第17話 パンツが床に落ちるまで

 かくして一歩間違えれば世界を征服していたかも知れない魔王の娘は女神達によりフルボッコにされた。俺は治癒を受けたその足で冒険者ギルドに調査報告を行い、ギルド経由で動いた凄腕冒険者達による電撃作戦が行われた。統率者を失った魔王軍が次の算段を立てる前に魔王軍の拠点を攻略しようというのだ。俺達のパーティーはその混乱に紛れるように危険なモンスターとトラップ満載のダンジョンへとついて行き、食べ過ぎてちょっと丸くなった感じのこめっこ、そしてウィズ、ちょむすけ、ゼル帝をいずれも無事に助け出した。

 こめっこは何故か悪魔を侍らせてチヤホヤされていたし、ウィズと来たら、元幹部仲間の魔王の娘からお茶にお呼ばれしていただけだと捕虜の自覚がまるでなかったらしく「久しぶりにゆっくり休んでお腹いっぱい食べられましたー」なんて吞気そのものだった。

 呑気な捕虜達を助け出して一安心。凄腕冒険者達は凶悪なまでに困難なダンジョンを進むうちに一人二人と数を減らし、魔王軍の残党の中でも腕の立つ奴との戦いで三人四人と散っていった。俺達も世界の命運をかけた一戦だと珍しくやる気を出して途中までは参加していたんだが……。

 こめっこが、そう言えば知らないおじちゃんに地下10階の脱出ポート近くまで来たら渡すよう言われたとか言いながら俺達に見せて来たんだ。バニルのやつの仮面を。それで今回の件の背景を察した俺達はアクア以外全員一致で脱出を決め、喚き散らすアクアを引き摺りながら戦略的撤退。クエストリタイヤという事で雀の涙ほどの参加報酬を貰ってアクセルに帰った。

 後から聞いた所によるとダンジョン最深部となる地下18階で待ち受けていたのは地獄の公爵、未来を見通す大悪魔バニル。真の力を解放したバニルと凄腕冒険者達の戦いは熾烈を極め、多大な犠牲を余儀なくされつつも紙一重の勝利を収めたそうだが……。賢明な皆さんにその先は言うまでもないだろう。引き上げて来た凄腕冒険者の皆さんは、それはもう魂の髄まで悪感情をしゃぶり尽くされたかのようにゲッソリとやつれていた。


「で、激戦の末、滅ぼされたはずの大悪魔サマが平然と紅魔の里の魔王討伐記録上映会に来てくつろいでるのはどーいうワケだよ」


 氷でできた劇場は三日空いても溶けることなく残っており、薄暗くされた空間の中で、先程から魔法で投影されているのは在りし日の記録。めぐみんが爆裂魔法を連発して魔王城の結界を粉砕した瞬間、4年に一度、里を挙げての魔法打ち込み大会でも破壊できなかった結界をたった一人でと歓声が上がり、めぐみんを讃える声で興奮は最高潮。

 あんな数のマナタイトを奢りだと言ってポンと寄越した俺の評価も紅魔族的な意味で「カズマは外の人なのに分かっている!」と爆上がり。ひょいざぶろーさんも美味い酒を飲めているようだし、ゆいゆいさんも里の奥さん連中と嬉しそうにお喋りの真っ最中。そんな劇場には俺と並んで座っているバニルの姿があった。何となく入り口近くを見たら、上機嫌で手招きしていたから俺の方から寄って行って苦々しい顔のままその隣に腰かけた所だ。


「フハハハハハ、ご苦労であったな小僧よ! 汝らのお陰で吾輩の悲願が達成されたわ、フハハハハハ!」

「そう思うなら大人しく滅びやがれ! このチート悪魔が!」

「汝らに渡したⅡの仮面でバッチリ復活。残機を一つ失ったが100倍のリターンでは収まり切らぬ程に美味であった!」

「お前、こうなる事が分かっていて俺に指輪を寄越したんだな?」


 思えば例の指輪を俺に渡して寄越したのはバニルだったし、魔王軍の残党を焚き付けて例のダンジョンを最終決戦用に改修したのもダンジョン地下20階を魔王の娘の私室にさせたのもバニルがお見積りプランとか言ってそそのかした結果らしい。


「いかにも! 人類を滅ぼされては敵わんが表立って近縁と争う訳にもいかん。そこで吾輩の実益も大いに兼ねたが、小僧の運に賭けたのだ。ここまで上手くいく確率は1割ほどもなかったが小僧の運は本物であるな。まぁ、破滅主義者の吾輩としてはどちらに転んでも損はしなかったのだが破滅の美は未来あってこそ映えると言うもの。今後ともギブアンドテイクで良い関係を維持しようではないか、お得意様よ」

