外伝 ヨーセフ視点

 私の名は、ヨーセフ・シモラ。国王であるアレクシス陛下の乳兄弟であり、長年お側に仕える側仕えだ。

 しかし最近、主であるアレクシス陛下のご様子がおかしい。いや、王家の皆様と言った方がいいのかもしれない。

 先日、王女殿下とセルバー様が襲撃にあうという、あってはならない事件が起きた。

 箝口令が敷かれているため、一部の城内の者しかその事実を知らない。そのため、私をはじめとする城に仕える者たちは、皆一様に不安を抱えて過ごしている。

 そんな中で、陛下が何故か、王城北棟の二階のある一室の整理を、私にお頼みになった。しかも、出来るだけ内密にとのことだった。

 北棟といえば、別名お子さま方の棟と言い、王家のお子さま方の住居となっている場所である。

 三階は王家の女のお子さま、つまり、王女殿下方のお住まいで、現在はマリエラ王女殿下お一人がお住まいだ。

 そして二階といえば、王家の男のお子さま――王子殿下方のお住まいとなる場所だ。

 だが、アレクシス陛下に男のお子さまはいらっしゃらない。

 不思議に思いつつもお部屋の整理を進めていると、上階にお住みのマリエラ王女殿下や、その側近の皆様が様子を見に来るではないか。

 何かあるのか……。そう思いつつも、いち側仕えである私が理由をうかがうことなど出来るはずもなかった。

 そんなある日の夜。突然、陛下からお呼び出しがかかった。

 断りを入れて入室すると、そこにはなんと、陛下だけでなくマリエラ王女殿下のお姿もあり、私は驚きの表情を隠すために普段より深く頭を垂れた。

「……!っ、ヨーセフ・シモラ。ただいま陛下の命により参りました」

「よく来た。楽にせよ、ヨーセフ」

「はい」

「突然の呼び出しに応じて下さりありがとうございます、ヨーセフ。実は、貴方を呼び出したのはわたくしなのです」

 陛下にすすめられた席に座ると、王女殿下がそう言って申し訳なさそうにこちらを見た。

「殿下がなぜ、私を……?」

 見知らぬ者でないとはいえ、普通、自分の側仕え以外の者を呼び出すことは滅多にない。

 解せぬ私がお二人の顔を見比べると、陛下が少し言いにくそうに仰った。

「私が其方を推薦したのだ。マリエラの求める人材に適していると思ってな」

「殿下のお求めになる人材、ですか?」

 ますます訳がわからない。困惑が顔に出ていたのだろう、王女殿下が眉を下げて困ったような笑顔になる。

「ええ、そうなのです。お父様がヨーセフを推薦されました。そしてわたくしも、貴方が最も相応しいと思っております。……あの、とても言いにくいのですけれど。ヨーセフにお父様の側仕えから外れて頂きたいのです。そして、別の者の側仕えをして頂けないでしょうか?」

 驚きに硬直した。

「……今、何と?陛下の側仕えから外れろと仰いましたか?」

 私が声を絞り出して問うと、王女殿下は慌てたように言い募った。

「い、いえ!これは命令ではなくお願いです。外れろとは言っておりませんわ!わたくしはヨーセフに、弟であるディウラート第一王子の筆頭側仕えになって欲しいのです!」

 王家の方々の前で、大変失礼なことはわかっているが、私は思わずポカンと口を開けて王女殿下を見詰めてしまった。

「ディウラート第一王子殿下、ですか……?」

 誰だ?という心の叫びを呑み込み、慎重に口にする。私の頭の中で、ぐるぐると疑問や予想が渦巻いていた。

 殿下方の襲撃事件。その後、陛下の命によって整えられた北棟の一室。存在しないはずの第一王子。

 これらが意味することとは――。

 私が頭を抱えていると、しばらく私たちの様子を見られていた陛下が、王女殿下の補足をするように話に加わった。

 その陛下の話に、私は自らの耳を疑った。

 襲撃事件の犯人が王弟一家の方々であること。事件の密告者がその王弟一家の末子であること。末子のディウラート様が、王弟一家の方々にどのような仕打ちを受け、どのような苦しい環境でお育ちになったか。

