かめるが、こちらも綺麗なもので新品のように思えた。大剣を鞘に納め思考する。自分の怪我も完治している。本当なら、あの場で死んでいたはずの怪我が存在しない。鎧も大剣も真新しい。

「時間を遡った……?」

そんな事が可能なのかは魔法に明るくないバルトには判断できない。だが、王都へ行き国王と合えば、その疑問も晴れるはずだ。

遠くからガラガラと音が近づいて来たのに気づき、バルトは立ち上がった。



国王と謁見した結果、時間を遡行したと言うことはなく、正しく進んでいるように思えた。状況の報告をすると、仲間の一人からは手紙にて無事を確認できており、簡単な顛末とこれから戻ると言う話だったらしい。魔王城へ侵攻して最初の帰還者は自分と言うこともあり、子細を報告すると新しい任務を与えられた。

魔王城の斥候。勇者不在ということもあり、無理はせず状況を確認して戻れという勅命。恐らく、戻る頃には仲間も王都に集っているだろうと国王は言っていた。何故自分たちが生きているのかはわからないが、自分と仲間から届いた手紙は、他の仲間も生きている希望に他ならない。

バルトは国王の手配した馬車に乗り、最寄りの都市であるグアンザットを目指す事となった。



「最短の道、最低限の街によるだけで片道2ヶ月か」

「いやぁ、長い旅ですね。バルトさん」

「何が嬉しくて男3人で長旅しないといけないんだ」

「そう言わないでくれよ、戦士殿」

バルトの任務には馬車の操舵手としてジレン、記録・報告係としてハイラが同行することとなった。ジレンは無精髭を生やした壮年の男で、小汚い見た目とは裏腹に快活で人当たりが良い。ハイラはバルトよりは幾分若い青年で、どこか魔王に敗北した勇者達に憧れを抱いているように見えた。

「それに、ほら。もう着くぞ」

「折り返し地点ですね」

「帰るまでが任務だからな」

魔王城も目前ということもあり、前回はほとんど通り抜けるだけだった都市グアンザット。今回は魔王城の状態を知るためにも数日をかけて聞き込みも行う予定である。都市に入る頃には日も暮れて宵闇を迎えていた。

ジレンは馬車を預けに行き、ハイラは手際よく宿の手続きを済ませた。

「夜も遅い。仕事は明日からにしよう」

バルトは二人に告げるとハイラの手配した部屋に入り、鎧を脱ぐとベッドに倒れ込んだ。目を閉じると、どうしても魔王城の事が思い浮かび頭を離れない。幾夜過ごしても夢に見る最後の光景。本当なら全員殺されていたはずの状況。何度考えても答えの出ない生きている理由。仲間の生死。今回の任務で全ての謎が解けるのか。眠れないバルトをよそに、世界は朝を迎えようとしていた。



「は? お嬢様?」

ジレンとハイラは眠るバルトに気を使い、独自に聞き込みを行っていた。昼過ぎに起きたバルトは聞き込みから戻ってきた二人に、昼食に誘われた席で報告を聞かされる。

「らしいぞ、戦士殿。俺と小僧で街の人達に聞き回ったが、今はお嬢様とお付きの従者が住んでいるんだとよ」

「ジレンさん、いい加減小僧って呼ばないでくださいよ」

「魔王はどうなった」

「それがどうも居なくなったとか」

「居なくなった? 誰が確かめた」

「勇者殿達が魔王と戦った後くらいに、お付きの従者が魔王城に入ったんだとよ。それから街の職人を呼んでは城を改修して、お嬢様を迎え入れたとか」

「街の人間が魔王城に入ったのか?」

「そうみたいです。僕が話を聞いた人が丁度、城を改修した方で話を聞けました。これも又聞きにはなりますが、魔王城に入った従者は数日魔物の残党を討伐しながら城を散策したらしいんです。でも、魔王も勇者もいなかったと」

「……きな臭いな。だが、やる事は決まった。その従者かお嬢様に接触して話を聞く」

食事を終えたバルトが立ち上がるが、歯切れ悪くハイラが静止をかけた。

「それなんですが……」

「何だ」

「街の人達と親しいようで、城への馬車を出してもらえず」

「自分の馬車で行こうにも、城へ行くなら出さないと言われる始末だ」

「どういう事だ?」

「どうも呼ばれていない客人は城に入れるつもりはないようで」

「ますますきな臭いな」

「ただ、数日に一回位は従者か街へ来るようなので、その時に話してみてはと言われました」

「それまで待てと?」

「戦士殿、来るのに2ヶ月かけたんだ。ここで荒波を立てる必要もないだろう? 休暇だと思って、ゆっくり待とうぜ?」

ジレンの言う事も理解はできる。街の人と揉めたところで何も利益はない。従者も普段から街を利用しているのは、住人と親しい事から推測できる。流行る気持ちはあるが、ジレンは馬車の操舵で丸2ヶ月働き詰めだった。ハイラにも雑務は全て任せて休みと決めた日は与えていない。それでも二人は文句一つ言わずについてきてくれたのだ。確かにそろそろガス抜きも必要だ。