「で? 大儲けしたってんなら何か分け前とかないのかよ?」


 もし俺が魔王を倒して日本に帰っていたなら魔王軍残党の報復から仲間を守れなかったかも知れないとぞっとする。やったらやり返されるのは当たり前だし、相手が無防備な瞬間を狙うのも当然だ。何でもありの過酷な世界で、無事に皆が揃っている現状そのものが十分な利益と言えなくもないのだけれど、それだけじゃあ先立つものが足りてないってやつだ。貰えるものは貰っておかなきゃ家族を養っていけないからな。


「ならば、見通す悪魔が予言を授けよう。汝、紅魔の娘とイチャイチャする際は今後も何かと良い所で邪魔が入る。だが、焦らず腐らず紅魔の娘を大切にしてやるがいい。汝らのペースでゆっくりとな。さすれば吾輩が喜び庭駆け回る日も遠くないであろう」


 バニルが喜び庭駆け回る? おい、それって……。


「では忙しいのでさらばだ! 今回の大規模リフォームの収益でエルロードに匹敵する巨大カジノをオープンさせるのでな、フハハハハハ!」

「『バインド』——」


 いーやいやいや、騙されないぞー。あんだけされた落とし前がこれで足りるか。


「ぐあああああ、なんじゃこりゃあああ!?」

「女神アクアの髪を編み込んだロープだよー。悪魔にはめっちゃ効くだろー」


 あーうん、マジで使えるわこのロープ。多少ハゲるか分からんけどアクアのやつから後でごっそり毟ってやろう。


「分かった、分かった、ではこうしよう。耳を貸すがいい。汝……ごにょごにょ」

「なっ、それマジか……?」


 見通す悪魔監修、本人も知らない隠された敏感ポイントあれこれ、全弱点丸わかり、夜のハウツー大解説を本に纏めて送ってくれるだと……!?


「それがあれば、かの娘も泣いて喜び夫婦生活は末永く安泰となるであろう」

「おっけーです。今後とも宜しくお願いします」


 俺はバインドの解けたバニルとガッチリと握手を交わし別れを告げる。そう、真の神魔平等主義者である俺は利益があれば悪魔との取引も辞さない。さーて後は、俺達のハッピーエンドを始めるとするか。


 …………

 ……



「本日はお越し頂きありがとうございました。以上が魔王討伐の全貌です」


 紅魔族の皆さんから沸き起こるめぐみんコール。300人ほどの皆さんは興奮の渦中にいるのか全員目が赤く輝いているのが怖いっちゃ怖いけど、親愛なる紅魔の里の皆さんに喜んで貰えていると言う安心感もある。


「そして、突然ではありますが、私めぐみんは本日、魔王とエクスプロージョンで相打った勇者サトウカズマとの結婚を報告します」


 盛り上がりは最高潮、多少の声では届くまい。俺がご両親の方を見るとひょいざぶろーさんは上席に座らされ酒を勧められて聞いていない。ゆいゆいさんは俺の向けた視線にバッチリ視線で返して来たけれど、にっこりと微笑み「娘を宜しくお願いします」と言うように頷いてくれたのだ。


「それでは皆様、引き続きくつろぐといいよ。さて、友人代表挨拶は誰がやるんだったかな?」

「は、はい! 私! 私です! めぐみん! 結婚しても友達だからね!」


 友人代表挨拶はゆんゆん。日付が三日ズレたことで無事来場することができたアイリスと護衛達、ダクネスは父とかつてのイケメン見合い相手にそれから何故か衛兵っぽいおっさん同伴。アクアはあの指輪が使われてしまった罰と大物魔族討伐MVPのご褒美の結果、今後しばらく頻繁に下界に降りて人間の生活をレポート提出しなければならないらしく「書くの手伝って、一回当たり原稿用紙五枚以上とか私じゃ無理なの」と泣き散らしていたのが嘘の様に上機嫌で芸を披露している。

 アクセルの街の冒険者達も結構な数が訪れていて、結局、料理と酒は50人前を追加注文することになった。そして、俺の隣にはめぐみんがいて緊張の面持ちで俯き、俺の服の袖を掴んだまま離さない。

 かつて、紅魔の里でもずば抜けた魔力と知力を有し、天才の名を欲しいままにしていた少女がいたらしい。最強を夢見たその子は、周囲の落胆を物ともせずに己の道を貫き通し、今や本当に世界最強の大魔導士だ。