 そして、ディウラート様を救うため、陛下が王女殿下の提案に応じ、ディウラート様との養子縁組を行ったこと。

「まさか……」

 目を見張りそう溢した私に、陛下はとても苦しそうなお顔になった。

「そのまさかだ。王弟一家は明日捕らえる。明日、主要貴族を集めるのは其方も知っておろう?あれは貴族裁判を行うためだ」

「そう、でしたか……」

 貴族方の召集については、私もある程度の予想はあった。貴族裁判が行われるであろうことは、陛下の側近達の間では確定だろうと言われていたからだ。

 だがまさか、その裁判にかけられる罪人が王弟一家とは思っていなかった。知っている者も居ただろうが、私たち側仕えは知らなかったのだ。

「王弟一家の罪状が明らかになり処刑が実行されれば、ディウラートの立場は危うくなります。そのため、ディウラートは王家の養子となり、今後、王弟の実子であることを隠しながら王子として生活することを余儀なくされます。だからこそ彼には、信頼が置け、なおかつ彼の出自を知る者に側仕えになって欲しいのです。わたくしの側仕えから人選しようかとも思いましたが、お父様の乳兄弟であり、長年側仕えを勤めてきたヨーセフこそ、適任ではないかと考えたのです」

 王女殿下の言葉に、陛下も深く頷かれた。

 主であるアレクシス陛下と、長年成長を見守ってきた王女殿下からこれほどまでの信頼を寄せられていたと知り、私は感嘆に胸が詰まる思いがした。

 と、同時に。難しいお立場で王家へと入られる王子殿下の事が純粋に心配でならなかった。

「陛下、殿下……。このヨーセフ、喜んでディウラート第一王子殿下の側仕えの任をお受け致したく思います」

 私の応えに、お二人は顔を見合わせて安堵の表情を浮かべられた。

 明日、ディウラート殿下が王城へいらっしゃる。

 私はそれに備え、準備を始めた。



 ついに、ディウラート殿下がいらっしゃる。

 私の最初の役目は、離宮から救出されたディウラート殿下の湯浴みとお召しかえのお手伝いだ。

 そして何よりも重要なのが、王家一家が捕らえられるまでの間、ディウラート殿下をお守りするための指示役として場をまとめることだ。

「ディウラート王子殿下がご到着なさいました」

 先ぶれに居ずまいを正し、私は扉の方へと目を向ける。

 王女殿下の側近であるリュークを先頭に、騎士たちがぞろぞろと入室してくる。

 おや?と思ったのは一瞬のこと。すぐに、ディウラート殿下が騎士たちに囲まれて見えないことを悟り、私は騎士たちの前へ進み出て膝をつき、頭を垂れた。

「お待ちしておりました、ディウラート殿下」

 私が声を発すると、騎士がそれまでとっていた体形を崩した。

 そして、騎士たちに囲まれる形で護り隠されていた人物が姿を現す。

 その姿に、私はどうしようもなく身体が震えた。

 恐怖からなのか、感動からなのか、同情心からなのかわからないが、震えが止まらなかった。

 十四歳という年齢にしては細く小さすぎる肢体を包むのは、薄いボロきれのような服。

 真冬の寒さに震える唇は蒼白く、唇と同じ色をした頬は肉が削がれ、顎がツンと尖っている。

 見るもたえない、孤児のような風体だ。

 けれど、孤児と捨て置くにはあまりにも異様であった。

 他に見ない青みがかった銀の長髪は、銀糸のように煌めきどこまでも癖がない。

 瞼の奥に隠された青の瞳は何者をも寄せ付けず、近づいた者を切り裂く鋭い刃物のようだ。

 そして、恐ろしい程に整った造形のかんばせにうかべられた表情は、無。どこまでも感情を読み取らせないその顔が、恐ろしい程に美しかった。

「ディウラート殿下。これからこの者たちに殿下の身支度のお手伝いをさせます。これもあのお方の命ですので、ご協力お願い致しますね」