「わかった、しばらく休みにしよう。二人も働き詰めだったな。従者はこの街には定期的に来るようだし、急ぐ必要はない。ハイラ、グアンザットに着いた報告だけは頼む」

「わかりました」

「さすが戦士殿、話がわかる」

「俺も何かをした訳ではないが、ずっと休みと割り切って休んでいない。今日は一日寝るとするよ」

バルトは外へ向けた足を部屋へと向け直し、寝直すことにした。



バルトが部屋に戻ったのを認めるとジレンが溜息をついた。

「やっと休んだか、戦士殿は」

「本当ですね。何もして無いって、野宿のときは殆ど寝ないで見張りをしてくれてましたし、今だって顔色が悪かったのに」

「焦る気持ちもわかるが戦士殿には先ず、万全の体調になってもらわんとな」

「ええ。何かあった時、戦えるのはバルトさんだけですから」

ずっと顔色の悪かったバルトを二人は思い返す。魔王を倒すという重大な使命を背負って実際に戦ったのに、気がつけば怪我もなく知らない場所に飛ばされていたのだ。理解できない現状に焦る気持ちもあるだろう。同時に魔王城に近づくに連れ顔色が悪くなるのも見て取れた。何かがあった現場に自分の記憶を集めに行くのは不気味に思える。行った結果、何が待ち受けているかもわからない。そんな不安と戦いながらバルトは魔王の膝元まで戻ってきたのだ。

「さて、じゃあ俺達も出来ることをするか」

「そうですね。雑務は僕たちで引き受けましょう」

ハイラとジレンは席を立つと並んで宿を出た。

「それにしても栄えてますね」

ここは魔王の城から最も近い都市だ。魔物の被害も多かっただろう。今も名残なのか、魔物討伐の依頼が掲示板に貼られている。

「魔王の城が近いって言っても、魔王も呪いで何百年も寝てたんだろ? それはもう、ただそこにいるだけで、街の住人からしたら起きてようと寝てようと関係ないんじゃないか」

「まぁ、言ってることは分かりますが……。魔王は起きたら世界を滅ぼすんですよね? その割には悠長と言いますか」

「まぁ、滅ぼすらしいな。だから、その前に魔王を倒すために勇者殿達が派遣されたんだろ」

「そもそも何で今なんですか? もっと早く派遣しても良かったのでは?」

「そんな事、俺が知るか。まぁ聞いた話では魔王の呪いは、魔王の城にも効果があるとかないとか。魔王が寝ているときに魔王城に入ると、入った人間にも眠りの呪いがかかるとか」

「本当ですか、それ? 初めて聞きましたが」

「俺も噂程度に聞いただけだ。勇者殿達が派遣されるタイミングについては、お偉方にしかわからんよ」

ジレンの言う通りだと、ハイラは無駄な考えを放棄する。今大事なのは、魔王の行方と魔王城の現状の把握だ。

「……おい、小僧。あれ」

「何でしょう」

ジレンが指差す方をハイラは向く。視線の先には軽装で腰に剣を携えた男が歩いていた。短く灰色の髪、顔には大きな火傷痕。それは紛れもなく、住民から聞き出した魔王城に住み着いた従者の容貌に相違なかった。それを認めると、ハイラは無意識に駆け出して、男の前で立ち止まっていた。

「あの、すみません」

「はい、何でしょう?」

男は突然声をかけられて驚いたのか一瞬目を丸くするも、すぐに柔和な表情に戻る。ハイラに遅れて、ジレンも重たい体を揺らして男の前に立った。

「あんたに聞きたい事がある」

「聞きたい事ですか?」

「あーもう、ジレンさん失礼ですよ。突然すみません。自分達は王都から来たものでして」

「まどろっこしいなぁ……」

ジレンは腰の剣を一瞥し、男の顔を確かめるように見る。

「王都から、ですか」

男から見れば突然話しかけてきた二人組は不審に見えたのだろう。眉をひそめて二人の顔を見る。

「はい。それで聞きたいのですが、今貴方はあの魔王城に住んでいるというのは本当ですか?」

「ええ、本当ですよ。まぁもう魔王はいませんし、城内にいた魔物は討伐しました」

「そりゃ本当かい、あんた。なんでまた、そんな所に住もうとしたんだ」

「私が住みたかった訳ではありませんよ。私の主が物好きなもので、魔王の城があると知って興味本位で私を派遣しました。中に入って散策しましたが誰もいなかったのを報告すると、主が移り住むと言い出しまして」