 とは言え、押しも押されぬ大ベテランなんて俺達には無理な話。押されれば簡単にフラフラするし、トラブルも借金も枚挙に暇がない。安定なんて望むべくもないけれど、俺達はそれでいい。脳が水っぽい駄女神に、迷惑魔法一日一発のポンコツ魔導士、性能も中身も残念なへっぽこクルセイダー。そして、欲望に正直なこの俺は、鬼畜だのクズだの呼ばれる最弱職だ。


「騙されちゃ駄目ですよ紅魔の里の皆さん! 新郎のカズマってやつは……」

「それはもう鬼畜外道で、女の子のパンツをスティールしたり」

「女の子をぬるぬるの姿にして楽しんだり」

「悪魔ですら泣いて許しを請うような鬼畜なんです」

「私のパンツを盗んで、返して欲しければお前のパンツの値段はお前が決めろ。さもなくばこのパンツは我が家のご神体として末永く奉られることになるだろう……って、有り金全部巻き上げられたよ」

「見られただけで妊娠させられそうな目で私達の体を眺めまわした挙句パンツを盗もうと手をワキワキさせながら近づいて来て……」

「男女平等だとか言って、女の子にもドロップキックを食らわせるクズよクズ」

「わ、私もこのあいだ道端でパンツを盗まれて『パンツを返して欲しければ、俺の手を握ってくれ』って言われました!」

「きゃーっ! 変態! 変態だわ!」

「ふむ、見合いの最中に我が娘を、どう見ても事後過ぎる。あられもない有様にしていた時は思わず処刑を命じてしまったよ」

「トイレに行けず困っていた私に空き瓶を渡し、これを使えと迫られた事もありました。その後、何とか駆け込んだトイレの中まで押し入って来ましたね」

「きゃーっ! きゃーっ! きゃーっ!!」

「ふっ、そのような事はどれも序の口だな。アクセルの街に住まう者なら知っているだろうが、あのカズマと言う男、借金の形に悪徳領主と結婚させられそうになった私の式に飛び込んで啖呵を切り二十億エリスをぶちまけ私をさらった。……にも関わらず、御覧の通りだ。この先これを思い出す度に私は……くうっ、堪らん」

「その現場を見ていました! あの日の感動を返しなさいよ最低男!」

「乙女心を叩き折る女の敵! セクハラ魔王!」

「クズよ、たまにいいかっこするけど、とことんクズよ」


「「「クズマ! クズマ! クズマ!」」」


 うう、ものすっごい言われようだけど全部思い当たる節があるから言い返せない。そして巻き起こるクズマコール。ゆんゆん、君までさも嬉しそうに加わらないで、って言うかめぐみん、何でお前までさりげなくそっちにいるんだよ!?


「あれは私ではありませんよ。私はここに居ますので。なお、今クズマコールをしている連中の顔は覚えました」

「あれ? つーことはまたアイツか! 暇なのか!?」


 いや、こっちにいるめぐみんこそがバニルの変身で誓いのキスの寸前で「残念、吾輩でした!」とかされる可能性も……! あいつならやりかねないし、むしろやる! ど、どっちだ、どっちが本物だ?


「カズマ、私に例の指輪をくれますか?」

「お、おう。アクアにもう一浄化して貰ったから神聖だぞ?」

「ふふっ、それは嵌めた傍から煙が上がるかもしれませんね?」


 後から気付いたんだけど二つ一組で効果を発揮する例の指輪は時を遡った時点で俺の手元からは消えていて、魔王の娘が身に着けていたと指輪回収済みのエリス様から聞かされた。まぁ、その時点での状態を正確に戻すとそうなるんだろう。どの道、二つ一組でなければ使えない物なのでアクアに浄化して貰った方は、めぐみんが天に召される時まで手元に置かせてもらうお許しを得て、ついでにもうひと浄化して貰ってから、今は一旦俺の手に戻っている。


「それじゃあ来賓の皆さん。盛り上がっている所、悪いんだけど新郎が新婦に指輪を贈るそうだ」

「あーっ! 待って待って、誓いの祝福は私がやるって約束よ!」


 アクアが駆けてくる、クズマコールに加わっていた方のめぐみん(?)が通り抜けるアクアに露骨に嫌な視線を向け、鼻を摘まんでいる。俺達の前に、普段より女神っぽさを強調しているアクアが立った。中身を知っている俺達だが、いや、だからこそアクアに祝って貰いたい。