 リュークがにこりと笑い、殿下が眉間に皺をよせた。

「……ああ」

 小さな返事だった。けれど、どこまでも響く程よい低音に、私もその場に居た他の者たちも、皆が微かに身を震わせたのがわかった。

 不思議な声だ。

 私は、陛下と王女殿下が人選をした他の数人の側仕えを従え、早速準備にとりかかる。

「お時間がないと伺っておりますので、挨拶は後日改めてさせて頂きます。さぁ、殿下。こちらへ」

 殿下を暖炉の前へ案内し、椅子にお座りになるよう促す。

 ディウラート殿下は杖をぎゅっと握りしめ、おずおずと腰をおろした。

「殿下がお体を温めていらっしゃるうちに、早くお湯を」

 私の指示で、他の側仕えが簡易のバスタブに張った水に赤い魔法石を沈める。淡い赤の光が水の中に満ちると、水が温まった合図だ。

 そこへ王女殿下から指定された薬液を流し入れると、湯浴みをする用意ができた。

「殿下。湯浴みをして頂きますので、お召し物を脱ぐお手伝いをさせて頂きますね」

 私が言うと、殿下はびくりと肩を震わせる。

「こ、ここで脱ぐのか……?」

 見開かれた青が、私、リュークへと流れ、そしてまた私へと戻ってきた。

 殿下のあまりの驚きように、私はどうしたものかと頭を捻る。すると、リュークがそっと殿下のもとへ上がってきた。

「殿下。あのお方からも許可を得ております。ご不安でしたら、ご自由に安全をご確認ください」

「マリーが?なら……騎士にはもう少し下がってもらいたい」

 殿下の命令に、騎士たちが困惑しながら下がっていく。

「それから……服は自分で脱ぐ」

「かしこまりました。けれど、湯浴みのお手伝いはさせて頂きますよ」

 私が言うと、殿下は少し考える仕草を見せる。

 杖を握る手が小刻みに震えている。幽閉され育ったというこの方には、今のこの状況すら、恐怖するには十二分なのだろう。

 その容姿に混乱して忘れていたが、元来このお方はお可哀想な方なのだ。それもまだ若年である。

 私は、何でも従うつもりで次の言葉を待った。

「湯浴みは、そこで行うのか?道具は?手伝う者は何人居る?」

 殿下の問に、私を含める三人が前へ進み出た。

「そうです。こちらで行い、道具はこちらです。お手伝いさせて頂くのは私たち三人でございます」

 私の言葉に、殿下がリュークを振り返った。間違いないとリュークが頷けば、殿下はおもむろに杖をかざす。

「……ゴルディアンフレイム」

 はっとした時には、私たちは蒼い炎に包まれていた。急なことに気が動転し、パニックを起こす同僚二人を尻目に、私はじっと耐える。

 ゴルディアンフレイム――守護の炎は、炎の主である術者に危険の及ぶものを全て排除する守護魔法だ。

 極めて精巧な魔法だが、そのぶん消費される魔力がおそろしく多い。そのため王族以外に使える者はなく、必然的に王族のみの使用する術となっており、存在自体を知る者も少ない。

 ディウラート殿下も、マリエラ王女殿下から教えられて知ったのだろう。

 あの小さな呪文が耳に届いていなければ、私も自らの身が焼かれたと勘違いしたことだろう。

 だが、熱さも痛みもないまま、炎は徐々に小さくなり、やがて消えていった。

 殿下は無表情のまま、私を見た。私が頷くと、乱暴に自らの服を剥ぎ取りはじめた。

 ……何と言うお方だろうか。まるで、野生の魔法動物のような狂暴さだ。

 けれど、それが恐怖から来るものだとわかっているからこそ、私は自らの胸が激しく痛むのを感じていた。これ程まで、全てを警戒し続けなければならない厳しい状況下にあったこの方の身を、守って差し上げたいと感じた瞬間だった。