男は呆れたように苦笑する。

「主……、ですか」

「はい、主です。所謂箱入り娘ですね。遠い地から自立の為にと移り住みました」

「……あんた、まだ時間はあるか?」

「すみません、急ぎの用事があり城へ戻るところです」

「それなら私達も……」

「申し訳ないのですが、主の許可無く客人を招くことはできません」

「それなら、せめて会って欲しい人が……!!」

「すみません、城で主が待っていますので。どうしてもと言うのであれば3日か4日後、また街に来る用事がありますので、その時にお願いします」

にべもなく、男は断りを入れると二人の横を通り過ぎて既に準備された馬車に乗り走り出してしまった。

「ジレンさん、どう思います?」

「胡散臭いな、顔に笑顔を貼り付いてる」

「何か隠してそうですよね」

「ああ。それに何ていうか妙な威圧感のある男だったな」

「笑顔でしたが有無を言わせない口調でしたからね」

「だがとりあえず、確約ではないが3日か4日後に街に来るのがわかった。戦士殿に十分な土産だろう」

「そうですね。そこでまた約束を取り付けて、城へ入れてもらうのが順当でしょう。そう考えると時間が出来てしまいましたね」

「そうだな、思ったよりも早く仕事も済みそうだな」

「じゃあ、今日はもう僕たちも休みますか」

「そうだな。俺はもう少し街を見て回る」

「わかりました。僕は先に戻らせてもらいます」

二人は分かれると各々、足を踏み出した。



「何で連れてこないんだ」

晩飯を囲むと今日の出来事をバルトに報告する。食事をする手を止めずに、バルトは不服そうに二人を見やる。

「向こうも急ぎのようでしたので」

「代わりに次に来る予定の日を教えてくれたんだ。今までの先の見えない状況からは脱したんじゃないか、戦士殿?」

「それはそうだが……。いや、そうだな。俺が寝てる間に働いてくれたんだ。言葉が違うな。すまない、助かったよ。ありがとう」

「お気になさらずに、仕事ですので」

「一先ずは魔王城の現状は確認できるだろうが、魔王の行方はどうするんだい」

「それは調べるが後回しにする。今回の遠征は魔王城の現状を確認するのみにして、一度戻ろう。恐らく俺と同じ様にどこかに飛ばされた仲間も王都に集まっているはずだ。今度は全員でもう一度、魔王城に行く」

「そうですね。もしかしたら他の方々が何かに気づいているかもしれません」

「それにしても不思議だよなぁ」

ジレンは晩飯のお供に酒を煽る。

「何で魔王は戦士殿を生かしたんだ? 何も得はしないだろう?」

「そうですね。今もこうして魔王城に戻ってきています。また狙われる事くらいは考えているでしょう」

「そうだ。それがわからない。だが……」

バルトは一度言葉を区切り、自分の記憶からその後の流れを想定し口を開いた。

「最後まで立っていたのはコルドだ。あいつが何かした可能性が高い」

「勇者殿か」

「魔王と何かしらの取引をしたと思っている」

「しかし、コルドさんが魔王と取引なんて……」

「あいつは、そういう奴だ。冷徹にもなりきれず、狡猾にもなれない純粋さ。あいつは世界を守るために勇者となった。だからこそ、守ることに関しては身を挺する事はあっても、俺達を見捨ててまで魔王を倒せたのかは自信がない」

「ですが、今の魔王城には魔王もコルドさんもいないと……」

「最悪の事を考えるなら、コルドは刺し違えた可能性が高い。しかし、そうなると魔王とコルドがいない事に説明がつかない。だが……」

「タイミング良くあのお嬢様と従者の登場だな」

定員を呼び、新しい酒の注文を済ませたジレンはバルトの言葉をつなげる。

「ああ。タイミングが良すぎる。話を聞く限り俺たちが魔王に敗北した直後に現れている。そしてそいつは魔王城を散策したと聞くが、本当の事を言っているとは限らない」

「なるほど、それを含めて接触したいんだな」

「そうだ。恐らく、そいつらは何かを隠している。今は正体を隠しているだけで、魔族の生き残りの可能性もある」

「魔王が倒されたとなれば、知能があれば慎重にならざるを得ませんね」

「なぁ、戦士殿。俺達ぁ、戦えないから直接あったことはないが、なんだ。魔族ってのは皆俺達みたいに考えて行動するものなのか」

新しい酒を店員から受け取るとジレンは一口、口をつける。騒々しい酒場では自分たちの会話は聞こえないのだろう。店員も会話に気をかけることなく、ハイラから新しい注文を受けている。