「ひょっほ待っへね、これ急いで食べ終わっちゃうから」

「出張って来たなら後にしてくれよ、ってゆーか、何喰ってんだよ」

「さっき届いた、ところてんスライム。涙とお祈りの味がするから結婚の宣誓前に食べ切っておいた方がいいと思うわ」

「ああ、あの人ですか……そうですね、食べ切っておいて下さい」


 直前にアクアの、んがぐぐが入ったが待っているうちに紅魔の里の人達がめぐみんに寄って来て、めぐみんのローブに花やら装身具やらをつけていき花やらレースの飾りやらでめぐみんが花嫁っぽく整え終えられる頃、膨らんでいた頬っぺたもすっきりと水の女神がしずしずと壇上へ進んだ。周囲の空気が水を打ったように快く張り詰め、どこか神聖で厳かな空気が場に満ちる。


「汝サトウカズマ、貴方はめぐみんを妻とし

 病める時も健やかなる時も

 爆裂で職務質問された時も、弁償金が発生した時も

 邪神やその眷属がカチコミに来た時も、警察に身元引受に行く時も

 天気が悪くて家でぬくぬくしていたいのに

 爆裂撃ちに行きましょうと強請られた時も

 子供に変な名前を付けようとした時以外は

 変わらぬ愛と、きちんと稼いで養う事を誓いますか?」

「お、おう! 誓います!」

「汝めぐみん、貴女はカズマを夫とし

 病める時も健やかなる時も

 セクハラに呆れた時も、巨乳女に鼻の下を伸ばして情けないと思った時も

 逆ギレされた時も、借金を作って来た時も、パンツを盗られた時も

 女性冒険者達がクズマコールをしていても喧嘩は売らずに我慢し

 爆裂魔法をけなされた時以外は

 変わらぬ愛と、末永く爆裂する事を誓いますか?」

「……誓います」


 何だか妙に生々しい誓いの文句。無駄な神々しさに押されてつい誓っちゃったけど、これがこの世界の普通なのか? そうなのか?


「汝ら二人、互いを信じ、互いを尊び麗しき女神に、末永く寝床と食事とお酒とお小遣いを提供するように」

「おい今なんつった?」

「いいですよ、いつでも遊びに来て下さい」


「ありがとめぐみん。カズマさん真面目にやって。それでは新郎から指輪を贈り、誓いのキスを」

「てめ、真面目にやってとかどの口が……!」

「カズマ」


 アクアは後でスマキにするとしてめぐみんに潤んだ目で見上げられたら細かい事は気にもならない。俺はめぐみんの手を取ってその指先を見る。普段この手からあんな爆裂が生まれるなんて信じられないくらいに小さくて、華奢で体温の低い手。俺はこの瞬間を壊さないようにそっとめぐみんの指を撫で、左手の薬指に指輪を贈った。

 めぐみんは自身の指で深紅と漆黒に煌めいている宝石を見て深く息をつき、次いで俺の方をじっと見詰めて来る。美しいその瞳、俺にとっては今贈った宝石よりも美しく思える。めぐみんの赤い瞳に全部の心が吸い込まれてしまいそうだった。


「カズマさん、男の人からキスするの。女の子はそれを受ける側なのよ」

「悪い。あんまり綺麗で見とれちまったんだよ」


 恐らく何秒か動けずにいたんだろう。促された俺は、めぐみんの帽子のつばを上げ、特別な口づけを贈る。恋人宣言をしてからキスは何度もしてきたけれど、今日のこれは特別だ。緊張の為か微かに震える唇に大丈夫だと伝えるように唇を寄せ、沢山の心を重ねて数秒、水を打ったような静寂に自身の心臓の音を聞く。恐ろしく長く感じた誓いの口づけを終えたその時、俺も自分が震えているのに気が付いた。


「水の女神アクアの名において、ついでに幸運の女神エリスの名において、二人の結婚を認めます。新しい夫婦の誕生を祝して、皆さんお祝いの言葉と拍手をあげちゃって頂戴!」