 私は、いまだ頭を抱えて叫ぶ二人に炎の正体を教えると、殿下に手を貸しながら脱ぎ捨てられた服を丁寧に回収した。

 リュークが苦笑いを浮かべてこちらを見たので、私は肩をすくめて見せる。

 放心状態の二人に渇を入れ、さっそく湯浴みにとりかかるのだが、はたとあることに気が付いた。

「鉄が……排除されている?」

「ああ」

 私の呟きに応じたのは殿下だった。

「だから騎士は遠ざけた。武器を取り上げていいのなら燃やすが?」

「い、いえ。ご遠慮頂きたく……」

「そうか」

 殿下は何でもないように言うが、本来、守護の炎で燃えるのは、術者へむけられた呪いを発動させる呪具や毒などを排除するのみ。鉄を排除した事例など聞いたことがない。

 否、武器の排除は聞いたことがあるが、今回排除されたのはただの鉄製の日用品だ。

 けれど、鉄が排除されたということは、恐らく殿下にとって、鉄は危険極まりない物であるのだろう。もしくは、なにかトラウマがあり、それが術に影響したのかもしれなかった。

 それにしても、騎士から武器を取り上げたのでは殿下をお護りできない。殿下の英断に感謝するしかなかった。

 燃やされたバスタブやお湯も何事もなかったように無事で、私は殿下をお湯につける。

 呆けていた二人も気を持ち直して手伝いをはじめた。

 しかし、私たち三人は、しばらく殿下の身体をお流しする事ができなかった。

 よくよく見れば、殿下の体には無数の傷痕が残っていたのだ。

 大きいもの。小さいもの。古いもの。真新しいもの。痛々しい傷痕は、首より下の至るところにつけられている。

 ひゅっ、と誰かの喉が鳴った。

 触れただけで折れそうな肢体。無数の傷痕。ほんの少し触れることすら躊躇われる。

「殿下。お触れしてもよろしいでしょうか?」

「……ああ」

 石鹸で擦ることは憚られ、泡立てたものを手で擦れば、明らかに殿下の顔が痛みに歪んだ。

「しみますか?」

「構うな」

「ですが……」

 殿下はまた無表情にもどると、受け答えをして下さらなくなった。

 ここでやっと、なぜ王女殿下が薬液の指定をされたのかがわかった。湯に浸かるだけでも痛みを伴ってしまう殿下のお体を案じてのことだったのだ。

 今使っている石鹸もしかりだ。ある程度は仕方がないとはいえ、できるだけ痛みのないように善処されているとわかる。

 私たちは、できるだけ丁寧にお体や御髪を流すと、早々に湯浴みを終えた。

 ご本人の痛みを考えれば、側仕えとして長く苦痛を与えることはしたくなかったのだ。

 続いて、お召しかえだ。

 用意されていたのは、殿下が先程までお召しになっていた物とはまるで違う。王家を象徴する黒の質の良い生地には、美しい刺繍がところ狭しとされている。一目で、王家の方のお召し物とわかる品だ。

 私は、懐かしさに目を細めた。

 そのお召し物は、アレクシス陛下が若かれしころに実際にお召しになっていた物を、王女殿下と王妃殿下の提案でお直しされたものだと言う。

 私にとっては、よくよく見覚えのある品なのだ。

 アレクシス陛下が十歳の時に着ていたもので、陛下が平均よりも少し体格のいいお子さまだったとはいえ、十五歳を間近に控えるディウラート殿下のお召し物になるあたりを考えると、やはり殿下の華奢さがわかる。