「……そうだな。簡単に説明するなら魔王の配下は魔物と魔族に分類される。魔物は俺達の言う動物や家畜といった生物だな。魔族は俺達のような人間の様に考えて行動でき、主に俺達と同じ言語を使う種族をさしているな」

「はぁ、俺達と同じ言語を……。それは会話出来るって事かい?」

「ああ、言葉を交わす事は出来る」

「それなら何で俺達は戦争を?」

「まったく、ジレンさんは何も知らないんですね」

普段から子供扱いされているからか、ハイラは得意げに鼻を鳴らす。いつの間にか、彼も酒に手を付けていた。

「あ? 小僧はわかってるのか?」

「これでも王様に使えていますので、それなりに広く知識はあるんですよ? えっとですね……」

酔ったせいか普段よりも楽しそうに話してはいるが、普段より間延びした言葉で会話が遅い。あまり酒に強くないのか飲み慣れていないのかは判断できないが、ジレンは気にした風もなく、ハイラの言葉に耳を傾けている。

「そもそも魔族と人間以前に私達人間同士も戦争をしていますよね。それと同じで根本的な考え方が違うんですよ。私達が自国の利益や他国からの侵略から守る為に戦争をするように、魔族も自分達が人間の世界を侵攻することに正当性を感じているんです。自分達が悪いなんて思っていません」

「ほぅ、そうなのか。魔族が人間の世界に侵攻するのに罪悪感がないのはわかったが、そもそも何で侵攻してくるんだ」

「それは魔王の命令でしょう」

「その魔王はなんで人間の世界に侵攻し始めたんだ」

「それは……」

店員の持ってきた新しい酒を半分ほど一気に飲み込み、テーブルに叩きつけるようにコップを置く。

「……なぜでしょう?」

「具体的な理由はわかっていない。ただ、そもそも魔王と呼ばれるようになったのは、微睡みの魔王が最も積極的に組織を拡大して人間の世界を侵攻したからだとの記録はある」

「そうなのかい、戦士殿。侵攻の理由は魔王のみぞ知るってか」

「そうだな。それ以前は比較的穏やかに人間と魔族は共存していたらしい。交流も僅かだがあったようだ」

「そうなんですね。今の精霊たちとの関係に近かったんですね〜」

「少し感心したが、やっぱり小僧だな」

ほろ酔い気分のハイラを横目にジレンは笑う。

「そういう訳で戦争のきっかけは魔王の存在で、呪いによって眠りについてからは集まっていた魔族たちも散り散りになって今に至る。俺たちが討伐した魔物は数えられないが、魔族に関しては数える程度しか討伐していない」

「……そうなのか。魔族は魔王の言葉しか聞かないから、人間と同じ言語でも意思の疎通はできないってことかい」

「ああ。だが今の魔族なのか昔からなのかはわからないが、魔族自体は魔王に支配されているわけではなく、自分で好きに行動しているようだな」

「個人としては話ができるのか」

「話は出来るが会話にはならなかった」

「難しいんだな、戦士殿」

「そうだな、人間同士より難しい」

コップに酒を残しながらテーブルに伏せるハイラは寝息を立てている。

「なぁ、戦士殿」

ジレンは声を潜める。それはハイラに気遣ったものではなく、ハイラに気付かれないように声を押し殺しているように聞こえた。

「何だ、改まって」

「その、従者なんだが」

「何か気になったのか?」

「俺も自信はないんだが……、そいつが持ってた剣なんだが見たことがある気がしてな」

「剣位なら似たものはあるだろ?」

「それはそうだし、俺もそう思うんだが……。それが勇者殿の持っていた剣に似ていた気がして」

「コルドのか?」

「そうなんだ。ただ、小僧は気にならなかったみたいだから気のせいだとは思うが」

「……わかった。会うときに確認する。俺なら間違わない」

魔王と勇者の行方、魔王城の変貌、現れたお嬢様と勇者の剣を持つ従者。わからないことが多すぎる。俺の知らないところで何が起こっている……?

「今日はお開きにしよう、戦士殿」

「そうだな」

ジレンはハイラを担ぎ、先に戻ると告げて店を出た。

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