「ねーちゃーん! おめでとー!」

「おお、何だ、今日結婚するのか! これはめでたい、皆、遠慮なく飲んでくれ!」

「……幸せになりなさい」


「カズマ、めぐみん! 幸せにな! また一緒にクエストに行こう! 面白そうなクエストがあれば領主代行権限で徴発させてもらうから覚悟しておけ!」

「君から受けた恩は忘れない、困った時は力になろう」

「カズマがララティーナさんを選ばないなら、僕は今度こそ迷いはしない。君達には勇気を貰った、ありがとう」

「また、お店に来てくださいね。ベビー用品も扱っていますから」


「お兄様、めぐみんさん、どうぞお幸せに」

「これで王家も安泰だ、良かった、本当に良かった」

「ご迷惑おかけしました」


「やったね助手君! 末永く幸せに!」

「まさかカズマの野郎が先にくっついちまうとはな」

「せいぜい尻に敷かれやがれ!」

「魔王を倒した男が今度は破壊神の尻に敷かれるってか」

「爆裂で破産すんなよー! 結婚しても飲みに行こうぜ!」

「にしてもこれは大した冗談だなあ、はっはっは!」


「めぐみん、幸せにね。私もライバルとして鼻が高いわ!」

「子供が出来たら里帰りしなよー!」

「うちの居酒屋にも飲みに来てよね!」

「めぐみんの旦那さあ、結局勇者なの? クズなの? どっちなの?」

「まぁ、只者で無いことだけは確かだろうね」

「俺の、俺の生徒おおおぉぉぉ!!」


 沢山の祝辞、沢山の拍手。結婚は新たな門出、二人で歩む家族の道行き。これからも大変な事は沢山あるだろうけれど俺は俺だし、めぐみんはめぐみんだ。そのうちそうも言っていられなくなるのかも知れないけれど、まぁ、その時はその時だよな。

 俺は傍らに立つめぐみんをじっと見つめ、視線を受けためぐみんが何ですかと尋ねてくる。仕草の一つ一つが可愛らしく煌めいている。


「いや、俺が何故こんなにもめぐみんを好きだと感じているのか、今から考察しようと思ってだな」

「この男は! それは結婚した後にする事ですか!? はぁ……私など熟考に熟考を重ねて覚悟したと言うのに……」


 そう、この先はきっといつまでも幸せに暮らしましたってやつだ。魔王を倒した俺にようやく訪れるハッピー、ハッピーエンディングだ。溜め息交じりにめぐみんが「まぁいいです、さあどうぞ」と言ってくる。


「えーと、何がさあどうぞなんだ? 子作り?」

「バッ!! さささ、最低ですかこの男は!?」

「めぐみんめぐみん、カズマさんはこの世界の常識を知らないあんぽんたんだから常識過ぎる事でも一つ一つ教えてあげなくちゃ」

「そう言えばそうでした。カズマ、結婚した夫婦は花婿が花嫁の身に着けているものを何かひとつ集まってくれたお客に投げるのです。それを受け取った男性は次に幸せな結婚ができると言われているのですよ」

「で、その次は花嫁さんが花婿さんの身に着けているものを何か一つ投げるのね。それを受け取った女性は次に幸せな結婚ができると言われているわ」


 つまりブーケトスとガータートスみたいなもんってことか!

 よっしゃ任せとけ!


「はっ、私、今猛烈に嫌な予感が! 待って、待ってくださいカズマ。投げるのは例えば服の飾りとかハンカチとか……!」

「『スティール』ッッッ!」


「……」

「……」

「……」


「……で、それを投げるんですか? 花嫁のそれを、来賓の男性に投げるんですか?」

「すいませんでした。俺の右手、バカなんです」

「カスマさんたら綺麗なDOGEZAね。でも、世の中それじゃ済まない場合もあるのよ。それは例えば、今とか?」


「いいんですよアクア。カスマはあんぽんたんですからね。怒ってなんていません。ええ、怒ってなんていませんとも。この程度でブチ切れているようではクズマの妻は務まりませんからね。とは言え次は私がゲスマから何か一枚剥がねばなりません。ええ、剥がねばなりませんとも!」


「すいません、ごめんなさい、公衆の面前ではやめて! めぐみん目が赤い! 目が赤いよめぐみん! ちょっと、来賓の皆さん撮影はやめて、撮影はやめて下さ! やめ、やめろおおぉぉ! アッ————————ッッ!!」


 トラブルは寂しがり屋だ。だからトラブルはトラブルの沢山ある所にどんどん集まってくる。もし、あんたが寂しい思いをしていたり心の底から笑えない日々に肩を落としたりしているなら俺達の所に来るといい。金は無いかも知れないけれど、寂しい想いだけはさせない筈だ。

 めぐみんに剥がれて放り投げられた俺のパンツは暫くひらひらと宙を舞った後、人波から避けられるようにして床に落ちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

パンツが床に落ちるまで 新井 しん @hakuinosennsiem

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