「殿下。こちらにお召しかえ致しましょう」

 体の水気を拭き取り髪は魔術道具で手早く乾かしてしまうと、私はお召し物を殿下にお見せした。

「……ゴルディアンフレイム」

 お見せした側からお召し物が燃え上がる。周りの者は、どこか達観した目でそれを見ていた。

 お召しかえが終わると、どこからともなく歓声のような声がわき上がった。

 体が温もったことで肌の色が少し戻り、汚れを落としたことで肌も髪もくすみがとれた。

 その上、王家らしい品質のものを身に纏えば、やはり少々不健康な見た目であるものの、優れた容姿と相まって、どこをどう見ても王子として遜色のない見た目となったのだ。

「これで、一通りのことは終わりましたよ。さぁ、椅子にお掛けになってください。温かいお飲み物でも用意致しましょう」

 私は、殿下の側仕えとしての初仕事をなんとかおえられた安堵感から声色を明るくして言った。

 途中で退室したリュークにも、この素晴らしい殿下のお姿を見てもらいたかったものだ。

 そんなことを考えていると、どこからともなくどよめきのようなものが聞こえてくる。

 私は一瞬間にして理解する。王弟一家の捕縛が始まったのだ。と言うことは、殿下をお守りすべく、場の指揮をしなければならない。

「始まったようです。扉の前は厳重に。側仕えは、殿下の周りから離れてはなりませんよ」

 私の指示に皆が動き、殿下は張りつめた空気を機敏に察知して身を固くした。

 と、その時。一人の側仕えが部屋へ駆け込んできた。

「捕縛がはじまりました!王弟一家が抵抗をみせていて、なかなか捕らえられずにいるようです。警戒を強めよとの騎士団からの伝達を伝えに参りました!」

 その言葉に一番に反応されたのが、殿下だった。

 すっと立ち上がると、大股で駆け込んできた側仕えの間近まで迫り、声を低くする。

「どこだ?捕縛はどこで行っている。案内しろ」

「えっ、いえ……あの」

「どこだと言っている!」

 それまでの小さな声とは比べ物にならない怒号に、騎士たちまでもが身をすくめて殿下を凝視する。

 殿下よりも図体が大きいにも関わらず、詰め寄られた側仕えは今にも泣き出しそうだ。

「そこにはマリーも居るのか?」

「あ、あっ……」

「早く答えろ。私は行かなければならない」

「いっ、いらっしゃいます!マリエラ殿下はいらっしゃいます!!」

 震えながらやけくそに答えた側仕えを押し退け、殿下が扉へ向かう。

「殿下、いけません」

「お待ちを」

「危険です殿下」

 側仕えや騎士たちが言うのもお構い無しに、殿下はずんずんと進む。

 私は無礼と承知しつつ、殿下の前へと立ち塞がった。

「殿下。ここでお待ちを」

「……どけろ」

 短い言葉だ。けれどその声が、瞳が、私を深く突き刺している。

 私は釘を打たれたようにその場から動くことが出来なくなった。殿下は難なく私のすぐ横を通り過ぎる。

「……殿下。お行きになるのですか?」

 背後でした声に、私ははっと振り返った。リュークが戻ってきたのだ。

「リューク」

 私は助かったとばかりにリュークに視線を向けたが、リュークは頭を振って私から視線をそらした。

「殿下。廊下に出れば行くべき場所はわかるでしょう。お行きになりますか?」

「……ああ。あの者等に言わなければならない事がある」

 強い意志と怒気を含んだ声音だった。

 リュークはゆっくりと頷くと、扉の前を殿下にゆずる。

 すると殿下は飛ぶように部屋を出ていってしまい、瞬く間にその姿は見えなくなっていた。

 数人の騎士たちが、慌ててその後を追って行った。

「……リューク」

 咎める口調で言うと、リュークはおどけるように笑い、そして真剣な目をして言った。

「マリエラ殿下からのご要望だったので。王弟一家の最期。見たいと望むなら、ディウラート殿下にも見せてやって欲しいと。それに、ヨーセフ様にもわかったのではありませんか?殿下は、可哀想なだけのお方ではないのです」

 私は口をつぐんで、殿下の走り去った方へと視線を向けた。

 私にもそれはわかった。

 殿下から感じたあの強い意志。殿下の前へ立ち塞がったとき、何もしてはいないのにあの方の気にのまれた。

 きっと殿下は、とてもお強い方なのだ。心の、お強い方。

 それは側仕えとして誇らしく、同時に心配な面でもある。

 殿下が今回のような無茶をなさらないよう、今後は私が目を光らせなければ、と心に誓う。

 足手まといになりかねないことから、側仕えであっても捕縛の現場へは立ち入れないため、私は新たな我が主の無事の帰りを祈りながら待った。

 さあ。捕縛が終わり全てが落ち着いたら、今度こそ温かく美味しいお飲み物をお出しして差し上げよう。

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王女マリエラの婚約 哀原深 @aihara_sin

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